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新型コロナウイルスの感染問題と免疫力の強化

以下のテキストは、2020年GWセミナー特別教本『コロナ感染問題と仏教・ヨーガの思想 人類の未来』第1章として収録されているものです。教本全体にご関心のある方はこちらをご覧ください。

 

1.はじめに:新型コロナウイルスの感染拡大

今年の1月以降、新型コロナウイルスの感染症・新型肺炎の問題が発生した。これを踏まえて、本章では、この問題の現在の状況と、今後の行方と、望ましい対応・対策などについて述べたいと思う。

まず、新型コロナウイルスの感染症は、依然としてそのウイルスの性質および現在の感染状況の双方において、わかっていないことが非常に多い。さらには、これに対する対応策を含めて、極めて複雑な問題をはらんでいる。その中で、自分なりにいろいろな情報・データを調べた上で、その問題の要点をまとめた上で、現時点での中間的な結論を出してみた。

それを端的に言えば、この問題を解決する医療技術上の決め手は今のところなく、少なくとも1年は要する長期戦となる可能性が高いのが現状であり、その中では、政府・民間の双方の対策努力とともに、各人が日常から自分の自然免疫を高めることが重要だと思う。

加えて、高齢者・医療従事者を中心として大変厳しい状況ではあるが、世界的な視点から見るならば、日本は非常に幸運な面も多く、そうした意味でも感謝と助け合いの心が今こそ重要であり、問題解決に向けた、個々人・各国家間の協力・連帯・助け合いが非常に重要になると思う。それでは以下に、この問題と今後のあるべき対策の要点を一つ一つ述べることにしたい。

 

2.日本の現在の感染状況 

現在、緊急事態宣言の発令による外出や営業の自粛の効果もあって、2020年4月の中旬ごろからは、国内の新規感染者が減少してきたことが、政府・専門家会議でも認められるようになった。

しかしながら、政府は緊急事態宣言をさらに一か月延ばそうとしている(2020年5月2日現在)。その理由として、専門会議の提言によれば、①新規の感染者が一定の減少を見ているが、まだ不十分であること、②医療体制がひっ迫していること、が指摘されている。

さらに専門家会議は、今後1年ほどは、何かしらの対策を実行する必要であり、これに対する国民の自粛疲れを懸念し、学校や公園の利用の再開などを提言した。こうして、同会議は、この問題への対処が長期戦となる見通しを初めて示すに至った。そして、今後、現在のような厳しい行動制限を解除する条件としては、①新規感染者が十分に減少すること、②十分な医療体制の拡充、などを上げた。

これまで専門家会議は、2月末の最初の自粛の提言においても、「ここ1~2週間が、感染爆発が生じるか否かの瀬戸際」などと表現して、比較的短期間の目標を掲げてきた。また、4月7日の政府による緊急事態宣言も、期間を1カ月に区切って発令された。

しかしながら、科学者の中からは、最低1年以上は我慢する必要があるとか、一部の研究機関では、断続的に2022年まで外出を自粛する必要があるという主張が多くなされていた。そうした科学的な見解に対して、これまで国民の反応を気にしていた政府・専門家会議が、ついに合わせてきたという状況だろう。よって、この問題が少なくとも1年ほどは長期化することが、確実な情勢となったと考えざるをえないと思う。

 

3.新型コロナウイルスの性質について 

これまでの状況から未解明の部分が多いこのウイルスの性質として、感染力が強く中国の武漢から始まって一気に世界全体に広がった。ただし、その危険性、すなわち致死率(感染した人の中から死亡する割合)の判断に関して言えば、一つ気を付けなければならないことがある。

というのは、感染しても無症状や軽症のために、医療機関を受診してPCR検査(ウイルスの有無を調べる検査)によって感染の有無を確認しない人が多数いると思われるからである。よって、現在確認されている感染者と死亡者の数から算定することはできない。

そこで、ごく最近導入された、過去に感染した経験があるかどうかの有無を調べる抗体検査(感染した後にできる抗体の有無を調べる検査)の結果が待たれてきた。抗体検査の正確度には、依然として疑問があって完全な信頼はできない。しかし、最近発表され始めた初期的な抗体検査の結果を見る限りは、やはり、これまでに確認されてきた感染者の総数を大きく上回る結果が示されている。

例えば、カリフォルニア州の検査では、従来数の50倍から85倍と推定された。ニューヨーク州でも従来数の10倍以上の数値となっている。このニューヨーク州の検査では、無作為抽出で選ぶ検査の対象を、外出する人を中心としたために、感染者の割合が実際よりも高すぎる結果となった可能性もあるものの、ニューヨーク市に限った場合は、すでに4人に1人(約300万人以上)が感染していることが推測される結果となった。

そうすると、感染者の中で死亡する確率=致死率の実際に関しては、WHOは0.66%を推定し、カリフォルニア州の抗体検査に基づけば0.12~0.2%、ニューヨーク州の抗体検査に基づけば約0.5%かそれ以下とも推定される。そして、欧米よりも死亡者総数や単位人口当たりの死亡者が相当に少ない日本に関して言えば、一部の専門医が言うように、最終的にはインフルエンザの致死率である0.1%と大して違わない(ないしはそれ以下となる)可能性もある。

季節性インフルエンザに関して言えば、毎年1500万人ほどが感染し、それを直接的な原因として死亡する人は、近年は3000人ほどであり(実は近年相当増えてきており、以前は百人単位である時期もあった)、その関連死を含めれば1万人と推察されている。これに対して、これまでの日本における新型コロナウイルスによる死亡者は、インフルエンザの死亡者を大きく下回っている。

なお、現状では、新型コロナウイルスの感染(経験)者はよく把握できていないが、それによって新型肺炎を引き起こした死亡者の総数に関して言えば、重症・肺炎になった段階では、患者すべてにPCR検査を行うので、新型肺炎の死亡者の総数はほぼ把握できているというのが政府の見解である。

 

4.新型コロナウイルスによる医療機関への大きな負担・医療崩壊の恐れ 

しかしながら、医療機関を中心として、この新型コロナウイルスの感染への対処として必要なものは、季節性インフルエンザとは大きく異なる。というのは、季節性インフルエンザに関しては、100年前に膨大な被害をもたらしたスペイン風邪(インフルエンザA型)を含め、人類社会が長らく慣れてきたウイルスである。しかし、この新型ウイルスには、人類社会が長年の免疫を持っているわけではなく、今回が初めての流行である。よって、インフルエンザと異なって、感染を予防するワクチンもなければ、感染後にその症状を緩和・解消するための治療薬があるわけでもない。

よって、一気に感染が広がることを予防することは難しく、仮に一気に広がった場合には、治療薬もないために、治療に要する期間・負担は、インフルエンザの比ではないと思われる。さらに、ワクチンがないために、肝心の医療従事者自体の感染を予防することができず、すでに医療従事者の感染が相次いでおり、医療体制を根底から揺るがしている(政権は医療従事者の報酬を増やして対処しようとしているが)。こうして、現場の医療機関の負担は、物心両面において、季節性インフルエンザの比ではないと思われる。

これに加えて、日本では、感染拡大の初期において、無症状者・軽症者までも隔離入院する方針を取り、さらに防護服・消毒薬・マスクなど、医療機関こそが必要とする物資が不足するなどの問題もあった。こうして医療機関への負担は、すでに相当大きなものになっており、専門家会議は医療体制がひっ迫していると報告している。

そして、今後、この負担が医療機関のキャパシティを超えてしまい、新型コロナ感染者の中の重症者や、他の病気や怪我の重症者に対する治療が十分にできない状態が生じて、救える命が救えないという「医療崩壊」の状態を回避することが重要な課題であることは、すでに広く指摘されている通りである。

今後は、これを回避するために様々な政策努力、例えば、軽症者を医療機関ではなくホテル収容して十分な医療従事者を付けたり、防護服・消毒薬・マスクなどの必要物資を医療機関に優先的に配分して医療従事者の感染を防ぎ、退役した医療従事者の現場復帰を要請して人員を補充するなどがなされつつあるから、一定の医療の増強・拡充はなされていくと思われる。

しかし、その改善にも一定の時間は要するし、増強の程度にも物理的な限界がある。よって、予防や治療の決め手となるワクチンや特効薬が開発されるまでは、医療体制が拡充していくとしても、それを上回る感染者を発生させず、医療崩壊を防ぐ必要がある。そのためには、感染者の拡大を一定以内に抑え込むために、外出や営業の自粛といった、人と人の接触を抑制する現在の政策が必要だという見解が主流となっている。

 

5.感染後の抗体・免疫の状態が未だに不明であるという問題

さらに、この新型ウイルスに関しては、感染後にできる抗体による免疫が未だ不明であるという問題がある。すなわち、一度感染して治癒すれば、抗体による免疫が形成されて、二度と感染しないのか、少なくとも相当期間は再感染しないのか、そうではないのかということである。

一般に一度感染症にかかると、その抗体ができて、それによる免疫が生じて、二度はかからない、ないしはかかりにくくなるということが知られている。しかし、実際には、ウイルスによって大きく異なる。例えば、はしかなどは、二度と感染しないが、HIV(エイズ)の場合は、抗体はできるが免疫はできない(よって、HIVは今のところ一生感染した状態が続くが、ウイルスの増殖を抑える優れた治療薬が開発され、一生治療薬を飲み続けなくてはならないものの、先進国では大きな問題にならなくなった。経済的に治療薬が使えない途上国では、現在も膨大な犠牲者を毎年出している)。

そして、新型コロナウイルスの場合は、感染後にどの程度免疫が形成されるか、どのくらいの間は再感染しないのかが、まだよくわかっていない。というのは、治療後にPCR検査で陰性を示して治癒したとされた人が、その後再びPCR検査で陽性反応を示すという事例がよく報告されているからである。

ただし、それは再感染したとは考えにくく、検査で陰性になったのは、ウイルスが潜伏したので検査で発見されなかったためであるとか、単純にPCR検査の確度は完全ではないために検査結果の誤りであるという見解が多いが、この陽性反応の再発の原因は未解明であり、それゆえに感染後の抗体・免疫に関しても確たることはわかっていない。抗体による免疫ができないか、制限されるとすれば、抗体を作ることを目的とするワクチンの開発を遅らせる可能性がある。

また、これに関連して、感染症対策の一つとして、多くの人(人口の60%)が一度感染して抗体・免疫を作るならば、集団免疫というものを形成するので、その集団・社会の中では、流行を防ぐことができるという理論がある。しかしながら、こうして免疫形成自体がいまだ不明である以上、そればかりに頼って感染拡大を抑止せずに突っ込むわけにもいかない。

実際に、ジョンソン首相をはじめとするイギリス政府は、一時この集団免疫政策を実行しようとしたものの、集団免疫の状態に至るまでに数十万人の犠牲者が出る可能性があるという科学的な報告がなされて中止に追い込まれた。さらに、それを提唱したジョンソン首相までが感染して重症となり、一時は生死をさまよったとも報道された。

そもそも、集団免疫を形成するほどに多くの人が感染することを想定すると、それまでの間に医療機関が感染者に対処しきれず、医療崩壊が起きてしまえば、普段であれば救える人も救えないという大きな問題が発生する。さらには、集団免疫理論は、多少の犠牲者が出ることを覚悟した理論であるが、インフル・結核などの他の感染症の通常の年間の死亡者、すなわち数千人から1万人を大きく上回るような犠牲者を出すわけにもいかない。

 

6.ワクチンや特効薬の開発見通し 

こうした中で、長期的な予防・免疫形成の決め手となるワクチンや、感染者の治療・重症化防止の決め手となる特効薬の開発が期待されている。時期としては「今後1年・1年半くらいにも」という報道がよくなされる。そして、先日は安倍総理が「米国はこの秋にも人間に投与する」などと発言した(これは、薬が承認されて一般の医療機関が治療に使用開始できるという意味ではなくて、おそらくは臨床試験の開始を意味すると思われる)。

しかし、本来はワクチンの開発には、数年は要する。しかし、今回は非常事態であるから、開発に時間がかかる従来型のワクチンの開発ではなくて、開発時間を大きく短縮できる遺伝子工学を用いた新しいワクチン開発が試みられようとしている。1年というのは、この新技術を前提にしているとされる。よって、厳しく言えば、これは未だ実績がない開発手法であるから、成功するかは保証の限りではない。

さらに、このウイルスは、頻繁に変異しているとか(変異したとしても変異前のウイルスに対する抗体・ワクチンが変異後にただちに無効になるわけではないが)、抗体ができても免疫ができないHIV(エイズ)ウイルスに、新型コロナウイルスの遺伝子配列が一部似た部分があるといった情報がある。こうして、そもそもウイルスの実態自体がまだわかっていないことも、ワクチン開発における不安要素である。

よって、実際の開発時期がいつになるかは、一部の専門家が率直に指摘するように、見通しが立つものではない。要するに、できてみるまではわからないというのが、科学的な事実だろう。実際に、エイズは発生して数十年が経ち、新型コロナの先輩のSARSは発生して17年が経った今もなお、ワクチンは開発できていないという現実がある。

こうした中で、米国は、第二次大戦で米国の戦勝の決め手となった原爆開発の「マンハッタン計画」になぞらえて、官民総動員の「オペレーション・ワープ・スピード(超高速作戦)」を発動した。これは新型コロナウイルスのワクチン開発を、最大で8カ月短縮して、来年1月に、3億人分を提供可能とする計画である。

これは、ウイルスとの戦いを戦争に見立てて、その決め手となる新兵器を開発するというイメージだろう。これを一種の戦争と見れば、勝つためには、新技術だから開発の保証がないのは当たり前であり、そんなことを言っている暇はないということだろう。

とはいえ、今回は人間にいくらでも打撃を与えればいい原爆の開発ではなく、健康を守る医薬品の開発であり、特にワクチンは副作用があれば大きな問題となるから、スピードばかりを優先すればいいというものではないだろう。

それはともかくとして、今回は、先進主要国が、あたかも戦時体制のように、最大限の資源・資金をワクチン・特効薬の開発につぎ込み、いわば人類総力戦体制であるから、これまでのワクチン開発に比較すれば、次元の違う開発速度を期待してもおかしくはない。

「意思があるところに道がある」という普遍の道理があるし、不可能を可能にしてきたのが人類の歴史である。よって、楽観しすぎるのはよくないとしても、長期戦になることを覚悟しながらも、悲観的にもならずに前向きに考えることが正しいと思う。

 

7.日本のワクチン・治療薬の開発と国家安全保障 

現在、よく調べていないが、ワクチンの開発は、米国、ドイツなど欧米諸国が、やはりリードしているのであろうか。一方、日本について言えば、ワクチンの分野は、近年あまり産業が育っていないという。理由としては、ワクチンを開発したとしても、それを開発費に見合うように使ってもらえる保証が乏しいことや、ワクチンはそもそも病原体を弱毒化・無毒化して用いるものであるから、万が一にも薬害・副作用の問題が出れば、大きな損害が出るというリスクがあるということらしい。

そのため、今回のワクチン開発にも、国際的な競争という視点から見れば出遅れており、むしろ治療薬(アビガンなど)の方に重点を置いているとも報道されている(なお、ワクチンは感染を予防するものであり、治療薬とは感染後に重症化を防いで早期に治癒を目指すものである)。

しかし、ワクチンの有無は、国家の安全保障にかかわることである。よって、国際的な競争に勝利できるかは別として、日本も国産ワクチンの開発を目指してはいる。

世界中に感染が拡大したウイルスのワクチンや特効薬は、単なる医療の問題に限らず、安全保障上の問題にもなる。なぜならば、それを最初に開発した国は、法的にはその輸出を規制する権利もあるし、開発されても増産するには時間がかかるために、どの国に優先的に提供するかという問題も出てくるからである。

よって、日本政府は、国内での開発も資金援助しながらも、それ以上の予算をもって外国の開発計画を資金援助し共同開発をすることで、新規に開発されたワクチンを一定量確保しようとしていると報道されている。

 

8.行動制限の規制の様々な弊害の懸念 

もう一つ考える必要があることは、そうした状況の中で、自粛政策の弊害は、よくいわれる経済の悪化に限らないということである。お金よりも命を大切にすべきであるというのは一面的な見方である。というのは、経済の悪化による失業の増大が、自殺者の増加に結び付くことは、過去の不況時の統計などからも確認できる。

また、外出自粛は、単身者がすでに3割を超えている今の社会においては、社会的な隔離や孤独をもたらす可能性があるが、そうした状態が精神状態を悪化させるなどして、様々な心身の疾患を増大させ、生活習慣病と同じように、ないしはそれ以上に、死亡率を高めることが調査研究の結果として明らかになっている。

また、逆に、これまでは登校・出勤していた家族が、将来の不安・ストレスを抱えながら、外出自粛によって、家庭内により長くとどまることから、家庭内暴力の増大が心配されている。実際にWHOは家庭内暴力がおそろしく増大していると警告している。また、窃盗や暴力犯罪の増加も懸念される。

こうして、人は、新型コロナ感染以外でも病気になるし、死ぬということである。新型コロナ感染による死亡を防ごうとするあまり、自殺やコロナ以外の疾患・暴力・犯罪の増大による死亡者が急増すれば、命を守るという視点から見れば本末転倒になる。

よって、今後の対策においては、そのメリットとデメリット、コスト(リスク)とベネフィットの比較考量という視点が必要となってくる。

これに対しては、日本政府を含めて各国の政府が、かつてない規模の財政出動や金融緩和によって、その影響を緩和しようとしている。しかしながら、すでにいろいろな批判・不満が出ているように、それがすべての休業・失業・倒産などによる収入の減少や債務の不履行といった経済的な損失全てを埋め合わせる(=補償する)ことは、できそうもない。

実際に安倍政権は、休業などによる損失の補償をすることは非現実的として採用していない。さらに、失業・倒産・登校禁止・外出禁止などは、先に述べたように、単なる経済的な損失だけではなく、様々なストレス・精神的な問題・心身の病気・人間関係の問題・暴力犯罪の問題を引き起こす。

そして、事態が長期化すれば、精神状態の悪化もあって、国民の一部には、政府が要請する必要な我慢を放棄する状況も予想される。そうなれば、そもそも強制力が乏しく、国民の自主性に基づく緊急事態宣言による規制政策は機能しなくなる。実際に、すでに「自粛疲れ」という言葉が言われ始めており、意識調査の結果の報道では、必要である限り行動規制をすることができると回答した人は多くはない。

こうした事態に対して、仮に、強制力を持った法規を導入して対処しようとしても、強い反発を招いて社会・国民の分断に至る恐れがあり、そうすれば全体の協力が不可欠であるこの問題の解決に対しては、逆行する事態となりかねない。日本よりも強い規制措置(都市封鎖)が取られている米国では、すでに経済活動の再開を求め、規制する州政府に対しての抗議活動が始まっている。

 

9.感染抑止のための経済停滞による世界的な弊害 

また、日本をはじめとする先進国の経済活動の停滞は、サプライチェーンの問題を含めて、食糧生産の分野にも及んでいる。食糧生産が落ちているのである。その結果、将来的には食糧価格の上昇が予想され、それに伴い、途上国での飢餓の増大が懸念されており、WHOとFAO(国連食糧農業機関)がすでに警告を発している。

食糧生産の不足は、先進国においては、食糧価格の上昇という問題となるが、経済力のない途上国の場合は、飢餓の増大に直結する恐れがあるのである。そして、それは政情・国家体制の不安定化に結び付き、それによる犠牲者の発生も懸念される。加えて、今年は70年に一度ともいわれるバッタの集団発生の被害が、中央アジアを中心に途上国の食糧問題を悪化させているともいわれている。

こうした状況の中で、先進国が、自国の感染問題ばかりに気を取られる中で、途上国への援助に不足が生じるならば、普段にもまして問題が悪化する恐れがある。そして、途上国の飢餓の増大による政情の不安化・紛争の発生は、結果として巡り巡って、世界全体の安全保障や経済の問題につながってくる。

また、もう一つの大きな問題として、世界全体の経済の停滞は、石油の需要を急減させ、原油価格の急落を招いている。これは、国家の財政を石油の輸出に依存する割合が大きい産油国である中東諸国やロシアの国家財政の悪化と、それによる政情の不安定化を招く恐れがある。例えば、中東の政情の不安定化・紛争の発生は、一転して石油生産の急減・価格の急騰・石油不足、すなわち石油危機を招いて、中東に石油を依存する日本のような国々にとっては、大きな経済的な打撃となる可能性がある。これを言い換えれば、原油価格があまりに低い今の状況は、中東諸国において、紛争発生を防止して原油価格の急騰を防ごうとする意欲・動機を損なう面もあるかもしれない。

また、産油国の財務が悪化すれば、世界中に投資されてきた潤沢なオイルマネーが引き揚げられ、今でさえ大きな打撃を受けている世界の株式・金融市場の、さらなる停滞の要因となる可能性もある。また、米国のシェールオイル企業は生産コストが高く、原油安が続けば、それに耐えられずに倒産する恐れがあり、これが金融市場に波及して、米国に金融危機が生じて、さらなる経済停滞を招く恐れも懸念されている。

ただし、この原油の急落の問題の背景には、新型コロナ感染による需要の急減だけではなく、主要な産油国である米国・サウジアラビア・ロシアといった国々の間での石油の産出量・輸出量における世界的なシェア争いの側面がある。そのために、原油価格を維持するために必要な減産が十分にできないという問題である。

こうして、危機に瀕した世界の中で、各国の自国中心主義・エゴによって、問題の緩和が十分に進まないという現実(人災)がある。

 

10.バランスの取れた規制と助け合い、そして新しい生き方の創造の重要性 

こうして、感染抑止のための行動や経済の規制には、様々な損失があることを踏まえれば、今後の方針として、①規制の利益と不利益を十分に比較考量して、バランスの取れた規制とすること、②不利益を最小限にするために、各国の政府・民間・個々人の努力とその間の助け合いが、かつてなく必要とされるということだと思う。

さらに、個々人も事業体も政府社会全体においても、単に早期に元の状態に戻ることを期待するのではなく、この状況がしばらくは続くだろうことを前提とし、この状況の中で健康と経済生活をなるべく両立することができないかを検討することも望ましいと思う。すなわち、この状況に適応して進化するということである。

そもそもが、新型コロナ感染がなかったとしても、人々の生活や経済システムは、時代の流れとともに、無常に移り変わるものである。そして、コロナ問題以前から、例えば経済面でいえば、インターネットや高齢化の時代に向けて、次世代型の働き方・経済システムが提唱されてきた。テレワーク・ネット通販・宅配・オンライン診療・高齢者などを支援するAI技術などは、考えてみれば、感染症を抑止する上でも重要な、人と人の直接接触を必要としないシステム・テクノロジーでもある。実際に多くの識者が、すでに、新型コロナ感染の問題がいったん終息しても、人々の生き方・働き方は、完全には元に戻らずに、恒常的な変化をきたすことを予見している。

こうして見るならば、この機会を逆に利用して、感染終息までの一時的なものとしてではなくて、長期的な、将来的なものとして、前向きに、新たなライフスタイル・ワークスタイル・経済システムを考えることが望ましいと思われる。しかし、適応が進みやすい人も、進みにくい人もいるだろうから、皆がなるべく速やかに、この変化に適応する上でも互いに協力し合うことが、今後の対応において重要ではないかと思う。

 

11.人類社会の問題・弱点を焙り出す新型ウイルス 

これを言い換えれば、新型コロナ感染問題は、少なくとも一部においては、コロナ以前からあった流れをいっそう加速させる現象とも解釈できるということになる。しかし、それは必ずしも発展的な良い流れを加速させるだけではない。これまでも拡大してきた悪い流れ・問題・人類社会の弱点をいっそう拡大して、強く焙り出すものではないだろうか。

例えば、新型コロナウイルスが、最後の新型感染症となる保証はない。実際に、大きな被害に入らなかったが、2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERSといった問題が、次々と発生してきたことは事実である。その際、日本には被害はなかったが、一部の外国には一定の被害が発生しており、そうした経験を持っている国々は、その後の対策が進み、今回の新型ウイルスの問題に比較的うまく対処ができている(韓国・香港・シンガポールなど)。

また、大きな被害を出したものとしては、前世紀の末のHIV(エイズ)の問題がアフリカを中心に猛威を振るった。そして、あまり報道されることはなかったが、季節性インフルエンザの感染症の犠牲者が、国内外で最近は増大してきたおりでもあった。例えば、米国でもインフルエンザは大流行しており、年間数万人規模の犠牲者(昨年は3万7千人、数年前には6万人超)を出しているという。こうして、新型の感染症が続発しているということもできるのである。

この背景としては、世界規模の無秩序な経済開発や野生動物の売買によって、人獣共通の感染症が発生して、世界全体に拡散していくリスクが増大しているという指摘が専門家によってなされている。また、他には、感染症の治療でよく用いられる抗生物質の乱用・誤用や、金銭主義に基づく低品質の抗生物質の販売などによって、抗生物質の効果が減少していることもあるという(薬剤耐性菌の多発)。こうして、新型感染症は、無秩序な経済活動・金銭主義などがもたらす人災という側面があるということである。本当に怖い敵はウイルスではなく、人間自身であると指摘する識者もいる。

 

12.世界的な視点から見た日本の幸運な状況 

世界に広がる新型コロナ感染の問題に関連して、もう一つ押さえておくべきことは、日本の状況を、世界全体から客観的に見ると、経済の問題などいろいろ大変ではあっても、現状の被害は、欧米に比較して相当に少なく、緊急事態宣言の後は新規感染者も減少しつつあることだ。単位人口当たりの死亡者は、一部の欧米諸国に比較して数百分の一にすぎない。そして、今後とも最善を尽くすならば、欧米の後を追って感染爆発が起こり、医療崩壊や多数の死亡者が出るという可能性は低いと思われる幸運な現状がある。

そして、よく考えてみれば、欧米諸国と比較して、日本は、感染源の中国に非常に近い地理にあって、中国・武漢からの人の流入も相当に多く、さらには中国からの入国禁止も欧米に比較すると相当に遅れた経緯があった。

にもかかわらず、その後、中国はおろか欧米のように都市封鎖もせずに、国民の自主性・自立性に任せた自粛誘導政策で、このような結果を得ていることは、諸外国から見れば、日本の謎とも、油断ともいわれて注目されている。

特に、都市ばかりではなく、政権批判も封鎖され、「国一丸となって全てを我慢して闘え」と言われてきただろう中国の人達は、都市封鎖がないばかりか、普段にもまして政権が批判されるという日本の極めて緩く自由な状況は、(密(ひそ)かな)注目とやっかみの対象になっているとする報道もある。欧米から見てもそうであり、日本の油断なのか、日本の謎・不思議なのか、今後の行方が非常に注目されている。

ただし、歴史を振り返ってみると、強権行使をなるべく避けるこの日本行政の姿勢は、それと全く正反対に全体主義的であった大日本帝国の過去の敗戦の反動である。そして、その意味では、その時に大日本帝国と戦って、その体制を倒した中国や欧米との因縁(おかげ)ということにもなるだろうか。

 

13.なぜ日本は被害が少ないのか:日本の謎か油断か 

この中国や欧米との大きな違いの原因が何かについては、いろいろな意見がある。もちろんその前に、これは単なる何かの偶然であって、油断していれば欧米と同じように感染爆発を招いて痛い目にあう可能性があるという見方は、油断を戒めて最善の努力を尽くすうえでは必要だろう。しかし、違いがある以上は、何らかの科学的な理由があるはずである。これまで指摘されたところは、だいたい以下のようなものである。

①行動習慣

欧米ほどには濃厚でない他人との身体接触の行動習慣や、強制力なしでも、集団の中で必要とされる行動を自らとる日本人の自律的な行動規範。 

②食生活習慣(免疫が強める食生活)

日本の緑茶が、新型コロナウイルスにも抗ウイルス作用を持つカテキンを特に多く含んでいること(紅茶など比較しても)。重症化をもたらす免疫の過剰反応(サイトカインストーム)を防ぐ作用がある海藻類(ワカメ・昆布・もずく)などの消費量が多いこと。味噌・納豆などは、免疫力に非常に関係が深い腸内細菌を整えること。重症患者には過体重の人が多いが、その点に関しても、欧米の食生活に比較し、和食は理想の健康食ともいわれる。

③衛生管理に優れていること

手洗いや入浴などの、そもそもの綺麗好き、衛生的な都市生活環境、さらに新型コロナ問題以前からの毎年のインフルや花粉症の流行から手洗いやマスクの習慣が広がっていたこと。 

④平等性の高い社会構造・医療制度

貧富格差の少ない社会と国民皆(かい)保険(ほけん)に基づく平等で高水準な医療システム。欧米では、黒人などの少数派の人種の被害や、貧民街の住民の被害(シンガポールも)が大きい。

⑥クラスター潰しを軸とした今回の日本政府の対策の効果 

⑦日本人は、すでに一定の免疫を有しているという仮説

日本が義務付けている(欧米は義務付けていない)結核予防のBCGワクチンの接種が新型コロナウイルスにも効果があるという仮説がある(一部の外国は効果を確認する臨床試験を開始している)。また、中国に近い日本には、症状の軽い初期型のウイルス(S型)による感染が昨年末からすでに広がっており、多くの人が部分的な免疫を獲得したという仮説がある(京都大学教授 上久保靖彦氏ら)。

こうした、いろいろな説はあるが、今のところ科学的にはよくわからない。仮に将来において、科学的な理由が判明して、諸外国と分かち合えるものがあるならば、ぜひともそうしたいものである。

それから、何が原因であろうとも、今世界全体の連帯が必要な中で、世界的な視野を持たずに、単に現状に不満ばかりを言うよりは、この得難い幸運をよく認識することは重要に思われる。そして、それを実際に支えているエッセンシャルワーカーなどの人たちに感謝し、さらに、高度な分業で成り立っているこの社会を支える万人・万物に感謝するべきだと思う。そして、感謝のようなポジティブな感情は、免疫力を高めるという医学的な研究結果が確立している。こうして、「情け」ならぬ、「感謝は人のためならず」ということができるだろう。

最後に蛇足ながら、宗教思想家としては、この幸運な状況が、もし上記のような国民性のおかげであるならば、それを作ったご先祖様への感謝もした方がよいような気がする。

 

14.個々人が自分自身の自然免疫を高める重要性 

こうして、私たちは、今のところ決め手がない問題に対する長期戦の中にある。そして、前に述べたように、それを前向きに逆活用して、自分たちの新しいライフスタイルを確立するという考え方がある。

そして、それを考える上で、重要なポイントの一つとして、日常から、個々人が自分の心身の健康=自然免疫を高める努力をすることがあることには疑いの余地はないだろう。

新型コロナウイルスのワクチンや特効薬の開発は、期待はできるが、やはり不確かであり、少なくとも1年は要するし、それ以上かもしれない。また今後、さらなる新型ウイルスが現れる可能性も否定できない。その前に、季節性インフルエンザなどの既存の感染症も、近年は拡大傾向にあって、気づかないうちに多くの犠牲者を出していたところであった。

これらの現象を見れば、現在の社会には、今回の新型コロナウイルスに限らず、感染症一般に関する重大な健康問題が存在することを示していると思う。

 

15.感染予防・免疫の強化の基本事項 

感染予防と免疫強化は、主に二つに分けることができると思う。一つ目は、なるべく体内へのウイルスの侵入を回避することである。二つ目は、ウイルスが侵入しても増殖感染せず、ないしは重症化しないように抵抗力=免疫力を形成することである。

 まず、ウイルスの体内への侵入を回避するための努力として指摘されることをまとめると、以下のとおりである。

① 密閉・密集・密接(いわゆる「3密」)の空間を避ける

換気のない密閉した空間を避ける(なるべく換気する)。人が密集した空間を避ける。他と接近した状態での会話などの発生を避ける。なお、他と接近する場合も、マスクを着用するが、互いが、相手にうつすことは避けやすくなる。しかし、マスクによって、他人からうつされることを防ぐことはできないという。

② 日常の手洗い・洗顔

手の全体をよく洗う。洗い損ねる場所が少なくない。洗うために石鹸・ハンドソープ・アルコール消毒剤の利用が推奨されている。ただし、一部には、消毒しすぎる場合、善玉菌も殺して長期的に逆効果という説も、一考に値する(後に述べるように、体の健康・免疫力が最後の決め手になる)。なお、汚い手で顔を触らないことも、よくいわれる。

③ うがい

うがいの有効性には、十分な医学的な証拠はないとされる(ただし、全くないわけではない)。欧米では推奨されておらず、日本が独自に推奨する習慣である。うがいは喉の奥には届かず、鼻のウイルス感染には無効であるという。

なお、うがいは、口(歯の部分)と喉の「2度うがい」が推奨されることがある。一方、うがい薬の感染症予防の有効性の証拠はないとの報告がある。その逆に、単なる水うがいの方が、うがい薬を用いたうがいよりも有効だったという研究結果がある。その理由は、うがい薬は殺菌力が強すぎて、善玉菌まで殺すためという推測がある。

一口のお茶(特にカテキンの多い緑茶)を頻繁に飲むこと=飲みうがいは、科学的に有効と思われて推奨する医師も少なくない。頻繁に飲んで喉のウイルスを胃に送り込めば、胃酸で殺菌されるため、喉からウイルスが侵入することを防ぐという。

④ マスクの着用

主に他人にうつさないようにするためで、自分の感染予防ではない(ただし、至近距離から他人の飛沫を口周辺に直接浴的に浴びることは物理的に避けられるだろう)。また、使い方としては、紐の部分だけを触ってマスクを脱着することなど、使い方に色々な注意の推奨がある。

⑤ 室内の換気(加湿)

密閉空間はウイルスが溜まりやすいので換気する。加湿に関しては、新型ウイルスの感染と湿度の関係を示す医学的な証拠は十分にはないが、最近の米国の政府機関の発表では、高温多湿の状態の方が、ウイルスの働きが鈍るというものがある。しかし、インフルを含めた感染症全体の予防のためにも加湿は有効だろう。

⑥ 室内の消毒

特に感染が疑われる人と同居している場合は、強く推奨される。ドアノブなど皆の手の触れる所を消毒する。消毒のためには、次亜塩素酸やエタノール消毒剤が推奨されている。ただし、厚生労働省のHPでも推奨されている、次亜塩素酸ナトリウムの漂白剤は、それを十分に薄めて使わなければならない等、使用上の注意が煩雑なために、失敗する人が少なくないようだ。次亜塩素酸水の商品ならば(多少高価ではあるが)、その心配はないだろう。

それから、パソコン・スマホは、よく手に触れるものだが、見過ごされがちである。トイレ・洗面に関しては、糞尿にウイルスが混ざることがあるので、その消毒は重要である。また、トイレの蓋は、閉めた上で水を流すことが推奨される。開けたまま一気に水を流した場合、水の勢いでウイルスが空中に舞い上がる可能性があるからである。

以上は、繰り返しになるが、ウイルスに接触しないようするためか、もしくは接触しても瀬戸際で洗浄して体内への侵入を予防するための対策である。しかし、結果として完全に侵入を防げるものではないので、その場合に備えて、「体の免疫力」を高め、感染・発症・重症化を防ぐことが最終的な防御行動になる。

そのためには、以下のようなことがポイントだろうと思う

 

16.生活習慣・身体的な側面

まずは、免疫を高めるための食事・運動・睡眠といった生活習慣・身体的な側面による免疫の強化について述べる。その中でまずは、飲食の面である。

(1)食事 

① 水分補給

一般に水分が不足し、体が乾燥すると、排尿が衰え、体内の毒素の排泄が滞る。また喉などが乾燥している場合は、そのぶんウイルスが生き残りやすいとされる

② 緑茶

緑茶に多く含まれるカテキンは、新型ウイルスに対して、最高の抗ウイルス作用を持つ食品成分ともされる。一口の緑茶を頻繁に飲めば、喉の乾燥を防ぐとともに、喉のウイルスを胃に洗い落とし胃酸で殺菌できる。緑茶が、お茶の中ではカテキンの成分が最も多いとされる。

③ 緑黄色野菜

βカロテンが免疫を高めるといわれる。

④ 発酵食品

腸内細菌を整えるとされる。味噌・納豆、ヨーグルト・乳酸菌飲料など。腸内細菌は全免疫力の7割ともいわれる。

⑤ 海藻類・フコイダン

ワカメ・昆布・モズクなど。若者の重症化をもたらす免疫の過剰反応であるサイトカインストームという現象を抑制する作用があるとされる。 

⑥ キノコ類(キノコ・シイタケなど)

ビタミンDが含まれ、感染症によい。 

最後に、食べ過ぎによる太りすぎは、新型コロナウイルスの感染においては、よくない。過体重の人が重症化するデータがある。最後に、私的見解ではあるが、以前から和食は理想的な健康食といわれることが多いが、上記の食品のリストを見れば、感染症の予防・免疫強化においても実際にそうだと思う。これを機会に、西洋化した日本の食事を見直してもよいのではないだろうか。

(2)睡眠

睡眠は、リズミカルな睡眠、夜更かしを避けるなどが推奨されている。

また、現代においては、精神的なストレスによる不眠症が増えているので、この点に関

しては、次項の免疫強化に役立つ精神面の作業を参照されたい。

(3)運動

運動は、低強度運動・有酸素運動が良いとされる。生活習慣病の予防も同様である。激しい運動は、体力を消耗して、逆に免疫を弱めるとされている。低強度運動の典型は、ヨーガの体操・ストレッチや、(少し速めの)歩行であろう。実際に、ヨーガのストレッチによって、免疫を構成する抗体の源である免疫グロブリンが増大したという研究報告がある。

また、ヨーガは、単に免疫を強化する低強度運動という物理的・生理的な効果があるだけでなく、それによる精神安定の促進から来る免疫強化の効果を期待することができるが、これについては次項で述べる。

また、野外での歩行は、3密を避けなければならないが、日光を浴びることで、免疫を強化するビタミンDを体内で作成することができる効果もある。さらに、最新の米国政府の研究発表では、新型コロナウイルスが太陽光に弱く、浴びると不活性化するという報告がある。

ただし、強い日光を浴び過ぎると紫外線による皮膚等への被害が出るので、日射しの強い季節には注意を要する。ビタミンDの作成には、20分ほどの短時間の露出でよいとされる。また朝の日射しは柔らかいので、うつ病の治療にも、早朝に日光を浴びる日光療法が推奨されている。

その意味では、次項の精神的な安定の促進による免疫の強化とも関係する。

なお、ここでのヨーガとは、本場インドの源流のヨーガのことである。今流行の巷のヨーガ教室には、ホットヨーガ、パワーヨーガなど、身体的な美・ダイエット等が主たる目的のものがある。それは、心身の健康・心の安定を目的にしたものではなく、時に動きが激しすぎるために、体を痛めたり、肺機能に負担をかけたりして、免疫という点からは逆効果のものも多いので、注意が必要である。

本来の低強度運動としてのヨーガであれば、下記の通り、精神的な視点で免疫を高める効果もある。

 

17.精神面からの免疫の強化:精神状態と免疫は深い関係がある

精神状態と免疫は、深い関係があるとされる。精神の安定やポジティブな感情は、感染した細胞を死滅するNK細胞を活性化させて免疫を高めることが、研究によって確認されている。また、逆にストレスは、免疫を低下させる要因となるという研究報告もある。

その点から見て、ヨーガ・仏教は、そもそも精神を安定させる、肯定的にすることが、その主たる目的ともいうことができる修練体系である。ヨーガという言葉の原意自体が、心の静止ないし制御である(厳密には「心の働きの止滅」)。本章の末尾の資料には、ヨーガによる免疫力の向上を示す様々な研究報告のリストがあるので、参照されたい。

また、仏教が説く「止(し)観(かん)」の瞑想の中の「止(し)」の瞑想は、心を静める、静止させるための瞑想である。禅定の修行も同様である。また、仏教の修行の中には、静まった心を培うためにも、他に対する肯定的な心の働きかけとして、慈悲・利他・感謝と恩返し(報恩)といった瞑想や日常実践が説かれている。こうして、仏道修行は、心の安定と肯定的な心の働きを培うものであり、免疫の強化に役立つものである。

なお、瞑想以外にも、ヨーガや仏教の身体行法は、身体をコントロールすることで、心の状態・生理的な状態を安定させる効能がある。

第一に、ヨーガのアーサナ(体操・座法・体位法)がある。ヨーガにみられる筋肉をほぐす運動(筋肉弛緩法)は、心を安定させることが、身体心理学の分野で実験によって確認されている。また、コルチゾールなどのストレスの指標が改善し、免疫グロブリンが増大して免疫力が強化されることが報告されている。

また、このヨーガのアーサナは、座法・体位法とも訳されることがあり、体操によって心身をほぐして整えて、正しい安定した姿勢で快適に座って瞑想ができるようにするためのものである。身体心理学の研究でも、背筋が伸びた正しい姿勢は、心の安定とも深い関係があるとされている。

第二に、ヨーガのプラーナーヤーマ(呼吸法・調息法・調気法)がある。身体心理学の研究結果においては、単なる深呼吸よりも、息を吸った後に少し止めて、息をゆっくりと出す(長い呼気)が、精神の安定に有効であることが示されている。それとともに、PETCO2などのストレス指標が改善されることが報告されている。また、仏教で説かれる呼吸を意識化する呼吸法や、ヨーガのプラーナーヤーマの呼吸法が、肺結核の感染症の治療を助けるとの報告もある(末尾の資料⑦)。

第三に、ヨーガのマントラ(真言)にも、精神的な効果が認められている。身体心理学の実験では、特定の発声が精神の開放・安定に関係するとの研究報告がある。特に「アー」音などが有効との身体心理学の報告があるが、マントラ・真言には、この音が多く含まれている。

最後に、精神面の所でも述べたが、仏教の歩行瞑想(経(きん)行(ひん))も、心の安定に向けた精神的・身体的な効果があると思われる。

その一つとして、歩行と瞑想を組み合わせたものとして、マインドフルネス・ウォーキングがあるので簡単に紹介したい。

まずは、背筋を伸ばし、体の力は抜く。そうできるように、歩行を開始する前にアーサナ(体操)によって体の各部をほぐしておくとよい。

そして、視線は下向きにならないようにして、姿勢を正しつつ、呼吸のテンポと歩行のテンポを同期させるようにする。

そして、下腹部と足の感覚に注意を集中しながら、下腹を前進させていくイメージで、体や感覚を感じながら歩くようにする。

  

※参考情報1:ヨーガが免疫力を含む健康増進に役立つとの研究報告

ヨーガは、心身の両面から、免疫力を含めた健康の増進に役立つという多くの研究報告がありますので、ご紹介します。

ただし、新型コロナウイルスに関連しての報告ではありませんので、ご注意ください。

「米国精神医学誌」研究報告
「カウンセリング研究」学会誌の研究論

「国際行動医学会」研究論文

「大阪経大論集」(大阪経済大学の研究論文) 

「社会医学研究」学会の研究論文

早大助教授の研究:風邪・インフルの予防

厚生労働省HP:ヨーガと感染症:肺結核

厚生労働省HP:ヨーガと感染症:HIV

米国ハーバード大・メディカルスクールの研究

その他

 

※参考情報2:身体心理学とその研究結果

身体・身体の動き・心の相互作用の視点から、心に取り組む身体心理学というものが、早稲田大学名誉教授である春木豊博士によって提唱されている。春木博士は行動主義心理学、健康心理学を研究し、ヨーガ、気功、禅などの実践もするなかで「身体心理学」を提唱した。

東洋においては、ヨーガや気功など、体と体の動きと心の関係が古くから知られ、心身(しんじん)一如(いちにょ)という言葉もある。心身医学や健康心理学で心身の相関性は指摘されるが、身体心理学は、そこに「体の動き」というものを加え、より体と心の関係を明確にした。そして、身体心理学が目指すところは、ストレスへの耐性を高めること、心身のウェルビーイング(良好な状態)である。

以下は、その研究結果の一部の紹介である。

① 呼吸が生理に及ぼす影響

呼吸と血圧、心拍との関係を示す研究を紹介する。3つの呼吸法で実験を行った。

①腹式呼吸で呼気を長く行う ②腹式呼吸で呼気を短く行う ③深呼吸 である。

実験前に血圧、心拍数を測り、気分評定表のチェックをした。実験直後に血圧、心拍数の測定をし、5分休憩後に再度測定をした。その結果、いずれの呼吸法でも血圧は下がったが、呼気を長く行った呼吸法(長息)が、最も下がり方が大きかった。長息は、血圧が下がった状態が持続したが、他の呼吸法は時間とともに元に戻った。心拍数は、どの呼吸法でも実験後上昇し、5分の休憩で急速に低下した。

このことから、長い呼気が、血圧を下げるのに効果的であること、副交感神経を優位にし、生理的安定をもたらすことがわかる。また、ゆっくりした呼吸と速い呼吸で、心拍数と呼気終末二酸化炭素(PETCO2:PETCO2は呼吸によって吐き出された気体中のCO2の分圧(割合))の量を比較した実験では、ゆっくりした呼吸では、心拍数が下がり、呼気終末二酸化炭素の値が上がった。呼気終末二酸化炭素はストレスあるときは値が下がるので、ゆっくりした呼吸によって生理的緊張状態が改善できることを示している。

 

② 呼吸が心理に及ぼす影響

腹式呼吸の実験において、気分の調査を行った。「落ち着いた--興奮した」「くつろいだ--緊張した」など、気分を表す対になった言葉を示し、その間を10段階で評価してもらった。

その結果、長い呼気では、短い呼気や深呼吸よりも、落ち着いた気分、くつろいだ気分になる傾向が大きかった。腹式呼吸で長い呼気をすると、リラックス効果がもたらされることを示している。

また、意識的に呼気を長くすることで、「タイプA性格」という、怒りやすい、焦りやすいという性格の人たちに効果があることがわかっている。長い呼気を行うと、「時間的切迫感」「焦りを感じて落ち着かない」というタイプAの傾向が低くなることがわかった。

 

③ 筋肉の弛緩法が心理・生理に及ぼす影響

健常者に、ジェイコブソンの漸進的弛緩法(体の各部位を順次弛緩させていく方法。一度緊張させて緩めるという手順をとる)を行い、実験した。事前に、不安尺度、ストレス状態を調べる尺度に回答してもらい、そのときのリラクゼーションの程度も10段階でチェックし、生理的検査として心拍数を測り、唾液を採取した。

この後、被験者は、筋弛緩法を20~25分行った。事後に、事前に行った検査を行った。比較対象として、筋弛緩法をやらないで静かに座っている被験者も同じように検査した。その結果、筋弛緩法を行った被験者は、不安、ストレスの程度が下がり、リラクゼーションの程度が上がった。筋弛緩法をやらないで静かに座っている被験者には、変化がなかった。筋弛緩が、心理的緊張を下げることがわかった。

心拍数は、筋弛緩法を行った被験者は低下し、行わなかった被験者は変化がなかった。また、唾液から抽出されたコルチゾールは、筋弛緩法を行った被験者は低下し、行わなかった被験者は変化がなかった。コルチゾールは。、ストレスが高まると値が大きくなるので、筋弛緩法はストレスを下げたといえる。また、唾液からの免疫グロブリンが、筋弛緩法を行った被験者は増えていて、行わなかった被験者は変化がなかった。

このことから、筋弛緩が、免疫力を高めたといえる。

また、弛緩法が、恐怖心を弱めることができるという実験結果もある。恐怖心と筋緊張が、密接に関連していることを示していて、心の緊張と体の緊張は、同義であるといえる。

 

④ 発声が心理に及ぼす影響

被験者に「アー イー ウ~ン エー オー」を発声してもらい、それぞれの発音に感情評定してもらった。「ウン」は温かい、ゆったりしたという回答が多かった。「ウ~ン」は落ち着いた気分、「アー」は開放的な気分をもたらした。

 

⑤ 姿勢が心理に及ぼす影響

顔の方向が上向き・正面・下向きで、それぞれについて背骨を直立と曲げたものの、計6種類の姿勢をとってもらい、それぞれどのような気分を感じるかを17の形容詞対で評定してもらった(「生き生きした--生気がない」「自信がある--自信がない」「明るい--暗い」など)。首を下向きにすると、他の向きよりネガティブな気分になる、背骨を曲げると、ネガティブな気分になることがわかった。

最もネガティブな気分になるのは、首を下向きにして、背骨を曲げる姿勢である。この姿勢はうつと関係がある。うつ気分になるとうつむき姿勢になるが、うつむき姿勢でうつ気分にもなるといえる。

 

⑥ 姿勢が知覚・心理に及ぼす影響

音楽を聴くときの姿勢が、音楽の知覚にどのように影響するかという実験では、仰向けの姿勢、背筋を立てて正面を向く姿勢、背骨を曲げてうつむく姿勢の3つの姿勢で、行進曲風の明るい曲を聴いてもらった。

うつむき姿勢で聴くと、他の姿勢よりネガティブな感じに聞こえるという結果であった。姿勢は、環境からの情報を受け取る場合に影響を与えるということが示唆される。

姿勢と前頭葉との関係を調べた。直立姿勢とうつむき姿勢で「さ」「み」などからはじまる名詞をたくさん言ってもらう知的作業を行った。そのときの前頭葉の活性度を調べた。

その結果、直立姿勢のときは前頭葉が活性化したが、うつむき姿勢のときは活性化しなかった。うつ状態の人は、知的作業をするとき、前頭葉が不活発であるという研究もある。うつむく姿勢は、うつ気分と関係し、知的活動も低下することがわかった。

また、小学校、中学校で、しっかり座ると腰が立つ椅子を使うことで、従来の椅子と比べ「落ち着く」「生き生きした感じ」「くつろぐ」との評価があった。この椅子を半年間使って、姿勢への意識や学校生活に対する意識がどのように変わったか観察した結果、「授業中に姿勢を気にするようになり」「自分の姿勢はよい」という意識が高まり、「いらいらすること」が少なくなり、代わりに「落ち着いて勉強できる」ようになった。教師たちも、従来より生徒たちのやる気、集中力が増したと評価している。

また、姿勢に対する意識が高まった生徒では、物事に飽きるということが減少し、頭がすっきりする程度も高まった。自己統制力が高まった。そうでない生徒では、そのような結果はなかった。

 

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