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身体の心理学 ~動きが心を作る~

心の問題に取り組む場合、直接心にアプローチする心理療法や脳に作用を及ぼす薬物という手段がとるのが一般的であるが、身体・身体の動き・心の相互作用の視点から心に取り組む身体心理学というものが、早稲田大学名誉教授である春木豊博士によって提唱されている。春木博士は行動主義心理学、健康心理学を研究し、ヨガ、気功、禅などの実践もするなかで「身体心理学」を提唱した。

東洋においては、ヨガや気功など体と体の動きと心の関係が古くから知られ、心身一如という言葉もある。心身医学や健康心理学で心身の相関性は指摘されるが、身体心理学は、そこに「体の動き」というものを加え、より体と心の関係を明確にした。
そして、身体心理学が目指すところは、ストレスへの耐性を高めること、心身のウェルビーイング(良好な状態)である。


1.動きと心の関係

(1)心は動きから生じた
心の研究である心理学では基礎分野において、知覚,記憶,理解など対象を認識する作用を研究する認知心理学が盛んである。これは、脳科学の発展と関連している。心は脳の働きによって理解出来るという風潮が広がっているが、身体心理学では、はたしてそれだけで心が理解出来るのかという視点に立っている。もちろん、脳と心の関係を否定しているのではなく、それだけでは足りないのではという視点である。

ここに興味深い研究がある。漢字を思い出すのに、多くの人が手を動かすということをもとに行われた。漢字を思い出すときに、手を動かすのを禁じられたグループと自由に手を動かすことを許されたグループとで、漢字を思い出せることに違いがあるかの実験を行った。結果は、手を動かせた方が明らかに成績がよかった。

このことは、記憶を想起するという知的な働きが単に脳の働きだけでなく、末梢である手の動きが関与していることを示すものである。

脳は進化の後半に生まれたものである。はじめに末梢の四肢の活動の経験があり、その経験の蓄積によって形成されたのが脳という器官であるということだ。このことから、身体心理学は、「心は身体の動きから生まれた」という主張をする。

(2)心の始まりは感覚にある
心には知の働きと情の働きがある。情には、感情、情動、気分など微妙な違いがあるが、情は感動や実感をもたらす。そして、この感情、気分というものは、体の動きから生じる感覚と関連している。快-不快、緊張-弛緩など、感覚と気分・感情は結びついている。


2.動きについて

(1)身体心理学が扱う動きとは、以下の2つに分類される

①体動:体表の筋肉の微細な動きである表情、目線、姿勢などの動きで、かなり反射的な動きである。
②動作:体全体の動き。生活のなかでのあらゆる動きはこの動作である。

(2)意志(意識)的動きと無意志(無意識)的動き
動きには、生理的な反射の反応(レスポンデント反応)と意志的反応(オペラント反応)
がある。そして、生理的な無意識的な反射と意志的意識的な反応の両面を合わせ持った反応もあり、それをレスペラント反応と呼ぶことにする。

レスペラント反応は、体 (レスポンデント反応)と心(オペラント反応)の両方にまたがったものであるため、体と心に影響を及ぼすことができるものであるため、身体心理学ではレスペラント反応に焦点を当てて研究する。

(3)レスペラント反応の種類
①呼吸反応
②筋反応:筋肉の緊張と弛緩の反応
③表情
④発声
⑤姿勢反応
⑥歩行反応


3.レスペラント反応と生理・心理との関係

(1)呼吸反応
①心の状態が呼吸に及ぼす影響
被験者にストレスとなる作業をしてもらい、そのときの呼吸の状態を見るという実験を行った。具体的には、やさしい加算作業→難しい加算作業(ストレス)→やさしい加算作業→交通マナー教育の映画を見る→交通事故の映画を見る(ストレス)→交通マナー教育の映画を見る→二〇度の水に手を入れる→四度の水に手を入れる(ストレス)という作業である(『動きが心をつくる』春木豊著 講談社新書)。

各課題作業の間には安静時間を設けた。呼吸の変化状況は、作業の時と安静で比較した。呼吸は、呼吸の時間、吸気の時間、呼気の時間、呼気から吸気に転じるまでの間の時間について観測した。
結果は、作業時は安静時より呼吸の時間が短くなる傾向が見られた。冷たい水に手を入
れるストレス刺激において、呼気が長くなり、呼気後の吸気に入るまでの間が短くなった。

呼気後の間が短くなったのは、加算作業においても顕著であった。これはストレス状況(緊
張)では、ゆったりした呼吸ができないということを表している。

このことから、仮に逆もまた真であるならば、心理的緊張状態になったときに、ゆっくりとした呼吸、特に呼気から吸気に転じるときに間を長くすることで、落ち着きを取り戻せるだろうことが推察される。

②呼吸が生理に及ぼす影響
呼吸と血圧、心拍との関係を示す研究を紹介する。3つの呼吸法で実験を行った。1.腹式呼吸で呼気を長く行う 2.腹式呼吸で呼気を短く行う 3.深呼吸 である。

実験前に血圧、心拍数を測り、気分評定表のチェックをした。実験直後に血圧、心拍数
の測定をし、5分休憩後に再度測定をした。その結果、いずれの呼吸法でも血圧は下がっ
たが、呼気を長く行った呼吸法(長息)が最も下がり方が大きかった。長息は血圧が下が
った状態が持続したが、他の呼吸法は時間とともに元に戻った。心拍数はどの呼吸法でも
実験後上昇し、5分の休憩で急速に低下した。

このことから、長い呼気が血圧を下げるのに効果的であること、副交感神経を優位にし生理的安定をもたらすことがわかる。また、ゆっくりした呼吸と速い呼吸で、心拍数と呼気終末二酸化炭素(PetCO2:PetCO2は呼吸によって吐き出された気体中のCO2の分圧(割合))の量を比較した実験では、ゆっくりした呼吸では、心拍数が下がり、呼気終末二酸化炭素の値が上がった。呼気終末二酸化炭素はストレスがあるときは値が下がるので、ゆっくりした呼吸によって生理的緊張状態が改善できることを示している。

③呼吸が心理に及ぼす影響
腹式呼吸の実験において、気分の調査を行った。「落ち着いた-興奮した」「くつろいだ
-緊張した」など気分を表す対になった言葉を示し、その間を10段階で評価してもらっ
た。その結果、長い呼気では、短い呼気や深呼吸よりも、落ち着いた気分、くつろいだ気
分になる傾向が大きかった。腹式呼吸で長い呼気をするとリラックス効果がもたらされる
ことを示している。

また、意識的に呼気を長くすることで、「タイプA性格」という怒りやすい、焦りやすい
という性格の人たちに効果があることがわかっている。長い呼気を行うと、「時間的切迫感」
「焦りを感じて落ち着かない」というタイプAの傾向が低くなることがわかった。

(2)筋反応
筋反応は筋肉の緊張と弛緩の反応である。

① 弛緩法の心理、生理に及ぼす影響
健常者にジェイコブソンの漸進的弛緩法(体の各部位を順次弛緩させていく方法。一度緊張させて緩めるという手順をとる)を行い実験をした。事前に、不安尺度、ストレス状態を調べる尺度に回答してもらい、そのときのリラクゼーションの程度も10段階でチェックし、生理的検査として心拍数を測り、唾液を採取した。

この後、被験者は筋弛緩法を20~25分行った。事後に事前に行った検査を行った。比較対象として、筋弛緩法をやらないで静かに座っている被験者も同じように検査した。

その結果、筋弛緩法を行った被験者は、不安、ストレスの程度が下がり、リラクゼーションの程度が上がった。筋弛緩法をやらないで静かに座っている被験者には変化がなかった。筋弛緩が心理的緊張を下げることがわかった。

心拍数は筋弛緩法を行った被験者は低下し、行わなかった被験者は変化がなかった。また、唾液から抽出されたコルチゾールは筋弛緩法を行った被験者は低下し、行わなかった被験者は変化がなかった。コルチゾールはストレスが高まると値が大きくなるので、筋弛緩法はストレスを下げたと言える。また、唾液からの免疫グロブリンが筋弛緩法を行った被験者は増えていて、行わなかった被験者は変化がなかった。このことから、筋弛緩が免疫力を高めたと言える。

弛緩法が恐怖心を弱めることができるという実験結果もある。恐怖心と筋緊張が密接に関連していることを示していて、心の緊張と体の緊張は同義であるといえる。

(3)表情
①表情と心理の関係
被験者に前歯でペンを噛んでマンガを読む、このときの顔面反応は笑顔のときとほぼ同じになる。ペンを唇で押さえてくわえてマンガを読むことも行った。結果は、前歯でペンを噛んだ被験者の方が面白さを感じたという結果が出た。笑顔の時の口角が上がる表情が快感情を起こしたと考えられる。

別の実験では、「イー」(口が横に広がる)という発声と「ムー」(唇がとんがる)という発声をしてもらい、気分に与える影響を調べた。結果は、快-不快の気分では「イー」の方が「ムー」より快であるとの回答が多かった。緊張-弛緩では「イー」の方が弛緩する。興奮-鎮静では「イー」の方が鎮静の気分になるという回答が多かった。

また、楽しい映画を見てもらうが、顔面反応(表情)を禁止した被験者と自然に反応してもらった被験者にわけて行った。結果は、自然な反応ができる被験者の方が面白さを感じやすかった。このことは、顔面反応を抑制すると感情も抑制されるということを表していると思われる。

(4)発声
①発声が心理に及ぼす影響
被験者に「アー イー ウ~ン エー オー」を発声してもらい、それぞれの発音に感情評定してもらった。「ウン」は温かい、ゆったりしたという回答が多かった。「ウ~ン」は落ち着いた気分、「アー」は開放的な気分をもたらした。

(5)姿勢
①姿勢が心理に及ぼす影響
顔の方向が上向き・正面・下向きで、それぞれについて背骨を直立と曲げたものの計6種類の姿勢をとってもらい、それぞれどのような気分を感じるかを17の形容詞対で評定してもらった(「生き生きした-生気がない」「自信がある-自信がない」「明るい-暗い」など)。首を下向きにすると他の向きよりネガティブな気分になる、背骨を曲げるとネガティブな気分になることがわかった。最もネガティブな気分になるのは、首を下向きにして、背骨を曲げる姿勢である。この姿勢はうつと関係がある。うつ気分になるとうつむき姿勢になるが、うつむき姿勢でうつ気分にもなるといえる。

②姿勢が知覚に及ぼす影響
音楽を聴くときの姿勢が音楽の知覚にどのように影響するかという実験では、仰向けの姿勢、背筋を立てて正面を向く姿勢、背骨を曲げてうつむく姿勢の3つの姿勢で行進曲風の明るい曲を聴いてもらった。うつむき姿勢で聴くと他の姿勢よりネガティブな感じに聞こえるという結果であった。姿勢は環境からの情報を受け取る場合に影響を与えるということが示唆される。

姿勢と前頭葉との関係を調べた。直立姿勢とうつむき姿勢で「さ」「み」などからはじまる名詞をたくさん言ってもらう知的作業を行った。そのときの前頭葉の活性度を調べた。その結果、直立姿勢のときは前頭葉は活性化したが、うつむき姿勢のときは活性化しなかった。うつ状態の人は知的作業をするとき、前頭葉が不活発であるという研究もある。うつむく姿勢はうつ気分と関係し、知的活動も低下することがわかった。

③姿勢の教育
小学校、中学校で、しっかり座ると腰が立つ椅子を使うことで、従来の椅子と比べ「落ち着く」「生き生きした感じ」「くつろぐ」との評価があった。この椅子を半年間使って、姿勢への意識や学校生活に対する意識がどのように変わったか観察した結果、「授業中に姿勢を気にするようになり」「自分の姿勢はよい」という意識が高まり、「いらいらすること」が少なくなり、代わりに「落ち着いて勉強できる」ようになった。教師たちも従来より生徒たちのやる気、集中力が増したと評価している。

また、姿勢に対する意識が高まった生徒では、物事に飽きるということが減少し、頭がすっきりする程度も高まった、自己統制力が高まった。そうでない生徒では、そのような結果はなかった。

(6)歩行
①歩行と感情の関係
怒り、喜び、悲しみの感情のときの歩行動作の特徴にもとづいた歩行を被験者にしてもらい、そのときの感情についての回答をしてもらった。被験者がその歩行の仕方が感情と関係があることは知らされていなかった。結果は、怒りの歩行では怒りの感情、喜びの歩行では喜びの感情、悲しみの歩行では悲しみの感情がそれぞれ多く回答された。ある程度、歩き方と感情が対応していることがわかった。

また、短い歩幅で歩くと地味で、自信がなく、抑圧された気分になること、歩幅が長くなるほど、派手で、自信があり、開放された、外向的な気分になった、という研究もある。

さらに、遅いテンポで歩くと、活動性が低くなり、速いテンポで歩くと活動性が高まったという実験結果もある。


4.心身のウェルビーイングを得る

ウェルビーイングとは、心身ともに「良い状態である」、「健やかに存在している」ということである。ウェルビーイングに寄与するものとして、気分/感覚のバランスをとり、充実させることが必要であると身体心理学ではいう。つまり、心身のウェルビーイングを実現することが身体心理学の目的である。そのためには、気分/感覚のコントロールが必要であるということである。

(1)気分/感覚
気分/感覚はレスペラント反応と関係している。レスペラント反応を操作することで、気分/感覚をコントロールする。

以下でどのレスペラント反応と気分/感覚が対応しているか示す。

気分/感覚
呼吸:興奮-沈静、
筋反応:緊張-弛緩、
表情:快-不快、
発声:開放-閉鎖、
姿勢:覚醒-まどろみ、
歩行:活発-不活発

このレスペラント反応と気分/感覚の対応は上記のように1対1対応ではなく、実際は、どのレスペラント反応を実践してみても、様々な気分/感覚が生じる。例えば、呼吸反応は興奮-沈静が主たる体験であるが、同時に緊張-弛緩の体験もある。したがって、この対応関係の表記は多分に単純化された便宜的なものであると考える必要がある。

(2)レスペラント反応の操作による気分/感覚のコントロールする実践法
①ヨガ体操、気功
②呼吸法:腹式呼吸:呼気を長く、また、呼気から吸気に転じるときの間を長くする。
③姿勢:背筋を伸ばし正面をむく
④歩行:マインドフルネス・ウォーキング
呼吸のテンポを整える。歩幅は自分の足の長さに合わせて無理のないように行う。
姿勢は背筋を伸ばす。視線は下向きにならないようにする。
姿勢を正し、呼吸のテンポと歩行のテンポを同期させ、下腹部と足の感覚に注意を集中し、下腹を前進させてゆくイメージで、体や感覚を感じながら歩く。

 

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