人の煩悩(=過剰な執着・嫌悪)を生む脳の神経伝達物質の理論(脳科学)
本来は生命維持のためにあった脳の感情制御システムが、現代社会には適応できずに、下記の通り、様々な意味で、暴走・麻痺・機能不全を起こしているとも解釈できます。
感情制御システムは3つあります。
(1)脅威システム
生物にとって生命の危険・脅威に対処・反応する仕組みです。脳内物質のアドレナリンと関係しています。
脅威に基づく主な感情は、不安、怒り、嫌悪です。不安を感じることで身をかがめたり逃げたりします。怒りを感じることで闘います。嫌悪によりその物事を回避したりします。危険から逃れるためには迅速な行動が必要ですからこれらの反応は素早いです。
★脅威システムのマイナスの側面
脅威システムはそれ自体で過剰反応するようなシステムであり、他のシステムとの相互関係でコントロールされるものです。
①過大評価
脳が特定の状況での脅威や危険を過大評価します。危険から身を守るシステムですから、ちょっとしたことでも過剰に反応するように設計されています。非常に用心深いというか、些細なことで臨戦態勢をとってしまうということです。料理のためにコンロに火をつけたるたびに火災報知器がなるようなものです。
②肯定的なものを却下してしまう
肯定的な出来事よりも否定的な出来事に注意を向かわせる。
10のうち9肯定的な評価があっても。1つの否定的な評価に意識が集中し思い悩むということなどがそうです。
③否定的なことについて繰り返し考え心配する傾向
解決を得るための思考ではなく、ただ不安を強めるだけの繰り返しの思考。
これらの3つは、認知療法における「認知の歪み(心のくせ)」のパターンにあげられているものの一部であることに気づきます。脅威システムという脳の仕組みによって否定的な認知(ものの捉え方)が生じているということになります。
現代においては生命の脅威ではなくて、批判・否定される時にも(過剰に)分泌され、不安・嫌悪・怒り・ストレスが強くなる傾向があります。
(2)動因と資源獲得のシステム
このシステムはドーパミンという脳のホルモンと関係しています。目標を達成したときに心地よい興奮を与えてくれるホルモンです。
本来、生きるために必要な衣食住を獲得するためにあるシステムですが、現代社会では、「必要」が獲得の理由ではなく、欲望を刺激し、このシステムを過剰に働かせています。また、生存欲求以上の欲求(承認欲求など)を際限なく求めるようになっています。
もっと多くの興奮、もっと多くの物を求めることで、なかなか満足することができない状況になっています。ですから、このシステムが過剰に活性化して、欲求が充足されない時に不満足感、欲求不満を感じ、自分にも不満を感じる状態になります。
もっと多くの強い興奮を得るためにはドーパミンの分泌が増える必要があります。そうして、繰り返しドーパミンの分泌が増えると、ドーパミン神経の感受性が鈍くなり、ドーパミンの分泌が減ります。さらに強い刺激でないと多くのドーパミンは分泌されませんから、満足を感じるだけのドーパミンが出にくくなり、その結果、欲求不満、不快を感じることが多くなります。
自己否定的な自信喪失につながることはわかると思います。ですから、自信をつけるためには、脅威システムが発動されていることに気づき、適切に鎮静化させること。過剰にこのシステムが暴走することをコントロールすることが必要になります。
(3)充足とスージングのシステム ※スージングの意味:沈静・鎮める
動物は、安全な状態、敵の攻撃の危険性のないとき、平安と充足の状態にあります。人間も例外ではありません。このとき脳ではエンドルフィンという物質が分泌されているということです。エンドルフィンは、平穏な充足感を促進し、「脅威システム」と「動因と資源獲得のシステム」のスイッチを切った状態にします。
エンドルフィンは、食欲・睡眠欲・生存欲などの本能的な欲求が満たされる時に分泌され、モルヒネと似た鎮痛・沈静効果があって、喜びを与えるドーパミンを分泌する神経伝達物質でが、(承認欲求が強くて満たされない現代では)これがなかなか出ず、上記のアドレナリンの過剰な分泌(過剰な不安・嫌悪・怒り)を防いだり、ドーパミンの分泌を促進したりできず、心の平安・充足が得られません。
2.対処法
心理学が説く対処法・心理療法は、仏教の修行と酷似しています。
例えば、認知行動療法の流れであるコンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)(英国の心理学者のポール・ギルバート博士が開発)では以下の訓練を提唱しています。
(1)仏教のマインドフルネス瞑想
過剰な執着と嫌悪を和らげ、心を平静にする効果がある。
(2)ヨーガとよく似た呼吸法
呼吸・気の流れを整え、心の安定・エネルギーの充実を図る。
(3)美しい自然や暖かい家などの理想の空間をイメージする瞑想
自分の内側・イメージによって充足感を作り出す。
仏教・ヨーガでも、心の安定・充足を得る象徴物・シンボルの瞑想がある。
(4)自と他双方に対する慈愛の心・行動をイメージする瞑想
他に勝つ・評価を得るのではなく、他に感謝し、他を愛する幸福・喜びの訓練をする(勝利ではなく、感謝と愛による幸福)。