オウムの清算
オウム時代の清算についてのコーナーです

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オウム時代の反省・総括

オウム事件被害者への賠償

  • 被害者賠償金のお支払いについて〈お支払いの最新状況〉(2022/06/18)

     当団体は、オウム真理教犯罪被害者支援機構との間で2009年に締結した新たな賠償契約に基づき、昨日(2022年6月17日)、被害者賠償金25万円をお支払いさせていただきました。

     これにより、当団体発足後の被害者賠償金のお支払いは、以下の通りとなりました。

    ・2007年 6月13日 200万円
    ・    同年 9月26日 200万円
    ・2008年 3月20日 200万円
    ・   同年 7月 9日 200万円
    ・   同年10月 2日 200万円
    ・   同年12月26日 200万円
    ・2009年 4月14日 100万円
    ・   同年 5月 7日  40万円
    ・   同年 7月 8日  60万円
    ・   同年10月 2日  50万円
    ・   同年12月 6日  50万円
    ・2010年 3月17日  75万円
    ・   同年 6月30日  58万7961円
    ・   同年 8月 4日  17万円
    ・   同年 8月30日  50万円
    ・   同年10月12日  50万円
    ・2011年 1月 1日  50万円(2010年度分として)
    ・   同年 5月28日  13万3500円
    ・   同年 6月30日  12万2593円
    ・   同年 7月20日  75万円
    ・   同年 9月 6日  50万円
    ・   同年10月 7日  75万円
    ・   同年11月11日  75万円
    ・2012年 3月 9日  75万円
    ・   同年 6月13日  75万円
    ・   同年 9月27日  80万円
    ・   同年12月28日  75万円
    ・2013年 3月 8日 313万円
    ・   同年 4月 1日 160万円
    ・   同年 9月 3日  33万0080円
    ・2014年 1月 6日  57万2880円
    ・   同年 3月20日  20万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ・   同年 7月15日  25万円
    ・   同年 8月20日  25万円
    ・   同年 9月24日  25万円
    ・   同年 9月27日  25万円
    ・   同年11月15日  25万円
    ・   同年12月28日  50万円
    ・2015年 2月17日  25万円
    ・   同年 3月18日  25万円
    ・   同年 4月30日  25万円
    ・   同年 5月12日  25万円
    ・   同年 6月27日  50万円
    ・   同年 7月17日  25万円
    ・   同年 8月27日  25万円
    ・   同年 9月17日  25万円
    ・   同年10月29日  25万円
    ・   同年11月17日  25万円
    ・   同年12月17日  25万円
    ・2016年 1月16日  25万円
    ・   同年 2月17日  25万円
    ・   同年 3月17日  26万8000円
    ・   同年 3月20日   3万円
    ・   同年 4月18日  25万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月18日  25万円
    ・   同年 7月19日  25万円
    ・   同年 8月17日  25万円
    ・   同年 9月20日  25万円
    ・   同年10月19日  25万円
    ・   同年11月16日  25万円
    ・   同年12月16日  25万円
    ・2017年 1月17日  25万円
    ・   同年 2月17日  25万円
    ・   同年 3月17日  25万円
    ・   同年 3月19日   4万1000円
    ・   同年 4月17日  25万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ・   同年 7月13日  25万円
    ・   同年 8月17日  25万円
    ・   同年 9月15日  25万円
    ・   同年10月17日  25万円
    ・   同年11月17日  25万円
    ・   同年12月15日  25万円
    ・2018年 1月17日  25万円
    ・   同年 2月16日  25万円
    ・   同年 3月16日  25万円
    ・   同年 4月16日  25万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ・   同年 7月17日  25万円
    ・   同年 8月17日  25万円
    ・   同年 9月18日  25万円
    ・   同年10月17日  25万円
    ・   同年11月18日  25万円
    ・   同年12月15日  25万円
    ・2019年 1月17日  25万円
    ・   同年 2月15日  25万円
    ・   同年 3月18日  25万円
    ・   同年 4月17日  25万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ・   同年 7月17日  25万円
    ・   同年 8月16日  25万円
    ・   同年 9月17日  25万円
    ・   同年10月17日  25万円
    ・   同年11月16日  25万円
    ・   同年12月17日  25万円
    ・2020年 1月17日  25万円
    ・   同年 2月17日  25万円
    ・   同年 3月17日  25万円
    ・   同年 4月17日  25万円
    ・   同年 5月15日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ・   同年 7月17日  25万円
    ・   同年 8月17日  25万円
    ・   同年 9月17日  25万円
    ・   同年10月17日  25万円
    ・   同年11月17日  25万円
    ・   同年12月16日  25万円
    ・2021年 1月17日  25万円
    ・   同年 2月17日  25万円
    ・   同年 3月17日  25万円
    ・   同年 4月16日  25万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ・   同年 7月16日  25万円
    ・   同年 8月17日  25万円
    ・   同年 9月17日  25万円
    ・   同年10月14日  25万円
    ・   同年11月18日  25万円
    ・   同年12月17日  25万円
    ・2022年 1月17日  25万円
    ・   同年 2月17日  25万円
    ・   同年 3月17日  25万円
    ・   同年 4月17日  25万円
    ・   同年 5月17日  25万円
    ・   同年 6月17日  25万円
    ――――――――――――――――――――――――――――
          計        5473万6014円

     当団体は、今後も、被害者・遺族の皆さまに対する謝罪の気持ちを心に刻むために、そして、宗教テロの繰り返されない社会をつくるお手伝いをするために、いっそう賠償に努めていくことをお誓いいたします。

     なお、当団体の被害者賠償の経緯と現状に関しましては、こちらの記事をご覧ください。

  • オウム事件被害者組織と締結した賠償契約の内容(2022/03/14)

     2009年7月6日、当団体「ひかりの輪」は、オウム真理教犯罪被害者支援機構との間で、新たに被害者賠償契約を締結いたしました。

     当団体は、2007年5月の発足以降、事件被害者への賠償金配分を行ってきたオウム真理教破産管財人に対して、賠償金のお支払いをしてまいりました。

     しかし、2009年3月にオウム真理教破産手続が終結し、破産管財人が辞任したことにともない、賠償金配分を行う主体がオウム真理教犯罪被害者支援機構に変わりました。

     そこで、当団体は、同支援機構と新たな契約を締結した次第です。

     契約の全文は末尾に掲載しますが、その主な趣旨は以下の通りです。

    ●オウム真理教破産手続の際にすでに届出を行っていた事件被害者・遺族に対するオウム真理教の債務を当団体が引き受けたことを確認するとともに、被害者・遺族がこれまでに受け取った給付金や、昨年制定された法律に基づき、国から受け取る予定の見舞金等を差し引いた残金を当団体が同支援機構に支払うこと。〔第1条〕

    ●国からの見舞金を受け取る資格がある被害者のうち、破産手続の際に届出を行っていなかった被害者に対するオウム真理教の債務も、当団体が引き受けるとともに、今後被害者が受け取る予定の見舞金を差し引いた残金を当団体が同支援機構に支払うこと。〔第2条〕

    ●今年(2009年)の支払目標は800万円とし、最低でも300万円以上は支払うこと。来年以降は、当団体の支払状況を見ながら、毎年話し合って決めていくこと。〔第3条〕

     以上が契約の主な趣旨です。

     なお、当団体の支部等で収益事業を行っている「SPSC有限責任事業組合」も、当団体の連帯保証人として契約に加わっております。

     当団体では、この新たな賠償契約の締結を機に、被害者・遺族の皆さまに対する謝罪の気持ちを心に刻むために、そして宗教テロの繰り返されない社会をつくるお手伝いをしていくために、今後もいっそう賠償に努めていきたいと考えております。


    ※以下、賠償契約書の全文です。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                   合 意 書 


    サリン事件等共助基金(運営委員長阿部三郎)を甲とし、オウム真理教犯罪被害者支援機構(理事長宇都宮健児)を乙とし、ひかりの輪を丙とし、SPSC有限責任事業組合を丁として、甲、乙、丙及び丁は、本日下記のとおり合意した。

                     記

    第1条(届出被害者等の損害賠償債務の引き受け)

    1 甲、乙及び丙は、丙が「オウム真理教に係る破産手続における国の債権に関する特例に関する法律(平成10年法律45号)」で定められた損害賠償請求債権者である被害者及び遺族(以下、両者を併せて「届出被害者等」という。)に対するオウム真理教の損害賠償債務を引き受けたことを確認する。

    2 前項の債務の履行のため、丙は、乙に対して、各届出被害者等が有する損害賠償請求債権額からオウム真理教破産手続の配当金と甲よりの配分金及びオウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律(平成20年法律第80号、以下、「救済法」という。)の給付金の合計額を控除した損害金残金の総額を支払う義務のあることを認める。

    第2条(未届被害者等の損害賠償債務の引き受け)

    1 乙と丙とは、丙が届出被害者等以外のサリン事件等の被害者(救済法による給付金支給対象者で且つ破産手続において債権届出を行わなかった者をいう。以下、「未届被害者等」という。)に対するオウム真理教の損害賠償債務を引き受けることを本日合意した。

    2 前項の債務の履行のため、丙は、乙に対して、各未届債権者等が有する損害賠償請求債権額から救済法の給付金(国が未届被害者等に対し救済法の給付金を支給したため、国が丙に対し取得した損害賠償請求債権)を控除した損害金残金の総額を支払う義務のあることを認める。

    第3条(損害金の支払時期及び方法)

     丙は、乙に対し、第1条2項及び前条2項の損害金残金の合計額を次のとおり分割して、下記銀行口座に振り込み支払う。但し、振込手数料は丙の負担とする。

    (1)平成21年分として、最低300万円以上支払う義務があるものとし、努力目標を800万円とする。但し、同年中に丙が甲に支払った額を算入するものとする。
    (2)平成22年以降分については、一年毎に、乙と丙は、丙の弁済の実情を踏まえながら協議を行い、各年の支払いの義務となる最低の金額及び努力目標を決定し、丙はそれを履行する。

                    記

          みずほ銀行   銀座通支店(店番号028)
          普通預金口座
          口座番号「2110016」
          名義人「オウム真理教犯罪被害者支援機構」

    第4条(報告義務)

     丙は、乙に対し、1年間に少なくとも2回以上の割合で、丙の財務状況など会計報告を書面で行う。

    第5条(損害賠償額の確定)

     救済法による給付金支給手続が終了したのち、乙は、丙に対し、第3条で定める丙が乙に対して支払うべき損害金残金の合計額を確定して通知する。

    第6条(連帯保証)

     丁は、乙に対し、丙の乙に対する第3条の損害賠償金支払債務を、丙に連帯して保証する。

    *注記
     丙は、本合意を締結するにあたり、甲及び乙に対し、下記のとおり要請したので、その要請事項を注記する。

                      記

     丙が、本合意書第1条第1項において、届出被害者に対するオウム真理教の損害賠償債務を引き受けたことを確認したのは、届出被害者への本件支払手続を迅速かつ効率的に行うためであって、これをもって宗教団体アーレフ代表派と丙とが同一組織であることを認めるものではない。
     丙は、甲及び乙に対し、上記事実を確認するよう要請した。甲及び乙は、上記のような事実の確認をする手段は持たないので確認できないが、丙が上記のように要請した事実は認める。
     なお、丙は、破産者オウム真理教破産管財人弁護士阿部三郎と宗教団体Aleph(アレフ)との間の平成12年7月6日付け合意書第一において、宗教団体Aleph(アレフ)が同破産管財人に対し破産者の残債務全額を引き受けたことに基づき、丙が本合意書第1条1項で債務の引き受けを確認したことを認めるが、その債務の支払い方法は、本契約に基づくものとする。

     甲乙丙丁及び立会人は、本合意が真正に成立したことを証するため、本書面を5通作成し、甲乙丙丁及び立会人が署名捺印の上、各当事者及び立会人が1通ずつこれを所持する。

                           平成21年7月6日
    甲(サリン事件等共助基金)
       運営委員長 阿部三郎(印)

    乙(オウム真理教犯罪被害者支援機構)
       理事長 宇都宮健児(印)

    丙(ひかりの輪)
       代表役員 上祐史浩(印)

    丁(SPSC有限責任事業組合)
       組合員 上祐史浩(印)

    立会人(破産者オウム真理教破産管財人であった者)
       弁護士 阿部三郎(印)

  • 被害者賠償の経緯と現状について(2015/06/22)

    【※以下の記事は2015年6月に作成・掲示したものですが、基本的な事情は現在も同じです。なお一部は2022年段階の情報に更新しています】


     誤解も多い「ひかりの輪」の賠償活動に関して、一般の皆さんにもわかりやすくご説明したいと思います。


    ●1,賠償契約の締結と実際のお支払い状況

    (1)ひかりの輪の賠償契約の締結の経緯

     ①発足から2009年6月まで:正式契約なしの状態で

     ひかりの輪は、アレフ(旧オウム真理教)を2007年3月に集団脱会したメンバーが中心となって、2007年5月に発足しました。それ以来、オウム事件の被害者やご遺族(以下「被害者」と記します)の方に対して、賠償金のお支払いを行ってきました。

     ただし、発足から2009年6月までの賠償金のお支払いは、ひかりの輪のメンバーがアレフに所属していた2000年7月6日にアレフが締結した賠償契約に基づいて行っていました。それは、ひかりの輪としての正式な賠償契約がない中で、アレフを脱会した後も、オウム真理教の過ちを二度と繰り返さない証として行ったものです。

     なお、この2000年にアレフが締結した賠償契約とは、宗教法人オウム真理教が一連の事件の賠償債務のために破産した後に、その残存資産を管理して賠償金の支払いを行っていた破産財団オウム真理教の破産管財人(故・阿部三郎弁護士)との間で締結されたものでした。

     ②2009年7月~今日まで:正式契約を締結して

     その後、2009年7月6日、ひかりの輪として、正式に賠償契約を締結しました。この賠償契約は、先ほどの破産財団オウム真理教が諸事情によって解散となり、その賠償金支払いをオウム真理教犯罪被害者支援機構(以下、被害者支援機構)に引き継いだために、同被害者支援機構と締結したものです。

     この契約によって、ひかりの輪は、①オウム事件の賠償債務の残り全額を引き受け、②定期的に被害者支援機構に財務報告を行う義務を負いました。

     この契約では、従来破産債権者としての届出を行っていた被害者の方々だけではなく、被害者救済法に基づき国からの見舞金を受け取る資格がある被害者のうち、破産債権者としての届出を行っていなかった被害者に対しても、賠償金をお支払いすることをお約束いたしました(この契約に関する詳細は、こちらの記事に掲載しております)。

     ただし、毎年の支払い義務については、被害者支援機構との話し合いの中で、団体の現実の支払能力をふまえ、初年度(2009年)の年間の最低支払義務は300万円、努力目標が800万円と設定していただきました。

     なお、契約では、団体の財務状態に応じて、最低義務と努力目標を毎年改めて設定することとしておりますが、2009年から現在までは、財務報告をしながら、結果として、同じ数字(300万~800万円)で行わさせていただいております。

    (2)ひかりの輪の賠償金支払いの概要

     契約締結の2009年以来、近年の厳しい財務状況の中で、被害者支援機構に定期的な経済報告をしながら、何とか最低義務の300万円の支払義務を履行させていただいております。以下、発足以来の賠償金の具体的な支払い状況です。

    ・2007年 400万円
    ・2008年 800万円
    ・2009年 300万円 
    ・2010年 300万7961円
    ・2011年 300万6093円
    ・2012年 305万円
    ・2013年 506万0080円
    ・2014年 302万2880円


    ●2,賠償金のお支払いが最低義務の300万円台に留まっている理由

    (1)最低義務300万円と努力目標800万円を設定した背景

     最低義務と努力目標を設定した背景は、契約締結の前年の2008年度は、800万円の賠償金を支払ったものの、契約年の2009年において、下記の大きな財務事情の悪化要因のため、お支払いできる額が、300万円以内との見通しとなったためです。

     そして、2009年以来、財務状態は目立って改善することはなく、現在まで同じ設定にしていただきました。そして、実際の毎年のお支払額も、上記の通り、大半が最低義務の300万円台となりました。

     その大きな事情の変化とは、以下の通りです。

     ①専従会員の国民年金の支払い

     ひかりの輪では、2008年度までは、専従会員(※団体施設に居住し、団体業務に専念するスタッフ)の国民年金保険料の納入を後回しにし、賠償金の支払いを行ってきました。しかし、2009年からは、それを取りやめたため、その分、年間経費が数百万円分、大幅に増大しました。

     これは、①年金保険料の未納が社会問題となったこと、②そもそも支払いが法に定められた国民の義務であること、③オウム時代に出家したために、私有財産を所有してこなかった専従会員の最低限の将来の生活保障を図る必要があること、などのためでした。

     ②専従会員の減少(発足以来3分の1に減少)

     ひかりの輪の収入源は、専従会員による各支部教室の運営や、一般の外部就労によりますが、専従会員の数は、契約前年の2008年には55名いたところ、契約年の2009年を経て、2015年現在までに17名と、3分の1に減少しています。

     これは、アレフ(旧オウム)を脱会し、ひかりの輪になった結果として、思想・団体のあり方が大きく変化したことなどが原因だと思われますが、これによって、この期間の中で、団体の収入も減少しました。

     それに加え、財務状態が厳しい団体の中にいれば、将来の生活が不安だと感じて、脱会した者も少なくありません。よって、①で述べたように、国民年金保険料の支払いなどを含め、専従会員に最低限の将来の生活保障を行うことは、賠償金のお支払いを長期的に安定的に行うためには必要だと判断しました。

     ③不況の影響による収入の減少

     契約年の2009年は、その前年(2008年)後半に発生したリーマンショックによる世界的な不況による影響が見られ始め、専従会員と非専従会員(一般の会員)の双方の収入が減少し、そのため、団体の収益も悪化しました。

     これに加え、昨年2011年に発生した東日本大震災では、団体の仙台支部が被災するなどして、その影響を受け、一時的にですが、団体の収入が低下したことがありました。

     こうした状況の中で、ひかりの輪では、最大限の経費節減や、可能な限りの収入の確保に励みながら、上述した300万円台のお支払いを何とか実現してまいりましたが、その結果として、団体の総資産は下記の通り、減少し続けているという厳しい状態が続いております。

     ※団体発足(2007年5月)以来の現金・預貯金資産の推移

    ・2007年 5月 2681万6077円
    ・2008年 5月 2129万2305円
    ・2009年 5月 2181万4302円
    ・2010年 5月 1811万2882円
    ・2011年11月 1631万3661円
    ・2012年1月 1265万4205円
    ・2013年1月 1246万2746円
    ・2014年1月 923万3157円

     なお、毎年300万円の賠償金のお支払いと団体資産の減少は、公安調査庁公表のデータ(平成24年1月の「内外情勢の回顧と展望」)からも、ほぼ同じ状況が確認できます(ただし、公安調査庁のデータは、一部不正確な部分あります)。

     また、ひかりの輪では、こうした団体の財務状態について、契約に基づき、オウム真理教犯罪被害者支援機構に対して、定期的に文書で会計報告を行っており、毎月の収入・支出の額を詳細に報告しています(2009年4月、2011年7月、2012年1月、2012年8月、2013年3月、2013年9月、2014年6月、2014年10月、2015年3月に文書報告。以後2022年まで継続的に報告)。


    ●3,今後の賠償支払いの改善努力

     こうして、様々な条件の下で、団体の財務状態が、なかなか上向かない中でありますが、今後の改善努力としては、①なるべく経費の節減に努め、②教室活動以外の外部の就労・事業を増やして収益源を多様化し、③オウム時代の反省・総括を著す書籍を発刊し、印税収入を賠償資金に回すことなどを行い、少しでも多くの賠償金がお支払いできるよう努力してまいります。


    ●4,よくある質問・疑問・誤解へのご回答

    (1)被害者は、賠償ではなく、解散を求めているのではないか?
     ――被害者側の総合的な判断に基づいて賠償の推進に努めています

     被害者の方のお考えについて、団体は直接的な接触が不可能なため、賠償を担当されている弁護士の先生に、その理解ととりまとめをお任せしてきました。

     賠償契約は、アレフ時代の2000年に初めて締結しましたが、その経緯は、当時、被害者の方への賠償を担当されていた破産財団オウム真理教の破産管財人(故・阿部三郎弁護士)が、アレフ側に対して、破産管財人との間で賠償契約を締結することを提案してこられたことから始まります。破産管財人は日弁連の会長も務めた人望の厚い方であり、その結果、アレフは同年7月6日に、賠償契約を締結しました。

     その締結には、多少の時間を要しました。その理由は、アレフ教団内で話し合う必要があった一方、被害者の中にはアレフ解散を求めて賠償契約に反対する方々もいて、阿部氏が調整を図る必要があったからだと推察しています。

     しかし、最終的には、破産管財人は賠償契約の締結を決断されました。後日、その経緯を管財人からお聞きしますと、「被害者の中には解散を求める意見も強いが、一方で信教の自由もあるし、まずは最大限賠償金を支払わせるのが先決だという人たちもいて一様ではない。その中で、自分が最終的な決断をした」とのことでした。

     また、先ほど述べたように、2009年には、破産管財人の賠償支払いの業務を引きついだ、被害者・遺族の賠償等を支援する団体であるオウム真理教犯罪被害者支援機構と、ひかりの輪として、あらためて賠償契約を締結しました。これも、同支援機構から、ひかりの輪が賠償契約の要請を受けて受諾し、契約を締結したものです。

     その要請の際にも、同支援機構の理事の方(理事長は元日弁連会長の宇都宮健児弁護士)から、賠償契約を要請された背景として、阿部三郎氏と同じように「解体を求める声は根強いが、賠償金を求める人たちもいる」という事情をお伺いしました。

     こうして、賠償金を求める被害者・遺族の方々の存在を背景として、破産管財人も被害者支援機構も、最終的な判断を行い、ひかりの輪と賠償契約を締結したというのが、私達の基本的な理解です。

     このような状況の中で、総合的な判断をし、破産管財人も、被害者支援機構も、団体と賠償契約を締結したというのが、私達の基本的な理解です。

     この点について、マスコミなとで一部の被害者の方が、解散を求める趣旨のご発言をされていることは承知しておりますが、心情的には、そのような方が多くいらっしゃることを十分に踏まえつつ、結論としては、総合判断に基づいて賠償を進めていくことが基本だと考えています。

    (2)宗教活動ではなく、一般の就労で賠償はできないのか(増えないのか)?
     ――思想・精神世界関連の事業なしでは、賠償は現実として不可能です

     まず、ひかりの輪は、宗教的な学習はしますが、何者かを絶対視するいわゆる宗教(団体)ではありません。思想哲学の学習教室、新しい知恵の学びの場、スピリチュアルアカデミーです。

     次に、こうした思想・精神世界関連の事業を止めて、一般の会社に就労した場合は、結論から言えば、賠償は大幅に減少するか、皆無に近くなるといわざるをえません。

     詳しく説明しますと、まず、ひかりの輪の専従会員は、17名前後です(2015年段階)。前に述べたように、アレフ(旧オウム)から脱会して、思想が抜本的に変わる中で、専従会員は半減し、その中には、うつ病になる者も出ました。

     団体の平均年齢は50才を越えており、17人の中で、60代から80代までの高齢者が4人(要介護の人や視聴覚の障害者を含む)です。また、精神疾患の者が2人で、6人が高齢者もしくは病人です。この大半は、団体による生活扶助を必要としています。

     そして、外部で一般の会社に就労している者が5人前後、内部で団体の活動に専ら従事している者が6名前後となっています。

     まず、外部に就労している者ですが、すでに高齢でありながら、長らくオウム真理教に出家していたために、仕事のキャリア・技能がなく、高収入は全く期待できません。派遣・フリーターなど、その立場も不安定です。

     よって、団体の賠償金のお支払いは、団体の思想・精神世界関連の活動に従事している者が得る収益から主に支払っています。

     彼らは、仏教や東洋思想的な思想の学習の手伝い、ヨーガ・気功法の指導、個人相談、聖地巡りの案内、団体のホームページや広報活動、事務経理などを担当し、東京の本部を中心に、全国8支部に居住しています。

     なお、彼らは、信者をオウム真理教のような盲信に導き、多額のお布施をとるのではなく、地道な日々の指導・奉仕によって、収益を得ています。

     また、団体は、一般会員(非専従会員)を含めても会員総数は100人程度ですが、一般会員は、専従会員にとっては、奉仕によって収益を得る対象であり、一般の企業にとっては、一面において顧客のような立場でもありますから、賠償金支払いのために、生活の全てを犠牲にすることを求めることはできません。

    (3)解散して個々人が賠償できないのか?
     ――解散すれば賠償は皆無となり、さらに生活保護受給もありえます

     解散して、個々人がバラバラになった場合は、賠償の能力と動機の双方が著しく減少し、賠償が皆無になり、逆に一部の者が、生活保護の受給に陥る恐れがあります。

     その理由は、①個人となった場合、収入が減り、経費が増大し、生活がより厳しくなること、②個々人には、賠償の法的な責任がないことなどです。

     まず、①についてですが、個々人がバラバラとなると、高齢で仕事のキャリア・技能のない多くの者は、団体の活動に従事する場合に得ていた収益よりも、収入が減少します。逆に、経費の方は、集団で居住する場合に可能な様々な経費の節減が不可能となって増大します。そのため、自分が生きていくので精一杯となり、現在のように賠償までは、力が及ばなくなる恐れが高いと思います。

     また、賠償ができないことはおろか、生活保護の受給となる者が、少なからず発生すると思われます。実際に、団体は発足以来、40名ほどの者が専従会員をやめましたが、その中で、少なくとも、4名が生活保護を受給していることを確認しています。いずれも60代の高齢者や、精神疾患者などです。

     ただし、これは40名全体を調査した結果ではなく、全体を調査すれば、さらに多くなる可能性もあり、さらに、今後加齢とともに、それが増大する可能性もあります。こうして、解散したならば、賠償が皆無に近くなる恐れがあるだけでなく、逆に社会・国家に経済的な負担をかける結果となる可能性があります。
     
     第二に、解散した後の個人には、賠償する法的な責任がなくなります。基本的に、賠償責任は団体が負っており、個人が負ってはいません。

     麻原のような犯行者には、個人の賠償責任はありますが、(元)信者個人にはありません。これは、事件発生以来、オウム真理教をすでに脱会している数万人の人々に、法的な賠償責任が全くないのと同じです。

     実際に、多くの元信者から被害者団体になされた寄付は、ひかりの輪やアレフが支払った金額に、遠く及びません。2つの団体が支払った賠償金(ないし寄付金)は2000年以来、8億円を超えていますが、被害者団体の弁護士の方によると、オウム真理教の脱会者を含めた一般人による寄付金は1億円に満たないのが現実です。

     これは、脱会した後には、賠償する法的責任がないことに加え、先ほど説明した通り、経済的な困難を抱えることなどが原因の場合もあると思います。ただ、全ての脱会者がそうではないでしょうから、法的責任がないことが、彼らによる賠償がわずかなものにとどまっている大きな原因の一つだと思います。

     実際に、脱会者については、内面にオウム真理教の信仰を維持していようが(「一人オウム」・脱会信者)、脱却していようが、世間は、現実としては、賠償の責任を追及することはなく、結果として、過去が免罪されたかのような状況となります。

     95年のサリン事件の発生時点で、オウムの位階制度において上位十数名のうち7名(女性4名・男性3名)は、既に受刑を終えるなどして社会復帰していますが、団体に所属し、賠償の法的義務を負っており、賠償の責任を当局・メディアに常に追及されているのは、上祐のみです。アレフを裏から支配している松本知子さえも免れています。

     また、それに準ずる中堅幹部に関しては、すでに団体を脱会した者の方が、団体に所属している者よりも、5~6倍は多いかと思います。一般信者については95年以来脱会した者が、依然として団体に所属する者よりも、50倍に近いということもできます。こうした脱会した元一般信者はおろか、元中堅幹部も、賠償の責任を追及されることはありません。

     そして、彼らの中には、賠償をするどころか、自分も麻原らに騙された被害者という意識を持っている者が、大半だと思います。彼らの中には、最高幹部や中堅幹部として、上祐のように刑事責任はなくても教団の武装化などを知っていた者もいますが、それは少数であり、報道によって後から知ったのみの人がほとんどです。

     逆に、依然として「一人オウム」として信仰を持っている者は、麻原は事件をやっていないと盲信していたり、ないしは事件を正当化していたりしていますから、この場合も、賠償する動機がありません。

     これは、事件に対して刑事責任がなくとも、自分達に道義的な責任があると自覚する者が少ないということだと思いますが、逆に言えば、現実に、そうした自覚を求めることは、相当に難しいと思います。

     ひかりの輪では、そうした道義的な責任を団体組織を挙げて自覚する努力に努めていますが、解散して個々人がバラバラになった場合は、ひかりの輪の経験者も、他のオウム経験者と同じ精神的・経済的・法的な環境・条件におかれることになります。

     以上が、現実として賠償を進める上では、団体として賠償責任を負うことが、必要であると考える理由ではないかと思います。

     第三に、団体側としては、ひかりの輪のメンバーの生活権というものも考慮していただきたいと思うところがあります。

     というのは、今から15年以上前の2000年に賠償契約が初めて締結された際に、その契約の中で、賠償のための収益を得るために、教団の合法的な経済活動が認められました。さらに、この契約は、オウムの破産を管理する裁判所にも認可されました。

     こうして、団体が賠償を支払うことを条件に存続する点について、団体、被害者側、裁判所(=国権)が正式に合意したという状況があります。

     これは、私達の立場から見れば、すでに中年にさしかかった人間の集団が、宗教活動による収益があることを前提にして、今後の経済生活の設計を定めるという結果をもたらしました。

     その結果、仮にそれ以前に団体が解散となっていれば行っていたであろう一般会社への就労といったキャリアを積むことなく、この12年の間、自分達の経済生活を営んできました。よって、12年後の現在において、この前提を覆して、賠償ではなく、解散を求めることは、メンバーの生活権の問題にも関わってくるのではないでしょうか。

    (4)ひかりの輪は、麻原信仰を捨て、新しい団体になったのに、なぜ賠償する責任・必要があるのか?賠償を続けると、逆に麻原信仰を捨てていないと誤解されないか?
     ――事件の反省と新しい思想・実践の創造のためです。

     麻原信仰とその教義・教材の一切を捨てたひかりの輪が、賠償契約を締結したのは、オウム事件を反省し、それを繰り返さず、それを越えた新しい思想・実践を創造しようとする証のためです。

     厳密に言えば、賠償責任があるのは、各刑事事件の犯行者と、破産した宗教法人オウム真理教です。

     また、宗教法人オウム真理教に加え、その後継団体として、事件の原因となった麻原の教え・教材と麻原を信仰する信者で収益を上げているアレフが賠償することは、現在の収益源が事件と因果関係があるわけですから、理にかなっていると思います。

     実際に、その教材の著作権は被害者団体が所有していますから、アレフが嫌がったとしても被害者団体が望むならば、法的手続きによって著作権の支払いという形ではありますが、支払いを義務づけることもできます。現状は、彼らは麻原を絶対視しており、賠償をする動機=麻原の過ちの認識・反省がないため、被害者団体と深い対立状態になっています(後に詳しく述べます)。

     一方、ひかりの輪は、そのメンバーが、オウム出身ではあっても、オウムとは違った教えの新しい団体であり、本来は、オウムの事件の被害者賠償を行うことは、自らの意志で賠償契約を締結しない限り法的義務になり得ないとも考えられます。

     わかりやすく言えば、オウム出身者複数名が、宗教ではなく、一般の物品・サービスの企業を立ち上げても、その企業が賠償責任を負ったという事例は今までないということと、本来は同じことです。

     しかし、世間では、ひかりの輪はオウム真理教と同じだという誤解がありますから、その誤解に基づいて、法的な義務があるという見方が生じます。そして、その誤解が強いために、ひかりの輪が発足する前後、賠償逃れのためにアレフから脱会し、別団体を作るのではないかという批判さえ出ていました。

     こうして、私達がオウム時代の反省をしていないと誤解されることは極めて不本意あり、そうではないことの証として、法的な責任の概念を越え、自主的に賠償契約を締結しようと考えました。その結果、2009年に被害者支援機構と賠償契約を正式に締結しました。


    ●5,ダブルバインドの状況と、それに対する地道な解決策

     団体の賠償に関して、オウム真理教はひかりの輪の現状に詳しい宗教学者の太田俊寛氏は、以下の通り述べておられます。
     

    さらにもう一つ留意すべき点は、現在の上祐氏とひかりの輪が、大きな「ジレンマ」を抱え込んでいるということである。そのジレンマとはすなわち、一般社会の側から「オウムはもう見たくない、後継団体はすべて解散してほしい」という要請がある一方、オウム事件に対する説明責任、さらには被害者への賠償を果たし続けるためには、何らかの形で団体を維持する必要があるということである。対談の終盤でも触れられたように、現在のひかりの輪の活動が、こうした数々の厳しい条件を前提として成り立っているものであるということを、私たちは理解する必要があるだろう。(太田出版『atプラス』13号より)

     こうして、賠償が進まないような団体の財務状態の根本的な理由を言えば、賠償を課せられながらも、団体の活動は厳しく監視・批判・制限されるという現在の状況、すなわち、ダブルバインドの状態があると思います。

     今後は、この根本原因の解消に向けて、社会一般ならびに当局に対して、団体の正しい理解を求めるべく、様々な努力をしていきたいと思います。


    ●6,アレフの賠償の問題

     麻原信仰を深めるアレフは、被害者支援機構と対立状態に入っています。というのも、アレフは、①2000年以来の過去の賠償契約を履行せず、②被害者支援機構が求める賠償契約の更改を拒否し、③多額の収益と資産がありながら、それに比較してわずかな額を、賠償金としてではなく、寄付金として支払う(賠償責任を認めず善意の第三者として任意に払っているというスタンス)にとどまっているからです。

     そのため、被害者支援機構は、2012年から18年にかけて、アレフを相手取って東京簡裁で調停手続を進めてきましたが、調停は決裂したため、2019年4月に東京地裁は、アレフに対して被害者賠償金を支払うよう命じる判決を言い渡しました(この東京地裁判決は、2020年11月に、最高裁判所によって支持され、確定しています)。

     また、アレフを脱会した他の個人・グループについては、たとえオウム事件当時の幹部であっても、賠償契約を締結していません。

     ひかりの輪の現会員のうち、オウム真理教時代に会員だった者は、オウム真理教の全会員の1パーセントにも至りませんが、すでに、オウム真理教が負った被害者賠償債務の1パーセントを大きく上回る額を(2000年からのアレフ時代を含めれば)お支払いしています。

     ひかりの輪は、あらためてこの場を借りて、アレフをはじめとするオウム事件に責任を負う全ての者が、被害者賠償契約の締結と実行を通じて、賠償に努めるよう呼びかけたいと思います。

オウム事件関連

  • 松本サリン事件から28年目を迎えて(2022/06/27)

                     ひかりの輪元オウム真理教信者一同
                     2022年6月27日

     本日をもって1994年に発生した松本サリン事件から28年目を迎えるに際して、ひかりの輪会員のうち、事件当時オウム真理教の信者だった私たち一同は、事件で犠牲になられた8名の皆様、負傷をされた600名以上の皆様、そして被害を受けられたすべての皆様に対して、当時のオウム教団に所属した者として、あらためて深くお詫びを申し上げます。

     当団体の中には、松本サリン事件に直接関与した者は一人もおりませんが、私たちは、被害者の皆様に多大な苦しみを与えてしまったオウム教団を、かつて物心両面で支えていたのであり、一つ間違えれば麻原をはじめとする実行行為者と同じ罪を犯す恐れがあったという意味では、反省と償いを深めていかなければならない立場にあると考えております。 当団体ではおおむね3ヶ月ごとに慰霊行事を執り行ってまいりましたが、 6月22日にも慰霊行事を執り行い、松本サリン事件に思いをはせ、償いの決意を新たにさせていただきました。  

     4年前の7月には、麻原などの実行行為者の一部への死刑が執行され、オウム事件に関して大きな節目の年になりました。続いて、一昨年11月には、被害者の皆様への賠償金のお支払いを拒否してきたアレフに対して、支払いを命じる判決が最高裁判所の判断によって確定しました。これらは、事件再発防止のためのステップになったものと考えておりますが、ひかりの輪は、2009年に賠償契約を締結して以来履行してきた被害者賠償を今後ともしっかりと履行していきたいと思います。

     そして、微力ながら、私たちの償いといたしまして、事件に至るオウム信者の心情や、その根拠となった思想・教義にまで立ち返ってオウムの総括を進めて、公表してまいります。また、麻原の実態を知らない若者がその教えを信じてアレフに入会してしまうといった過ちが繰り返されないようにするための多方面の取り組みを、引き続き行ってまいります。

     さらに、近年は、いわゆる陰謀論が国内外で広がりを見せ、大きな社会問題となりつつありますが、これもオウム真理教を生み出してしまった精神性と通底するものと考えられます。オウム的なものが社会に再来しないようにするためにも、以上の活動に取り組ませていただければと考えております。

     先月(5月20日)、米国務省は、オウム真理教等の「外国テロ組織(FTO)」の指定解除を発表しましたが、その理由として「もはやテロ活動に従事しておらず、その能力や意思も保持していない」こと、「日本(など)が(これらの)グループによるテロの脅威を取り除くことに成功したことを示すものだ」と説明しています。

     当団体の主要メンバーが2007年にオウム真理教を脱会して以降、上記のようなオウムの反省に基づく活動に努め、さらに現在もオウム真理教(アレフ)に残る信者らに対して脱会や反省の働きかけを続けてこられたのも、米国務省が示す通り、日本社会の皆様の叱咤やご指導・ご助力によるものであり、ここに重ねてお詫びと感謝を申し上げるとともに、二度と同様の事件が国内外で起きることのないよう、微力ながら尽力させていただくことをお誓いいたします。

     最後に、あらためて、犠牲者の皆様のご冥福をお祈りし、心身に傷を負われた方々が1日も早く癒されますよう、お祈り申し上げます。

  • オウム事件被害者への慰霊行事等(2022/06/22)

     オウム事件被害者の皆さまへの賠償の実行は、単なる金銭のお支払いだけでは意味がなく、そこに贖罪の心が込められていなければならないと当団体は考えます。そこで、特に2009年から現在までにかけて、以下の活動を行ってまいりました。

    (1)地下鉄サリン事件に関連して

      2009年3月20日、地下鉄サリン事件から14年目を期して、同事件の犠牲者のご冥福および負傷者の早期ご回復を祈念する行事を、全国の当団体施設で実施いたしました。これには、専従スタッフのみならず、非専従会員(一般の会員)も参加いたしました。
     具体的には、各本支部教室施設内において、死後の安寧を司る阿弥陀如来と、傷病者を治癒する薬師如来への祈願を行うとともに、被害者賠償金への寄付を募りました。
     そして、東京の会場に参加した会員らは、事件現場(地下鉄霞ヶ関)に赴いて献花させていただくとともに、同じく阿弥陀如来と薬師如来をそれぞれご本尊とする増上寺(芝)と寛永寺(上野)に参拝して、犠牲者および負傷者の平安を祈念いたしました。
     参加した会員らは、あらためて事件の重大さを認識するとともに、犠牲者や被害者の皆さまのためにできる限りのことをさせていただくこと、そして二度と同様の事件を起こさない、起こさせないための反省・総括の深化を決意いたしました。
     さらに、2010年3月21日(地下鉄サリン事件から15年目の翌日)、2011年3月20日(同事件から16年目:関西にて)、2012年3月20日(同事件から17年目)、2013年3月20日(同事件から18年目)、2014年3月26日、2015年3月20日(同事件から20年目)、2016年3月20日(同事件から21年目)、2017年3月20日(同事件から22年目)、2018年3月17日(同事件から23年目を迎える3日前:聖地巡礼先で)、2019年3月20日(同事件から24年目)、2020年3月18日(同事件から25年目を迎える2日前)、2021年3月20日(同事件から26年目)、2022年3月16日(同事件から27年目の直前)にも、同様の慰霊等を行う行事を、全国の当団体施設等で実施いたしました。

    (2)松本サリン事件に関連して

     2009年6月28日には、松本サリン事件から15年目を期して、同事件の犠牲者のご冥福および負傷者の早期ご回復を祈念する行事を、全国の当団体施設で実施いたしました。参加者や行事次第については、上記地下鉄サリン事件慰霊行事と同様に実施させていただきました(寺院等への巡礼はせず)。そして、2010年、2011年、2012年、2013年、2014年も、それぞれ松本サリン事件が発生した6月27日に、慰霊行事を執り行いました。2015年は6月24日に、2016年は6月22日、2017年と2018年と2019年は6月27日、2020年は6月24日、2021年は6月25日、2022年は6月22日に執り行いました。

    (3)坂本弁護士事件に関連して

     2009年に入り、ひかりの輪では、内観の実践を通じて、教義理論と実践の両面において、長年の懸案であった親子問題の解決に向かっています。
     2009年9月末と11月上旬にも、ご一家のご冥福をお祈りする行事を当団体施設で執り行い、オウム真理教に出家した子供と親の問題の解決のために立ち上がり、犠牲になられた坂本弁護士とそのご一家に対し、そのご報告とお詫び、そして同様の事件を起こさず、起こさせない決意を捧げさせていただきました。
     また、2015年9月には、その年が同弁護士ご一家のご遺体が発見されてから20年目となること、そして2019年9月には、その年が事件発生から30年目となることから、慰霊行事を執り行わせていただきました。また、2021年9月29日の慰霊行事では、まもなく事件から32年を迎えることに際して、あらためて事件を振り返り、ご一家のご冥福をお祈りさせていただきました。

    (4)これまでの慰霊行事の実施状況

     このように当団体では、これまで以下の日程で、3カ月に1回、慰霊等の行事を行ってきました。今後も、被害者の苦しみを忘れず、犠牲者のご冥福をお祈りし続けるために、儀式を重ね、賠償努力を続けていきたいと考えております。

     2009年 3月20日
       同年 6月28日
       同年 9月27日
       同年11月01日
     2010年 3月21日
       同年 6月27日
       同年 9月30日
       同年12月29日
     2011年 3月20日
       同年 6月27日
       同年 9月29日
       同年12月29日
     2012年3月20日
       同年6月27日
       同年9月26日
       同年12月27日
     2013年3月20日
       同年6月27日
       同年9月25日
       同年12月25日
     2014年3月26日
       同年6月27日
       同年9月24日
       同年12月3日
     2015年3月20日
       同年6月24日
       同年9月30日
       同年12月23日
     2016年3月16日
       同年3月20日
       同年6月22日
       同年9月28日
       同年12月27日
     2017年3月20日
       同年6月27日
       同年9月27日
       同年12月27日
     2018年3月17日
       同年6月27日
     2019年3月20日
       同年6月27日
       同年9月25日
       同年12月25日
     2020年3月18日
       同年6月24日
       同年10月17日
     2021年3月20日
       同年6月25日
       同年9月29日
     2022年3月16日
       同年6月22日

    (5)"内観"等を通じたオウムの反省・総括

     一連の事件は、麻原が、その生い立ちにおいて培った「負の心理・心の闇」によって引き起こされました。親や教師、環境などに対する感謝がなく、不足や不満ばかりを見続け歪んだ心が、それらへの逆恨みをはらすために、「宗教」を利用して仕返ししようとしたといえるものでした。
     そして、麻原に付き従った私たち元オウム信者も、同じ心の闇を持っていたことを、2009年、複数の専門家の方にご指導いただいた自己反省法「内観」等により、深く認識しました。こうして、親や社会をないがしろにし、一連の事件を生んだオウム教義を見直し、反省・総括する作業を繰り返してきました。
     ひかりの輪では、その後、この内観を全国各本支部教室で継続的に実施してきています。

    (6)HP上での総括の公表、出版

     このような作業を通じて作成してきた反省・総括の内容は、当サイトでも詳細を公表しています。
     また、一般の出版社を通じての反省・総括の公表として、上祐代表は2012年に『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を、2013年に『終わらないオウム』(鹿砦社)と『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)を、2010年には当団体役員・宗形真紀子が『二十歳からの20年間――"オウムの青春"という魔境を超えて』(三五館)を、それぞれ出版いたしました。
     これらの活動は、今後同様の過ちに陥る人が出ないよう、同じ悲劇が繰り返されないよう、多くの人びとに役立てることを目的に行っております。

    (7)被害者支援機構にも、反省・総括の活動状況を報告

     以上のような反省・総括の活動状況は、オウム真理教犯罪被害者支援機構の弁護士の方々にも、その詳細をご説明させていただきました。

  • 地下鉄サリン事件から27年目を迎えて(2022/03/20)

                               2022年3月20日
                               ひかりの輪元オウム信者一同

     本日、地下鉄サリン事件から27年目という節目の日を迎えて、ひかりの輪会員のうち事件当時オウム信者だった私たち一同は、事件で犠牲になられた14名の皆様のご冥福をお祈りするとともに、心身に傷を負われた多くの方々が1日も早く癒されるよう祈念し、当時のオウム教団に関わった者として、あらためて皆様に深くお詫び申し上げます。

     27年という時が経過し、すでに麻原をはじめとするオウム事件死刑確定囚の死刑が執行されたとはいえ、被害者の皆様の傷が癒されるものではありません。

     遺族の方々の苦しみをはじめ、今も後遺症に苦しまれている負傷者の方々のニュースに先日も接し、あらためて事件の重大性について深く考えさせられております。

     私たちは、被害者の皆様に多大な苦しみを与えたオウム教団を、かつて物心両面で支えてしまっていたという反省に基づき、事件原因の総括をいっそう深めていくとともに、被害者賠償契約に基づく賠償金のお支払いに今後も努めさせていただきます。

     特に、一昨年は、被害者賠償金のお支払いを拒否してきたアレフ(Aleph)に対して、支払いを命じる東京地裁等の判決が最高裁判所で最終的に確定しましたが、アレフが支払いを拒否しているため、強制執行が必要な状況になっています。さらには、賠償を拒否するために、公安調査庁への資産報告なども拒否していると報じられています。

     当団体としても、アレフに対して、これまでも賠償契約を早期に履行するよう要求してきましたが、この場でもあらためて呼びかけるとともに、そのための最善の努力を続けていきたいと考えております。

     そして、これまで通り、オウムや麻原の実態を知らない若者が、今もオウム・麻原の教義を広めているアレフに入会してしまわないようにするために取り組んでまいります。

     さらに、事件を振り返り犠牲者の皆様の追悼等を行う慰霊行事等にとどまらず、あらゆる機会を通じて事件のことを想起し、胸に刻み続けながら、上記の努力を続けていくことを、お誓い申し上げます。

  • 本日の6人のオウム事件死刑囚の死刑執行について(2018/07/26)

                             2018年7月26日
                             ひ か り の 輪
                              代表 上祐史浩

     麻原への執行がされた7月6日にもお伝えしましたように、当団体はよりいっそう被害者の皆さまへの被害者賠償に努めるとともに、 アレフの拡大抑止などの事件再発防止に努めていきたいと思います。

  • 麻原死刑囚等の死刑執行について(2018/07/06)

                               2018年7月6日
                       
                               ひかりの輪
                                代表 上祐史浩

     本日、麻原死刑囚をはじめとするオウム事件の確定死刑囚の死刑が執行されました。
     本日は、くしくも、当団体が被害者団体との間で被害者賠償契約を締結した日から、ちょうど9年目の節目の日でもあります。
     この日に執行されたことの重みもかみしめ、当団体はよりいっそう被害者の皆さまへの被害者賠償に努めるとともに、 アレフの拡大抑止などの事件再発防止に努めていきたいと思います。

    ※同日、上祐代表は、東京高裁内の司法記者クラブで記者会見を行いました。記者会見全部の映像及び内容は、以下の通り、一部報道機関で公表されていますので、ご覧ください。
    ・テレビ朝日のニュース動画
    ・朝日新聞出版の「AERA dot.」の記事

    ※参考:当団体「ひかりの輪」によるオウム事件の反省・総括を記したサイト
     「オウムの教訓--オウム時代の反省・総括の概要」

オウムの清算

  • オウム清算の歩み(2022/03/20)

       ひかりの輪は、前記のオウム真理教の反省・総括に基づき、長年にわたって数々の団体改革を重ね、オウムの清算――すなわち、麻原・オウム・アレフからの脱却(脱麻原・オウム・アレフ)はもとより、麻原・オウム・アレフに反対する活動(反麻原・オウム・アレフ)を徹底して続けてきました。

       その歩みの詳細については、以下の記事をご覧下さい。

    ●脱麻原・脱オウムの諸改革

    ●反麻原・反オウム(アレフ)の諸活動

    ●ひかりの輪がオウムではない事実〈裁判資料から〉

  • ひかりの輪とアレフの大きな違い(2022/03/20)

      ひかりの輪の主要スタッフは、2007年にアレフを脱会し、過去の反省に基づき、ひかりの輪として新しい道を歩み始めました。

      しかし、現在も依然として、ひかりの輪とアレフが同じオウム真理教の後継団体だという誤解がよくありますので、以下に、「ひかりの輪とアレフの違い」を、わかりやすくご説明させていただきます。

       一言で表現するなら、現在のアレフは、「盲信・狂信型の、強度なカルト宗教団体」であり、ひかりの輪は、「仏教などの東洋思想や心理学などを含めた思想哲学の学習教室」といえます。

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                                                   目 次

    第1 両団体の違いの概略

    第2 徐々に認められつつある両団体の違い

    第3 両団体の違いの詳細

    1 会員数

    2 経済規模など

    3 遵法精神の有無

    4  オウム事件の謝罪・反省・賠償

    5 思想・教材

     (1)団体の基本的性格
     (2)オウム真理教の教材
     (3)麻原の見方
     (4)オウム事件の見方
     (5)信仰対象
     (6)世界観・基本的な思想

    6 組織の透明性・開放性の有無

     (1)行事・教材の公開性
     (2)報道機関・地域住民への対応
     (3)外部監査の受け入れ
     (4)活動の形態
     (5)他宗教・宗派等との交流
     (6)親族との交流

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    ■第1 両団体の違いの概略

      まず、両団体の違いの概略を簡潔に説明します。


    ◆ひかりの輪: 思想哲学の学習教室

      ひかりの輪は、いかなる特定の神・教祖・思想も絶対視しておらず、「宗教」「教団」ではなく、「東西の思想哲学の学習教室」です。

      物の豊かさに加え、心の幸福・豊かさ・悟りのために、仏教などの東洋思想や、心理学・自然科学などの東西の叡智を学んでいますが、その学びにおいて、盲信を避け、理性を重視しています。また、入会しなくても学ぶことができます。

      また、ひかりの輪は、麻原・オウム信仰を脱却し、事件を謝罪して、オウム真理教犯罪被害者支援機構(以下「被害者支援機構」と記す)と賠償契約を正式に締結し、定期的な経済報告をしつつ、その実行に努めています。

      そして、上祐代表ら団体の役員が、オウム時代を反省・総括した書籍(①上祐代表の著作一覧スタッフの著作一覧)をすでに多数出版しており、今後もさらに出版する予定です。

      こうした反省・総括は、新聞・雑誌や、テレビの取材・出演や、全国各地での講演・トークショーなどでも語っています。

      さらに、松本サリン事件被害者の河野義行氏らを招いて外部監査委員会を設置しました。活動を定期的に報告し、その監査・指導・助言を受け、広報活動を含め、外部社会との融和に努めています。なお、一部の被害者やご親族の方々と交流しています。

      団体の思想や活動のお知らせは、団体のインターネットサイトや、ネットで所属と実名を明かした指導員が行っており、アレフに関して問題視されている「覆面布教」は行っていません。

       発足以来いまに至るまで、団体の活動で会員が刑事摘発(起訴)されたことは一切なく、さらには、専用のブログを開設するなどして、アレフの洗脳教化などの違法行為の告発・解決に努めています。

      また、団体規模も、専従スタッフ(住み込みの専従会員)は、10名前後とごく小規模です。

      2007年にアレフを脱会し、発足して以来、団体の思想と活動が、オウム時代とは抜本的に変わる中で、専従スタッフの数は、5分の1以下に急減しました。その中には、オウム信仰の崩壊の影響もあって、うつ病を含め、心身を病む者も出ました。

      オウムと違って、大規模な集団居住や親族との交流の禁止などはありません。

      全国5カ所の団体施設・活動場所は、一軒家やマンションであり、その多くが1~2名が居住するばかりです。最大の東京本部教室も7名(専従スタッフのみなら5名。他に住み込みの非専従会員が2名。マンションの一部屋には1~3人)に留まっています(一つだけ残っていた東京の大型施設部分は2014年1月下旬に解約)。
      専従スタッフは、オウムと違って、親族・一般の知人とも、普通に交流し、高齢の親族の介護等のため定期的に実家と往復する者も複数います。 

      専従スタッフの中に、60代が2名(専従スタッフの平均年齢は50歳を超過)、同居の非専従会員を含めて疾患を抱える者が2名おり、団体による生活扶助を必要としています。
      (仮に脱会した場合は、生活保護が必要となると思われ、実際に最近脱会した複数の者が、生活保護を受けています)。

      上記のうち外部に就労している者もおり、その他、団体の教室で思想哲学の学習、ヨーガ・気功等の指導、個人面談、ヒーリングの指導や、事務・経理・広報活動に従事している者が、全国4施設・活動場所(他の1施設は普段は無人)等に散って、合計で10名前後です。

      なお、一般会員を含めても、会員総数は60名前後です。団体は、入会を強調しない方針もあって、発足以来、会員数は増えていません(以上、会員数は2022年4月段階)。ただし、非会員として外から学ぶ人、通う人、ネットの中継講話などを聞く人は、随時入れ替りながら、全体として徐々に増えていると思います。

      総資産も1000万円強程度と小規模で(アレフの40分の1ほど)、総資産の約3分の1にあたる300万円以上の賠償金を毎年支払う契約となっており、2022年4月までに5400万円以上をお支払いしました。


    ◆アレフ: 盲信・狂信型の強度なカルト宗教団体

      一方、アレフは、麻原を絶対とし、近年ますます麻原回帰し、オウム事件は陰謀であり(オウムの仕業ではない)、自分たちの帰依が麻原の死刑を遅らせるとまで信じてきた、盲信・狂信型の宗教団体であり、強度なカルト団体です。

      オウム事件については、表向きは教団の関与を認めつつも、広報活動はほとんど行なわず、窓口の電話連絡が取れない状況があります(多数のメディアからの情報)。

      その裏側で、事件は陰謀だとする布教(オウム事件はオウムの仕業と見せかけるための何者かによる陰謀であり、オウムは無罪という布教)をしています。

      具体的には、アレフを隠した覆面ヨーガ教室を行い、その中で、輪廻転生を強調し、修行しないと地獄に堕ちることを強調したり、さまざまな陰謀説を説いたりして、オウム事件も陰謀だと主張するなどといった、詐欺的・洗脳的な布教活動を行っています。

      ここ数年の間に、在家信者や出家信者が、布教活動における詐欺・強要や、当局の立入検査を妨害したという嫌疑で、逮捕ないし強制捜査が行われた事例が複数あります(ただし、結果は、処分保留、起訴されるも無罪判決、現在公判中など)。

      2013年には、その施設の中で、公安当局の職員やアレフに反対する弁護士らの複数の写真をナイフで串刺しにしていた事実が発見されました。
     
       団体の規模は、出家者の総数は、定かにはわかりませんが、数百名前後と大規模であり、先の詐欺的教化により、公安調査庁によると、2013年だけでも、数百名の新規信者を獲得し、構成員は、1000名を超え、急増させています(報道による)。

      そして、資産も約10億円に上り(2019年4月の東京地裁判決による事実認定)、さらに、東京の足立区に大型のビル物件を取得し、資金力も急増させています。それに対して足立区は、教団を規制する新たな条例を導入しました。

       こうして、新たな地域問題を起こすほどに、資金が潤沢にもかかわらず、ひかりの輪と違って、被害者支援機構と賠償契約を締結することは拒絶しています。ただし、教団が潰されることを恐れ、教団防衛のために、賠償金ではなく「寄付」をしていますが、その額は、総資産の40分の1ほどと、ごくわずかにとどまっています(寄付ならば、麻原・教団が事件に関与したこと認めたことにならない)。

      そのため、被害者支援機構が、2012年の3月に、アレフを相手取って、不履行となっている賠償金の支払いを求める調停を東京簡裁に申し立てましたが、決裂したため、2019年4月には東京地裁が約10億円の賠償金の支払いをアレフに対して命じる判決を出しています(この東京地裁判決は最高裁によって確定)。

      また、被害者支援機構は、現在は同機構の資産であるオウム真理教の著作物をアレフが無断で使用しているとして、その使用の停止を求めています。この著作権侵害が事実ならば、これは刑事犯罪でもあります。 (※以上のアレフの行動の詳細は「アレフ問題の告発と対策ブログ」参照)

     

    ■第2 徐々に認められつつある両団体
    の違い


      しかしながら、この違いは、依然として、公安当局には十分に認められておらず、昔のイメージをコピーした形で、両団体を同一するかのように扱われている面があります。

      ただし、オウムをよく知る著名なジャーナリスト、国会議員、弁護士、宗教学者、心理学者、識者の方の一部には、すでに両者に違いがあることを理解されている方が出てきているように思います。

      まず、田原総一郎氏(オウム問題に詳しい著名なジャーナリスト)は、上祐と対談し(文化放送「田原総一朗 オフレコ!スペシャル」)、その後のラジオ番組で以下のように述べられました。
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      「(「ひかりの輪」は)宗教じゃない...
        麻原彰晃をいまでも信仰してるアレフの会...は宗教です...
        オウム、麻原を全面的に批判する「ひかりの輪」という、
        これは宗教じゃないんですよ。
        麻原を批判し、オウムを批判し、人間とはいかに生きるべきか(を考えている)。
        どっちかというと哲学に近いのね。ひかりの輪っていうのは。

        (司会:上祐さんは...宗教から抜け出て、そういう集団を作っている
                ...その怖さを身をもって知っているからですかね。)

        よーく知ってる。そこのところを上祐さんに聞いたわけ。」  
        (対談後のインタビュー動画2013.06.21放送
         「田原総一朗のタブーに挑戦! アベノミクスは成功するのか?」より) 
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      その後、上祐代表との対談書籍(『危険な宗教の見分け方』ポプラ社)を発刊され、発刊後、以下の発言をされています。
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      「地下鉄サリン事件のような無茶苦茶な犯罪を犯した
       オウムから抜け出すのに、なぜ7年もかかったのか。
       その苦労と悩みと努力がとてもリアリティーがある。
       (2013年12月13日 田原総一郎氏twitter)
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      オウム時代に対する上祐代表の反省本『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を検証した有田芳生氏(ジャーナリスト・参議院議員)は、以下のように、上祐代表に大きな変化を感じたと述べています。
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      「僕は読んだ(『オウム事件17年目の告白』のこと)上で
       来ているんで、この17年間ここまで変わったか、
       っていう印象がものすごく強いんですよ。(中略)
       自分の父親とか母親のことについてですね、
       彼が普通なら語らないようなことまで書いているんですよ。
       その心境の変化っていうのは、やはり変化として認めておかなければいけない、
        というふう思うんですよね。(中略)

       (そこまで言って委員会「辛坊たまらん」(読売テレビ)での発言より)
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       『オウム事件 17年目の告白』の検証対談では、以下の発言をされました。
       ------------------------------------------------
       「ぜひ上祐氏と話をしてみたいと思ったんです。
        オウム真理教が起こした数々の事件についてだけではなくて、
        上祐さんのご両親の話が書かれていたからです。
        ...自分と両親の話に行き着いたのだとしたら、
       オウムばかりでなく、現代社会におけるカルトの問題、
       若者の内面に潜む根源の問題にまでたどり着いたはずだ
       と思えたんです。(中略)
    本書を読み、今日のお話も聞いて、上祐さんや周りの人たちが
    大きく脱皮しつつあることはわかりました。
      (『オウム事件 17年目の告白』の「検証対談」より)
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     またツィッターでは以下の発言をされています。 
       --------------------------------------------------
       「地下鉄サリン事件などを「内部」からどうみていたか。
         はじめて知ることばかりでした。
         カルト対策としても意味ある告白だと思います。」
        (有田芳生氏twitterより)
       ---------------------------------------------------

      有田氏と同様にオウム問題で著名な江川紹子氏も、ツィッターで、上祐代表の過去のオウム時代の行為の責任の重さを指摘する一方で、次のように述べています。
       ---------------------------------------------------
      「現時点の問題という点では、だんまりを決め込み、
       事件への反省のないまま麻原信仰を続け、
       被害者への賠償も放り出して施設を拡充し、
       詐欺的勧誘を続けているアレフの存在の方が、
      (ひかりの輪よりも)遙かに問題は大きいのではないか。
     
      (アレフの)荒木広報の悩んでるふり、考えてるふりに
      ごまかされてはならない。」
      (2012年6月17日)
       ---------------------------------------------------

      また、カルトやオウム問題に詳しい紀藤正樹弁護士は、『サンデー毎日』(2012年7月1日号)誌上で次のように述べています。
       ---------------------------------------------------
      「ひかりの輪はアレフから追い出された少数派であり、
       教団というよりサークルに近い。
     
      サリン事件のようなことをやれば、団体として大変なことになる
      と分かっていた幹部連中が追い出された。
     
      サリン事件を体験していない人たちが幹部となったアレフには、
      『事件には何かしらの意味があった』と思っているような信者が残りました。
     
       アレフ信者の、麻原彰晃に対する信仰の度合いは、
       95年以前と同じで、むしろ個人崇拝、帰依度は高まっている。
      昔との違いは、サリンを作るような施設がない点だけです...

        今もアレフが勢力を拡大している事実を
       深刻に受け止めないといけません。」
       --------------------------------------------------

      さらに、オウム真理教を研究し、著作もある宗教学者の大田俊寛氏は、月刊誌『atプラス13号』(太田出版)誌上で、上祐と対談した後、次のように述べています。
      ---------------------------------------------------
      「上祐氏は、元オウム幹部としてはほぼ唯一教団に残り続け、
        分派という形にはなったものの、
        麻原信仰からの脱却の必要性を主唱し、
        オウムとは何だったのかという問いに真摯に向き合い、
        被害者への賠償に積極的に取り組むことを明言している。

        また、明確な方向性を見出せないまま
        麻原信仰に回帰しようとしているAlephの現状について、
        いくつもの重要な警告を発している。(中略)
      
        上祐氏は現在、その立場ゆえに批判や非難を受けることも多いが、
        それはすなわち、氏がオウム事件の責任に応答する主体として、
        誰よりも正面に立ち続けているということを意味するものだろう。
      
        私は少なくともこうした点において、
        現在の上祐氏を評価したいと考える。」
       ---------------------------------------------------

      認知心理学者の下條信輔氏(カリフォルニア工科大学生物学部教授)も、上祐代表の著作に言及し、
       --------------------------------------------------
      「オウム事件関係の類書の中で
       「もっともよく整理され」「もっとも深く突き詰めている」
       と評価が高い。
       ...何と言っても麻原と若い信者たちの心理を、
      内側から分析したのが出色だ。

       ...かねてから抱えていた謎を解く、
      大きなヒントを本書から与えられた。...」
       --------------------------------------------------
    と述べています(朝日新聞「WEBRONZA」にて)。


      思想家の鈴木邦男氏も、以下の発言をされ、その後、上祐との対談本『終わらないオウム』(鹿砦社)を出版されました。
       -------------------------------------------------
      「元オウム真理教幹部の上祐史浩さんに会った。
      『オウム事件 17年目の告白』は力作だ。
      ...麻原との訣別...などについて、実に真摯に語っている。
      ...貴重な本です。じっくり読みました。感動しました。」
    同氏サイトにて
       -------------------------------------------------

      ロフトグループ社長の平野悠氏は、『危険な宗教の見分け方』について、
    以下の発言をされています。
       -------------------------------------------------
      「さて上裕〜ひかりの輪はこれからどこへ向かって行くのか、
       全く新たな「輪の思想」を構築出来るのか興味はある。
       私自身も上裕さんとは数度対談し、
       ひかりの輪主催の「聖地巡礼」にも参加したことがあるので、
      今の上裕さんの「立ち位置」は信用していいと思っている。」
      (ブログ「Rooftop」レビュー2013年)
       -------------------------------------------------

      その他の各界の識者も、アレフとは大きく違うひかりの輪の活動について、評価の声を寄せてくださるようになっています。

      さらに、被害者支援機構は、2009年7月に、アレフが賠償契約締結を拒否する中で、ひかりの輪とは別個に賠償契約を結び、ひかりの輪とアレフとを区別して扱っています。

      最近の報道機関については、事情を正しく理解し、単純に過去のイメージ・当局の見解をそのまま流すのではなく、ひかりの輪とアレフを区別して報道する記事も徐々に増えてきました。

      また、ひかりの輪を扱った多くの書籍・雑誌出版社が、麻原・オウム信仰を脱却したものとして明確に位置づけています。

       その詳細は、上祐史浩オフィシャルサイトの「書評」「識者・著名人の声」などをご覧下さい。



    ■第3 両団体の違いの詳細



    1 会員数


     ◆ひかりの輪 :入会を強調せず

    【会員総数】:約60名

    【会員総数の変化】:2007年の発足以来、微減
       ※入会を強調せず、非会員の参加者を歓迎する方針。

    【うち専従スタッフ(住み込み会員)の総数】:10名前後

    【専従スタッフ総数の変化】:発足以来、約5分の1以下に激減(発足時は56名)
      (※上記の会員数は2022年4月時点)                         

     ◆アレフ : 新規入信が2年間に数百名・激増

    【会員総数】:千数百名(公安調査庁発表より推計)

    【新しい入会者の数】:2011年 → 205名(公安調査庁発表)、
                                2012年 → 約250名(公安調査庁発表より推計)、
                                2011~2012年の2年間で、計約450名

    【出家者総数】:200~300名弱(公安調査庁発表より推計)



    2 経済規模など


     ◆ひかりの輪 :1000万円未満

    【資産】:1000万円未満(流動資産)

    【財務の報告・監査】
      ①外部監査委員会への報告と監査
      ②賠償契約を締結した被害者支援機構への定期的な報告


     ◆アレフ: 約10億円

    【資産】:約10億円
       ※2019年4月の東京地裁判決による事実認定。

    【財務の報告・監査】 賠償契約を拒否し、財務の報告・監査なし。

     

    3 遵法精神の有無


     ◆ひかりの輪 :遵法精神あり

    ①発足以来、事件の謝罪・反省を深め、団体の活動に関係して会員が起訴されたことはない。
    ②上記のアレフの違法行為をインターネット(「アレフ問題の告発と対策」)で告発し解決に努めている。


     ◆アレフ :違反・違法の疑いあり

      複数の法令違反・違法行為またはその疑いがある。

    ①被害者支援機構に対して、賠償契約の不履行を行い、契約更改を拒絶している。同機構の訴えにより東京地裁が2019年4月にアレフに賠償命令(最高裁で確定)。その後も支払いを拒否。

    ②被害者支援機構に著作権が帰属する元オウム真理教の著作物(※)を無断複製・頒布しているとして、同機構から著作権法違反で訴えられている。同機構の申立てにより、東京簡裁で調停が行われ、同簡裁は両者の引き続きの協議を決定。
      (※)同機構によれば、オウム真理教の著作物の著作権は、賠償のために現在同機構に属する

    ③その他の法令違反の疑いもある。
       覆面ヨーガ教室による詐欺的・洗脳的な教化
       アレフを隠した覆面ヨーガ教室で、オウム事件の陰謀論を説いて、
       アレフに入会・布施させる詐欺的・洗脳的な教化・勧誘活動
      各地で勧誘された人の苦情があり、ひかりの輪で相談を受けている。

     

    4  オウム事件の謝罪・反省・賠償

     
     ◆ひかりの輪 :反省のもと、賠償等を実践

       ①麻原の関与を含め、オウムの関与した事件の反省に基づき、謝罪を繰り返し表明し、一部被害者・親族の方と交流。

       ②2009年に、被害者支援機構と、被害者賠償契約を正式に締結し、履行している。

       ③オウム時代の反省・総括を、団体全体で濃密に行い、発表している。

       ●『オウムの教訓サイト』で公表。

       ●さらに、上祐代表および幹部会員が、一般の出版社から書籍を刊行・協力    

        ・上祐史浩・田原総一郎著 『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)

         ・上祐史浩著 『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社 2012)
     
         ・上祐史浩・鈴木邦男等著  『終わらないオウム』(鹿砦社 2012)

     
        ・宗形真紀子著
          『二十歳からの20年間――"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館 2010)


        ・『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉
                 ――鈴木邦男ゼミin西宮 報告集vol.3』(鹿砦社 2014)
           上祐史浩+鈴木邦男(政治活動家)の対談が掲載

         ・『未解決事件 オウム真理教秘録』※上祐史浩のインタビューが掲載
           (文藝春秋社 2012)  〈NHKスペシャル取材班編著〉
         
         ・『思わず聞いてしまいました!!』※上祐史浩の対談が掲載
           〈プチ鹿島・居島一平著〉(スコラマガジン社 2012)
        
        ・『atプラス13』(太田出版 2012)
           上祐史浩+大田俊寛(宗教学者)の対談が掲載


       ・『公安を敗北させた男 国松長官狙撃事件』
         小野義雄著・産経新聞出版2011年
          宗形真紀子のインタビューが掲載。

        ・『オウムを生きて』 (青木由美子編CYZO2010年)
         ひかりの輪の会員2名(スタッフ・会員各1名)のインタビューが掲載

        ・『図説 宗教と事件』 (学習研究社 2009年)
         広末晃敏のインタビューが掲載。

      ④残存するオウム問題(アレフの違法行為・刑の執行)の解決に努めている。


     ◆アレフ: 事件を反省せず、賠償契約を拒絶

       ①事件の反省なし

         (1)一部の信者は、事件は、絶対者の麻原の深い考えによるもので、
             悪とは判断できず、「謝罪・賠償をするのは正しくない」と考え、

         (2)一部の信者は、事件は、麻原が関与を否定しているように、権力
             者の陰謀で、「謝罪・賠償の要求は、本来不当だ」と考えている。

       ②賠償契約の不履行・更改の拒絶と、寄付の実行

       上記の理由で、賠償契約は不当だが、教団防衛のために(団体が潰されないために)、善意の第三者として一定額の寄付を実行し、機関誌・信者にPRしている。

     

    5 思想・教材
     

    (1)団体の基本的性格


     ◆ひかりの輪 :思想哲学の学習教室

      いかなる特定の神・教祖・思想も絶対視しないため、「宗教」「教団」ではなく、
      仏教や心理学等を含めた東西の思想哲学の学習教室。

      探求の対象に、宗教の思想哲学も含まれるが、「宗教一般の本質ないし、あるべき姿を自己の身上に探求し、理性にとって納得のゆくものとして理解しようとする」とされる「宗教哲学」を探求する。


     ◆アレフ :盲信・狂信型の、強度なカルト宗教団体

      麻原を絶対とし、近年ますます麻原回帰し、オウム事件は陰謀であり(オウムの仕業ではない)、自分たちの帰依が麻原の死刑を遅らせる(遅らせている)とまで信じてきた、盲信・狂信型の宗教団体であり、強度なカルト団体。

     

     (2)オウム真理教の教材

     ◆ひかりの輪: すべて破棄・使用せず

      ①オウム真理教の教材は廃棄し、全く使用していない
       (観察処分の審査・裁判・総括用に必須な一部のみ厳重管理)

      ②ひかりの輪の一元論思想に基づく新たな教材を作成・使用している。


     ◆アレフ : 全面的に使用

      ①オウム真理教の教材を全面的に使用(著作権侵害)

      ②サリン事件以前の教材の復刻も行っている。


    (3)麻原の見方


     ◆ひかりの輪 :人格障害・反省できない人物と分析

      カリスマ性はあったが、誇大妄想・被害妄想的な人格障害があり、一連の事件の過ちに至り、反省できなかった人物と分析。
      ※公安調査庁も、
     「ひかりの輪の教義には、外形的には、麻原を崇拝する内容はない」
      と認めている(同庁の観察処分の審議の主張証拠より)。

     ◆アレフ: 神の化身・絶対的存在で帰依の対象
     
      麻原は神の化身・絶対的存在。
      事件にも深遠な意味があると考え、絶対的な帰依の対象とする。


    (4)オウム事件の見方


     ◆ひかりの輪: 許されない事件
     
      自らハルマゲドンを起こし、予言された救世主になろうとした麻原の狂気の誇大妄想・被害妄想が引き起こした事件であり、許されない。
      ※公安調査庁も、「ひかりの輪の教義には、外形的には、殺人肯定の危険な内容はない」と認めている(同庁の観察処分の審議の主張・証拠より)。

     ◆アレフ : 麻原の深遠な考え、国家権力の陰謀

      麻原の深遠な考えによるもので、否定できない。ないしは、国家権力の陰謀である。


    (5)信仰対象


     ◆ひかりの輪: 特定の信仰対象をもたない

      特定の神・教祖を信奉しない=宗教団体ではない、新しい智恵の学びの場。
      個々人の中の神聖な意識を重視して、外側のものは、それを引き出す象徴で学びの対象と見る。


     ◆アレフ :麻原と、シヴァ大神

      麻原とその本体であるシヴァ大神に絶対的に帰依し、それ以外の人物や神仏は、格下または外道・邪教として否定。

     

    (6)世界観・基本的な思想


     ◆ひかりの輪: 一元論

      万物は「輪」のようにつながり一体で、皆等しく尊重すべき。
      (よって、「教団を善、社会を悪」とする善悪二元論を否定)


     ◆アレフ: 善悪二元論

      教団は善業多き魂、社会は悪業多き魂という善悪二元論。
      社会は麻原・教団を弾圧している、という見方。

     

     

    6 組織の透明性・開放性の有無


    (1)行事・教材の公開性


     ◆ひかりの輪:公開

      主要な行事・教材は、インターネットで生中継・録画公開するなどして、会員以外の人も、どこからでも視聴・購入できる。
     非会員も会場(団体施設)で直接参加できる。

      大学等の研究機関や研究者のフィールドワークや、取材も随時受け付けている。


     ◆アレフ: 秘密主義的

      主要な教材は、会員しか購入できず、秘密主義的である。
      一般人は、最初は、教団施設になかなか入れない。
      ※そもそも、その教材の販売は著作権侵害であり、この問題のためか、最近は教材販売がますます秘密主義的に。


    (2)報道機関・地域住民への対応


     ◆ひかりの輪 :対応

      ①広報部が、報道機関の取材依頼に適宜対応、ネットでも情報発信
       
      ②地域住民の、組織的な反対運動がある地域(東京)は、情報提供と
        話し合いの申し入れを継続し、話し合いが実現したケースもあり。

      ③地域住民の方向けに情報発信をするサイトを開設し、
        不安解消に努めている
       (※詳細は「ひかりの輪から、地域の皆さまへ」サイト参照)

     ◆アレフ :拒否や無視

      ①取材依頼を、原則拒否しており(窓口電話がつながらないと多数の報道機関からの苦情あり)、コメントの発信も稀である。

      ②地域住民からの働きかけは、基本的に無視している。



    (3)外部監査の受け入れ


     ◆ひかりの輪: ある

      2011年末、外部監査委員会を、サリン事件被害者の河野義行氏や大学教授などを招いて設置(河野氏は任期満了後辞任、その後、元公安調査官が就任)。

      ①定期的に活動内容を文書・会議で報告し、助言・指導を受け、

      ②各施設で、講話会などの活動や、施設設備の監査を受け、

      ③自己反省法や伝統宗教との交流などの精神的な指導も受けている。
       また、財務に関しては、外部監査委員会に加え、被害者支援機構にも定期的に報告している。


     ◆アレフ :ない

      自主的な外部監査制度などは一切ない。



    (4)活動の形態


     ◆ひかりの輪 :公開型

      団体の公式サイトや、所属と実名を明かした指導員が行っている。


     ◆アレフ :覆面の活動あり

      アレフを隠した覆面ヨーガ教室を幹部信者と一般信者が行っている。
      その中で、オウム事件を陰謀とする洗脳的教化が行われている。



    (5)他宗教・宗派等との交流


     ◆ひかりの輪 :あり・学習実践

      ①ひかりの輪外部監査委員である、伝統宗教の宗教家の
         指導を受けて、修験道を実施

      ②ひかりの輪外部監査委員である大学教授の
         指導を受けて、自己反省法・内観を実施。

      ③聖地巡りの機会等を通じて、正式参拝や祈祷を受ける
        などして、他の宗教・宗派から学び、交流。


     ◆アレフ :なし・排斥

      自教団の教えのみを絶対視するため、他の宗教・宗派は「邪教・外道」として排斥。



    (6)親族との交流


     ◆ひかりの輪 :あり


      ①両親をはじめとする親族などに感謝する、自己反省法・内観を実施。

      ②親族との交流に全く規制はなく、通常の交流をしている。
        専従スタッフのうち親の介護のために、実家に定期的に通っている者もいる。


     ◆アレフ :強く規制

      親族は修行の邪魔、とする教義のもと、特に出家者は親族との交流を強く規制している。

  • アレフ(オウム)脱会支援・入会阻止活動(2022/03/20)

      ひかりの輪とアレフが同一団体であるかのような誤解が一部にありますが、実際には、ひかりの輪では、これまで行ってきたオウム時代の反省・総括に基づいて、アレフが現在も引き起こしている様々な問題の解決に努めているのです。

       アレフは、いまだに麻原彰晃を絶対視し、組織の引き締めを図る一方、そのような狂信的信仰に多くの若者を巻き込んでいっています。

      そのため、ひかりの輪では、麻原を絶対視するアレフ(オウム)の教義の誤りを明らかにしたり、アレフの違法・不当な行為を告発したりすることによって、現アレフ信者の脱会を促進・支援するとともに、アレフの実態を知らない人たちが新たにアレフに入信することを阻止するための活動を展開しています。

    具体的には、以下の通りです。


    1,「アレフ洗脳被害者・相談救済窓口」の設置と「アレフ問題の告発と対策ブログ」の運営

       ひかりの輪では、『アレフ洗脳被害者・相談救済窓口』を設置し、「アレフ問題の告発と対策ブログ」を運営しています。

       そして、アレフによる「洗脳的布教・教化活動(アレフと隠した覆面ヨガ教室で人脈を作り、段階的に、オウム事件は何者かの陰謀と思わせ麻原崇拝へと導く手法)」の被害に遭われた方の、ご相談・脱会支援のお手伝いを、団体を挙げて行っています。

       私たちは、自分たち自身が、その洗脳教化から脱却した経験を活かして、これまでに約150名の方のアレフ脱会のお手伝いをしてきました。


    (1)アレフはますます「麻原回帰」しています

       アレフは、麻原を絶対とし、ますます「麻原回帰」しています。

       オウム事件については、表向きは教団の関与を認めつつも、その裏側で、「事件は陰謀だ」とする布教をしています。具体的には、アレフを隠した覆面ヨガ教室を行い、その中で「事件は陰謀だ」と教えた上で、アレフに入会させています。

       オウム事件被害者に対する被害者賠償契約は履行せず、契約を結びなおすこともせず、第三者として寄付をするのみです(寄付ならば事件関与を認めたことにならず、教団防衛になるから)。

       現在、オウム真理教犯罪被害者支援機構から、賠償金の支払い(最高裁によってアレフの支払い義務が確定)と、オウム真理教の教材(著作権が支援機構にある)を無断で販売しないよう求められていますが、応じていません。

       その一方で、億単位の資産を貯え、都内に大型のビル物件を取得し、資金力も急増させています。アレフ信者が運営する覆面ヨガ教室の受講料は、実質的にアレフ信者の資金となっています。


    (2)アレフの覆面ヨガ教室の被害者から、ご相談が増えています。

       アレフと隠した覆面ヨガ教室に入ってしまい、途中で疑問を感じた方のご相談者からの情報が寄せられています。情報によれば、アレフの素性を隠した人から、SNSや、書店の精神世界コーナー、スピリチュアルマーケットなどのイベントで、「ヨガ教室」の勧誘を受けたというケースが多く見られます。

       そのヨガ教室では、

       ①ヨガの体操だけでなく、チャクラとクンダリニー理論、輪廻転生、
          チベット仏教などの勉強会がある。
       ②世界の陰謀を紹介する数十時間のビデオプログラムがある。
       ③数ヶ月~1年ほどで、「第二段階」「上級の道場」を紹介され、
        「アレフ」と明かされる。

       主な場所は、以下です。

       北海道・札幌 /東京・西荻窪・中野
       大阪・今里/愛知・名古屋/石川県・金沢

       この過程でご相談いただければ、早めにその洗脳的教化から脱却可能ですので、少しでも怪しいと思ったら、ぜひご相談ください。

       「アレフ」と明かされた後の洗脳的教化の内容は、

       ① 一連の重大なオウム事件は、実はオウムが起こしたものではなく、
             オウムが起こしたと見せかける何者かによる陰謀である。

       ② 教祖・グル(導師のこと)である麻原彰晃は、絶対的な神のような存在である。

    といったものです。

       これを信じて、入信してしまった人数が数百名出ています。そして、入信した後で脱会しようとすると、

       ③ アレフを脱会すれば、グルとの縁が傷つき、地獄などに落ちる。

    と言われて、脱会を躊躇してしまうというケースが多々見られます。

       この件でお悩みの方、もしくは、そういった被害に遭われている方をどうにかしたいと思われている方、ぜひとも、お気軽にお問い合わせください。


    (3)アレフに入信してしまった方へ

       現在、アレフの幹部から、オウムや麻原のことについての情報を得て、それを信じてしまった方にお伝えしたいことがあります。

       ひかりの輪の中には、オウムの幹部だった者が数名おります。中でも、上祐代表は、オウム真理教時代に、元教祖・麻原の有数の高弟だった者であることから、オウム事件や修行の裏表を、アレフの幹部よりも、知り尽くしています。

       そうして、知り尽くしていたからこそ、葛藤が生じ、ついには脱却を果たすことができたのです(※上祐史浩のオウム時代の総括文書はこちら)。まずは、現実・真実を知ることがとても大切なことであり、お伝えしたいと思っています。ぜひとも勇気を持ってお問い合わせをいただけるよう、心よりお待ちしています。

      また、「アレフから脱会したいのに、アレフの幹部らの威圧によって、それがしにくい」と感じられている方も、どうぞご連絡ください。スムーズに脱会することができる方法をお教えすることができます。

      これまでにも、脱会したいのに幹部の威圧によって、脱会できずにいた方々のお手伝いをしてきましたが、みなさん無事脱会できています。

      なお、ひかりの輪に入会しなければならないなどということは、全くありませんので、どうぞ安心してご連絡いただけたらと思います。


    (4)アレフからの脱会等ができた人のケース

      以下は、アレフによる洗脳教化を受けた方たちが、当団体の支援によって、アレフから脱会したり、アレフへの入会を思いとどまったりしたケース等をご紹介します。

    ①Aさんのケース

      アレフに入会したものの、オウム事件を含めて教団に疑問を持ち、脱会したいと思った。しかし、その後長期にわたって、アレフ幹部に引き留められ、「脱会してグル(麻原)との縁を傷つけると地獄などに落ちる」などと脅された。ひかりの輪に連絡を取り、アレフの問題点を理解し、威圧にも屈しないようになり、脱会することができた。

    ②Bさんのケース

      アレフの信者と幹部に勧誘され、その中で「事件にはオウム(現アレフ)は関与していない。麻原は最終解脱者である」などと洗脳されて、入会することを決めた。その直後、ひかりの輪に連絡を取り、事件を含めたオウム・アレフの真実を知って、すんでのところで入会せずにすんだ。

    ③Cさんのケース

      アレフの信者だったが、おそらくはスパイと疑われたためか、セミナーに参加している中で、突然幹部に呼び出され、身体や物品を強制的に検査され、早朝にもかかわらず、追い出された。その後、ひかりの輪に連絡を取って、徐々にオウム・アレフの問題を理解する中で、脱会するに至った。

    ④Dさんのケース

      アレフの信者だったが、アレフからは「事件は陰謀である」とずっと聞かされ、疑問を持った。ひかりの輪と連絡を取り、指導員と話したり、その総括文書などを読んで、オウムに関して正しい情報を得て、教材を破棄して、脱会することができた。

    ⑤Eさんのケース

      現在もアレフの信者だが、事件を含め、オウムに疑問を持っている。ひかりの輪の指導員と連絡を取り、一般の施設で接触して、オウムに関して、より正しい知識を学んでいる。アレフの中では、新しい信者が事件を知って脱会するのを防ぐために、事件は陰謀であるという話をするなど、アレフ幹部が信者を洗脳しているのが心配という。

    ⑥Fさんのケース

      つい先日までアレフの信者だったが、脱会した。今は宗教から離れたいと思っているが、ひかりの輪には、アレフの中で洗脳されている人達を救ってほしいと思って、ひかりの輪の活動に期待するメールを送ってきている。

      少しでも、アレフに疑問を感じた方は、まずは取り急ぎのご連絡を、心よりお待ちしております。多くの方が、ちゃんと脱却できていますので、今、そうした苦しみの中にある方がいらっしゃいましたら、どうぞご連絡ください。何らかのお手伝いをさせていただけると思います。


    2,オウム脱会支援・入会阻止の主な活動


      麻原を盲信したり、オウム事件を宗教的に肯定したりする「オウム信仰」から、一人でも多くの現アレフ信者・元オウム信者が脱却できるよう、「ひかりの輪」では、下記のようなさまざまな脱却のための支援活動を行っています。

      元オウム信者には、現アレフ信者だけでなく、脱会後、一人になってもオウム・麻原信仰から脱却できずに苦しむ「脱会信者」なども存在しています。その現状の一端は、書籍『オウムを生きて』(2010年3月発売:ひかりの輪が制作に一部協力)の、リアルなインタビューからもうかがい知ることができます。

      以下、現在までに行っている主な活動をご紹介します。

    (1)サイトや出版を通じた呼びかけ

      新たに開設したサイト「オウムの教訓--オウム時代の反省・総括」「アレフ問題の告発と対策」や、負の教訓と、その抜け出し方を記した書籍『オウム事件 17年目の告白』(上祐史浩著・扶桑社)、『終わらないオウム』(上祐史浩ほか著・鹿砦社)、『危険な宗教の見分け方』(上祐史浩ほか著・ポプラ社)『二十歳からの20年間- "オウムの青春"という魔境を超えて』(宗形真紀子著・三五館)の出版などを通じて、オウム信仰の過ちとその脱却の必要性を、アレフ信者・元信者に広く呼びかけています。

      現に、それらを見た複数の信者・元信者から、感想や問い合わせが寄せられています。

      「事件のことをどう考えていいか迷っていたが、総括を見て納得できた」と述べ、オウム信仰から脱け出した元信者たちもいます。


    (2)アレフ信者の脱会支援

      ひかりの輪の活動の一環として、アレフの信者を説得し、アレフからの脱会に導いています。説得の際には、当団体が作成したオウム総括資料などの当団体資料・教材を見せて、脱会へと導いています。


    (3)主に若者を対象としたアレフの入会勧誘活動への対応(アレフへの入会阻止活動)

      アレフによる入会勧誘(麻原信仰への勧誘)の対象となっている若者が、当団体にコンタクトしてくる場合、アレフへの入会を防止すべく、麻原やオウム信仰の問題点を伝える等しています。この活動は、当団体にコンタクトしてくる人以外には実行不可能なため、限界がありますが、懸命な説得により、アレフへの入会を断念した実例があります。


    (4)アレフ脱会信者(脱会したが信仰を脱けきれない者)の支援

      「アレフ組織からは脱会したものの、オウム信仰からは脱けきれない」という悩みを持つ者が多くいますが(これを当団体では「脱会信者」と呼びます)、彼らはその悩みをオウム経験者にしか相談できない場合が多々あります。
      社会に出て後は、元アレフ信者であることを隠して生活しているために、元オウム信者特有の悩みを、身近な人に相談できないのです。
      そこで、当団体では、こうした彼らの問い合せに、メールや面会によって対応し、麻原やオウム信仰の実態を伝えたり、脱却を可能にする心の持ち方を教えたりしています。


    (5)オウム信仰の後遺症での心身症・うつ病に悩む者へのケア

      過去のオウム信仰の精神的な後遺症として、心身症・うつ病の傾向に悩む者の回復のため、生活支援・治療の支援を行っています。


    ※以上にご紹介したアレフ(オウム)脱会支援・入会阻止活動については、こちらの記事にも詳細を記していますので、ご覧ください。

  • よくある質問(過去のオウム関連事項について)(2022/03/20)

    1,ひかりの輪は、オウム真理教の後継団体ではないのですか?

       ひかりの輪は、オウム真理教(以下「オウム」と略記します)の後継団体ではありません。
       逆に、オウムからの脱却を果たし、オウムに反対している団体です。
       そもそも後継団体というためには、オウムの教祖・麻原彰晃が作ったオウムの教義を信奉し、その教義を広めるための活動をしていなければならないはずです。
       しかし、ひかりの輪には、「麻原を個人崇拝し、殺人を肯定するという特徴を有するオウムの教義」などは、一切存在しておらず、逆にその危険性や過ちを強く訴えています。
       そして、オウムの教義をいまだに流布しているオウムの後継団体アレフの活動を阻止すること等によって、オウムの教義の流布を防いでいるのです。
       この経緯については、記事「脱麻原・脱オウムの諸改革」「反麻原・反オウム(アレフ)の諸活動」等をご覧ください。
       また、オウムの後継団体というからには、宗教団体でなければならないはずですが、ひかりの輪は、後に述べるように、宗教団体ではなく、思想哲学の学習教室です。


    2,ひかりの輪は、オウム真理教の後継団体であるアレフと、どのように違うのですか?

       オウムの後継団体アレフは、いまだにオウムの教義を信奉しています。つまり、麻原を絶対的存在として神格化して崇拝し、殺人を肯定する教義を信じて、サリン事件などの一連のオウム事件を宗教的に肯定しています(なお、一部の新入会員に対しては、「オウムは事件に関与しておらず、国家権力の陰謀によって陥れられた」と、虚偽の説明をしています)。そのために、事件の被害者への賠償金をお支払いする契約の締結を拒否しているほどです。
       そして、社会に対して敵対的な姿勢を強め、より閉鎖的な方向に進んでいます。
       ひかりの輪は、そもそも、麻原への個人崇拝や一連のオウム事件の過ちを直視し、それを反省した者たちがアレフを脱会して結成した団体ですので、このようなアレフの在り方に対しては根本的に反対しており、その活動をあらゆる形で阻止することに努めています。
       このような、ひかりの輪とアレフの違いの詳細については、記事『ひかりの輪とアレフの大きな違い』をご覧ください。


    3,ひかりの輪は、麻原について、どのように考えているのですか? 「麻原隠し」(ひそかに麻原への信仰をしているが表面上は隠していること)をしていると公安調査庁が言っていますが、本当ですか?

       ひかりの輪は、麻原を信仰していませんし、逆に、麻原のことを、その生い立ちや身体障害等に起因した人格障害者であると位置付けています。具体的には、麻原は、心理学用語でいうところの「空想虚言症」「誇大自己症候群」であり、そのような人格障害が、国家権力から不当に攻撃されているという過度の被害妄想を生み出し、一連の事件を引き起こしていったと考えています。
       このような麻原の精神病理の詳細については、記事『心理学的な視点に基づく、麻原・弟子・現代社会の人格分析』をご覧ください。
       麻原が潔く自らの過ちを認めて、アレフ信者に対して麻原への帰依を捨てるよう呼びかけるのが望ましかったのですが、それがなされないまま死刑執行に至ってしまいました。


    4,ひかりの輪は、地下鉄サリン事件などのオウム事件について、どのように考えているのですか?

       誇大妄想や被害妄想にとらわれるという人格障害者であった麻原が、自らが支配する国家の建設を妄想し、その実現を妨害しようとしているように見えた社会に対して引き起こした、決して許されるべきではない非道な犯罪であったと考えています。
       そして、その責任は、麻原のみならず、麻原に自らの欲望を投影して、麻原と同調した弟子達や、そのような教団を支えた多くのオウム信者にも帰せられるべきだと考えています。
       ひかりの輪の中でも、かつてオウム信者であった者につきましては、深くその責任を感じ、償いのためにも、二度と同様の事件が起きないように反省・総括を深め、社会に教訓を残す活動に努めるとともに、被害者の皆様への賠償金のお支払いに全力を挙げさせていただく所存です。


    5,ひかりの輪は、オウム事件の被害者に対して賠償金を支払っているのですか?

       ひかりの輪は、2009年7月6日、オウム真理教の犯罪被害者の方々による組織である「オウム真理教犯罪被害者支援機構」との間で、被害者賠償金をお支払いする契約を締結しました。
       この契約では、従来破産債権者としての届出を行っていた被害者の方々だけではなく、被害者救済法に基づき国からの見舞金を受け取る資格がある被害者のうち、破産債権者としての届出を行っていなかった被害者に対しても、賠償金をお支払いすることをお約束いたしました。
       この契約等に基づいて、ひかりの輪が2022年1月末までにお支払いしてきた賠償金の総額は、約5400万円となります(最新のお支払い状況は、こちらの記事をご覧ください)。
       賠償契約を締結した2009年から2014年までの間の、ひかりの輪の資産と賠償の額をグラフにすると、以下の通りとなります。


     
       ご覧の通り、ひかりの輪は、厳しい財務状態の中で、資産を取り崩しながらも、契約が義務付けている年間300万円の賠償を維持しています。  
       現在、オウム真理教犯罪被害者支援機構との間で正式に賠償契約を締結しているのは、ひかりの輪だけです。
       アレフについては、2000年(上祐がまだアレフに在籍していた時代)に賠償契約を締結しましたが、2009年頃から契約の履行を拒否しているため、被害者支援機構が裁判所に訴えたところ、約10億2500万円を被害者支援機構に支払うよう、アレフに命じる判決が確定しています。
       また、アレフを脱会した他の個人・グループについては、たとえオウム事件当時の幹部であっても、賠償契約を締結していません。
       ひかりの輪の現会員のうち、オウム真理教時代に会員だった者は、オウム真理教の全会員の1パーセントにも至りませんが、すでに、オウム真理教が負った被害者賠償債務の1パーセントを大きく上回る額を(2000年からのアレフ時代を含めれば)お支払いしています。
       ひかりの輪は、あらためてこの場を借りて、アレフをはじめとするオウム事件に責任を負う全ての者が、被害者賠償契約の締結と実行を通じて、賠償に努めるよう呼びかけたいと思います。

       なお、こちらの記事には、賠償に関するより詳しい説明に加え、以下のご質問の答えがありますので、あわせてご覧ください。
       1.被害者は賠償ではなく解散を求めているのではないか?
       2.哲学教室の活動ではなく、一般の就労で賠償はできないのか?
       3.解散して個々人が賠償できないのか?


    6,ひかりの輪は、近ごろ資産を急速に増大させて数億円の資産があると一部で報じられていますが、本当ですか?

       本当ではありません。
       ひかりの輪の資産は、約1000万円ほどです。
       資産を急増させているとか、資産額が数億円にのぼっているなどの話は、オウムの後継団体アレフについてのことです。
       公安調査庁は、ひかりの輪も巨額の資産を持っているかのように世間に印象づけるために、「アレフとひかりの輪を合わせて資産が数億円」などと発表していますが、その大部分はアレフが占めています。
       ひかりの輪は、その資産の多くの割合を、被害者組織への賠償金お支払いに充当していますので、資産は減少傾向にあります。その具体的なデータについては、上記質問5に掲載したグラフをご覧ください。


    7,ひかりの輪は、近ごろ多数の若者を入会させて会員数を増大させていると一部で報じられていますが、本当ですか?

       本当ではありません。
       多数の若者を入会させて会員数を増大させているのは、アレフのことです。
       公安調査庁は、ひかりの輪もそのような傾向にあると印象づけるために、あえてアレフと混同させるような内容の情報を発表しています。
       そもそも、ひかりの輪は、開かれた団体として、入会しなくても誰もが活動に参加することができるため、入会の勧誘を行っていません。実際に入会せずに参加される方が多くいます。もちろんアレフのように大学で学生をターゲットにした入会勧誘活動などは行っておりません。それもあって、会員数は発足時から減少を続けています。その具体的なデータは、以下の通りです。

       なお、ひかりの輪は、アレフが「オウム事件は国家権力による陰謀」などという虚偽の情報に基づいて多くの若者を勧誘し入会させている現状を問題視しており、専用のブログを開設して、その勧誘活動を阻止すべく努めています。


    8,ひかりの輪は、宗教ではないのですか?

       ひかりの輪は、宗教ではありません。
       ひかりの輪は、オウム真理教が、崇拝対象(麻原)に対する疑問や理性による考察を許さない絶対的な信仰を信者に要求し、行きすぎた盲信を伴った過ちに対する反省に基づき、宗教の在り方を理性的に追究する宗教哲学の実践をしています。
       このようなひかりの輪の基本的性質については、上祐代表と共著のあるジャーナリストの田原総一朗氏も認めています。


    9,ひかりの輪は、オウム真理教の出家制度を維持していないのですか?

       上記のとおり、そもそも、ひかりの輪は宗教団体ではありませんので、宗教上の概念である「出家」に基づく制度は存在していません。
       現に、オウムにおいては、家族との交流を断ち、全財産を教団に布施して集団居住する出家制度がありましたが、ひかりの輪においては、家族との交流は自由であり(むしろ内観の実践に基づき交流を推奨している)、両親等の介護が必要な場合は団体が支援し、また全財産を団体に提供する義務はなく私有財産の所有を認めており、出家制度を特徴付ける性質を有していません。


    10,ひかりの輪は、地域住民やマスコミ、会員の家族などの一般社会に対して、どのような対応をしていますか?

       ひかりの輪は、地域社会の皆様の不安を解消するために、地域の皆様との対話や情報公開に努めています。
       また、マスコミの取材にも可能な限りご対応、団体の現状を広く社会に明らかにしています。
       さらに、会員のご家族に対しては、両親等への感謝の心を培う自己反省法「内観」の実践を通じて、感謝をもって積極的に交流することを推奨しています。
       このように、ひかりの輪は、社会に対して透明で開かれた団体づくりに努めてきました。


    11,ひかりの輪は、第三者からどのような評価を受けていますか?

       ひかりの輪は、「ひかりの輪外部監査委員会」による数年間の監査を受けてきましたが、その監査結果は、ひかりの輪には観察処分の適用要件がない(すなわち、ひかりの輪が麻原の影響を受けたオウムの後継団体ではない)ことを示しています。
       また、多くの識者からも、ひかりの輪がオウムに対する真摯な反省に基づく活動を展開していることを評価され、一般の出版社からも、ひかりの輪の理念を伝える出版にご協力をいただくなどの評価をいただいています。


    12.なぜ宗教で過ちを犯したのに、また宗教をやるのですか?

       まず、繰り返しになりますが、ひかりの輪は、宗教ではありません。
       東西の思想哲学の学習教室であって、心の幸福や、心の問題の解決などのために、仏教哲学や心理学を学ぶ場です(ウィキペディアなどでは仏教系哲学サークルと紹介されています)。特定の神仏・人間・指導者・経典・思想などを絶対視することは一切ありません。
       そして、ひかりの輪の活動目的の一つは、オウム真理教のような宗教の広がりを防ぐことです。そのためには、これが心の問題であるがゆえに、それを実体験した者でなければ、その原因と、その脱却や予防の方法がわからない部分があると考えています。
       すなわち、私たちは、オウムを実体験し、抜け出した経験を活かし、様々な心の問題・苦しみを抱える人が多い現代社会において、オウムやそれに類する宗教が不要となるような思想・哲学を創造し、普及したいと考えているのです。
       これは、いわば感染症の予防や治療と似ています。一度感染症に罹って、それが治ると、二度と感染しない抗体ができます。この抗体のメカニズムを基にして、まだ感染したことがない人の予防に役立つ「ワクチン」もできます。このワクチンは、感染源の毒と全く無関係ではなく、毒を無毒化して出来るものです。
       私たちの場合は、オウムの経験とその脱却の過程の様々な葛藤・探求を基にして、オウム的な宗教の持つ弊害を有さずに、同時に様々な心の問題を解決する効果を持つ思想・哲学(仏教哲学・心理学・宗教の裏表や危険性など)を普及しています。これをたとえて表現すると、オウム的な宗教を無毒化したワクチンの普及であって、これにより、オウム的な宗教への感染の予防につながると考えています。
       また、予防だけでなく、実際に感染した人の治療もしています。すなわち、今なお麻原を絶対として信仰し、オウム事件を陰謀と主張する詐欺的・洗脳的な教化によって多くの新しい信者を獲得しているアレフ(旧オウム真理教)に入信した人の脱会支援を、団体組織を挙げて行っています。
      専用のサイトを立ち上げ、相談窓口を設置し、各地の担当者が、アレフ信者や、家族がアレフに入信した方々の相談を受け付け、これまで100名を超える方の脱会支援に成功しています。これに関連して、入信の予防活動も行っており、サイトに加え、報道機関と協力し、アレフの問題を告発する番組などを作成しています。
       こうして、ひかりの輪は、オウム的な宗教の広がりの予防と、それに感染した人への治療を行うための思想哲学の団体です。


    13.オウム事件があったのに、なぜ団体を解散せずに維持しているのですか?

      まず、ひかりの輪は、アレフ(旧オウム)を脱会した者が創設した団体ですが、オウムの後継団体ではなく、オウム信仰・教義・体制を一切捨て、それとは全く異なる性質を持った、東西の思想哲学の学習教室です。
       次に、オウム事件の過去を持つ私たちが、個々人ではなく団体として活動することを選択した、主な目的は以下の通りです。

    (1)オウム的なものに対するワクチンの普及

       オウム(現アレフ)や、類似するオウム的な妄信の広がりを抑制・根絶するには、それに代わる精神的な幸福を得る健全な思想・哲学・実践法を持った団体・コミュニティが必要で、それをひかりの輪は目指しています(詳しくは、こちら)。
       その中で、アレフ(旧オウム)の広がりの未然防止や、入会者の脱会支援、その布教組織の解体に向けた努力を行っています(詳しくは、こちら)。
       こうした活動のためには、団体組織が不可欠です。

    (2)オウム事件の賠償の実行

       ひかりの輪は、オウム事件の被害者・遺族の方に賠償金をお支払いする契約を締結しています。被害者の中には、団体解散を求める方もいますが、賠償を求める方もいて、最終的な判断として、被害者団体側からの要請を受け、契約を締結しました。
       この賠償の実行には、団体が不可欠です(詳しくは、こちら)。

    (3)身寄りのない高齢者・精神疾患者の保護

       オウム時代に教団に出家した高齢者・精神疾患者を団体が保護していますが、このために団体組織が不可欠です。

脱麻原・脱オウムの諸改革

  • 「脱麻原・脱オウムの諸改革」の概要(2015/01/19)

       「ひかりの輪」では、2007年に発足以来、オウム真理教や一連のオウム事件に対する反省・総括に基づいて、

    「脱麻原」「脱オウム」の諸改革

    を成し遂げてきました。具体的には、


     ①居住形態・資産などの大きな変化


     ②オウム問題の原点=「親との断絶」の解消

     ③外部監査委員会を設置、外部の監査・指導の受け入れ

     ④社会との様々な交流

     ⑤宗教から哲学教室への変革

     ⑥様々な意味で麻原から完全に離脱

     ⑦オウムの脱却・払拭の歩み

    などの団体改革を成し遂げました。

       そして、これら「脱麻原」「反オウム」の活動は、第三者の識者や報道機関等によって、広く認められてきました。

     ⑧外部監査委員会による監査と結果

      このコーナーでは、その詳細について、お知らせいたします。

       なお、これら「脱麻原」「脱オウム」の諸改革に引き続いて、ひかりの輪で行ってきた「反麻原」「反オウム(アレフ)」の諸活動については、こちらの記事をご覧ください。

    (これらの記事は、2014年12月1日に公安調査庁長官が公安審査委員会に対して「ひかりの輪」への観察処分更新請求を行ったことに対して、「ひかりの輪」側が同委員会に対して提出した反論の意見書をベースにして作成したものです〈※その後、一部情報を2022年時点のものに更新しています〉)。

  • ①居住形態・資産などの大きな変化(2015/01/19)

    「ひかりの輪」は、発足以来、改革を続け、その施設・居住形態・活動形態・外部との交流等に関する大きな変革を実現しました。

    その結果、オウム真理教のように「一般と異なる閉鎖的な出家教団が大規模施設に集団居住している状態」というような状態は、完全に払しょくされています。

    これは、麻原・オウムの性質や教義からの重要な脱却の活動(「脱麻原」)であり、「ひかりの輪」がオウム真理教ではないことの証左ですが、同時に、現在公安調査庁により請求されている観察処分の必要性要件である「閉鎖的な団体」にはあたらないものであると認識しております。

    以下詳述します。

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    1 スタッフ・資産の大幅減少と、居住形態・施設の大きな変化━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    (1)
    スタッフの大幅な減少


    オウム真理教・麻原は、家族との縁を絶つ「出家」を重視し、オウム真理教は、閉鎖的な「巨大な出家教団」を形成し、社会と断絶されていました。

    「ひかりの輪」は、その問題が解消しています。

    オウム真理教・麻原の教義では、「ひかりの輪」が行っているように、出家を辞めることや、脱会することは、真理から離れ、麻原との縁が切れることになる大きな悪業とされ、その形態が肯定されてきました。しかし、「ひかりの輪」は、その教義を、過ちであると反省・総括を行い、その結果、出家制度を解消し、開かれた団体としてのあり方をとっています。

    「ひかりの輪」のスタッフ(団体専従のスタッフ)は、2022年1月末現在で9名です(それに加えて同居している一般会員が2名)。これは、発足当初から、5分の1以下に激減したことを意味します。

     

    (2)一般会員の人数

    「ひかりの輪」のスタッフのみならず、一般会員も、発足当初の106名から約50名に減少しています(2022年1月末現在)。

    オウム真理教には、「まずは入信」「まずは麻原の弟子に」という教義があり、いかに入信者を増やすかという教団でした。しかし、「ひかりの輪」は、そうしたオウム真理教の反省・総括から、宗教団体ではなく、哲学教室として、入会しなくても学べるという仕組みを取っており、入会を積極的には求めていないため、一般会員も減少しております。

    よって、総会員数は、162名から約60名に減少しています。 

     

    (3)資産の推移

    「ひかりの輪」の資産(現金・預貯金・貸付金)は、スタッフの減少にもかかわらず、オウム事件の被害者・遺族の方との賠償契約に定められた義務的な額の賠償金支払いを堅持していることもあり、年々減少傾向で推移しています。
       
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    2 集団居住と大規模施設を解消しました
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    「ひかりの輪」スタッフの居住状況については、以下の通り、大規模施設や集団居住は、完全に解消され、マンションか一軒家に、1名~数名が住んでいるのみです。自宅で教室を開いており、自宅と教室は兼用です。実際、上祐が住む東京本部教室は、上祐の自室が教室兼用になっています。

    詳しくは、以下に、図と写真で解説します。

     
    (1)東京本部教室

    マンションの201、206、207、307号室の4室に居住し、201号室と207号室で、自室兼教室を開いています(居住者数は計6名)。
    ※5階建てのマンションの、他の階や部屋には、一般の区民の方がお住まいです



    ●201号室

    スタッフが居住し、上祐の自室兼・教室機能があります。
     
    ※教室として使うときは、このようにふすまを取り払って広くして使います。

      


     (2)仙台支部教室(一軒家)

    ●教室内のようす
     
    ●家の様子



     (3)名古屋支部教室(一軒家)

    ●居住者数は計1名【写真はおって掲載します】
       

    (4)大阪スタッフ住居等(一軒家)

     ●居住者数は計1名
     ●教室内の様子

     

    (5)長野連絡所(一軒家)

     ●教室内の様子


     
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    3 オウム型の出家教団の廃止を確認し、
        スタッフ制度を正式に導入しました

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    「ひかりの輪」では、すでに以前から「オウム型の出家教団」は長らく廃止され、スタッフ制度(専従会員制度)が導入されていたところですが、2014年9月17日には、正式に出家教団の廃止とスタッフ制度の導入を明記した「専従会員に関する規定」を、改めて確認し定めています。

    同規定において、スタッフは、家計を共有した共同生活を送るものの、個人資産が相当に認められています。例えば、年金・不動産・相続資産などは、個人資産の扱いとなります。

    オウム真理教が出家者の全財産を教団に布施させたことを反省・総括し、そうしたことからの完全な解消です。

    また、「ひかりの輪」においては、親などの親族との交流や介護、外部監査委員会等の外部指導の受け入れを含め、様々な外部との交流が促進されています。

  • ②オウム問題の原点=「親との断絶」の解消(2015/01/19)

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    1  親への感謝を育む内観の実践━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    かつてのオウム真理教および現在のアレフでは、特に出家信者と親族との連絡を規制するなど、家族・親族を軽視する傾向が強く、それが一連の事件の原因の一つになったものと「ひかりの輪」では反省・総括を行ってきました。

    そこで「ひかりの輪」では、発足以来、オウム真理教の反省・総括を深めて文書化することに加え、2009年2月以降、刑事政策・犯罪者更正の専門家である法学部の大学教授(現ひかりの輪外部監査委員)のご指導を受けながら、組織的に、自己反省法「内観」を実践し、オウム時代への反省・総括をいっそう深めてまいりました。

    内観とは、もともと、古くから伝わる「身調べ」という修行からヒントを得て、誰にでも実践可能な自己探求法・自己反省法として、吉本伊信氏によって、70年ほど前に確立され、効果が認められているものです。

    内観は、これまで、犯罪者更生、更生教育のために、刑務所や少年院等でも指導されてきており、内観の実践者が5年以内に再び刑務所に入ってくる確率(再入率)は、 実践していない者に比して約50%に低下しているとの報告がなされているほどです。

    また、内観は、企業研修や学校教育、心理的な治療の場でも用いられています。

    内観では、自分がこれまでの生涯で、

      ①他人からしてもらったこと
      ②他人にして返したこと
      ③他人に迷惑をかけたこと


    を一つ一つ思い出していくという作業を行います。

    すると、自分は両親をはじめとする周囲の人物から非常にたくさんのことをしてもらっているにもかかわらず、自分は周囲に大したことをして返してあげておらず、むしろ多くの迷惑をかけてきたという事実に気づき、すなわち自分の自己中心性を自覚し、反省し、他者への感謝と奉仕に向かっていくことができるようになるのです。

    「ひかりの輪」では、以下のように、大学教授をはじめとする内観の専門家のご指導をいただいてきました。

    ①内観の講義2009年3月3日

    大学教授を「ひかりの輪」本部教室にお招きし、上祐はじめ「ひかりの輪」役員・指導員の全員と、希望する一般会員らに対して、内観についての講義を約4時間にわたって、実施していただきました。

    ②内観の実践指導  2009年3月10日

    大学教授を「ひかりの輪」本部施設にお招きし、「ひかりの輪」役員・指導員ら10名に対して、約12時間にわたって、内観の実践指導をしていただきました。
    (そのまま、数日~一週間ほど、各自で自主内観を続けました)

    ③集中内観  2009年3月中旬

    副代表の広末晃敏ら役員2名が、大学教授のご指導のもとで、内観の専門研修施設(長野県飯田市)において1週間にわたる集中内観を実践しました。
    (広末は、内観直後に、20年ぶりに実家に帰省し、両親との劇的な関係改善を遂げ、大学教授と共に「ひかりの輪」会員への内観指導を担当することになった)

    ④集中内観  2009年12月下旬

    指導員の宗形真紀子ならびに吉田惠子が、内観の専門家である波多野二三彦氏(元弁護士:詳細は後述)を「ひかりの輪」東京本部教室にお招きし、1日約12時間を約1週間にわたって、内観の実践指導をしていただきました。

    内観の実践指導 2012年4月~2014年10月

    大学教授に、全国の「ひかりの輪」教室(仙台、東京、名古屋、大阪、福岡、千葉、長野)を巡回し、上祐を含む各地の「ひかりの輪」役員や指導員・会員等に対して、内観の実践指導を行っていただいています。

    具体的には、

    【期間】 2012年4月から2014年10月までの間
    【場所】 のべ25箇所で、(ひかりの輪各教室)
    【人数】 のべ158名 (ひかりの輪の会員等)

    に対して、指導がなされました(※追記:上記2014年以降の内観の実施実績は、こちらの記事をご覧ください)。

    こうして、「ひかりの輪」の指導層が、専門家の指導のもと内観を修得した上で、幹部研修においても実践を繰り返し、さらには一般会員等に対しても紹介・指導し、その実践を推奨しています。

    この内観においては、まず両親への感謝を培っていくことになりますが、これは、オウム事件の原点ともいえる坂本弁護士一家殺害事件の原因となった親子断絶の問題を解決することに大きく寄与しています。

    現に、後記の通り、オウム真理教の反省・総括を行い、その結果、親族との関係を復活させていく中、さらに内観を深めた結果、約10~20年ぶりに両親に面会したり、関係回復したりした者が出てくるなど、親族との関係改善に顕著な効果が生じています。

    親族との連絡を長期間絶っている者がいれば、その者に対しても、内観の実践や親族との連絡をとることを団体として推奨しています。

    さらに、思想面についても改革が進み、両親の子に対する愛の中に神仏の愛が現れること、すなわち両親の延長上に神仏がましますとして、両親の本質を神仏に等しいものと位置付け、尊重しています。

    これは、両親の子に対する愛は偏った愛着心に基づくものとして低く見て、両親との関係を断ち切るようにと指導したオウム真理教・アレフの教義と比べれば、思想の劇的な転換を示すものともいえるのではないでしょうか。


    (1)大学教授による内観指導

    大学教授による内観の指導実績については、同氏が委員を務めるひかりの輪外部監査委員会の「外部監査結果報告書」に報告されています。

    報告書には、内観がマインドコントロールからの解放の道であり、それを「ひかりの輪」が積極的に採り入れてきたことが記されている、同教授の「意見書」も添付されています。

    大学教授の内観指導においては、同教授のもとで1週間の内観を行い両親との劇的な関係改善を果たした広末が、教授を補助する面接補助者を務め、教授とともに、全国各地で「ひかりの輪」会員への内観指導を実施してきました。

    指導を受けて内観を実践した者(通常は、教授や広末の定期的な面接を受けながら、朝から夜まで1日中内観に取り組む)が全員、内観終了後に感想文を書いて、教授に提出し、また教授との面談を行います。

    感想文のうち、本人が外部に公表することを承諾したものについては、ひかりの輪のホームページに掲示されています〉。

    (2)波多野氏による内観指導

    波多野二三彦氏は、オウムのマインドコントロールを解く、犯罪者更生、内観の専門家です。

    前記の通り、「ひかりの輪」指導員の宗形は、2009年に波多野氏から1週間の集中内観をご指導いただきました。

    波多野氏は、元弁護士で、地下鉄サリン事件解明の大きなきっかけを作り、いわば「オウム真理教のマインドコントロールを解く第一人者」といえます。 すなわち、地下鉄サリン事件の実行犯・林郁夫の拘留中に、林に対して2ヶ月間の内観指導を行い、改心に導いた方で、波多野氏の内観指導がなければ、林の早期自白はなかったと思われます。

    以下、同氏の著書『内観法はなぜ効くか――自己洞察の科学[第5版]』よりご紹介します。
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    「著者は岡山から東京丸の内警察署に数回通い、そこに拘留されていた林郁夫に内観の指導を試みました。彼は丸の内警察署の房内で、素直に、かつ真剣に内観法の実践をし、程なくその真髄を会得し、オウムの強固なマインドコントロールから解き放たれ、その後は、日々被害者の供養の祈りを捧げ、自分の犯した罪を涙とともに懺悔し告白する、清らかな人間に一変しました。
    (中略)
    彼はまさに、かつてのオウムのカルトにくるめられて積み上げた膨大かつ強固なカルトの記憶を、内観実習によって一気にかなぐり捨て、内観者らしい穏やかさでそれらの記憶を再構成し、新しい衣に身を包み、日夜贖罪と修養に務めつつある、健気な受刑者であることがわかりました。

    内観法のすばらしいところは、こうした極めて短期間の、集中的記憶再構成の実践体験の効果が、その後20年30年永続し、内観以前のあさましい姿に戻ることがないというその特性です。(序文ⅱ~ⅲ)」
    -----------------------------------------------------------------

    また、波多野氏は、前記同氏の著書の中で、宗形の内観について以下のように評価してくださいました。

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    「[事例三 元オウム信者の内観]

    著者は、2009年の年末に近い頃、『オウム真理教』から脱皮し、「ひかりの輪」を立ち上げその代表となった、かつてオウム真理教の大幹部であった、上祐史浩氏から依頼を受け、かつて同氏の秘書をしていた宗形真紀子さんの内観指導をしました。

    宗形さんは、内観実習の2010年の立春の頃、自身の深い反省から、『二十歳からの20年間――“オウムの青春”の魔境を超えて』(三五館)という、元信者の立場からオウム告発のとなる著書を刊行されました。

    内観実習から数ヶ月後のことでした。 宗形さんはその本の中で、次のようにご自身の内観を振り返っています。 「(中略)波多野先生ご指導の内観では、今こそ、そうした思いに終止符を打ちたいという覚悟を決め、長年憎んでいたその人に、長い時間を振り当てました。すると信じられないことが起こったのです。
    (中略)
    そして、この内観という長い旅のすべての想起が、素直な、ありのままの私に戻っていけるよう導いてくれていた、ということに心から感謝しました。」

    このように、著者の前で新しい自分自身と和解した宗形さんは、その瞬間、喜びのあまり、吹き出す涙と、つららのように長くたれ下がった鼻水で、ご自分の膝をしたたかに濡らされました。」(p231~233)」
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    2 指導員の講話・教本・書籍・講演での
        内観の重要性の強調
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    内観により顕著な変化が生じたことを認識した「ひかりの輪」では、以下の通り、指導員が、講話・教本・書籍・講演において、内観の重要性を強調し、その実践を推奨してきました。


    (1)上祐史浩によるもの

    上祐は、自著『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社、2013)において、以下の通り記しています。

     ○親に対する感謝を深める内観法

    この問題  に対し、2009年になって、私たちは、親などへの感謝の心を深める「内観」という自己反省法を導入した。

    内観は 、学会もあり、海外にも広がっている手法である。

    その方法は至って簡単で、専門家の指導の下、自分が、両親 ・親族・知人に、幼少期から現在まで、①してもらったこと、②お返ししたこと、③迷惑をかけたことを思い出す作業である。それを丸一日から一週間ほど集中して行うというものだ(最初から親がいなかった人は、親代わりの人について行う)。

    幸運なことに私たちは、内観の権威の大学教授の方の直接指導を得る機会に恵まれた。この先生は、後にひかりの輪の外部監査人に就任された。

    まず、団体の指導員が研修を受け、先生の本を紹介したり、詳細を教本にし、在家会員にも配布・解説した。
    我々は、普段は「親ならば当然だ」とか、「もっとしてほしい」との思いのために、親をはじめとする人々から受けた膨大な支えを忘却している。それを改めて思い出すと、感謝の心が生まれる。そして、感謝の心が深まると、幸福感も深まる。こうして多くの支えを得ている自分を認識することで、健全な自己価値の認識が生まれるのである。

    この健全な自尊心の形成は、前に述べたように、誇大自己を抜け出す力となるように思う。 「世界の中心の自分」から、「多くの人間の一人」ではあるが、同時に「親をはじめとして多くの人・万物に支えられた(繋がった)価値のある自分」に変わる。

    そして、感謝を通して自と他の繋がりをよく認識すると、最終的には、自分と他人の区別を超えて、大きな温かい心が生じると思う。 過去に親などとの関係において傷を感じ、誇大自己の傾向が生じていたとしても、こうした内観によって、親などの恩を再発見し、その問題を解消する事例が多い。(p226~)」


    (2)広末晃敏によるもの

    ①「内観フォーラム」での講演

    2009年11月17日、広末は、都内の大学で開かれた内観実践者の会合である「内観フォーラム」に出席し、以下の内容を講演しました。

    ・アレフからの脱退と「ひかりの輪」設立の経緯
    ・「ひかりの輪」で内観を行うようになった経緯
    ・大学教授による「ひかりの輪」への内観指導
    ・大学教授の指導による広末個人の内観体験
    ・広末が内観の結果、20年ぶりに実家に帰省し、両親と和解したこと、両親のありがたさ等
    ・内観の実践は、傲慢・不寛容・他への無関心を解消し、オウム問題、カルト問題の解決に寄与すること

    なお、この講演に対して、聴衆の1人が、「大学での内観フォーラムで、先生(※広末のこと)のお話を聴き、涙がポロポロ出て、大感動しましたので(他の人も)、その感動をみなさん方にもお伝えしたく企画しました。」として、次項②の講演が企画されました。

    ②市民団体での講演

    2010年4月25日、広末は、「自己反省法“内観”によるオウム問題の解決」をテーマに、市民団体で講演を行いました。
    「東京セルフ研究会」という30年以上の歴史を持つ市民団体の研修会が、開催した研修会において、広末が講師として招かれたものです。

    内観を自らが行った体験や、「ひかりの輪」の多数の会員に指導して得られた効果を報告し、内観がオウム事件の反省と総括、再発の防止に極めて有効であることを話しました。

    ③「第9回 内観国際会議」での講演

    2013年5月25日から26日にかけて、世界各国の内観実践者が、東京の都内大学に集まり、「第9回 内観国際会議」が開催されました。

    内観国際会議は、基本的に3年に1度、関係各国の持ち回りで開かれており、昨年はちょうど日本で開かれました。

    会議には、オーストリア、ドイツ、アイルランド、中国、台湾、韓国、そして日本の大学教員や学校教師、企業経営者、内観研修所長など、多くの人々が出席し、各国の内観の実践状況や研究結果、体験談などを発表しました。

    広末は、この2日間にわたる会議の一番最後に、発表の機会を与えられ、自身がオウムというカルトに嵌り込み、その過ちに気づいて「ひかりの輪」の設立に動き、内観の実践を通じてカルトを抜け出してきたこと、20年ぶりに実家に帰って両親に受け入れられたこと、そして多くの人の内観のお手伝いに努めてきたことを話しました。

    前記大学教授は、この広末の講演について、前記意見書で高く評価しました。

    ④書籍出版

    広末は、これらの講演等を聴いた出版社の編集者から、内観をテーマにした出版を勧められ、原稿案を完成させています。現在、この原稿案に基づき、出版を検討中です。

    この原稿案には、広末の内観体験のみならず、「ひかりの輪」が内観を導入することになった経緯や、「ひかりの輪」会員らによる内観の効果、カルト対策としての意義について、詳細に記されています。

    ⑤内観の面接補助者としての活動

    広末は、大学教授による前記「ひかりの輪」会員への内観指導において、教授とともに全国を回り、教授の面接を補助する面接補助者として、内観指導を補助してきました。
    その数はのべ150名以上となります。
    また、内観の重要性を会員に説き続けています。

    ⑥マスコミの取材での活動

    また、広末は、マスコミの取材に対しても、内観の重要性について、繰り返し訴えています。



    (2)宗形真紀子によるもの

    宗形は、自身の内観体験について、自著『二十歳からの20年間――“オウムの青春”の魔境を超えて』(三五館、2010)に、次の通り記載しています。

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    「[内観による自分自身との同調]

    昨年は、二〇〇九年の三月と一二月の二回ほど、それぞれ一週間ほど、集中的に内観を行ないました。

    「内観(内観法、内観療法)」とは、日本で開発された、自己を見つめることによる自己改善の方法です。

    具体的には、〇歳から現在までの人生について、父母、家族などの身近な人との今までの関わりを、①してもらったこと ②して返したこと ③迷惑をかけたことの三つに沿って、一日一五~一六時間を使って、徹底的に見つめるというものです。

    二00九年になって、内観の第一人者である教授が、「ひかりの輪」に内観の講義やご指導に来てくださるという機会があり、わたしは他の十数名ほどと一緒に、その機会に、先生の講義を受け、集中的に内観を行ないました。

    一回目の内観では、お世話になった比較的やりやすい人の内観を行ないました。わたしが、いろいろな人に、してもらったことと迷惑をかけたことがいかに多く、して返したことがあまりに少なく、ほとんどないという事実に気づいて、愕然となりました。今まで、いかに感謝の気持ちなく、傲慢に生きてきたのかということを改めて思い知ったのです。

    ちょうどそのころはオウムの総括の作業の中で、自己処罰感に偏った意識になりがちな状態だったのですが、この内観の実践により、これまで関わりのあったいろいろな人に、どれだけ支えられ、お世話になって、愛されて生きて生きたかという事実を実感をもって感じることができ、世界が明るく広がっていく気がしました。

    12月に入り、別の先生が、集中内観を担当するために、「ひかりの輪」まで来てくださる機会があったので、わたしは思い切って集中内観に入ることにしました。

    思い切って、というのは、わたしはまだ、一回目の内観ではやりきれなかった、内観をしにくい何人かについての課題を残している状態だったからです。

    しかし、今回こそは、もうそういったことを思い続けるのはいいかげんに終わりにしたいと願い、祈るような気持ちで、やりにくい人への内観をしようと、集中内観をすることに決めて、思い切って入りました。
    (中略)
    こんなことがわたしに起こるとは驚きでした。

    内観の先生はそのことを、内観によって経験される「自分自身との同調・和解」だと教えてくださいました。

    同調するとは、ラジオのチューニングが合ったときのように、自分が喧騒の中でピーピーガーガー言わなくなり、静かな境地が出現してくるさまをいうとのことでした。

    その場所に波長を合わせさえすれば、素直な、ありのままの自分でいられるというもので、内観により、素直な、ありのままの自分でいられることの幸せを、体感的に教えていただくことになったのです。(p244~248)」
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    3 スタッフが、親との交流を回復、
        親の介護を行い、団体が支援していること
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    (1)「ひかりの輪」スタッフが両親等と関係回復した事実

    オウム真理教の反省・総括の実践や、内観の実践等によって、以下の通り、「ひかりの輪」のスタッフは、両親等と関係回復したり、両親等の介護をしたりするようになりました。

    特に役員・指導員のケースについてご報告いたします。

    ①上祐史浩


    上祐は、大学教授の指導により内観を実践した後、母親への劇的な心境の変化が起こり、母親と十数年ぶりに再会し、関係が回復しました。心境の変化や母親との交流については、以下の通り上祐の自著ならびに雑誌のインタビュー記事に記載されているので、ご紹介します。

    ●『オウム事件17年目の告白』(扶桑社)より


    ○父親の悪口を言わず、褒め称えた母親


    次に、母親について。子どものときに私が母親に感じたのは、まじめでいい人だが、辛そうな様子も覗かせるため、身勝手で(誇大妄想的なまでに)上昇志向の強かった自分には、理想像とはなりにくかった。父親にも母親にも、子どものときの私は真の尊敬を持っておらず、だから、理想の親のイメージを麻原に求めたのだと思う。

    しかし今思えば、父親が家を去り、頑強とは言えない体で家計を支え、さらに弟の持病の世話をしていたのだから、辛そうにしていても無理はないだろう。少し大げさに言えば、貧・病・労の三重苦であったのだ。

    その中で私がなしたことと言えば、母親が何も言わないのをよいことに、高校は私立を選択し、大学は(奨学金をもらったが)大学院の修士課程まで遠慮なく行くという幼稚さ・自己中心であった。

    当時を内省して印象深く思い出したのが、父親の浮気に対する母親の言動だった。私が記憶する限り、母親が、浮気した父親を悪く言うのを聞いたことがないのである。悲しんでいたことは多少なりとも記憶があるが、どう思い出そうと、悪口は聞いたことがないのだ。

    聞いていれば覚えているはずだから、実際に言わなかったのだと思う。それどころか、前に述べたように、母親が、父親が養育費の支払いについては責任を持っていることを私の前では褒めて強調していたことが印象に残っているのである。

    これは、偉大だと思う。自分を捨てた人間を褒めているのだから。

    それを聞いた内観の先生(ひかりの輪の外部監査人の一人)は、「子どもを守ったんですね」と言った。 自分を捨てた人間を、自分が育む対象を守るために褒めるということは、当然のことのようでいて、とても難しいことだ。

    私もいろいろな人から個人相談を受ける中で、よく感じるのは、夫婦が離婚ないし別居となる際には、当人同士も辛いだろうが、一番辛いのは子どもであるということだ。だから子どもに最大限に配慮することが非常に重要なのだが、実際はなかなか容易ではない。

    私の場合、両親は離別したが、遠くから支える父親と、父親の非ではなく愛を強調した母親のおかげで、父親に捨てられたという恨みを抱えずに済んだ。離婚はしたが、その中で最大限子どもの心を守る点においては、両親は心を一つにしていたのではないか。

    ○母親が、私を重罪から救っていた

    麻原は、両親に恨みを抱いていた。そして、その親への恨みは、自分を育む者全体への恨み、すなわち、社会や国にまで及んだ。それが彼の心に、強い誇大妄想と被害妄想という人格障害を形成する一因となった可能性がある。

    私は、麻原の影響を相当に受けたが、麻原の被害妄想には、完全には共鳴しなかったと思う。それが、オウムの活動のいろいろな場面で、私と麻原の運命を分ける結果になったのではないか。

    麻原と同じように、親や社会に対して被害妄想を抱いていたら、坂本弁護士事件に加わり、選挙の陰謀説を盲信し、地下鉄サリン事件のあとも、破壊活動の停止を麻原に進言せずに戦い続け、ロシア人による麻原奪還テロを止めずに逆に後押ししていたかもしれない。それは自分の死刑と無数の被害者を生み出したことを意味する。

    麻原は、自分を認めない存在、捨てた存在を否定し、悪業多き魂と位置付けたり、陰謀論さえ唱えたが、私の母親は、自分を捨てた父親の悪口を言わなかったことで、麻原に完全に共鳴することから私を守ってくれた。

    その意味で、まさに命の恩人であった。

    そして、父親と同様に、母親も、今後の私の見本だと思う。 今私は、前に述べたように、親への感謝を深めるように、会員や縁のある一般の人たちに、感謝や内観の実践を推奨している。それは、自分に与えられていないものばかり見て不満を言う傾向の強い現代社会において、親から与えられている恵みに気づいて感謝することがエッセンスだ。それを私の母は、私が出家する前から、私のために、私に代わって実践してくれていたのだ。

    彼女は、私が父から与えられていないことばかりを見て恨むことを避けるために、父親の悪口は言わず、父が私に与えているものを意識できるように、父親の扶養の責任感など強調した。

    これは、内観における感謝の実践の、まさにエッセンスである。 こうして、出家前は尊敬の対象ではなかった母親は、実際には、出家以来25年経って私が始めた感謝の実践の先駆者であり、私の見本であったのだ。

    ●『circusMAX』(KKベストセラーズ)2013年2月号より

    [◎両親への感謝の気持ちが、麻原との決別のきっかけに]

    かつて上祐は、麻原の存在を問われ、「目標であり、父親だ」と雑誌のインタビューで答えている。そんな彼が、麻原への盲信から抜け出し、実の両親との正常なつながりを求めているという。

    「(中略)父は、私が小学校高学年になる頃に浮気をして、
    家には帰らなくなりました。今思えば、身勝手で上昇志向
    の強かった私は、父親の変わりとして、麻原を理想の親と
    してのイメージを膨らませていったのだと思います」


    17年ぶりに再会した母親は、上祐の現状を受け入れてくれた。

    「母親は私のせいで、ずいぶん辛い目にあったようですが、
    それを責めることなく『自分は我慢できるから』と言うだけです。
    それは「あなたもこれから何かあっても我慢しなさい」という私
    への訓戒だと受け止めています。親はいつまでたっても親。
    無償の愛を与えてくれる人が身近にいたのに、私は長い間
    気がつかなかったということだと思います」

    そんな母親との出会いから、上祐は父親のあることを思い出す。毎月10万円の養育費を支払い続けてきたこと。そして父を恨まなかったのは、母親が父の悪口や愚痴を一切口にしなかったことだと気づくのだ。
    (中略)

    「私たちにお金を送ると、手元に残るのはわずかで、同棲
    していた女性の収入で生計を立てていたようです。
    それでも地道に稼いだお金を送り続ける。
    今、『ひかりの輪』として被害者への償いのために賠償金
    を支払う立場になって、初めて父の苦労を知ったと同時に、
    父は私を捨てたのではなく『遠くから支えてくれていた』の
    だと、ようやく考えられるようになりました。」


    ②広末晃敏

    広末は、前記の通り、大学教授のもとで1週間の内観を実践したところ(2009年3月)、直ちに自らの親不孝に気づき、20年ぶりに実家に帰省し、両親との関係を回復して現在に至っています。
    現在は、たびたび大阪の実家 に帰省するとともに、電話で安否を確認し合ったり、互いの誕生日に贈り物を贈り合ったり等しています。 その詳細については、今後出版予定の、広末の出版原稿案に書いていますので、その一部を以下に抜粋してご 紹介します。

    ○二十年ぶりの父母との再会

    もう実家に帰ることに迷いはありませんでした。 集中内観を終えて十二日後の二〇〇九年三月三〇日、私は大阪の実家のすぐ近くまで行き、まずは実家に電話 を入れました。父が出ました。電話の向こうの驚いた様子の父の声は、昔と違って、何だか弱々しく聞こえました。

    すぐ帰ってこいと言ってくれたので、私は実家の玄関をくぐりました。 そうするつもりはなかったのですが、二十年ぶりに見た年老いた父と母の姿を前にして、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、涙があふれてきて、思わずその場に土下座をして謝りました。父も母も、「帰ってきて くれただけでええんや」と言いながら、私を両脇から抱え上げて、家に上げてくれました。

    両親ともども「とにかく、よう帰ってきてくれた。帰ってきてくれた」と涙ながらに喜んでくれました。さっそく母は、食事を作って食べさせてくれました。二十年ぶりの母の食事が、身体から心にしみ入ってくるように感じました。

    そして、母方の祖母の墓に、墓参りに行きました。私を幼少の頃に大事に育ててくれた祖母です。もちろん内観のときにも、母と父の次に時間をとって思い出す作業をしたのが、この祖母でした。手を合わせながら、ご心配をかけたことを心中でお詫びしました。

    その後、母方の親戚のおばさんの家に行きました。いざ私の姿を見ると、駆け寄って抱きつき、「よう戻って きてくれた、よう戻ってきてくれた!」と、泣きながら喜んでくれました。おばさんは以前、食料品店を営んで いましたので、私が子供の頃は、よく店の売り物のお菓子を自由に私に選ばせて持っていかせてくれました。内観のときに、そんな「していただいたこと」を思い出したりしました。

    夕方になって、両親と家に戻ってきました。 夕食は、母のご馳走でした。 あの気丈な父が、親族一同に電話をかけて「息子が帰ってきた。家族揃って食事したのは二十年ぶりや……」 と涙声で話していました。 普段は酒を一杯しか飲まないという父が今日は二杯も飲んでる、と母が言っていました。

    また、父からは、私が出家して以来、母がしきりに泣いていたことや、母が私のために陰膳(不在者の安全や 健康を祈って、あたかもその人がいるかのように作って捧げる食事)まで上げてくれていたことを聞かされまし た。 こうした話を聞いて、私は両親に多大な苦痛ばかり与えてしまったな……と、申し訳なくなりました。

    その後、深夜の三時頃まで、私の赤ちゃんから高校時代までの姿が家族と一緒に写った大量の写真アルバムを 皆で見ながら、昔話に花を咲かせました。父はきちんと整理して私の写真を保管しておいてくれたのです。写真 の一枚一枚を見ていると、私は本当に両親の世話になってきたんだなと実感させられました。

    私は、決して一人で立って歩いてきたわけではなかったのです。現に、父親に支えられて立っているよちよち歩きの私の写真もあ りました。当たり前といえば、あまりに当たり前のことなのですが。 部屋には、私が帰ってくることを願って、大小様々な種類の蛙(かえる)の置物がたくさん置かれていました 。

    その夜は、二十年ぶりに実家の風呂に入り、二十年ぶりに自分がもともと使っていた部屋のベッドで眠りにつ きました。「戻って来られた」という安堵感と、両親への感謝の念に包まれながら……。

    ○「あんたはどこに行っても、うちの子やで」

    翌日、両親には、私がオウムを脱けてから今までの経緯を話しました。今やろうとしていることは、オウムを 反省・総括して、二度と宗教テロを起こさない・起こさせないための活動であって、自分はオウムという組織を 支えた責任を感じていて、いろいろな人に対して責任をとるためにも中途半端に投げ出すわけにはいかない、自 分なりに人生にケジメを付けるつもりでやっていること等を話しました。

    父も母も一応の理解を示してくれましたが、それはたぶん今の私を受け入れようと、かなりの無理をして受け 入れてくれているのだと思います。 「被害者の方には誠意をもって対応するんやで」という母の言葉は、何としても守っていくつもりです。 東京に戻る私に、母は、手編みのセーターやら弁当やら正露丸やら、非常にたくさんの荷物を私に持たせて、 父と一緒に見送ってくれました。

    私は、この二十年間、単に苦痛を与え、迷惑をかけただけの存在だったのにもかかわらず、両親は何の見返り もなく、あたたかく迎え入れてくれました。 内観でいえば、「していただいたこと」ばっかりで、私が「してさしあげたこと」など全くといっていいほど なく、「ご迷惑をかけた」ことばかりです。 そして今回も、していただくことばかりでした。 別れる直前に、母が私に背中を向けながら、「あんたはどこに行っても、うちの子やで」と言ってくれたのが 、とても泣けました。

    ○母の愛は仏の愛の縮図

    母のこの言葉には、まるで仏様の慈悲の片鱗を見た思いでした。 私は二十年近くにわたって、オウム・アレフ教団の外部対応役として社会と接し、一歩外に出れば「人殺し! 」「気違い!」「出て行け!」と無数の人々から罵倒され、あらゆる場面で人格を全面否定され続けてきました 。

    オウムのやったことや、その後の私の無反省ぶりからすれば当然の報いなのですが、私にとっての「日常」と は、多数の人に取り囲まれて人格と存在を全否定されることであり、疑念のまなざしを向けられることであり、 それが当たり前でした。

    そんなところに、無条件で私を受け入れてくれた母の言葉が、まるで真っ暗闇の中で見つけた光のように感じられたのです。 仏様は、たとえ悪事を繰り返し、間違いを犯す人間であっても、温かく見守り、済度しようと慈悲のまなざしを向けていらっしゃる存在だといわれます。

    もちろん、母とて一人の人間ですから、仏様のように大宇宙の全ての衆生を無条件に受け入れることは無理な話です。しかし、私と母との間に形成された「小宇宙」においては、母は間違いなく私に対しては無条件の慈悲に富む仏様の役割を果たしてくれたのです。

    「部分の中に全体が含まれている、部分の中に全体が現れる」という仏教の考えに基づけば、両親は、大宇宙 に遍く存在する仏様の慈悲の一つの現れに違いないと感じました。(後略)


    ③宗形真紀子

    宗形の実家は東北の被災地にあり、80代後半で半身不随・身体障害者の義父と、60代後半で、難病・身体障害 者の母が住んでいます。

    今のところ、父母は、日常生活はなんとか営めている状況のため、宗形は、2~3ヶ月に 一度は、数日間帰省してケアしています。 父母だけではもうできない季節ごとの家の生活の手伝い全般や、病院の付き添い、気分転換のための景勝地への付き添いなど、父母の健康のために心身のケアを行っていて、現在は、家族の一員として宗形がいなければ父母の生活が成り立たない状況となっています。

    また、母の難病は治療法が確立していないため、その治療法などを調査すること含め、日常的に母と電話連絡を取り合ってケアしたり、父母の誕生日、父の日、母の日には、必ずプレゼントを贈るようにしています。

    以下、宗形の著作『二十歳からの20年間――“オウムの青春”の魔境を超えて』(三五館)から抜粋します。

    ○著作を「決してオウムに戻らない」という母への誓いとする

    「二〇年間の空白と誓い」

    わたしは現在、いまさらながら、その二十年間余の空白と重みに愕然とさせられています。
    出家したとき四二 歳で健康そのものだった母は、いまや六三歳となって病気を煩っており、出家したために一度も「お義父さん」 と呼んだことのなかった義父は、母より一七歳年上のため、すでに八〇歳のおじいさんとなっていました。
    (中略)
    そして、ほんの三年前まで、まだオウム信者だった今のわたしの実態は、四〇歳を過ぎても、親孝行やご恩返 しどころか、まだ心配や迷惑をかけ続けている親不孝この上ない存在です。せめてもの償いとして、この本を、 決してオウムに戻らないというわたしの誓いとさせていただくことで、心配の中の一つでもなくすことができたならと祈る思いです。

    ○母こそがやさしさあふれる感謝すべき人だった


    [打ち砕かれた、傲慢な思い込み]

    約三年前(2007年)の秋、地下鉄サリン事件発生以来、やっと母と一二年ぶりに再会できたとき、わたしはこ れまでの人生がひっくり返るほどの衝撃を受けて、呆然となっていました。
    (中略)
    三〇年以上ものとても長い間、わたしは傲慢にも、わたしをはぐくみ育ててくれた母のことを、わたしの切望 する、生きる意味や世界の謎を教えてくれるタイプの人ではないと決めつけ、大きな不満とともに軽蔑する心さ え持っていたのです。しかし、母が、だれにも耐えられないような目に遭いながら、ほほえみを絶やさず、淡々 と優しい気持ちを持ち続けている姿を目の当たりにしたそのとき、それは起こりました。

    母の兄弟たちは、母のことを「観音さまだよ!」と言って驚愕し、祖母は、「子どものときからだれよりも優 しい子で、弱い子を守っていただよ」と言い、わたしも、母が実際に観音さまのように見え、目から鱗の落ちる 思いがしました。

    すべてを捨てて、ある意味命がけで、十数年も修行して、遠くに求め続けていた観音さまが、意外なことに、 こんなに身近なところにいたなんて、この現実に驚かされました。「じつは、わたしがいろんなことが見えてい なかっただけなのか」と愕然とし、「わたしの見方が、あまりに偏っていておかしかっただけだったのか」と感 じていました。
    (中略)
    本当は育ててもらったこと一つとっても、母には感謝してもし切れないほどのたくさんの恩恵を受けて育って きていたのです。 (中略) 不満を持ち、軽蔑さえしていた母こそは、じつは観音さまのようなやさしさにあふれる人だったのです。(後 略)


    ④田渕智子


    「ひかりの輪」役員の田渕智子は、寝たきりの祖母、体悪くしている父母、病気の妹らの介護や家事手伝いのために、鳥取県の実家にたびたび帰省するようになりました。

    田渕は、以前は「ひかりの輪」の千葉教室に住ん でいたのですが、鳥取との往復に便利なように、鳥取から比較的近い「ひかりの輪」の大阪のスタッフ住居に引っ越して、同所から実家との間を行き来するようにしています。


    ⑤吉田惠子

    「ひかりの輪」指導員の吉田惠子は、内観実践後に、より頻繁に実家に帰省するようになり、家事や病気の母の病院への送迎などを行うようになりました。

    両親が住む実家が福岡県内なので、最寄りの「ひかりの輪」福岡 教室に住んで、頻繁に実家との間を往復して、介護を行っています。


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    3 団体を挙げて、親の介護を支援したこと━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    内観の実践やオウムの総括によって、両親等の親族との関係を重視するようになった「ひかりの輪」は、以下の 通り、両親への介護等のために人事等を配慮し、その支援をするようになりました。

    ①介護のために実家近くに部署異動した指導員

    前記の通り、田渕智子と吉田惠子については、両親への介護等のために、両親が住む実家に近い「ひかりの輪」 施設に部署異動させる等して、団体が支援しました。

    ②ケアのために定期的に帰省する指導員


    前記のとおり、宗形真紀子の父母は、高齢者・身体障害者で、半身不随・難病などをかかえているため、宗形は 、物理的・精神的ケアのために2~3ヶ月に一度、定期的に数日間、東北の実家に帰省しています。その間、団 体では団体業務を調整し、宗形が一定期間実家に戻れる体制を整えています。宗形は、2007年に母親と再会して 以降、特に内観を受け、著作を出版した2010年から実家との往復が定期化しました。

    ③役員だったが親の介護等を理由に退会したケース

    2013年10月まで「ひかりの輪」役員・大阪支部教室長であった女性については、内観を実施し、両親への感謝と 恩返しの気持ちが募り、両親への介護の必要性が生じたことから、介護等に専念するため、「ひかりの輪」を退 会しました。団体では、その支援のために、体制を整えました。

    また、2013年末まで「ひかりの輪」役員であった女性についても、内観の結果、両親への感謝の気持ちが強まり 、両親と10年ぶりに再会するに至りました。その後、父親が死去し、彼女も退会に至りましたが、現在は病弱な 母親の近くで、母親を支えながら生活しています。「ひかりの輪」では、その退会のための体制を整えて、バッ クアップしました。

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    4 麻原の教義では、親のために
        退会・部署移動・帰省は許されない
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    なお、こうした「ひかりの輪」の実践は、オウム・麻原の教義への信仰があれば、両親の介護等のために、退会や部署異動、帰省する等ということは、決して許されることではなく、決してできないことであるということを、付け加えて記しておきたいと思います。

    オウム真理教の教義では、本人の修行の妨げになるという理由だけではなく、その親にも、「出家した子供の真理の実践を邪魔する悪業を積ませる行為」になるということで、厳しく批判されました。

    そして、このように両親を軽視・蔑視するような教義を有していたからこそ、出家信者の両親の代理人となって 当時のオウム教団を批判した坂本堤弁護士を殺害するという事件を、オウム真理教・麻原は引き起こしたのです。
    その反省から、故坂本弁護士のお墓参りをさせていただき、オウム真理教の出家問題の克服を誓わせていただきました。 (2009年4月18日)

  • ③外部監査委員会を設置、外部の監査・指導の受け入れ(2015/01/19)

    「ひかりの輪」では、外部監査委員会を設置し、外部の監査や指導を受けています。
    これは「ひかりの輪」が、外部の意見を聞き入れながら運営されており、公安調査庁が主張するところとは実際に大きく異なり、閉鎖的・独善的・独裁的ではない現実をを示していると考えます。

    具体的には、外部監査制度の下で、「ひかりの輪」の役員・専従会員を中心に、監査委員によって、
      ①団体活動に関する定期的な聴取や、助言・指導を含む各種の監査を受けているとともに、
      ②自己反省法「内観」や、「修験道」の学習実践などの、精神的な指導
    をいただいております。

    上祐ら「ひかりの輪」指導員らは、監査委員の方を「先生」と呼び、そのご指導を会員と一緒にお受けしています。内観の実習や、修験道研修では、上祐らは、生徒・研修生という学ぶ立場となり、委員の引率・指導に従っています。

  • ④社会との様々な交流(2015/01/19)

    「ひかりの輪」は、以下の通り、様々な機会に様々な一般人や社会と交流しており、開放的な団体となっています。

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    1 入会しなくても参加できる団体活動
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      「ひかりの輪」の行事や活動--具体的には、講話会、懇親会、ヨーガ・気功行法、聖地巡り、セミナー等は、「ひかりの輪」に入会しなくても、誰でも参加することができます。また、講話会の多くは、インターネットで誰でも見られるように公開されています。
      つまり、「ひかりの輪」は、誰もがその活動を見ることができる、きわめて開放的な団体です。

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    2 識者との対談・講演・トークライブの実行
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     「ひかりの輪」では、主に上祐が中心となって、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット等のメディアや、トークライブハウス等において、識者やジャーナリスト等と対談や講演を行ってきました。
    そのようにして、外部の声に謙虚に耳を傾けるとともに、団体の考えや現状等を説明し、時には質疑応答を通じて、意思疎通をはかり、開放的で透明な組織となってきたのです。
      対談、講演等のテーマは、主にオウム真理教に対する反省・総括がメインです。

    (1)識者との対談 テレビ・ラジオ出演

       a 田原総一朗氏(ジャーナリスト)と対談
          2013年6月14日 文化放送『田原総一朗 オフレコ!スペシャル』

       b 大谷昭宏氏(ジャーナリスト)と対談
          2014年2月21日 東海テレビ『スーパーニュース』

       c ジャーナリストの有田芳生氏・江川紹子氏と、18年ぶりに対談
          2013年2月7日 テレビ愛知『山浦ひさしのトコトン!1スタ』

       d 藤井誠二氏(ノンフィクションライター)と対談
          2012年6月28日 朝日放送『キャスト』

       e 有田芳生氏、島田裕巳氏ほかとゲスト出演
          2012年11月25日 読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』

       f 上祐が森達也氏と対談
          2012年4月16日 BSスカパー!『BAZOOKA!!!』

    (2)識者との対談 ネット番組・トークライブ

       a 上祐が有田芳生氏、鈴木邦男氏らと対談。
          2013年6月17日 『終わらないオウム』の共著者

       b 上祐が森達也氏(映画監督・作家)と対談。
          2013年4月18日「上祐史浩×森達也監督 映画『A』上映後スペシャルトーク」
         (東京・東中野の映画館「ポレポレ東中野」にて)

       c 上祐が家入一馬氏と公開対談。
          2014年3月13日(新宿・ロフトプラスワンにて)

       d 上祐が尾塚野 形 氏(ノンフィクションライター)と公開対談
          2013年4月29日 大阪市内にて

       e 上祐が鈴木邦男氏・有田芳生氏と対談
          2013年1月22日『オウム事件17年目の告白』出版報告

       f 上祐がザ・グレート・サスケ氏(プロレスラー・元岩手県議会議員)と対談
          2012年10月11日(新宿・ロフトプラスワンにて)

       g 上祐が鈴木邦男氏と「鈴木邦男ゼミin西宮 第13回」で対談
          2012年10月8日、兵庫県の西宮市内で

       h 上祐が中森明夫氏(評論家)と対談
          2012年12月3日、ニコニコ動画にて

       i 上祐が坂口恭平氏(実業家・建築家)と対談
          2012年7月24日、ニコニコ生放送にて。

       j 上祐が木村文洋氏(映画監督)と対談
          2012年12月26日、東京都内の映画館にて。

       k 上祐が鈴木邦男氏(一水会最高顧問)と対談。
          2013年10月21日
          札幌の出版社・柏艪舎主催「鈴木邦男シンポジウムin札幌時計台」第11回

    (3)講演

       a 竹田陽一氏(経営コンサルタント・ランチェスター経営の創業者)
          2013年4月7日、福岡市内の講演会で上祐と共に講演。

       b 上祐が飛松五男氏(元兵庫県警察官、テレビコメンテーター)、
           鈴木邦男氏と姫路で対談・講演
          2014年6月24日「飛松塾in姫路」

    (4)被害者の方との対談

       a 上祐がさかはらあつし氏(映画監督・作家・地下鉄サリン事件被害者)と対談
           2014年6月24日「飛松塾in姫路」

      上祐が、飛松五男氏(元兵庫県警察官、テレビコメンテーター)の招待で「オウム真理教ならびに、その事件の反省・教訓」の資料を配付し講演・対談した2014年6月24日の姫路では、地下鉄サリン事件の被害者でもあるさかはらあつし氏も加わっての対談となりました。

    ※2014年以降のマスコミ出演、対談・講演・トークライブ等につきましては、以下の記事をご覧ください。

    ●上祐のマスコミ・ネットへの出演等
    ●上祐のトークイベントでの対談・講演等
    ●スタッフのマスコミ・ネットへの出演等
    ●スタッフのトークイベントでの対談・講演等


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    3 大学(大学生)や宗教学者等の研究の受け入れ
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      「ひかりの輪」は前記の通り、オウム・麻原に対する反省・総括に基づく活動を展開していますので、国内外の大学(大学生)や宗教学者から研究対象として協力してほしい旨の要請がしばしば寄せられます。
      「ひかりの輪」は、そのような研究への協力を通じて、少しでもオウム・麻原のような存在の再来を防ぐことができればと考え、協力要請を極力受け入れてきました。また「ひかりの輪」は、宗教のみならず、宗教が生み出すテロなどの関連分野の学者への研究協力も行ってきました。その主なものを以下に述べます。

    (1)宗教学者への協力

       a.I・B博士(ロンドン大学名誉教授)

       2014年7月20日に、世界的に知られるイギリスの宗教社会学者・I・B博士が研究目的で来日し、上祐が面会しました。オウム真理教から現在の「ひかりの輪」までについて、様々なご質問にお答えしました。

     ・同博士について
       R大学社会科学部教授:専攻は社会学、宗教社会学で、新宗教の実証的研究は世界的評価を受けています。著書に『ムーニーの成り立ち』、『新宗教運動・実用的解説』など。新宗教に関するトラブル解決のための情報センター「インフォーム」の活動によって、2000年2月「大英帝国第4級勲爵位」に叙されています。

      c.F博士(イスラムテロ研究家・アメリカ)

       イスラムテロ研究の権威であるアメリカのF博士は、グループ・ダイナミックス論という論を展開しており、グループ内の構成員が互いに過激化を煽っていく作用や過程についての研究を行っており、どういった過程で自爆テロを起こしたのか、各人の心の変遷を研究しています。
       団体では、オウムが事件を起こすことになった背景、当時のオウムの組織構造、メンバーの考え方など、オウム過激化の過程についてのインタビューに協力してきました。F氏は、イスラム系の団体を研究する上での参考にするとのことでした。情報交換を継続中です。

       d.G研究所への資料提供

       ◎◎大学・G研究所は、オウム事件についての研究論文をたびたび発表し、同所のH教授はオウム事件に関する本を翻訳出版する等、オウム事件について強い関心をもって研究しています。
       「ひかりの輪」では2011年9月、同研究所にて同教授らと面会の上、「ひかりの輪」の資料や、オウムの総括に関する情報等を、同研究所に一式ご提供しました。

    (2)大学(大学生)への協力

       a.I大学法学部のゼミ

       「ひかりの輪」では、オウムの反省・総括に基づき、I大学法学部のゼミにご協力してきました。すなわち、2009年11月17日と2011年6月28日に広末が、2013年10月8日に上祐ならびに広末等が、ゼミに出席し、学生や教員からの質問に答える等して、その研究に協力しました。

       b.J大学文学部の学生

       J大学文学部社会学専攻で、社会学のK教授の指導の下、元オウム真理教信者の調査・研究をしている学生・L氏のゼミ論・卒業論文のための調査に、2013年10月以降、協力をしている。研究内容は以下の通り。
       〈研究名〉「ひかりの輪の会員の方のライフヒストリー調査」
       〈目的と概要〉:「一部の信者の方が、地下鉄サリン事件後も、教団に所属しつづけた理由を明らかにする」という目的で、ゼミ論・卒業論文に取り組む。
       事件を機に多くの信者の方が脱会していったなか、なぜ約1000人もの人が教団に残るという選択肢をとったのか、単に経済的な理由だけではなく、一人一人の人生に深く複雑な理由があるに違いないと考え、会員にインタビューを行い、その理由を、客観的かつ中立的視点から分析・考察していく。
       L氏は、すでに、「ひかりの輪」の勉強会、聖地巡り、内観に参加してフィールドワークをするとともに、会員との交流を通じた研究を行っています。現在までに、元オウム信者である「ひかりの輪」専従会員が長時間のインタビューに協力しました。
       また、ひかりの輪外部監査委員のA教授が運営に関与する内観研究所での1週間の集中内観にも取り組みました。

       c.M大学社会学部の学生

       M大学社会学部学生のN氏が、2012年夏より「ひかりの輪」の取材を開始し、2012年12月、「修行」をテーマとした映像作品「ひかりの輪のひとびと」(20分弱の作品)を卒業制作として制作。大学に提出し文化祭でも公開した。上祐の講話会や、外部監査委員B氏による出羽三山の修験道研修の模様、各地の聖地巡り、「ひかりの輪」の活動の模様、会員へのインタビューが収録されています。

       d.O大学の学生

       O大学の写真家・P氏による写真作品の制作に協力しました。
       宗教が誤解されている状況の誤解を解くために、「ひかりの輪」を題材に写真作品を撮り(外部監査委員・B氏による出羽三山での修験道研修にも同行)、サイト、展覧会等で展示を企画しました。

       e.Q大学の研究室

       Q大学・S教授(心理社会関係の学科)のゼミの大学生のグループが、「ひかりの輪」を直接訪問して研究し、「ひかりの輪」役員に対するインタビューと、「現代においてひかりの輪の会員である意味」というテーマの研究を行った。学生らは、Q大学の宗教社会論の「宗教が関係すると思われる事件を取り上げ、そこに現れた宗教と社会との関連、共生や敵対について論じなさい」というレポート課題からこの研究を行うことにしたとのことであった。
       オウム事件の時にはまだ小学1年生だったという学生らは、ひかりの輪のホームページや、オウムの総括文書等、数百頁にわたる資料をじっくり読んだ上で、熱心な研究を行い、多くの質問を行いました。オウム事件や「ひかりの輪」の実態、さらには宗教というものの問題等についての理解が深まった等の感想がありました。
       その結果、「ひかりの輪」が選択した、「オウム真理教の問題から逃げるのではなく、真摯に向き合い反省総括や被害者賠償をして生きることは、一つの責任の取り方であると考える」という結論を導き出し、その内容を、2009年11月25日に行われたQ大学ゼミナール大会にて、『オウムと共に生きる~ひかりの輪インタビュー~』として発表しました。


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    4 被害者の方との交流と協力
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      地下鉄サリン事件被害者で映画監督でもある、さかはらあつし氏と、「ひかりの輪」は2014年になって交流を続けています。
      さかはら氏は地下鉄サリン事件をめぐる自らの体験を著書にしていますが(『サリンとおはぎ』講談社)、オウムをテーマにした映画の制作を通じてオウムを克服していきたいとのことで、「ひかりの輪」も映画制作に協力しています。
      また、さかはら氏は「ひかりの輪」の聖地巡礼に一部同行したり、下記の写真の通り、上祐と公の場で対談したりもしており、本年(2015年)には上祐と同氏との対談書籍が刊行される予定です。

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    5 広報部による対外活動
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    (1)報道機関等への対応

      「ひかりの輪」広報部では、報道機関等からの問い合わせ、取材申し込みに対して、可能な限り迅速に対応し、団体活動の透明化を図っています。その成果については、これまでの多数の報道実例等を見ても明らかです。

    (2)地域住民への対応

      「ひかりの輪」広報部では、団体施設の地域住民への情報提供に努めるとともに、申入れ等に対して誠意をもって対応し、不安解消に努めてきました。
      入居するマンション管理組合に対して、毎月定期的に活動報告書を渡して、活動の報告等をしています。また住民組織に対しても、話し合いの申入れや、団体の考えを伝えることに努めています。地域住民向けホームページも開設して、広く情報提供をしています。
      なお、地域住民対象に限らず、「ひかりの輪」は、各種サイトを通じて、その活動内容や思想を一般市民に広く伝えて、団体活動の透明化を図っています。

    (3)行政機関への対応

      「ひかりの輪」広報部は、警察や公安調査庁からの捜査、調査協力依頼や、その他の官公署からの要請、問い合わせに対して迅速に対応し、団体活動の透明化を図っています。

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    6 オウムの反省・総括の出版活動
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       「ひかりの輪」では、オウム・麻原についての徹底的な反省・総括に基づき、その内容を、以下の通り、一般の出版社を通じて出版し、社会に広く流布してきました。
      すなわち、上祐が2012年に『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を、2013年に『終わらないオウム』(鹿砦社)と『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)を、2010年には宗形が『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館)を、それぞれ出版しています。
      その他にも、長編の対談の雑誌記事が数冊、出版に協力した書籍を入れると10冊近くとなり、今後も、自著4冊、長編の対談雑誌記事1冊などが予定、または検討されています。
      これらの活動は、今後同様の過ちに陥る人が出ないよう、同じ悲劇が繰り返されないよう、多くの人びとに役立てることを目的に行ってきましたが、出版を通じて、社会との意見交換が深まり、団体の透明性・社会性を高めることにもなりました。

    (1)『オウム事件 17年目の告白』
       (扶桑社:上祐史浩著、有田芳生検証:2012年12月17日)

      オウム真理教時代から現在の「ひかりの輪」までを語り、オウム事件の反省、麻原信仰の反省・原因・脱却の道、麻原の正体としての精神病理、二度と同様の事件が起きないようにするための考えを掲載しています。
      また、オウム問題に詳しいジャーナリスト・参議院議員の有田芳生氏による検証寄稿や、同氏と上祐との対談もあわせて掲載されました。
      なお、上祐への印税収入は、税金等の経費を除いて全て、オウム事件の被害者団体(オウム真理教犯罪被害者支援機構)に振り込みました。
      大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止に、大きな影響を持ったと思われます。

    (2)『終わらないオウム』
      (鹿砦社:上祐史浩、鈴木邦男、徐裕行著:田原総一朗解説:2013年5月30日)

      内容は、上祐と、元オウム幹部・村井秀夫を殺害し上祐の命をも狙っていたという徐裕行氏と、両者をよく知る鈴木邦男氏(新右翼団体「一水会」最高顧問)との3名による鼎談、対談によって構成されています。
      そして、出版社が、「"オウム以前"の「連合赤軍」。"オウム以降"の「ネット右翼、在特会」といった、20周年で発生する「オウム」的なもの=日本の暗部にわれわれは今、どう立ち向かうべきなのか?」(「鹿砦社出版ニュース」)と伝えているように、オウム的なものの再発防止の道に関して考察しています。

    (3)『危険な宗教の見分け方』
      (ポプラ社:田原総一朗、上祐史浩著:2013年11月5日)

      田原総一郎氏との対談の中で、麻原・オウムの盲信の原因とそれからの脱却、そして、宗教やスピリチュアル的なものにどのように対処すれば、危険を回避できるかについて述べています。
      大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の否定とその問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止などに大きな影響を持ったと思われます。

    (4)『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』
      (三五館:宗形真紀子著:2010年2月24日)

      自身が脱却するのに長年を要した、オウム真理教・アレフ・麻原の修行が、いかに人を、自己中心的で傲慢な「魔境」と呼ばれる精神状態に導くのかということについて、指摘・批判しています。
      また、麻原やオウム真理教を選んだ、過去の自身の心の問題について、実体験と心の軌跡を赤裸々に記すことで、その脱却のプロセスまでを、二度と同様の事件が起きないようにするための教訓として示しています。
      オウム真理教時代に、麻原による薬物洗脳実験、本人に知らせない形でのLSDの投与他多数の、一歩間違えれば死んでいた(実際に 死亡した者が複数いる)洗脳被害の経験があり、その悲惨なオウム真理教の実態を告発しています。
      また、自身が、そこまでのことを「修行」として受け入れてしまうほどの精神状態にあったことから、人がそのような「洗脳的行為を受け入れるに至る心のプロセス」や、「心の問題(魔境)」について指摘しています。

  • ⑤宗教から哲学教室への変革(2015/01/19)

    「ひかりの輪」は、これまで、その思想や実践において、麻原・オウム真理教の信仰や教義や性質からの改革(「脱麻原」)を行ってまいりましたが、2013年までには、宗教団体ではなく「哲学教室」としての改革を実現するまでの、大きな変革に至りました。
    以下、その点について詳述します。

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    1 哲学教室への改革に至る前の諸改革
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    本格的な哲学教室への改革は、2013年に結果を結びましたが、これは発足以来の継続的な実践の結果として実現したものでした。その経緯を簡潔にまとめて説明いたします。


    (1)団体発足時:
         従来の宗教とは違う「21世紀の新しい宗教」として開始


    「ひかりの輪」は2007年3月にアレフから脱会した上祐ら中心メンバーが、同年5月に設立しましたが、この当時から、すでに、従来の宗教とは違った「21世紀の新しい宗教」「新しい思想」を目指すことを掲げていました。

    それは、従来の宗教の最も悪い点を凝縮していたともいえるオウム真理教と麻原に対する反省・総括に基づく方針でした。

    以下は、現在は掲示していませんが、当時を確認するために、その理念を「ひかりの輪」公式サイトに掲載したものをご紹介します。

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    ○21世紀の新しい思想を創る
    (2007年3月1日)

    私たちの課題は、新団体を創ることではありません。 理想は、21世紀の新しい宗教を創る、ということ。

    新しい宗教を創らずに、別のオウムを作るなら、 単なる分裂騒動です。 それは、意味がありませんし、そういうことは起こらないと思います。(略)

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    ○新団体の基本的な性格(2007年4月6日)


    旧教団の事件が、その宗教によって起こったのに、なぜ新団体は宗教を行なうのか、という質問をされることがあります。

    私たちは、旧教団の事件が、その宗教教義に一因があったということを深く受け止め、オウム真理教の宗教教義の総括だけでなく、カルト教団を宗教的な構造から、従来の宗教全般に渡る問題までを分析・検討して、そういった従来型の宗教を乗り越えた新しい宗教ないしは思想を実践しようとしています。

    よって私たちは去年から、「新教団」ではなく「新団体」と表現してきました。これは、新団体の性格が、「従来の宗教団体」のものではないという意味合いが込められています。(略)
    具体的には以下のような原理、原則を考えています。

    ①人を神としないこと
    特定の人間を神ないし神の化身として絶対視しない。一般で言う開祖・教祖を設けない。例えば、新団体の代表は、団体構成員の先輩・先達であり、あくまで不完全な人間である。

    ②各人にあった実践を認めること
    人間を神としないだけでなく、観念上の崇拝対象である神格や、実践する教えについても、唯一絶対のものは設けず、人それぞれが自分にあったと思うものを 実践、利用すればよい。よって、表現としては、崇拝対象と言うよりは、神聖な意識を引き出す象徴物と位置づけて、教えも、その人にあった方便・手段と位置 づけるべきである。

    ③ 団体は衆生に奉仕すること
    団体は、上記の通り、その会員・利用者に対して、その団体を上に置いて、団体を絶対視させるのではなく、団体が、会員・利用者に対して、その心身の浄化・癒しのために奉仕することに力点を置くものとする。

    なお、現実の問題ですが、団体が変化していくためには、所属する人全体の意識が変化する必要があり、その結果として、私を初めとするグループは、2004年頃にアーレフにおいて代表派(上祐派)が発足して以来、組織を徐々に変革させてきました。すなわち、ソフトランディングさせてきたということができます。

    これは、旧団体を反省し、やり直していくにしても、その過程が急激すぎるならば、出家修行者や在家信徒がその流れについて来れず、別にご説明した被害者・遺族の方々への賠償や信者の生活を確保することができないほどに、団体組織が崩壊する可能性があったからだということがあります。

    よって、これまで、私たちの対応の遅れ、不適切な表現、説明の不足によって、一般の皆さんには、新団体に関する様々な誤解が生じていると思いますが、今後の努力を積み重ねて、実行をもって、正しい理解が深まるように努力していきたいと考えております。
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    (2) 2012年頃:「新しい智恵の学びの場」と自己を再規定


      そして、「ひかりの輪」は、2012年頃からは、すでに「宗教」という言葉から離れ始め、「新しい智恵の学びの場」と自己規定するようになりました。以下は、当時の「ひかりの輪」公式サイトに掲載したものです。

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    ○ひかりの輪とは何か--宗教ではなく、新しい智恵の学びの場
      
    2012年10月23日 代表 上祐史浩

    ◎宗教ではなく、新しい智恵の学びの場

    ひかりの輪は、宗教的な学習は行っていますが、特定の超越者・絶対者を信じる団体ではありません。すなわち、「宗教」ではなく、これまでの宗教というもののさまざまな問題を越えた、21世紀のための「新しい精神的な智恵の学びの場」です。その意味で、いわば、「宗教の学習センター」、「スピリチュアル・アカデミー」といった性格を有しています。

    ひかりの輪は、一人一人の中にある神聖な意識、すなわち、「万人・万物への愛(慈悲・博愛)」を育むことを最も大切にしています。神仏というものがあるならば、まさに、その一人一人の中にある神聖な意識だと考えています。

    宗教が説く「神」などの崇拝対象は、一人一人の神聖な意識を引き出すシンボル(象徴)であり、それ自体が唯一絶対ではなく、貴方が必要でなければ持つ必要 はないし、貴方に有益であれば、貴方に合ったものを尊重すればよく、人によって違ってよいと考えています。これは、宗教間の対立を越えて、諸宗教の融和をもたらす思想でもあります。


    (3)2013年以降、哲学教室」に改編する正式な決定をした

    さらに、2013年には、「ひかりの輪」は自らを「哲学教室」と規定するに至りました。


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    2 哲学教室への転換の契機
        :2013年夏の上祐と田原氏との対談

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    「ひかりの輪」が、「宗教」ではなく「哲学」と自己を規定し始めた重要な契機は、2013年夏に行われた上祐とジャーナリスト・田原総一朗氏との対談でした(対談は、以下の書籍・ラジオにおいて行われました)。

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    ○『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)より  ◎宗教じゃないよね

    田原 ところで「ひかりの輪」って宗教じゃないよね。
    上祐 はい。人生を有意義に生きるために、仏教などの思想、哲学を学ん でいますが、特定のものを崇拝はしませんから、宗教ではありません。
    また、仏教など東洋思想に加えて、欧米発の心理学や哲学も学んでいるので、東西の思想哲学の学習教室と言えると思います。
    この前、ラジオ番組に出演するために田原さんにお会いした際に、田原さんが宗教と哲学の違いを話されていましたが、それを聞いて、ひかりの輪には「哲学」という言葉がしっくりくるなと思いました。(p183)


     ○2013.6.21放送「田原総一朗のタブーに挑戦! アベノミクスは成功するのか?」〈田原総一朗、上祐史浩との対談について語る〉より

    ◎ひかりの輪は宗教じゃない、哲学に近い
      宗教じゃない、宗教じゃない、宗教じゃないよ。あれは宗教じゃないよ。
      つまり彼は、あの麻原彰晃をいまでも信仰してるアレフの会ってあるわけね。これは宗教です。麻原を一番の神として。
      で、彼は、そのそういうオウム、麻原を全面的に批判するひかりの輪という、これは宗教じゃないんですよ。
      麻原を批判し、オウムを批判し、人間とはいかに生きるべきか。
      どっちかというと哲学に近いのね。ひかりの輪っていうのは。
    (司会:ということは上祐さんは、宗教を、宗教から抜け出て、そういう集団を作っていると考えて、そう感じられました?田原さんも。その怖さを身をもって知っているからですかね。)
      よーく知ってる。そこのところを上祐さんに聞いたわけ。




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    3 2013年12月
    :基本理念を改正し、正式に哲学教室へ転換を決定

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    2013年12月、「ひかりの輪」は「基本理念」を発足以来初めて改正し、団体を「思想哲学の学習教室」「哲学教室」と正式に位置付けるに至りました。以下は、改訂された「基本理念」の抜粋です。

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    ○「ひかりの輪」基本理念(2013年12月17日改正)

     私たち「ひかりの輪」会員は、以下の基本理念に従って行動し、全ての人々、生き物に対して、奉仕していくことを、ここに誓う。(中略)

    2,宗教ではなく、「宗教哲学」を探求していく
      一般に宗教とは、「神または何らかの超越的絶対者、あるいは卑俗なものから分離され忌避された神聖なものに関する信仰・行事」と定義されており(※1)、その実践においては、崇拝対象に対する疑問や理性による考察を許さない絶対的な信仰や、行きすぎた盲信を伴う場合もある。
    しかし、私たちは、次項以降に述べる理由により、特定の存在に対する絶対視や盲信を否定するとともに、人間から分離された超越的絶対者を崇拝することなく、理性を十分に維持して、私たち自身の内側や周辺の現実世界の中に神聖なる存在を見いだして尊重していく実践を行う。
    これを正確に表現するならば、「宗教」ではなく、「宗教一般の本質ないし、あるべき姿を自己の身上に探求し、理性にとって納得のゆくものとして理解しようとする」とされる「宗教哲学」(※2)の実践といえるものである。
    (※1)岩波書店『広辞苑』
    (※2)岩波書店『岩波 哲学・思想事典』

    (※なお、基本理念は2015年にも、さらに改訂されています) -----------------------------------------------------------------


    以下は、上記理念を表現し直し、「ひかりの輪」公式サイトに掲載したものです。-----------------------------------------------------------------

    ひかりの輪とは--東西の幸福の智恵、思想哲学の学習教室
       2014年10月 代表 上祐史浩

     ひかりの輪は、物に限らず、心の幸福のために、仏教などの東洋思想や心理学などの東西の幸福の智恵・思想哲学を学習・実践する教室です。
      その教室の学習の中で、仏教、神道、修験道、仙道、ヨガ・ヒンズー、聖書系の宗教の思想哲学の学習は行っていますが、特定の教祖・神・教義を絶対視することはなく、宗教ではありません。
    また、学習の対象には、物心両面の幸福に役立つと思われる、心理学、西洋哲学、自然科学が含まれています。

    ◎宗教ではなく宗教哲学として:理性で宗教を解釈し活用する
      宗教は、崇拝対象に対する疑問や理性による考察を許さない絶対的な信仰や、行きすぎた盲信を伴う場合があります。
      しかし、宗教やその解釈の一部には、盲信を必要とせず、理性に基づいて納得できるものがあり、それを「宗教」ではなく、「宗教哲学」と呼びます。
      例えば、仏教も、大学の専攻に仏教哲学・東洋哲学といった言葉があり、ダライラマ法王も、仏教は、哲学・科学・宗教を含んでいると語っています。
      宗教は、盲信という弊害があります。その一方で、その一部には、人の幸福のために、合理的でかつ奥深い智恵・人生哲学もあります。
      そして、宗教の弊害を避け、その一部から、幸福の智恵を抽出することは、皆さんにとって、人生の大きな宝となるのです。
      以上のとおり、「ひかりの輪」は「宗教」ではない、「宗教哲学」の実践を目指す方向性を明らかにしました。
    (写真は、2013年の東京や大阪での上祐の講義・講話のようす)


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    4 2014年2~3月
        :哲学教室への改革に合わせた施設改革を開始
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    翌2014年の2月から3月にかけて、哲学教室への改革にふさわしい団体施設の改革を開始しました。すなわち、3月11日に2つの新しい規定「思想哲学の学習教室への改革にともなう団体活動の場に関する規定」、「教室内装に関する申し合わせ事項」を定めて、以下の趣旨の改革を行いました。

      1.「道場」の呼称を廃止し「教室」と呼ぶこと
      2.恒常的な祭壇を廃止(仮設祭壇のみ)。
      3.三仏を廃止(正面の壁は釈迦のみとする)。
      4.室内のインテリアに非宗教的なものを多用すること。
      5.上記にともない大黒天仏像も事実上廃止。

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    5  2014年5月:エンパワーメント廃止を改めて確認、
         ヒーリングを導入

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    2014年の5月には、公安調査庁によって誤解されていたエンパワーメントに関して、新しい活動規定「ヒーリングおよび瞑想指導に関する規定」を制定し、改革を行いました。その趣旨は以下の通りです。

    ①エンパワーメント類は改めて廃止をし、ヒーリングを実施すること。
         (なお公安調査庁が指摘する「弥勒金剛法具エンパワーメント」は、2011年に廃止済であるところ、あらためて廃止を確認した)
    ②ヒーリングの指導者を絶対視、神格化しないこと。
    ③ヒーリングの料金は一般的なスピリチュアル事業で良心的な範囲にすること。

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    6 2014年9月:
        哲学教室への完全な転換のための様々な改革①

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    2014年9月には、哲学教室への完全な転換を行うため、新たな規定「思想哲学の学習教室への改革を推進するための活動規定」、「教室活動の改革に関する申し合わせ事項」を制定し、会員にも周知しました。その趣旨は、以下の通りです。

    ①祭壇の完全な廃止(=仮設祭壇も廃止)

    仮設祭壇を含めて、祭壇の設置や使用は完全に廃止しました。以下は、祭壇が撤去された各教室の内部です。

    ◎東京本部教室・兼上祐の自室


    ◎名古屋教室


    ②供養等の儀礼の廃止

    供養の儀礼の体験・学習や、そのための祭壇(のようなもの)の仮設を一切行わないこととし、祭壇と供養の儀礼を完全に廃止し、思想哲学の学習教室として、よりふさわしい形態としました。

    ③大黒天関係の法具の破棄など

    大黒天関係の法具については、「ひかりの輪」では、麻原・オウム信仰の反省の象徴と位置付けてきましたが、公安調査庁は正反対に、麻原信仰の象徴という事実に反する主張を行うので、社会と「ひかりの輪」との融和の障害になることも考えられ、正式に廃止しました。

    ④三仏の完全な廃止

    同年3月の活動規定によって、正面中央の仏画を釈迦とすることは維持されていましたが、本規定によって、それも廃止され、三仏は完全に廃止されました。

    ⑤聖音水の廃止

    聖音水については廃止し、瞑想修行の前に瞑想用ハーブ茶などを用いたり、浄めのための水には、聖地のわき水等を活用したりすることとしました。

    ⑥密教修行等の廃止

    「ひかりの輪」では、仏教教義の中では、初期仏教や大乗仏教の思想を参考にしているにすぎませんので、密教の修行は廃止しました。

    ⑦哲学教室にふさわしい教材への改革

    「ひかりの輪」で従来使用していた教本・CD・DVD・HPについては、上記の改革の理念に適合するよう大幅改訂、または破棄する決定をしました。

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    7 2014年10~11月:
    哲学教室への完全な転換のための様々な改革②

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    上記改革を進めるため、2014年10月には、専従会員に関する規定をあらためて定め、オウム真理教の出家制度ではないことの確認と、専従会員の個人資産保有の体制を作り、また、同年11月には、思想哲学の学習教室にふさわしい用語や概念の使用に関する規定類が定められました。

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    8 一連の改革は団体内外に広く認識されたこと

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    以上に述べた一連の改革は、団体の内外で広く認識されています。それは以下の通りです。

    ①田原総一郎氏

      ジャーナリストの田原総一朗氏は、前記ラジオ放送において、「ひかりの輪」について、宗教ではなく哲学に近い、麻原を全面的に批判している旨を述べました。

    ②ウィキペディア

      インターネット上のフリー百科事典であるウィキペディアでは、「ひかりの輪」について、宗教団体というより仏教系哲学サークルに近いと紹介され、その評価が定着しつつあります。
       「○ひかりの輪
          2013年頃から"宗教団体"としてではなく、"仏教哲学サークル"として
          の活動に近いものになってきており、不定期で「哲学セミナー」をUstream
          で動画配信している。

    ③祭壇等の廃止を確認した会員・非会員・外部監査協力者

    「ひかりの輪」の活動に参加した会員・非会員・外部監査協力者からは、「ひかりの輪」施設内の祭壇の有無を問うアンケートを多数徴収していますが、祭壇があったという回答は全くありません。

    ④施設見学した報道関係者、祭壇廃止を報道したテレビ局
    「ひかりの輪」は2014年10月15日に、全国4カ所の施設を報道関係者の見学に供しましたが、その際、報道関係者から徴収したアンケートの中にも、施設内に祭壇があったという回答はありませんでした。現に、祭壇がなくなっている旨の報道もなされています。

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    9一連の改革により、公安調査庁が批判した事項は
    全て解消されたこと

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     この一連の改革によって、かねてから公安調査庁が「麻原隠し」の根拠であるとか、オウム真理教と同一であると、事実に反して主張されていたものは、一切排除されました。
      すなわち、祭壇、三仏、大黒天、神柱、聖音水、エンパワーメント、密教、出家制度等です。
    仮に、これらが本当に公安調査庁がいうように「麻原隠し」の行為だったのであれば、麻原に帰依する限り、「ひかりの輪」はそれを排除できなかったはずなのではないでしょうか。

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    10 公安調査庁の恣意的な対応の疑惑

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     「ひかりの輪」は、公安調査庁に対して、一連の改革後も依然として「麻原隠し」の疑惑が生じる事柄があれば、その根拠と共に示していただけるように要請しましたが、一切示されませんでした。
      疑惑があれば指摘し、麻原の許可がなくてもそれを解消できるかを試してこそ、真実がわかるはずですが、そうしないという事実は、「初めから観察処分更新のための調査をしているのではないか」という疑惑が生じます。

  • ⑥様々な意味で麻原から完全に離脱(2015/01/19)

    上記の改革に加え、「ひかりの輪」は、以下の通り、物理的にも様々な意味で麻原から完全に離れていたのであり、2018年7月に麻原が刑死して以降は、なおさら麻原が主宰者であったり、麻原に従ったりするということはありえません。

    (1)「ひかりの輪」スタッフは、麻原と面会する意思も、法的な権限もなかったこと

    「ひかりの輪」のスタッフは、麻原の刑死前は、麻原と面会したことはありませんし(確定死刑囚だったので、法的に面会は不能)、麻原が刑死して以降は、そのようなことがないのは当然です。

    (2)麻原は長年、家族を含めた何人に対しても面会を拒絶していたこと


    また、麻原自身、麻原の刑死前、長年にわたって、自身の家族や弁護人とすら面会をしておらず、何人に対しても面会を拒絶していました。

    (3)麻原は、刑死したのであり、いかなる意味でも、主宰者たりえないこと


    周知のとおり、麻原は2018年7月に刑死しました。もし今後も仮に観察処分更新が認められれば、麻原が死亡しているにもかかわらず、その死亡者が「主宰」している団体として「ひかりの輪」に観察処分を行うという、幽霊話にも似た滑稽な状況に陥ってしまいます。
    この滑稽さ、架空性は、「麻原隠し」の主張にも似ています。

  • ⑦オウムの脱却・払拭の歩み(2015/01/19)

       以上の「脱麻原」「反麻原」の活動に加えて、「ひかりの輪」が、その発足以来続けてきた改革努力について述べます。

    (1)観察処分の適否の審査は、観察処分更新請求時点(2014年12月)の状況を対象にされるべきであること

      
    当然ながら、観察処分の適否の審査においては、観察処分更新請求の時点、すなわち2014年12月における「ひかりの輪」の状況が処分要件を満たしているか否かが審査されるべきです(※2022年時点で「ひかりの輪」は2020年12月に更新請求された第7回更新の観察処分を受けていますが、この記事は前記の通り2014年12月更新請求〈第5回更新請求〉に対する団体側の主張書面に基づいて作られているため、上記の記載となっていることをご了承ください)。

       このことは、団体規制法の第5条において「引き続き当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要があると認められるときは、その期間を更新することができる。」とされていると同時に、第6条において「当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要がなくなったと認められるときは、これを取り消さなければならない。」とされていることからも明白です。

       しかし、「ひかりの輪」においては、次に示すように、アレフ脱会前の2005年から2014年12月に至るまで、年を追うごとに、その構成員・団体の麻原やその教義に対する考え方は、大きく変化してきている事実があることを踏まえなければなりません。

      詳細は後にも述べますが、アレフ脱会前にさかのぼり、ここでは大まかな変遷のみ記しておきます。


    (2)2005年前後
    アレフ内部での対立


       アレフ(当時はアーレフ)脱会前に、アレフ内部において、上祐らが「代表派(上祐派)」を発足させた2005年前後は、麻原を盲目的に信奉する「アレフの主流派」と対立し、アレフの中で、オウム真理教事件を振り返り、麻原や教団の現実を見る独自の活動を本格化させた時期です。

       アレフ内部の麻原を教祖とする体制の中に所属する中、麻原やオウムの問題点を指摘し続け、アレフ内部の信者たちに、現実を伝える活動を行いました。代表派の人々は、自身が、オウムや麻原の実態を知る中で、懸命にその作業を行い、麻原を絶対とする教えから離れていきます。変化には個人差もあり、麻原に依存する傾向との闘いの時期でした。
       しかし、この過渡的な時期から、人によって個人差はあるものの、徐々に麻原に対する相対的な見方が深まっていき、2006年後半からはさらに大きな変化が始まっていきます。


    (3)2006年後半から 脱会の準備麻原の教材の破棄


       まず、2006年10月から11月に、アレフを脱会して、新団体を発足させる上での件等として、「麻原・オウム真理教の教材」の扱いに関して、専従会員の会合が繰り返し開かれました。
       その中で、麻原に対する依存から完全脱却するために、その教材を一切破棄することを決定しました。
       その後、「アーレフ時代の全ての教材」まで破棄するように拡充されました。


    (4)2007年 アレフを脱会、「ひかりの輪」の発足

       次に、翌2007年になると、

    ①3月までに、麻原の教材の破棄作業がほぼ完了し、アーレフを正式に脱会し、

    ②上祐らを中心に、オウム時代のヴァジラヤーナ活動の詳細な総括・反省や、そのグルイズムやヴァジラヤーナ教義などの緻密な反省・修正がなされて、脱会してきたアーレフの信者にも送付するとともに、ひかりの輪の公式HPで発表し、

    ③5月に「ひかりの輪」が新たに設立されるとともに、専従会員全体で、麻原や麻原の教義を乗り越えるエッセンスを記した団体の基本理念・会則が採択され(この基本理念・会則は非専従会員にも読了が要請された)

    ④その後も、上祐らを中心として、オウム教義の否定が繰り返されるとともに、新しい団体の新しい思想が提唱され始めました。

    以上の、2005年から「ひかりの輪」発足の2007年に至るまでの経緯に関する、より詳細な事実関係は「オウム脱却から『ひかりの輪』設立の経緯の詳細」の記事もご覧ください。


    (5)2008年 オウム時代の総括を公表

    さらに、2008年に入ると、その前半から、以下のような徹底した反省・総括の取り組みがなされました。

    ①団体によるオウム時代の詳細な総括
    オウム時代を時系列に詳細に分析し、麻原やその教義への信仰に関する具体的かつ詳細な反省をした総括を行いました。専従会員全員で話し合った上、役員全体で採択した総括文書が作成されました。


    ②団体による心理学的な知見からの詳細な総括
    心理学的な知見や、麻原の幼少期からの人格を調査した外部の資料を含めた広範な資料に基づいて、麻原が人格障害者であったと結論づけた総括(その1その2)を行いました。役員全体で採択した総括文書が作成されました。

    ③役員を初めとする専従会員・非専従会員個人が、自分自身のオウム時代等を振り返って、詳細な反省・総括を繰り返してなし、それを文書にまとめる作業を繰り返しました。そして、これらは、記者会見やHPで広く社会に公表されました。なお、以上の総括については、後でも詳細に述べます。

    ④オウムの教義の否定や新しい教義の提唱に関する多様・広範な取り組み 上祐らによる多数の講話、会員向けメッセージ、教本などによって、オウム時代の教義の反省と、それを乗り越えた新しい思想の提唱がさらに繰り返し行われました。その成果は、その後の特別教本等に結実しています。

    ⑤オウムの総括作業により、過去を反省し、長らく両親との連絡を絶っていた専従会員が、連絡を回復しはじめました。


    (6)2009年 内観、慰霊行事、被害者賠償契約の締結、総括の講演

    ①外部の内観の専門家(2名)を「ひかりの輪」にお招きし、刑務所等の矯正施設でも用いられている自己反省法「内観」を「ひかりの輪」の役員はじめ主な会員で実施し、これまでのオウム・麻原・自分自身の自己中心性に対して、より深い反省を深めました。また、長らく両親等との連絡を絶っていた専従会員が、連絡を回復するようになりました(詳細は前記の通り)。

    ②「内観」から気づかされた親子関係の重要さを「ひかりの輪」の思想の枢要に据え、親子関係の破綻からオウム問題が発生、坂本弁護士事件という外部社会への攻撃が始まったことを総括しました。また、内観的手法を「ひかりの輪」の修行法に導入しました。

    ③約3カ月に一度、オウム事件犠牲者の冥福をお祈りし、負傷者の早期回復をお祈りする慰霊儀式を執り行い、オウム・麻原の間違いを強く心に刻みつけるようになりました。

    ④オウム真理教犯罪被害者支援機構との間に被害者賠償契約を締結し(7月6日)、定期的な賠償に励むことによって、さらに強くオウム・麻原の間違いを心に刻みつけ、償いの気持ちを深めるようになりました。

    ⑤このようにして気づいてきたことを、「ひかりの輪」指導員が市民団体の会合に招かれて講演する等して、社会に還元する活動を始めました。


    (7)2010年 トークショーや出版でのオウムの総括の公表、一般社会との交流


    ①前年までのオウム総括の深まりを社会に還元するために、さらに上祐ら「ひかりの輪」幹部が、一般市民向けの講演やトークショーに招かれ、講演を重ねるとともに、一般の出版社からの出版を行うなどして、オウム・麻原の再来を防ぐことを広く訴えました。

    ②上記のような理念に基づく「ひかりの輪」の活動を広く社会に公開するために、「ひかりの輪」の講話会を一般公開するとともに、誰もがインターネットでも視聴できるようにしました。
       「ひかりの輪」の聖地巡礼修行も一般人が参加できるよう公開し、懇親会も開いて一般人と交流するなどして、「ひかりの輪」の主な活動の全てを公開することにより、いっそうオウム・麻原の再来を防ぐことを訴えるための活動を広く展開しました。


    (8)2011年 一般社会とのさらなる交流、伝統宗教からの指導、外部監査委員会の発足

       2011年には、前記までの活動をさらに充実させるとともに、

    ①かつて麻原が否定した聖徳太子の思想=和の教えを重視して展開。
    ②特定のシンボルを有さず、個人にあったシンボルを良しとする信仰概念の導入。
    ③オウムの閉鎖性を超えた完全開放型の団体づくり。
    ④科学的・理性的・人道的・平等主義・民主的な団体を目指す。
    ⑤他宗教とのさらなる交流、伝統宗教の指導を受ける(羽黒修験道等)。
    ⑥外部監査制度の導入、外部監査委員会の発足。

    を行ってきました。

       こうした結果として、麻原やその教義への信仰から本質的な脱却が図られていき、前記の通り、2012年から現在に至るまでの「思想哲学の学習教室」としての改革につながっていったのです。

  • ⑧外部監査委員会による監査と結果(2015/01/19)

      公安審査委員会が第4回観察処分更新決定(2012年1月)において「注視する」とした「ひかりの輪」の外部監査制度について、以下に述べます。

    1.外部監査委員会の監査と結果

    (1)外部監査委員会について

      ひかりの輪外部監査委員会は、2011年12月17日、地下鉄サリン事件等のオウム真理教による事件の再発防止の観点に立って設置されました。
       「ひかりの輪」は、その会則で外部監査委員会を置くこととしており、具体的には「ひかりの輪外部監査規約」(以下「規約」と記す)と「『ひかりの輪』および『ひかりの輪外部監査委員会』の申合せ事項」(以下「申合せ事項」と記す)に基づいて設置された外部監査委員会が、「ひかりの輪」への外部監査を実施してきました。外部監査委員会は3名で構成されています。

    (2)外部監査の概要

       外部監査は、まず2011年12月17日から2014年11月27日までの「ひかりの輪」の活動全般を対象として、同期間に実施されました(※その後、さらに3年間、2017年11月27日までの監査も実施され、現在も監査が行われています。詳細はこの記事の末尾をご覧ください)。
       オウム事件の再発防止の観点から団体が適正な団体運営を行っているかが監査されましたが、特に、団体規制法第5条規定の観察処分の適用要件に該当する事実の有無が重点的に監査されました。
       具体的な監査手続は、以下の通りでした(以下は、2014年の「外部監査結果報告書」より)。

       ①会合監査

       外部監査委員会と「ひかりの輪」役員等が出席する会合(監査会合)が、「ひかりの輪」東京本部教室において、2011年12月17日から2014年11月14日までの間、計13回開かれました。同会合では、「ひかりの輪」からの提出資料等に基づいて、外部監査委員が「ひかりの輪」役員等から活動内容等について聴取し、質疑応答形式での監査が実施されました。

       ②施設監査

       外部監査委員会または規約に基づく外部監査協力者が、「ひかりの輪」の全国各施設の使用状況・内部状況について、各施設への立入を行うことによって監査を実施しました。立入の回数は、外部監査委員によるものが計43回、外部監査協力者(以下「協力者」と記す)によるものが計76回以上でした。

       ③資料監査

       「ひかりの輪」が提出した活動内容、思想内容等に関する資料(計529点)が監査されました。それらの資料のうち思想に関するものの内容については、専門的見地からの見解を求めるため、外部監査委員会が宗教学者からの意見を聴取して、監査の参考としました。

       ④アンケート監査

       A 「ひかりの輪」の行事に参加した協力者が記入したアンケート計99通が
           徴集し、監査されました。
       B 「ひかりの輪」の行事に参加した団体会員ならびに一般人が記入したア
           ンケート計2077通(内訳:団体会員1172通、一般人817通、その他
           88通)が徴集、監査されました。

       ⑤行事監査

       「ひかりの輪」の行事の直接視察による監査が実施されました。

       ⑥精神的指導

       申合せ事項に基づく以下の精神的指導と、その効果が監査されました。

          A 自己反省法「内観」の指導

       A委員による自己反省法「内観」の指導が、2012年4月22日から2014年10月5日までの間、「ひかりの輪」の全国各施設のべ25カ所において、「ひかりの輪」役員全員を含む「ひかりの輪」会員等のべ158名に対して実施されました。指導を受けた「ひかりの輪」会員等全員が、内観実践の直後に感想文を提出し、外部監査委員会において監査されました(そのうち内観実践者本人の承諾を得たものについては、同委員会のHPに掲示されています)。
       また、A委員による内観の講義が、2012年5月27日、「ひかりの輪」東京本部教室において、「ひかりの輪」会員等に対して行われました。

          B 修験道の指導

       B委員による山形県・出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)における修験道指導が、2012年7月から2014年7月までの間、計3回にわたって、「ひかりの輪」役員を含む「ひかりの輪」会員等のべ85名に対して実施されました。
       指導を受けた「ひかりの輪」会員等は、後日、感想文を提出し、外部監査委員会において監査されました。
    また、B委員による修験道の講義が、2012年2月19日、「ひかりの輪」東京本部教室において、「ひかりの輪」会員等に対して実施されました。

    (3)監査事項に関連する第三者への調査等

       前記の「ひかりの輪」に対する直接の外部監査以外にも、監査事項に関連する第三者への調査等が以下の通り実施され、監査の参考とされました。

       ①宗教学者からの意見聴取

       「ひかりの輪」の思想内容については、外部監査委員会は、団体規制法・観察処分適用要件の観点から、以下の2名の宗教学者に専門的見地からの意見を求め、意見書の提出を受けることによって、その意見を聴取しました。

       A C氏(大学教授、文学博士)
       B大田俊寛 氏(さいたま大学非常勤講師、文学博士)

       ②オウム真理教犯罪被害者支援機構の弁護士への調査

       前記の通り、「ひかりの輪」は、アレフによるオウム真理教犯罪被害者支援機構に対する著作権侵害をやめさせるために同機構への情報提供等の協力をしてきましたが、その事実について、外部監査委員会は、同機構の関係者に対して、聞き取り調査を行いました。

       ③東京の地域住民への調査

       外部監査委員会は、「ひかりの輪」から報告があった「ひかりの輪」東京本部の周辺住民組織の反対運動について、同本部前で監視活動を行っていた周辺住民に、複数回にわたって直接接触し、実情を確認、調査しました。

    (4)外部監査委員会による監査結果

       外部監査委員会は、上記の監査を尽くした後、2014年11月27日に、以下の趣旨の監査結果を公表しました。

    ①3年間の監査の結果、「ひかりの輪」には、観察処分の適用要件に該当する事実は、何ら認められなかった。

    ②警視庁による旅行業法違反容疑の捜査は、事案の性質、軽重、「ひかりの輪」の改善措置ならびに関係官庁・弁護士等の専門家の見解を総合した結果、上記①の結論に影響を与えるものではないと判断する。

    ③「ひかりの輪」の会員が、公安調査官から金品提供を受けていた件は、「ひかりの輪」からの報告を受け、外部監査委員会による助言等に基づき、団体の会員に対する指導や、公安調査庁に対する停止の要請など、適切な改善策が取られたことを確認した。

    2.外部監査委員会の監査結果が信頼できるものであること

       外部監査委員会による上記の監査結果は、以下に述べるとおり、信頼できるものです。

    (1)優れた資質の委員によるものであること

      ①河野義行委員長

         A.人物

       河野義行委員長は、松本サリン事件被害者(自身が負傷者であり、かつ夫人を亡くされた)、元長野県公安委員、特定非営利活動法人リカバリー・サポート・センター顧問、「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」共同代表、著述家です。
       松本サリン事件で被害を受けただけでなく、当初は同事件の犯人として警察やマスコミから迫害された冤罪被害の体験を有しており、また警察を監督する公安委員の実績に基づき、強いリーガルマインドと公正な人格が社会で高く評価されています。著書、講演多数。
       「ひかりの輪」と公安当局の双方に、厳格で公平な視点を有する優れた資質を備えています。

         B.「ひかりの輪」についての見解

    ○ひかりの輪の脱麻原は確か
       アレフはまだ麻原(彰晃)さんの影響があると思います。ひかりの輪は麻原さん1人に帰依したのが間違いだということで、他宗教、例えば出羽三山で修行したり、麻原絶対帰依からは遠ざかっているのは確か。

    ○公安調査庁は心の中のことを罰している(内心を罰している)
       そんな力(危険なことをする力)はないと思う。公安調査庁がひかりの輪やアレフへの団体規制法で、言うなれば心の中のことを罰している(報道の取材に対して)。

       ②A委員

          A.人物

       A委員は、大学法学部教授で、専門は刑事政策。犯罪者更生・被害者学も専門としており、犯罪者更生や親子問題の解決に極めて有益な自己内省法「内観」の指導者として、国際的な権威があります。内観を世界に普及し、各国の公的・私的な矯正機関で採用されています。
       教育界など様々な分野で講演。著書も多数あります。
       オウム事件の原因となった親子問題やマインドコントロールの解決に有効で、かつオウム問題全般について元信者に深い反省をもたらす内観の指導者であることから、監査委員としての優れた資質を備えているといえます。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       「ひかりの輪」で内観を組織的に導入して成果をあげていることや、全国各地での内観指導にともない各施設の施設監査を行ったことから、「ひかりの輪」が閉鎖的な組織ではない旨の意見書を提出されました。

       ③B委員

          A.人物

       B委員は、伝統宗教の宗教家で、東北地方の修験道の先達です。日本を代表する修験道の大家でもあり、海外での祭典にも招かれ、祭祀を執り行うなど、その自然と平和への祈りは世界に羽ばたいています。山の思想、修験道に関する講演を多数行っています。
       大学で行われる修験道に関する学術的研究にも参加、シンポジウムなどの出演も多数行っています。大学の特別研究員でもあり、伝統宗教の実践のみならず、大学で講義を行う近代性も併せ持ち、「ひかりの輪」の宗教・思想面からの監査を行う委員としての優れた性質を有しています。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       3年の監査の中で、「思想哲学の学習教室」への転換を含め、オウムの教義と重なる部分は全くなく、観察処分は不要だと判断していること、団体組織の運営においても、上祐の専決はなく、施設も開放的になった旨の意見書を提出されました。

    (2)優れた宗教学者の意見に基づいていること

       前記の通り、外部監査委員会は、「ひかりの輪」の思想内容の監査にあたっては、以下の優れた宗教学者の意見を参考としています。

       ①C氏

          A.人物

       C氏は、大学教授、文学博士であり、地下鉄サリン事件発生以前から、長きに渡りオウム真理教に対する強い問題意識を持ち、オウム真理教問題関連の論考等が多数あるオウム研究の専門家です。
       その専門性については、公安調査庁も認めており、現に、同庁はアレフ問題でC氏に意見を求めたことがあるほどです。
       C氏は、7年以上前から、オウム真理教に加えて「ひかりの輪」の情報も得るようになり、外部監査委員会からの要請に対しては、「ひかりの輪」と公安調査庁の双方の主張を理解し、最近までの「ひかりの輪」の教材や動向を調査した上での意見を提出しています。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       上祐と「ひかりの輪」の思想は、オウム事件の最大の原因である麻原・オウムが陥った落とし穴からしっかりと脱却したものであり、初期仏教の普遍的な思想・哲学がベースである。これを理解することが、上祐、「ひかりの輪」を「麻原隠し」などと誤解しないために重要であり、観察処分は不要であるとの趣旨の意見書を提出されています。

       ②大田俊寛氏

          A.人物

       大田俊寛氏は、埼玉大学非常勤講師で、文学博士です。オウム真理教研究の専門家で、『オウム真理教の精神史』(春秋社)をはじめとして、オウム関連の著作・対談・論文等が多数あります。
       外部監査委員会への意見書提出にあたっては、これまでの「ひかりの輪」と公安調査庁の双方の主張と証拠、「ひかりの輪」の主要な教本全てを含めた膨大な資料を調査・研究し、「ひかりの輪」幹部からの聞取り調査を繰り返し行っています。その調査量は、公安調査庁が引用した宗教学者の追随を許しません。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       大田氏は、「ひかりの輪」の思想について、オウム事件の要因となったオウム教義、すなわち①オウムの善悪二元論の世界観、②麻原への絶対的帰依=グルイズム、③ポアの思想といった、事件の原因となったオウムの主要な教義をすべて排除していると評し、提出した意見書において以下のように述べています。

       このように、オウムにおける暴力性の根源には、人間を「霊的に進化する人間」と「堕落する人間」に区別する二分法的世界観、さらには、それに基づく陰謀論が存在していたわけだが、翻って現在の「ひかりの輪」では、こうした観念が何らかの仕方で残存しているだろうか。
       まず結論から言えば、そのような形跡は見当たらない。同団体の思想においては、二元論を乗り越え、「万人万物が輪のように一体」であることが強調されているが、これは具体的には、オウムにおける二分法的人間観が無差別大量殺人に繋がったという自覚と反省の上に提唱されたものと理解することができる。
       (中略)
       差し当たり重要なのは、現在の「ひかりの輪」において、理不尽な惨劇を生み出すに至ったオウム的思考法や世界観に対する明確な反省・考察が行われ、その上で、そこからの脱却が図られているということである。
       (中略)
       それでは、現在の「ひかりの輪」では、依然として麻原彰晃に対するグルイズムが維持されているだろうか。ここでも端的に結論を言えば、それはすでに、完全に破棄されている。
       (中略)
       加えて、しばらく前まで「ひかりの輪」は、「大黒天」や「三仏(釈迦・弥勒・観音)」を宗教的シンボルとして用いていたのだが、公安調査庁はこれらを、麻原彰晃に対する崇拝が形を変えて(偽装されて)維持されているものと見なした。確かに、このような解釈を引き寄せてしまう余地が少なからずあったとはいえ、「ひかりの輪」の宗教的見解の変遷をアレフ時代まで遡って時系列的に振り返ってみると、そうした主張もまた、事実を正確に捉えたものとは言い難い。
       (中略)
       なかでも「最終解脱者」である麻原が有すると考えられた「ポワ」の技法は、オウムの犯罪行為に直結するものであったと見なければならない。
       これに対して、現在の「ひかりの輪」の思想では、あらゆる教えや観念を絶対視しないことが前提とされているため、「輪廻転生」もまた、文字通りの実在としては捉えられていない。それに代えてむしろ、釈迦が示したと言われる「無記」の態度が重視されている。すなわち、世界の無限性や死後の世界の実在など、いくら議論を尽くしても回答が出ない形而上学的問題に頭を悩ますことより、「苦からの解放」に繋がる事柄を優先するという態度である(『中道の教え、卑屈と怒りの超越宗教哲学・21世紀の思想』六四頁を参照)。
       (中略)
       以上、オウムにおける無差別大量殺人に深く関連したと考えられる三点、すなわち、二分法的世界観、グルイズム、ポアという技法について、その概要と、現在の「ひかりの輪」における見解について考察してきた。全体として言えば、「ひかりの輪」においては、過去のオウムに存在していたさまざまな問題点が適切に反省・考察されているとともに、それらを乗り越えるための新たな宗教観が探究されていると結論することができるだろう。
       (中略)
       今後も変化を続けるであろう「ひかりの輪」に対し、私自身も一人の対話者として、その「学び」の一端に加わりたいと考えている。そして、団体規制法に基づく「ひかりの輪」への観察処分が、オウム事件を真摯に反省し、外部に開かれていこうとする同団体の動きを阻害するものであってはならないということを、最後に付言しておきたい。

    (3)公安調査庁の宗教学者より優れた調査に基づいていること

       公安調査庁は、2014年12月1日に行った観察処分更新請求において、数名の宗教学者から意見を聴き、その意見に基づいて、「ひかりの輪」への観察処分が必要である旨主張しています。
       しかし、公安調査庁の宗教学者よりも、外部監査委員会が意見聴取した上記宗教学者(C氏、大田氏)の方が、その資質のみならず、その調査内容や調査量等において優れています。
    具体的には以下の通りです。

       ①「ひかりの輪」に関する膨大な調査に基づいていること

         C氏、大田氏の両名については、以下の通りです。

    A.オウム真理教と「ひかりの輪」を長年研究している。
    B.「ひかりの輪」発足以来の特別教本(最新版含む)、
        「ひかりの輪」幹部の発刊した書籍、総括文書の全
        てを閲読している。
    C.「ひかりの輪」の内部文書(活動規定その他)、公安
        調査庁とその宗教学者の主張を調査している。
    D.上祐をはじめとする複数幹部への聞き取り調査を実
         施している。
    E.「ひかりの輪」の聖地めぐりの視察(C氏、複数回)。
    F.「ひかりの輪」の本部施設の視察(大田氏、複数回)。

       ②公安調査庁の宗教学者の調査は不十分であり、意見は不適切であること

         一方、公安調査庁が意見聴取した宗教学者については、以下の問題があります。

    A.実地調査が全くなく、危険性を判断できる立場にない

       これは公安調査庁の宗教学者が自ら認めている重要な事実です。

      ◎公安調査庁「総括調査書」(総-43)でのD大学教授の発言

       「アレフ」及び「ひかりの輪」の関係等について
      オウム真理教について、他の宗教団体との比較・検討を
      行った場合、
       「アレフ」は、オウム真理教を名称変更したものであり、
       「ひかりの輪」はオウム真理教の分派と位置づけられる
       ものである。
       このうち、「ひかりの輪」については、「アレフ」よりも危険性は
       一段と低くなっていると思われるものの、
       私自身が上祐及び「ひかりの輪」の信徒に対する直接の
       調査を行ったわけではないため、
       その危険性がどの程度のものかは判断できない。

    B.公安調査庁に都合の良い部分のみが引用されている。

       D教授は、十分な調査ができていない中でも、少なくとも、「ひかりの輪」とアレフが別の団体であって、「ひかりの輪」がアレフに比較して危険性が低いことは認められるとしており、両者が同一の団体であり、同様に危険であるとする、公安調査庁の見解を明確に否定しています。
      ところが、公安調査庁は、こうしたD教授の重要な発言を無視して、都合の良いところだけを引用して「ひかりの輪」への観察処分は必要だと主張しており、これは極めて不誠実といわねばなりませんが、言い換えれば、こうした「抜き取り」によって全体の趣旨を歪曲するのが、公安調査庁の証拠の扱いの、常とう手段になっています。
      実際に、宗教学者に関しても、自ら信頼し助言を求めたC教授が「ひかりの輪」は観察処分が不要と伝えても、それを黙殺しています。

    C.必ずしもオウム・ひかりの輪の研究の専門家ではないこと

       公安調査庁の宗教学者は、C氏や大田氏と比較すれば、オウム研究の専門家とまでは言えませんし、ましてや、「ひかりの輪」研究の専門家ということはできません。
       一方、C氏、大田氏は、上祐ら「ひかりの輪」幹部の聞き取り調査を行い、大田氏は本部施設を複数回視察し、C氏は「ひかりの輪」の聖地巡りの活動を相当回数、実地に見ています。

    D.直接調査がないだけでなく、資料調査も全く不十分と推察される

    a.今回検分した資料が明記されておらず、学者の意見書
        としての基本が守られていません。
    b.意見書の内容から、多くの重要な資料の調査の欠落が
        推定されます。
        ⅰ.公安調査庁が今回証拠提出したのは、過去3年間
             の教本の改訂前のものに過ぎず、その宗教学者も、
             8年弱前の発足から3年前までの古い教本と、最近
             の改訂版の最新教本は検分していないと推察され
             ます。実際に、古い教本と最新の教本は、意見の中
             で全く言及されていません。

        ⅱ.意見の中に、「ひかりの輪」が反省総括している基本
             的な事実に対する無智や、弥勒金剛法具エンパワ
             ーメントや密教実践等の廃止された活動に関する意
             見があるところを見ると、「ひかりの輪」幹部が発刊し
             た反省総括の書籍、多くの会員の総括文書、密教な
             どを廃止した団体改革に関する団体の内部文書(公
             安調査庁には報告済み)などは検分していないと推
             察されます。

    E.自分の専門外の分野に関して不用意に根拠なく意見を述べていること

       宗教学者は、各宗教の教義等の知識は豊富であっても、

       a.人の心を洞察・善導する専門家、心理学者や犯罪更
           生の専門家ではなく、
       b.宗教の知識・情報はあっても、実際の修行実践の専
           門家でもなく、
       c.上祐ら元オウムまたは現オウム関係者の人格・活動
           をよく知る者でもない

       よって、宗教学者が、こうした自分の専門外の分野に関する意見を述べることは、本来は学者として不適切にもかかわらず、客観的・専門的な根拠がなく、無理に意見を述べており、多分に主観的・情緒的であるといわざるをえません。
       特に、「麻原隠し」かどうかを判断するといった、人の内面・内心の問題に関しては、何人も完全に正確な判断ができないにもかかわらず、それを宗教の知識の専門家にすぎない宗教学者が、専門分野以外のことまで、主観・我流で判断することは全く不適切です。こうして十分な調査もなく、内心を裁く愚を犯しています。
       一方、「ひかりの輪」は、本項と後記において、以下の通り、本件に関連する各分野の専門家の意見を証拠提出しています。

        ○ A教授(外部監査委員)や波多野二三彦氏
             (法曹界の犯罪更生・内観の専門家)。
        ○下條信輔教授(心理学者)
        ○ B氏やC氏(実際の修行実践の専門家)
        ○ 有田芳生氏や田原総一郎氏など
             (上祐・オウムをよく知る一級のジャーナリスト)

       一方、公安調査庁は、前記の通り、調査不足の、しかも宗教学者の意見ばかりに偏っています。

       ③公安調査庁が宗教学者を恣意的に利用していること

       公安調査庁による宗教学者の見解利用は、極めて恣意的なものである。現に、同庁は、宗教学の権威とされるE氏に、かつて「ひかりの輪」に関する極めて断片的な資料しか提示しないで公安調査庁側の意見を書かせたことが判明しています。
       また、公安調査庁は自ら頼っているC氏が「ひかりの輪には観察処分は不要である」という意見を調査官に述べたにもかかわらず、その見解は黙殺し、本件請求に至っています。
       一方、「ひかりの輪」のように権力も予算もない団体が著名な宗教学者の理解を得ることや、公安調査庁とその影響を受けた世間の圧力の中で宗教学者の方々が観察処分は不要であるという意見を何の報酬も得ずに正式に述べることは、「「ひかりの輪」に本当に危険はない」という事実がなければ不可能なことです。
    これらの宗教学者の背景には、自己の深い調査・研究・体験などの裏打ちがあるのです。

    (4)公安調査庁よりも広範な監査に基づいた結論であること

       外部監査委員会の監査結果は、以下の通り、公安調査庁の調査よりも広範な監査に基づくものです。

       第一に、外部監査委員会に対しては、「ひかりの輪」が公安調査庁に提出している定期報告書が提供されており、同委員会は、公安調査庁と同様に「ひかりの輪」施設への立入検査も可能であり、度々実行しています。
       第二に、公安調査庁になく、外部監査委員会だけが有する主な権限は、
        ①「ひかりの輪」からの詳細な報告書、関連資料を徴収すること
        ②「ひかりの輪」役員に対する聞取り調査をすること
        ③「ひかりの輪」の活動の参加者へのアンケート調査をすること
        ④外部監査協力者からの報告を受けること
        ⑤「ひかりの輪」に対する精神的な指導(内観、修験道等)をすること
    です。

    (5)公安調査庁と異なり、公平公正な立場・視点での結論であること

       外部監査委員会は、観察処分の更新が予算獲得等につながる公安調査庁と違い、無償奉仕で利害関係がなく、公平かつ公正な立場・視点で監査しています。
       すなわち、委員は、監査においては、交通費・宿泊費等の経費を「ひかりの輪」から受け取るのみです。
       内観や修験道の精神的指導については、委員や関係者が出張に要する交通費等を捻出するために、参加者から一定の参加料金を徴収しますが、委員にとっては、別の生徒を指導した方が報酬は多いのが実情であり、経済面での独立性は十分に確保されています。
       一方の公安調査庁は、証拠の歪曲、金品提供、検査情報漏洩等の違法不当な調査があり、最初から観察処分更新を目的とした調査をしている疑惑がぬぐえません。

    3.外部監査委員会の監査と団体の改革の関係

       外部監査委員会が、この3年間、「ひかりの輪」の様々な改革に直接・間接に多大な影響を与えてきたことは、以下の通りです。

    (1)「思想哲学の学習教室」への改革に関して

       「ひかりの輪」は、前記の通り、「思想哲学の学習教室」への変化を遂げてきたが、これにはA委員とB委員による精神的指導によるところが大きい。

      ①B委員による影響

       すなわち、B委員は、修験道の大家であるところ、「ひかりの輪」や大学等では、修験道について宗教ではなく「山の思想」として講義・指導してきました。これが「ひかりの輪」の哲学教室化と方向性がよく重なっており、明らかに影響を与えています。

      ②A委員による影響

       A委員による内観は、元は浄土真宗系一派の「身調べ」の修行から宗教色を抜いて現代的・科学的なものにした自己内省法であり、これが「ひかりの輪」の脱宗教と哲学教室化の一つのモデルとなっています。また、自己に関する事柄について主観を排し、あくまでも客観的事実を見つめていく内観の指導によって、客観的事実を重視する思想哲学を探求する土壌を「ひかりの輪」に形成することに寄与したともいえます。
    さらにA委員は、個人的にも過去に、禅寺での修行体験を経た後に内観の研究に入った経緯があり、「ひかりの輪」の哲学教室化を高く評価し、その後押しをされました。


    (2)開かれた団体への改革に関して

       以下の通り、外部監査委員会による「ひかりの輪」への様々な取組みは、「ひかりの輪」がより開かれた団体に改革されていくことを大きく後押ししました。

      ①A委員の内観指導による会員の親子関係の修復・改善

       親への感謝をはぐくむA委員の内観指導は、親子関係を断絶させるオウム真理教の出家制度の影響によって親子関係が途切れていた「ひかりの輪」専従会員の在り方を非常に大きく変えました。
       すなわち、上祐をはじめとする多くの「ひかりの輪」会員が、両親をはじめとする親族への感謝の念を深め、交流を回復し、関係を正常化させました。また、老齢の親の介護に努めだし、そのために退会した「ひかりの輪」幹部も多々います。
       これは、親子問題に起因して坂本弁護士一家殺害事件を起こした麻原・オウムの教義の実践とは、まさに真逆のものです。
       また、内観で20年ぶりに実家に帰省し両親との関係を回復する等の顕著な効果を上げた「ひかりの輪」副代表の広末は、内観関係の国際会議で講演する等、「ひかりの輪」の社会に対する開放性・社会貢献を促しました。

      ②B委員の修験道指導・正式参拝の指導による社会との交流

       B委員は、「ひかりの輪」会員を、各神社・寺院での正式参拝に導き、地元の人々、宮司などとの交流に導きました。また、それ以外の聖地巡礼でも、正式参拝を奨励・指導し、同様に現地の人々との交流の促進に貢献しました。
       また、B委員は、団体の講話会などで、上祐らと対談を行い、麻原・オウム時代の反省・総括を伝える機会を作りながら、団体の開放性・社会貢献を促しました。

      ③河野委員長らの団体施設の美化・開放性増大に向けての指導・助言

       委員の定期的な施設検査や「ひかりの輪」役員との会合の際に、河野委員長らが、一般的な意味での施設の掃除・美化を怠らないよう指導を行い、またより開放的な住居環境への誘導も行われ、結果として以前より相当に美化され、開放的な居住空間となりました。

      ④地域住民問題に関する指導

       河野委員長は当初より、「ひかりの輪」と地域住民との橋渡し役になれればと意思表明されてきました。
       現に、河野委員長は、「ひかりの輪」東京本部においては同本部前の地域住民に自ら話しかけ、その他の地方の施設についても、橋渡し役になりたいとの意思を「ひかりの輪」を通じて地域住民に伝達しました。
       また、「ひかりの輪」副代表の広末に対して、問題になりかけている地域については、現地に赴いて地域住民に誠意をもって直接事情説明したり施設公開したりするようにと指導し、「ひかりの輪」側もそのように実践した結果、トラブルの未然防止に結び付くとともに、団体の透明性をより高めることになりました。

      ⑤報道機関対応に関する指導

       外部監査委員会からは、「ひかりの輪」に対して、報道機関からの取材申し込みに対しては積極的に対応し、団体の現状等を説明し、一般市民に対する不安解消に努めるようにとの指導があり、「ひかりの輪」側でも指導の通り実行しました。それは、すでに述べてきたように、多くの報道機関の取材に対応してきた事実からも明らかです。
       また、河野委員長自身が、監査会合の際には、しばしばマスコミの記者を同行させて「ひかりの輪」東京本部に入るとともに、同本部内でテレビ局の取材にも応じられました。
       その結果、「ひかりの輪」の透明性は、さらに高まることになりました。

      ⑥定期的な「ひかりの輪」役員への監査

       前記の通り監査会合等の機会を通じて、定期的に「ひかりの輪」への監査が行われることにより、「ひかりの輪」側の情報開示への意識の高まりに加えて、客観的にも情報開示の機会が増え、より開かれた団体となりました。

    (3)公安調査庁との違法不当な関係の解消の指導

       「ひかりの輪」会員の多くが長年にわたって公安調査庁から多額の金品を受領してきた件については、外部監査委員会からの求めに応じ、同委員会に詳細な説明を行ったところ、同委員会から厳格な意見表明・指導が行われ、公安調査庁との違法不当な関係を改善する等の組織変化がありました。

    ※追記:上記の2014年までの外部監査の実施以降は、河野委員長の退任にともない、新たに元公安調査官が委員に就任するとともに、さらに2017年11月までの監査が実施され、現在も監査が継続されています。

反麻原・反オウム(アレフ)の諸活動

  • 「反麻原・反オウム(アレフ)の諸活動」の概要(2015/01/19)

       ひかりの輪では、上記で述べた「脱麻原」「脱オウム」の諸改革に続いて、麻原・オウムの教義とアレフの活動に徹底的に反対し、その広がりを阻止するための、

    反麻原・反オウム(アレフ)の諸活動


    を行ってきました。具体的には、

    ①「反麻原」のHP・出版・出演・講演等の広範な活動

    ②アレフ信者脱会支援・入会未然防止の活動

    ③アレフの著作権侵害問題に対する摘発への協力

    の活動を徹底してきました。


       このコーナーでは、その詳細について、お知らせいたします。

    (これらの記事は、2014年12月1日に公安調査庁長官が公安審査委員会に対して「ひかりの輪」への観察処分更新請求を行ったことに対して、「ひかりの輪」側が同委員会に対して提出した反論の意見書をベースにして作成したものです〈※その後、一部情報を2022年時点のものに更新しています〉)。

  • ①「反麻原」のHP・出版・出演・講演等の広範な活動(2015/01/19)

      「ひかりの輪」は、特に2012年以降、以前にも増して、「反麻原」「反オウム」「反アレフ」の諸活動を行い、手段を尽くして、全力でオウム真理教の教義の流布を防いできました。公安調査庁は、「ひかりの輪」に観察処分をかける必要から、「ひかりの輪」は「オウム真理教の教義を広めることを目的とする」という事実に反する主張をしてきましたが、実際にはその正反対なのです。

       「ひかりの輪」が取り組んできた主な「反麻原」の活動とは、以下の図のとおりです。


       以下、それぞれ詳述していきます。

      代表の上祐をはじめとして「ひかりの輪」の指導員は、自らのオウム・アレフ時代の反省・総括を公表し、麻原・オウム・アレフを徹底的に批判する活動を広範に行ってきました。具体的には、団体の教室活動、出版その他のメディア、講演活動など、その機会は多岐にわたってきました。

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    1 麻原等を徹底批判したHPの記事、会員向けの教本、講話
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       まず、「ひかりの輪」のホームページ(HP)には、多数の麻原等への批判があります。ここでは、その一部を抜粋・紹介します。

    (1)ひかりの輪」のHP「オウムの教訓サイト」での多数の麻原等批判

       「ひかりの輪」は「オウムの教訓サイト」を開設・運営しており、そこで麻原・オウム信仰の反省・総括・批判を徹底的に行っています。その総括文書は、団体の総括と、個人の総括に分けられていますが、総ページ数は数千ページを超える膨大なものとなっています。
       なお、同サイトは、インターネット上で誰でも閲覧が可能であることはむろん、その内容が完成した直後の2008年7月10日の記者会見においても、マスコミを通じて広く社会に公表しています。
       その概要は、以下の通りです。

    A.団体総括 テーマ別1:
      『事件の要因に関する総括と今後の方針』

       オウム事件の要因に関する総括を、以下の3点から行い、麻原の神格化の否定、オウムの密教的な教えの否定、オウムのヨガの否定を行っています。

       ①なぜ麻原を神格化し、麻原の指示に基づいて犯罪行為に至ったか
       ②事件の要因の一つとなった、オウムの密教的な教え
       ③妄想の世界を現実化するという、事件にもつながっていったオウム真理教のヨガの問題点

    B.団体総括 テーマ別2:
      『心理学的な視点に基づく、麻原・弟子・現代社会の人格分析』

       「空想虚言症」と「誇大自己症候群」という人格障害の概念に基づいて、麻原の子供時代から青年期から教祖時代の言動を分析し、麻原を人格障害者という視点から総括し、その問題点を探ったものです。
       また、弟子たちの人格分析も「誇大自己症候群」「自己愛型社会」という観点から分析し、いかにそれを乗り越えるかを示しました。
       以下に目次を示します。

    ◎目次

       【1】オウム問題の解決のために必要な、麻原の人格分析
         「空想虚言症」と「誇大自己症候群」

       【2】「空想虚言症」に基づく、麻原の人格分析
         「救世主」とさえ崇められる空想虚言症型のカリスマの実例
         麻原の説いた「演技の修行」と「空想虚言症」の関連
         いわゆる「グルイズム人格」という仮説

       【3】「誇大自己症候群」に基づく、麻原の人格分析
         「誇大自己症候群」とは何か?
         麻原の「誇大自己症候群」の可能性について
         麻原の生い立ちは、「誇大自己症候群」を発症する条件に当てはまる

       【4】「誇大自己症候群」の特質と麻原の言動の比較検討
         1 「万能感」という誇大妄想
         2 自己顕示欲
         3 「自分こそが世界の中心である」という誇大妄想
         4 「他者に対する共感性」の未発達、喪失
         5 権威への反抗と服従
         6 強い支配欲求
         7 罪悪感・自己反省の乏しさ、責任転嫁と自己正当化
         8 現実よりもファンタジー(幻想)や操作可能な環境に親しむ
         9 被害妄想
         10 目先の利益や快楽のために他人に害を与えても平気--規範意識の欠如
         11 内に秘める攻撃性

       【5】麻原の妄想的な信仰と「誇大自己症候群」
         麻原の妄想的な信仰を「誇大自己症候群」の一部として理解する
         現実の先輩修行者たちには、反発・反抗し続ける
         「妄想的な予言」に見られる麻原の誇大妄想と被害妄想
         時代全体にあった(妄想的な)予言の流行

       【6】弟子たち・信者の人格分析
         「自己愛型社会」という視点から、弟子たちの人格を分析する

       【7】ひかりの輪の教え・方針
         --「誇大自己」や「理想化された親のイマーゴ」を越えるために
         現代の「自己愛型社会」に対する今後の奉仕について

       【8】付録
         1 「自己愛」と「影」の関係
         2「現代人の宗教性」--河合隼雄氏の視点
         3 参考書籍からの抜粋
           高山文彦『麻原彰晃の誕生』(文藝春秋、2006)

    C.上記の関連動画
      上祐史浩『オウム真理教の問題の心理学的な分析』

       上祐ら「ひかりの輪」の元オウム信者が、オウム真理教の信仰をやめるに至った中で行った、内省・総括の作業の中で、心理学的な視点から、麻原がどういった心の問題を抱え、そのもとに集った信者がどのような点を麻原と共有し、ひいては、どういった戦後日本社会の傾向が、そういった信者たちを生み出すに至ったかという点を考察した結果を紹介した動画です。市民団体からの要請を受けて行った講演を収録したものです。

    D.団体総括 テーマ別3:
      『心理学の「影の投影の理論」に基づくオウム真理教と日本社会』

       深層心理学者であるユングの「影と投影の理論」をもとに、オウム真理教、および教祖であった麻原彰晃とその事件をナチス・ヒトラー、大日本帝国との類似性も含めて分析し、問題点を考察し、反省総括したものです。

    E.団体総括 テーマ別4:
      『麻原・アレフを盲信する原因・落とし穴--盲信から脱却するために』

       「ひかりの輪」の元オウム信者らの過去の20年間に及ぶ経験を活かして、なぜ、麻原・アレフを盲信するかの原因や、その落とし穴と、その盲信からいかにすれば脱却していけるかを解説したものです。具体的には、
       1.アレフの信者は、麻原の実態をよく知らない、
       2.ヨーガ・仏教の教えを、麻原の教えと「混同して」信じてしまう、
       3.教団に「自尊心」を満たされ、信じたくなる心理作用がある、
    など、10項目をあげて解説しています。
       以下に、目次部分を記します。

       『麻原・アレフを盲信する原因・落とし穴--盲信から脱却するために』

    ◎目次

       ここでは、私達の過去の20年間に及ぶ経験を活かして、なぜ、麻原・アレフを盲信するかの原因や、その落とし穴と、その盲信からいかにすれば脱却していけるかを解説したいと思います。
       まず、アレフでは、依然として、麻原彰晃を、最終解脱者・シヴァ大神の化身として絶対視しています。
    さらには、麻原の関与した殺人事件についても、圧倒的な客観的事実・証拠があるにもかかわらず、「陰謀である」と主張したり、「わからない」と考えたりして、麻原を否定する理由とすることを避けています。
       こうした盲信に陥る主な原因について、最初に、結論から言えば、以下の通りとなります。

       【1】アレフの信者は、麻原の実態をよく知らない

       今のアレフには、オウム真理教時代の中堅幹部程度しかおらず、彼らは麻原の実態をよく知りません。
    一方、かつての麻原の高弟のほとんどは、今麻原を否定しており、少なくとも絶対視している者は皆無です。

       その中で、今現在のアレフの信者は、一連の事件の後も、自分たちが信じたものが正しいと思いたい欲求や、教団の宣伝や教義に基づいて、実際ではない麻原を盲信しているのです。
       また、最近勧誘される人は、一連の事件自体をよく知らない若い世代が多いともいわれます。

       【2】アレフは、麻原について「誇大宣伝」している

       麻原を絶対視する理由となっている麻原の超能力は、全体として見れば、誇大宣伝の面が多々あります。
    確かに、一定数の信者を集めた麻原には、他の宗教の教祖などと同じように、一定の霊能力があったとは思われます。
       しかし、それは
       ① 教団が宣伝するほど絶対的なものではなく、
            予言などは、ほとんどが外れており、
       ② そういったタイプの人は、麻原だけではなく、
            社会にまま存在しており、
       ③ 人格の完全性の証明には全くならず、彼を
            絶対視する理由には全くなりません。
       他にも、麻原の宣伝として、空中浮揚の写真、脳波の特殊性、チベットやインドの聖者の称賛などがありますが、それらには、裏の真実があり、虚偽の宣伝といわざるをえません。

       【3】ヨーガ・仏教の教えを、麻原の教えと「混同して」信じてしまう

       現在アレフは、その布教・教化活動で、最初から自分たちがアレフだと明かして布教・教化することができないので、
       ① 最初はアレフであることを隠したいわゆる「覆面ヨーガ教
            室」でヨーガを教えたり、人間関係を作ったりし、
       ② その後に、オウム真理教事件を含めた陰謀論の話をするな
            どしてから、
       ③ その後に、アレフであることを明かして、アレフに入会さ
            せています。
       この中で、ヨーガや仏教の教えによって、心身の状態が改善したり、神秘体験をする人がいます。
       しかし、ここで問題なのは、それが、麻原・アレフのオリジナルの教えではなく、ヨーガ・仏教の教えであるにもかかわらず、そういった体験を他のところでしていないがために、両者を混同してしまって、麻原・アレフの恩恵であると錯覚してしまう面があります。

       【4】アレフの修行による神秘体験を、「過大評価」してしまう

       また、特に、ヨーガがもたらす神秘体験などについては、教団全体が、真の宗教的な知識が未熟なために、その価値を過大視しています。
       その結果、本来は、麻原・アレフから自立してヨーガ・仏教の修行をすればいいのですが、そうはならないのです。
       ここには、自分でも気づかないうちに、何か絶対的なものに頼りたいという依存心、厳しく言えば怠惰があり、それが、自分で自立的に修行することを妨げています。

       【5】教団に「自尊心」を満たされ、信じたくなる心理作用がある

       アレフは、勧誘の対象となる人に対して、「真理(=アレフ)に巡り会った希な功徳を持った特別な存在だ」として、端から見ると、異常なまでに称賛します。

       そのため、そうされた人は、気づかないうちに、自尊心が極度に(過剰に)満たされ、「教団を信じたい」という心理が働きます。
       ただ、落ち着いて考えると、一連の事件を起こしたアレフが真理であるという合理的な根拠はなく、それは自分たちなりの手前勝手な解釈(慢心)なのです。
       その結果、客観的に見れば、誰かを「絶対である」とか「神の化身である」などと判断できるとしたら、本来、それは神の化身自身だけであるにもかかわらず、アレフから強く称賛される中で、自分でも気づかないうちに慢心に陥ると、本当の意味での謙虚さを忘れてしまい、アレフでの多少の体験によって、安直にアレフ・麻原を「正しい、絶対である」と信じる過ちを犯してしまうのです。

       【6】アレフが説く、「グルへの帰依の教えの呪縛」を受けてしまう

       アレフの教義では、密教の教えを誤って解釈した結果として、「自分のエゴを滅するために、グルである麻原や教団の指導者に疑念を持たない、グルを絶対と見なければならない」という教えがあります。
       この教えに呪縛されてしまい、麻原を絶対視し、否定できない場合が多くあります。
       しかし、これは、正しい密教における帰依の教えの解釈ではありません。

       【7】「輪廻転生」を、原理主義的に盲信してしまう

      アレフの教義では、「輪廻転生は絶対に存在する」と主張していますが、それは科学的には完全に証明されていることではなく、そもそも仏教の開祖・釈迦牟尼も輪廻転生を強調してはいません。
      しかし、アレフは輪廻転生を原理主義的に解釈し、「現代人の99パーセントは地獄に落ちる」と脅した上で、「救われるにはグル(麻原)に帰依するしかない」と強く指導しています。
      仮に輪廻転生があるとしても、何も麻原の力に頼らなければならないということはなく、現にアレフでも崇拝している釈迦牟尼自身、誰か特定の人物を神の化身として絶対的に帰依するようなことは弟子達に求めませんでした(むしろ逆に釈迦牟尼自身に対する個人崇拝を戒めていた)。
      現代には、麻原に頼らずとも、多くの有力な宗教的指導者は存在していますし、麻原なしで、輪廻の恐怖から解放された元オウム信者の体験も多々あるのです。

       【8】「オウムの過去の犯罪の事実」を、よく認識していない

       アレフでは、過去のオウム事件について、客観的には麻原・教団の関与を示す圧倒的な証拠があり、上層部であればあるほど、よく知っているにもかかわらず、教化活動では、事件を正当化しにくいために、事件を「陰謀」と説き、そう信じさせるための緻密なプログラム・教材を作成しています。
      また、古くからの信者の中には、自分たち自身も、自分の信仰を守るために、陰謀論を盲信している者もいると思われます。
       そして、新しい信者については、特に事件を直接的に知らない若い世代の人は、陰謀説を信じやすく、事件の重大性とその影響を理解しにくい、ということができるでしょう。

       【9】アレフの、「現在の違法行為・犯罪行為の可能性」をよく認識していない

       また、「オウム事件は過去の問題で、今後アレフが違法行為をなすことはない」と考えている人もいますが、実際には、グルを絶対視する教義などの結果として、
       ① 自分たちが過去に被害者側と結んだ賠償契約に反し、それ
            を履行しておらず(債務不履行)、
       ② 今後については、麻原の死刑の際の後追い自殺の可能性や、
            経済犯などの犯罪の可能性は否定できない状態にあります。

       【10】アレフの修行の一部には、「危険性がある」ことを知らない

       アレフが行っているヨーガや密教の修行の一部には、一般の人がなすならば、精神的・身体的な危険性があるものが含まれています。
       例えば、ツァンダリーという秘儀瞑想がありますが、チベット密教などでは、その危険性から、ごく一部の選ばれた出家修行者にのみ、その実践を許可しているというものがあります。
       実際に、オウム真理教では、一部ではありますが、修行によって精神疾患が発生したと思われる事実があります。
       しかし、アレフ信者の多くは、この危険性をよく知っていません。
       (※さらに詳細な内容は「アレフ問題の告発と対策」ブログをご参照下さい)

    F.団体総括<本編>

       団体として作成した、オウム真理教・アーレフ時代を時系列的に振り返って、その経緯を総括・反省する文書等を掲載しています。

       1.『オウム真理教(1983~1999年)の活動経緯の総括』
       2.『アーレフ時代(2000~2007年)の総括』
       3.団体総括のための会合の記録

    G.個人総括

       団体の総括に加え、上祐をはじめとする専従会員・非専従会員の個人の総括を掲示しています。それは実に膨大な量になりますが、その一部を抜粋・引用しておきます。

    上祐史浩(代表) 麻原は人格障害者
       私達は、心理学の知見の中に、麻原の能力・人格をよく説明できる理論があるかを調べた。その結論として出てきたのが、誇大自己症候群と空想虚言症などの人格障害(精神病理)である。

    水野愛子(副代表)  麻原は狂気
       グルを絶対とするという修行法は、その後、グルとされた麻原の指示によって、救済のためには、人を殺すことまでも行なってしまう、という狂気に発展するものでした。この点は深く反省するべきことだと思います。

    細川美香(副代表)  麻原の誇大妄想や狂気と自分の愚かさ
       麻原はキリスト、神、絶対者になっていったわけですが、それは麻原の誇大妄想からの願望でもあったと思います

    広末晃敏(副代表) 麻原はケタ外れの加害者
       事件には何の深遠な意味もなかった。麻原の単なる妄想的な国家建設構想と、その妨害勢力を排除するための所業、それが事件の真相であった。そして、その事件は、多くの人を苦しめただけだった。そう思うと、完全に夢から覚めていくような気がしました。

    田渕智子  違法行為を人にさせた麻原は人として完全に逸脱している
       どんな人間であっても、違法行為をやらせるというのは、あまりにもおかしいことであり、完全に逸脱した行為であり、それを信者が肯定したということは、非常に恐ろしいことだと思いました。そして、自分の愚かさを反省しつつ、徐々に、麻原の呪縛から解き放たれていきました。

    山口雅彦  麻原がいなければオウム事件は起こらなかった
       麻原をどう思っているかというと、麻原には、自己誇大視、自己顕示欲の強さ、誇大妄想、被害妄想、反社会性など人格障害的ゆがみというものがあったと思います。

    宗形真紀子  麻原は誇大妄想にとりつかれ、殺戮という取り返しのつかない大きな過ちを犯した
       麻原の生い立ちを分析していくと、麻原は、現実の社会において、挫折を繰り返したものの、その等身大の自分を社会において現実的に生かすことができず、繰り返し、社会に対して「誇大妄想」に基づく挑戦をし続け、破綻していきました。(中略)オウム、麻原は、この「自我の肥大」に陥ったに違いないと思いました。

    吉田恵子  麻原は傲慢によって大きな過ちを犯した
       人間である限り麻原を含めて誰しもが神ではなく、傲慢によって大きな過ちを犯すものであるということに気づくようになりました。今思えば、これは大変恐ろしいことですが、この頃の私は、『グル幻影』に染まりきっていました。


    (2)「ひかりの輪公式サイト」での麻原等批判

       「ひかりの輪」のメインサイトである「ひかりの輪公式サイト」には、「団体の概要」と題するコーナーで、「ひかりの輪」の麻原の見方として、「人格障害・反省できない人物」であり、「誇大妄想・被害妄想的な人格障害があり、一連の事件の過ちに至り、いまだに反省できない人物」と位置付けています。
       また、同様に、「ひかりの輪」のオウム事件の見方として、「自らハルマゲドンを起こし、予言された救世主になろうとした麻原の狂気の誇大妄想・被害妄想が引き起こした事件であり、許されない。」と結論しています。
       なお、上記サイトからリンクしている「上祐史浩オフィシャルサイト」の中の上祐の日記や「上祐史浩オフィシャルブログ」等でも、多数の麻原批判の記載があります。

    (3)団体の特別教本(会員向けの教本)での多数の麻原等批判

       「ひかりの輪」が会員向けに発刊する特別教本の中には、無数の麻原等批判の記載があります。その一部を以下に抜粋します。

    A.麻原は誇大妄想・被害妄想
       『2012年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p28

       そして、オウム真理教の麻原教祖は、この誇大自己症候群の典型であろう。麻原の場合は、自分がキリストであるのに、それを認めず否定する社会は、キリストを弾圧する悪業多き魂であり、戦わなければ教団はつぶされる運命であり、戦うならば、一教団にもかかわらず、キリストの集団であるがゆえに、勝てる(可能性がある)という誇大妄想と被害妄想に陥ったのである。
       麻原のように重篤なケースは、特に幼少期の親子関係に特に深い傷があるのかもしれない。実際に麻原は視覚障害者であり、自分の意に反して、親元から離されて全寮制の盲学校に入れられるなどして、親への恨みが強かったといわれている。

    B,オウムのマハームドラーの教義の過ち
       『2010年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p32

       なお、忍辱(忍耐)の実践に関連して、オウム真理教では、マハームドラーと呼ばれるグルが与える試練に耐えるという教義があったが、その間違いについて指摘しておく。
       オウムが説いたマハームドラーとは、他者=社会を犠牲にした形で、自己満足の世界の中で、自己放棄の修行をしようとしたことであった。このような他者の犠牲をともなう形での試練を自己の忍辱(忍耐)と解釈するのは、明らかに自己中心的な価値観であって、自と他を平等に尊重する大乗仏教の思想に反するものである。

    C.親子関係の問題を解決せず、悪用したオウム
       『2009年GWセミナー特別教本《改訂版》』p16

       ところが、現代では親子関係が歪んでおり、親を尊敬していない子供が多くなっている。よって、この親子の問題を乗り越えなければ、仏教の教えの根幹が損なわれる。
       一方、オウム真理教は、この問題を解決せずに、この問題を逆手にとった宗教であると思われる。すなわち、末法の世には悪業多き魂が多いとして、教団を肯定しない親は強く否定し、出家制度によって子供を親から隔絶し、教祖のもとに集中させることで、子供が救われるとし、親をはじめとする社会と敵対し、戦って勝利することを教義とした。

    D.麻原は精神病理的な状態
       『2013年 夏期セミナー特別教本《改訂版》』p35

       しかし、そのグルであった麻原自身が、今、精神病理的な状態にある。原因が、逮捕後の社会的圧力や拘禁という物理的な環境条件である可能性もあるが、異常を呈する直前に、クンダリニーエネルギーのコントロールに苦しみ、裁判長に訴えていたことが、裁判記録から明らかなため、クンダリニー症候群である可能性が少なくない。
       また、オウム時代にも、全体での割合はごく少ないが、信者の中で精神分裂的な症状を呈する人がいたことは明らかである。私が最初期に参加したセミナーにおいてさえ、そうなった会員がいた。その後に行われた「狂気の集中修行」と呼ばれたハードなセミナーでも同様である。(中略)
       オウムの精神的な問題は、麻原に近しい人物や高弟たちにも及んでいる。オウム事件後、統合失調症を呈した者がいたが、これは、事件がきっかけであり、クンダリニー症候群ではないかもしれない。しかし、麻原に近い幹部の女性の中にも、幻聴が聞こえ、通院した女性が複数いる。
       最近では、アレフ(旧オウム)の幹部の一人が、麻原の声が聞こえるという幻聴状態に至り、それをきっかけに団体から魔境とされ、教団活動から外され、その後に集中修行に入ったが、再び幻聴が聞こえたので、修行を中止したという事態も発生しているという。
       さらに、アレフで問題であることは、①クンダリニー・ヨーガの危険性を全く知らせず、「グル麻原がいるからアレフで行う限り危険性はない」と主張し、②その一方で、クンダリニー・ヨーガのメリットをあまりに誇大宣伝していることである。

    E.妄想的プライドから武装化へ
       『2008年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p59

       宗教の場合は、まず、「自分たちが唯一正しい存在である」という妄想的なプライドを持つ恐れがある。これに基づいて、「多くの人が(本質的には地球のすべての人が)、自分の宗教の信者になるべきである」という意識が働く。
       ここではすでに相当の支配欲・権力欲が働いているし、競合する他宗教との闘争心も働いている。そこでは、歴史上、しばしば、強制力・暴力・軍事力も用いられてきた。教団武装化や薬物を使ったオウムも、この一例である。

    F.間違った依存の対象
       『2008~09年 年末年始セミナー特別教本《改訂版》』p8~9

       例えば、オウムの元教祖の場合のように、依存の対象が犯罪行為を肯定しているなど、客観的に見れば、大きな問題があるにもかかわらず、一部の信者には、「自分で判断して間違えたくない」という気持ちが極端なまでに強いために、間違った対象に依存し続けてしまう、という場合である。

    G.プライド・虚栄心で暗部を直視しない
       『2009年2月セミナー特別教本《改訂版》』p30

      しかしながら、競争社会で育ったわれわれは、自分が他人に対して優位であったり、劣っていたりするといった、自と他の比較について、非常に強くとらわれている。よって、自分の長所と他人の欠点はよく見るが、自分の欠点と他人の長所を見ることは苦手である。
       また、特に、宗教の実践者の場合は、オウム真理教での経験でもわかるように、みずからの宗教的な実践を誇っている間に、プライド・虚栄心が増大し、そのために、自分の暗部を直視しないという問題も生じることがある。

    H.元教祖の人格の歪み
       『2010年夏期セミナー特別教本《改訂版》』p31

       次に、「因果の七つの秘訣の瞑想」は、すべての衆生・万物に対する感謝と恩返しを養う教えである。これは、オウム真理教の際に陥った、社会を善業多き魂である自分たちと、悪業多き魂である他者に分けて、「社会が自分たちを弾圧している」という被害妄想や、「その中でキリストの集団となる」という誇大妄想とは、正反対の教えであることは明らかであろう。
       そして、この被害妄想の背景になったものと推察されるのが、元教祖の幼少期における不遇であるが、親や周囲に対する不満・被害妄想といった人格の歪みも、法則に基づいて、感謝の実践を行なうならば解消される。

    I.慢心がもたらした狂気
       『2011年GWセミナー特別教本《改訂版》』p53

       宗教界では、オウムこそが、一時的な成功による慢心がもたらした狂気でした。教団を聖とし、社会を邪として、世界を二分化する教義・物の考え方に、慢心が潜んでいました。実際には社会に支えられて教団が成立・成功していたのが実際なのに、その社会を否定・破壊して、理想の社会を作るという誇大妄想を抱いた結果、実際には、社会とともに、自らを破壊した形になりました。

       以上、一部のみを引用しましたが、特別教本には、上記の箇所以外にも、麻原・オウム・アレフに対する批判が多数列挙されていますので、その他については以下にその教本を挙げておきます。

      1.2008年夏期セミナー特別教本
      2.2008~09年 年末年始セミナー特別教本
      3.2009年2月セミナー特別教本
      4.2009年GWセミナー特別教本
      5.2010年夏期セミナー特別教本
      6.2011年GWセミナー特別教本
      7.2012年夏期セミナー特別教本
      8.2013年GWセミナー特別教本
      9.2013年夏期セミナー特別教本

    (4)団体のHPや教本での麻原等批判を認める宗教学者の見解

    A.大田俊寛博士

       また、1999年に刑期を終えて出所し、2007年にオウム(現Aleph)から分派した宗教団体「ひかりの輪」の代表となった上祐史浩は、教団のホームページにおいて、オウム事件の関する総括を発表した(「オウムの教訓」のHP)。そこで彼は、教団の発展の経緯や自身の経験を詳細に記すとともに、教祖麻原の生い立ちや、彼がカリスマ性を発揮するに至った理由などについて、可能な限り客観的な分析を行おうと試みている。著作として公刊されたものではなく、インターネット上の手記であるが、その内容はオウムの全体像を把握するために有用である。(『オウム真理教の精神史』2011年(p6~7))

    B.エリカ・バッフェリ准教授(マンチェスター大学)

       「新団体はただちにホームページを立ち上げた。(中略)オウム真理教の活動、1995年の事件、そしてオウムがやったと分かった後も教団を去らなかったことについてのスタッフの反省にかなりな部分を割いている。(中略)上祐は講話の中で、教義や、アレフの信者に対する批判、日常生活や病気について語っている。(中略)
       実際、ネットから提供される団体のイメージは、オウムからの分離に焦点が置かれている。しばしば意識的にオウムとは正反対のイメージを作り上げている。つまり、オウムの排他性や秘密主義的な部分をオープンにすることに価値を置いている。それはメンバーによるオウムの活動の詳細な説明によってうかがえる。これは、麻原が公判中にそれらについてしゃべることを拒否したことと、全く対照的である。(中略)
       団体をもっとオープンで民主的にしたいという現われとして、上祐は読者から意見を求め、メールもしくはミクシィのマイミクになって、コメントを送ってくれるよう促した。(中略)
       最後に重要なことは、ひかりの輪は、代表(上祐)は遠い神秘的な神に準ずる存在ではなく、近づくことのできる人間であるということを強調している。団体は、麻原の権威を公に強く否定しており、上祐をリーダーまたはマスターとするのではなく、先達としている。」(「インターネットによる日本の宗教」)

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    2 麻原・オウム・アレフを徹底批判した著作を多数出版したこと
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       「ひかりの輪」会則第4条「活動」の1番目に「①本団体の基本理念に基づくオウム真理教事件の調査・研究及び総括」と明記しているように、オウムの過ちに対する反省・総括を最も重要な活動と位置付け、「ひかりの輪」の活動の全ては、この総括に基づいて展開しています。
       以下、反省総括を土台とし、麻原を徹底批判した著作を一般の出版社からこれまでに多数出版しましたので、列挙します。

    (1)『オウム事件 17年目の告白』
       扶桑社:上祐史浩著、有田芳生検証(2012年12月17日)

       オウム真理教時代から現在の「ひかりの輪」までを語り、オウム事件の反省、麻原信仰の反省・原因・脱却の道、麻原の正体としての精神病理、二度と同様の事件が起着ないようにするための考えを掲載しています。
       また、オウム問題に詳しいジャーナリスト・参議院議員の有田芳生氏による検証寄稿や、同氏と上祐との対談もあわせて掲載されました。
    なお、上祐への印税収入は、税金等の経費を除いて全て、オウム事件の被害者団体(オウム真理教犯罪被害者支援機構)に振り込みました。
       大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止に、大きな影響を持ったと思われます。

    A.同書の目次

      第一章: 地下鉄サリン事件直後
      第二章 オウム入信と麻原への帰依
      第三章 オウム犯罪の原点~ 暴走の始まり
      第四章 教団武装化~大量破壊兵器の製造実験
      第五章 麻原の高弟たちと教団内の男女関係
      第六章 サリン事件前夜~ 狂気の教団内部
      第七章 サリン事件を起こしたカリスマの精神病理
      第八章 服役、出所。脱け出せない麻原の呪縛
      第九章 麻原奪還テロ未遂事件
      第十章 麻原からの自立。アレフから脱会
      第十一章 ひかりの輪としての歩みと、アレフとの違い
      第十二章 父、そして母のこと
      おわりに「輪のように原点に還って」
      検証対談 17年目の再会、そして真実へ 上祐史浩×有田芳生

    B.同書の中の麻原等批判の一部抜粋

    ・麻原のポアの能力には客観的、科学的な証明は何もない(p77)
       麻原は「自分はポアができる」と主張し、私たちがそれを盲信した。今思えば輪廻転生の実在と同じように、麻原のポアの能力にも、客観的、科学的な証明は何もない。弟子がそのように盲信したにすぎなかったのだ。

    ・麻原は狂気をはらんでいた(p83)
       当時の私は自分が信じる麻原が狂気をはらんでいると思いたくないがために、麻原のまともに見える部分だけを見て、自分を納得させようとしていた。言い換えれば、私は自分の中に、実際の麻原の姿とは異なる、私の理性と矛盾しない「麻原の虚像」を作っていたのだ。

    ・麻原の狂気を固めた波野村(p93)
       波野村進出による、麻原の郷里への邂逅と挫折は、不幸にも、彼の狂気をいっそう固める結果になったのかもしれない。

    ・麻原の脳波は精神異常の脳波(p130)
       「麻原の脳波を採取していた当時、気になっていたことがある。それは、麻原の脳波は解脱者のものではなく、私が知っていた精神異常の脳波のタイプとよく似ている」

    ・麻原は人格障害(p144~p145)
       結論を言えば、麻原は極度の誇大妄想と被害妄想の人格障害(精神病理)だったのだと私は思う。(中略)
       私たちは、心理学の知見の中に、麻原の持つさまざまな要素を矛盾なく説明できる理論があるかを調べた。その結論として出てきたのが、「誇大自己症候群」や「空想虚言症」などの人格障害(精神病理)だった。心理学者の中にも、これらの人格障害に、麻原が当てはまると主張する人がいる。

    ・麻原は空想虚言症(p146)
       麻原自身が最終解脱者の演技をしているうちに、空想虚言症として、本当にそのつもりになってしまったのではないかと思うのだ。

    ・麻原とヒトラーの狂信的な人格の類似性(p147~149)
       麻原は、「自分はヒトラーと似た運命を辿らなければならないのかもしれない」といった主旨の説法をしている(ただし、ナチスと違って、自分は勝つという内容)。中略)
       麻原は、ヒトラーをモデルにしたデスラーという登場人物に、「自分は似ている」と語っていた。実際に、麻原とヒトラーは、双方ともにオカルト・密教に関心があり、熱狂的に支持されて独裁者になった。そして、ノストラダムスの予言を用い、自分たちは特別に優れた存在だと位置付け、ユダヤの陰謀論を主張し、武力闘争で帝国を作ろうとした。
       そして、最後は、途中から無謀で破滅的な行動を取って、毒ガスで無差別に大量の殺人をなしている。

    ・麻原は「誇大自己症候群」(p149~151)
       麻原にもう一つ当てはまると思われる「誇大自己症候群」という人格障害についても、簡単に触れておく。(中略)空想虚言症にも増して、麻原の人格にマッチしているように、私には思われる。

    ・麻原は二重人格で現実よりも幻想を優先(p153)
       その「神々」が彼を〝救世主〟にした。そして、麻原はシヴァ大神に、絶対的に服従した。これは、現実より幻想、空想を優先する「空想虚言症」や「誇大自己症候群」の特徴だ。
       自分を世界の中心に置いてくれる理想の神に絶対的に服従し、それ以外には反抗する。「服従と反抗」の両極端を持つ同症候群の特徴である。
       さらに、同症候群は、信者には救世主らしく、情熱的に面倒を見る一方で、一般人は無差別に殺戮するなど、冷酷無比だった麻原の二重人格を説明することができる。

    ・被害妄想から過剰な防衛(p160)
       麻原も非常に疑い深い性格だったと私は思う。被害妄想的な性格と、それに基づく過剰な防衛反応があった。(中略)
       麻原も、自分たちが弾圧されるという被害妄想に基づいて、他者を過剰に排除してきた。殺害された信者の田口修二氏がそうだし、坂本堤弁護士の事件が典型だろう。

    ・麻原は自分に都合のいい妄想に逃げ込んでいる(p170~171)
       麻原は法廷で「第三次世界大戦が起こってしまった」などと述べている。これを見ると、預言が成就せず、自分の思いどおりにならなかった現実から逃避し、自分に都合のいい妄想に没入したと思われる。

    ・麻原の預言は妄想にすぎない(p172)
       私は麻原の預言が一体何だったのかを考えた。なぜならば、外れた今になって、それを客観的に見れば、日米決戦など、まったく妄想的な内容にすぎないからだ。

    ・麻原のカリスマ性の裏には、精神病理があった(p239)
       麻原のカリスマ性、エネルギーの裏には、精神病理があった。誇大自己を持つ人は、同時に強いエネルギーも持ち、それが上手く活かされれば偉人を生むが、間違えば狂人を生む。

    ・麻原は大人になれない自己中心(p298~299)
       上祐:話を聞いていて思ったのは、子どもたちが大人になれないという問題があって、それが一番大きかったのが麻原だったんじゃないかということです。誇大妄想的で、自分を世界の中心に据えていて、自分の中の妄想の「神」に繋がる。
       小さい子どもには、ある意味で「万能感」みたいなものがあるじゃないですか。何をやっても許されると思っているから、他人のものを取っちゃったりする。その感覚が大人になるまで抜け切らない人たちがいて、その巨大なものが麻原だったんじゃないかと私は分析しているんです。

    C.同書への識者の評価(「脱麻原・反麻原本」としての評価)

       同書に対しては、多くの識者が、「脱麻原」「反麻原」の書籍として高く評価している事実があります。

      a.有田芳生氏(ジャーナリスト・参議院議員)

       「目次を見て驚いた。すぐに哲学者フリードリッヒ・ニーチェの言葉が心に浮かんだ。 「脱皮することのできない蛇は滅びる。(中略)この目次の項目が具体的に説明されているならば、上祐史浩氏は「脱皮」あるいは「脱皮しつつある」のかもしれない。一気に原稿を読み終えた。(中略)そして、対談では私が指摘した疑問に上祐氏は具体的に答えている。(中略)
       結論を急ごう。上祐史浩氏が本書で明らかにしたのは、2つの重大問題である。ひとつは人類史で初めて都市部でサリンが散布された地下鉄サリン事件など、オウム真理教が起こしたいくつもの凶悪事件について「内部」から生々しい証言を行なったことである。そこには裁判でも明らかにならなかった重要な事実と分析がある。
       もうひとつは、オウム真理教が解体しても今なお継続するカルト問題克服への視点があるということだ。「オウムvs日本社会」には、ある程度の解決が見られたが、「日本社会の中のオウム」=カルト問題は、いまだ未解決のままである。」
       (『オウム事件 17年目の告白』内の「特別検証」寄稿)

       「人間っていうのは変わりうるものだと僕は思ってますから、多くの今日の参加者の皆さんが上祐の今度の本を読んでないうえでの議論なんですが、僕は読んだうえで来ているんで、この17年間ここまで変わったかっていう印象がものすごく強いんですよ。
       で、番組でも言ったけども、自分の父親とか母親のことについてですね、彼が普通なら語らないようなことまで書いているんですよ。その心境の変化っていうのは、やはり変化として認めておかなければいけないというふう思うんですよね。(中略)
       当時は33歳ですよ。それが50歳になって自分の人生どうかっていうことを考えながら、彼なりに努力をしつつある経過だっていうふうに僕は見なければいけないと思っているんで、批判するのは簡単だけれども、人間というのは変わりうるものだっていうふうに見ないと、それはもう自分に降りかかってくることなんじゃないんですかね。」
       (読売テレビ「そこまで言って委員会」収録後インタビュー「辛坊たまらん」での発言)

       b.下條信輔氏(認知心理学者・カリフォルニア工科大学生物学部教授)

       オウム事件関係の類書の中で「もっともよく整理され」「もっとも深く突き詰めている」と評価が高い。事件の経緯についていくつもの新事実が語られているが、何と言っても麻原と若い信者たちの心理を、内側から分析したのが出色だ。(中略)筆者はといえば、かねてから抱えていた謎を解く、大きなヒントを本書から与えられた。インパクトが大きかったので書き留めておきたい。(中略)
       麻原オウムの過ち、自らを含む信者たちの妄信の過程。それらについての本書の記述は、率直な告白と受け取って良いのではないか。というのも上祐から見れば、それが極端化したのがアレフだからだ。要するに現在の上祐は、アレフの中のオウム的なものを糾弾し、光の輪との違いを際立たせたい立場にある。(中略)
       今「麻原オウムの過ち、自らを含む信者たちの妄信の過程」と書いた。これらの点については、優れた知性が全力を挙げて解明せんとした痕跡を、少なくとも筆者は認める。
       (「WEBRONZA」朝日新聞社より)

       c.鴻上尚史氏(劇作家・演出家)

       時代が生んだといえる犯罪は、その原因を考え続けることが、次の時代のために必要だと思うのです。(中略)「なぜ麻原を盲信してしまったのか」は、「(中略)つまり、正しいから信じるのではなく、自分を高く評価するものを信じたいという心理である」と書かれています。これは正直な言葉だと感じます。(中略)早稲田の大学院まで出て、小惑星探査機「はやぶさ」でやがて有名になるJAXAに就職までした人物が、「自己存在価値に飢えていた」と書きます。いえ、エリートであるからこそ、常に競争にさらされ、自分が勝つか負けるかに敏感になるのでしょう。この部分は納得できました。(『週刊SPA!』2013/3/5・12合併号に掲載された書評より)

       d.一条真也氏(作家、経営者、北陸大学未来創造学部客員教授)

       オウムといえば、少し前に『オウム事件17年目の告白』上佑史佑著(扶桑社)を読みました。上佑史佑というオウムの元大物幹部が書いた本だけあって、貴重な歴史の証言に満ちています。

       e.大倉眞一郎氏(元広告会社タイノス社長、ラジオ番組ナビゲーター、旅行家)

       当時、オウム真理教のスポークスマンとしてマスメディアと対峙していた上祐史浩氏が地下鉄サリン事件から17年たった2012年、今まで語れなかった真実を告白した1冊。麻原の側近として生きたあの時代、そこには何があり何を信じていたのか? あの時、日本を震撼させたオウム事件の裏にはどんな真実があるのか?上祐史浩氏しか語れない本当の言葉がある。

    (2)『終わらないオウム』
       鹿砦社:上祐史浩、鈴木邦男、徐裕行著:田原総一朗解説(2013年5月30日)

       内容は、上祐と、元オウム幹部・村井秀夫を殺害し上祐の命をも狙っていたという徐裕行氏と、両者をよく知る鈴木邦男氏(新右翼団体「一水会」最高顧問)との3名による鼎談、対談によって構成されています。
    そして、出版社が、「"オウム以前"の「連合赤軍」。"オウム以降"の「ネット右翼、在特会」といった、20周年で発生する「オウム」的なもの=日本の暗部にわれわれは今、どう立ち向かうべきなのか?」(「鹿砦社出版ニュース」)と伝えているように、オウム的なものの再発防止の道に関して考察しています。

    A 同書の目次

       初めに(鹿砦社編集部)
       第1章 「奇蹟の書」成立の経緯(鈴木邦男)
       第2章 村井幹部刺殺事件とオウム真理教の深層
        (鼎談 上祐史浩vs鈴木邦男vs徐裕行)
       第3章 オウム真理教を生み出した社会
        (鼎談 上祐史浩vs鈴木邦男vs徐裕行)
       第4章 日本の「写し鏡」となるオウム
        (対談 上祐史浩vs鈴木邦男)
       第5章 これからの宗教思想を目指して
        (対談 上祐史浩vs鈴木邦男)
       終章 〈不安の時代〉を超える思想(上祐史浩)
       解説 いかがわしさの魔力(田原総一朗)

    B 同書の中の麻原等批判の一部抜粋

    ・麻原は狂気の聖者なんかじゃない(p72~73)
       精神異常の麻原を、あれは狂気の聖者の修行をしているのだろうと解釈する人もいるわけです。(中略)一人ひとりが自分の中の麻原に帰依し、麻原の狂気を自分向けに解釈しているので、いわば「自分教」なんですよ。

    ・麻原は自分が最後に勝つ救世主と誇大妄想していた(p88~89)
       ノストラダムスやヨハネ黙示録の予言にしたがって、最後に勝つ救世主は麻原であり、ヒトラーは二番目であり、麻原に負けるという妄想を展開しているわけです。(中略)
       世の中は今、悪い魂に支配されていて、闇の権力、悪い奴に導かれている。その人間と私たちは戦わなければいけない。戦わなければ逆にやられてしまうという被害妄想と、自分が救世主であるという誇大妄想がセットになっているんです。

    ・自意識過剰・誇大妄想的(p90~91)
       ノストラダムスの影響や神の啓示を受けたと彼自身が錯覚する中で、自分は戦う神の化身としての救世主になることを望んだわけです。
    (中略)
       麻原の予言を分析した立花隆さんも、麻原は悪と戦う予言の救世主になることが自分の歴史的使命だと「本当に思い込んでしまった」と述べています。子どもの頃から、自尊心が高く、自意識過剰・誇大妄想的なところがあって、

    ・麻原はえげつない(p96)
       麻原はそういうところはえげつないんです。教祖になる以前のヒーリングとか薬事法の時もえげつなくやったようですが、八七年に私が入る頃から、インドやチベットの高僧に会ってそれを宣伝に使うと言っていました。

    ・麻原のもともとの妄想的な人格を直すのは非常に難しい(p122~123)
       徐 (中略)一回裁判を止めて、実際に麻原を治療してやるべきだったという意見もありますよね。そこを上祐さんはどうお考えですか?
       上祐 例えば森達也さんは、そうですよね。(中略)ただし、現実としては、理想論ではないかとも思います。第一に、発症直後ならまだしも、十五年以上経った今治せるのか。第二に、精神病を治せても、麻原は反省するのか。第三に、反省せずに正気に戻れば、外の麻原の信者に悪影響を与えないかという問題です。
       特に、仮に麻原の精神病を治せても、麻原の人格を治し、反省させることは非常に難しいと思います。麻原は、心理学的に言えば、非常に強い人格障害です。「自分は神の化身で、社会は悪で、自分を攻撃してくるから戦わねばならない」と強く信じていました。そういった妄想の強い人を治すというのは、私個人の経験でも、精神医学を調べても、今のところできないように思うんです。麻原の精神病を治療できても、妄想的な人格は治せない可能性が高い。
       われわれは、彼の反省の言葉を聞きたいし、どうしてこんなことになったのか解明したい。しかし、治しても、彼がすることは、妄想に基づく布教だったら意味がないし、逆効果になる。獄中からアレフに指示して、ネオ・オウムを作るのでは困りますよね。今の法律では死刑囚でも家族は会うことができる。その家族がアレフを裏支配していますから、麻原の指示は獄中から拡散される。その場合治療が裏目に出る。

    ・麻原は超自己愛型・教祖型の人格障害(p125)
       私は、教祖型の精神病理というのがあると思います。教祖型の人格障害、超自己愛型の人格障害。だから、教祖心理学というのがあればと思います。麻原と似たような症例はたくさんあると思います。その場合は、その教祖の下の信者を含めて、精神的な健康が損なわれている状態です。そういうところの研究がまだ足りないと思います。そういったタイプの人は、社会生活は問題なく送れるし、大勢の人を魅了する能力・カリスマでさえあるが、同時に、病理的な人格を合わせ持ち、下手をすると危険な一面があるという理解が、社会には今はほとんどない。その筆頭が麻原だったわけです。

    ・心理学的理論の研究が足りないと社会に免疫も生まれない(p125)
       人格障害とは、社会生活が送れない精神病とはちがって、非常に高い能力やカリスマ性を持つ場合があるとされています。けれど、一方で狂気も持っているわけです。わかりやすく言えば、ヒトラーですよね。ですから、カリスマ型人格障害という心理学的な理論が必要ではないでしょうか。研究が足りないと、社会に免疫も生まれませんしね。


    (3)『危険な宗教の見分け方』
       ポプラ社:田原総一朗、上祐史浩著(2013年11月5日)

       田原総一郎氏との対談の中で、麻原・オウムの盲信の原因とそれからの脱却、そして、宗教やスピリチュアル的なものにどのように対処すれば、危険を回避できるかについて述べています。
       大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の否定とその問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止などに大きな影響を持ったと思われます。

    A 同書籍の目次

       第1章 なぜ、人は宗教を信じるのか
       第2章 宗教集団はどのようにして人材やお金を巻き込んでいくのか
       第3章 妄信の行き先
       第4章 依存的信仰からの脱却
       第5章 宗教やスピリチュアルとどうつきあうか
       教団と社会がつながった瞬間に解けた呪縛
       「輪」の思想を巡って ほか)

    B 対談後の田原氏の上祐・ひかりの輪の評価

      田原:(ひかりの輪は)宗教じゃない、宗教じゃない、宗教じゃないよ。
      司会:宗教じゃないんですか?あれは。
      田原:あれは宗教じゃないよ。
        つまり彼は、あの麻原彰晃をいまでも信仰してるアレフの会ってあるわけね。
        これは宗教です。麻原を一番の神として。
        で、彼は、そのそういうオウム、麻原を全面的に批判するひかりの輪という、これは宗教じゃないんですよ。麻原を批判し、オウムを批判し、人間とはいかに生きるべきか。どっちかというと哲学に近いのね。ひかりの輪っていうのは。
      司会:ということは上祐さんは、宗教を、宗教から抜け出て、そういう集団を作っていると考えて、そう感じられました?田原さんも。その怖さを身をもって知っているからですかね。
      田原:よーく知ってる。そこのところを上祐さんに聞いたわけ。
    (2013.06.21放送 「田原総一朗のタブーに挑戦! アベノミクスは成功するのか?」田原総一朗、上祐史浩との対談について語る)

    C 同書の中の麻原等批判の一部抜粋

    ・「救世主になった」という魔境(p71~73)
       上祐 魔事とか魔境、仏教では、増上慢というそうです。潜在意識の中に、自分が偉大な存在になりたいという思いがあって、クンダリニーヨガで神秘体験をすると、その中で「解脱した」とか、「救世主になった」と思うような体験をするのだと思います。(中略)

    ・最終解脱は本人の思い込み(p71~73)
       上祐:彼が最終解脱をしたということは、客観的にどこかのたしかな宗派に認められたわけでもないし、その解脱のあとに全知全能になったわけでもないんですが、本人はそう思い込んでいったのだと思います。

    ・麻原は精神的不安定で言動も不安定だった(p.82~83)
       上祐:彼はすでに、自分自身をコントロールできなかったんですから。
    (中略)
       上祐:今から思えばですが、麻原は、霊媒体質によるカリスマ性と、その裏の精神的な不安定さが合体したような状態だったと思います。私が交流している宗教学者の方も、近代日本の精神世界において、これが霊能力なのか精神面の異常なのかというのは、ずっと問題になっているとおっしゃっていました。(中略) 誇大妄想と被害妄想。こうなると、客観的には、精神的な問題を抱えていると言わざるを得ない。ともかく、言動が非常に不安定で、よいことも悪いことも、そこから何が展開されるかわからない。麻原は、常にそんな状態だったと思います。

    ・「ポア」を言い出してから、オウムは凶悪化していった(p88~89)
       上祐:(略) 実はこれが、殺人を肯定する土台になります。涅槃こそが最高の幸福だから、手段は選ばずとも魂を涅槃に送れば最高の幸福を与える善行だという論理なんです。
       (田原:つまり、「ポア」ということだね。やはり、ポアを言い出したときから、オウムはおかしくなっていったんだ。)

    ・「空中浮揚」はインチキ(p90~92)
       上祐:今思えば、あれは宣伝戦略だったと思います。私は脱会後に、教団が宣伝に使っていた麻原の空中浮揚の写真が、実は週刊誌と麻原が協力して作った偽物だということを確信する情報を得ましたから。(中略)
       (田原:できないのがわかっていたのに、信者を集めるために言っていたんだ。)
       上祐:ええ。だから、入信前に見る書籍などで強調していました。

    ・まるでナチス、ヒトラー(p126~129)
       上祐:(略)日本という国を改造する、「種を入れ替える」と麻原は表現していました。
       (田原:まるでナチスだ。ヒトラーじゃないか。)
       上祐:正にそうです。ヒトラーは、ユダヤが裏支配しているからドイツがおかしくなっているとして、ユダヤ人を殺してしまおうとした。
    麻原はオウム信者ではなく、修行をしない悪行多き日本人を大量破壊兵器で滅ぼして、正しい新たな日本、真理の日本を作ろうと考えたんです。

    ・神秘体験や教祖の絶対視は危険(p185~187)
       上祐:(略)神秘体験をする修行の中で神や仏のヴィジョンを見ると、自分がその化身だと思い込みはじめ、「自己絶対化」に陥る落とし穴がある。つまり、本来の主旨と逆の方向に行ってしまうことがあるんです。
       (田原:教祖はもちろん、みんなが見えないものが見える、わからない ものがわかるという霊能者たちについても、これを絶対視しないことね。)
       上祐:そうですね。霊能力者はあくまで不完全な人間であり、服従しなければならないものではないんですが、他で体験できないことを体験してしまうと、はまってしまう危険性があるわけですね。(中略)
       上祐(略)神秘体験や、霊能者、教祖を絶対視すると、心身に影響がある。中毒性があって、簡単にはやめられないんです。


    (4)『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』
       三五館:宗形真紀子著(2010年2月24日)

       自身が脱却するのに長年を要した、オウム真理教・アレフ・麻原の修行が、いかに人を、自己中心的で傲慢な「魔境」と呼ばれる精神状態に導くのかということについて、指摘・批判しています。
       また、麻原やオウム真理教を選んだ、過去の自身の心の問題について、実体験と心の軌跡を赤裸々に記すことで、その脱却のプロセスまでを、二度と同様の事件が起きないようにするための教訓として示しています。
       オウム真理教時代に、麻原による薬物洗脳実験、本人に知らせない形でのLSDの投与他多数の、一歩間違えれば死んでいた(実際に死亡した者が複数いる)洗脳被害の経験があり、その悲惨なオウム真理教の実態を告発しています。
       また、自身が、そこまでのことを「修行」として受け入れてしまうほどの精神状態にあったことから、人がそのような「洗脳的行為を受け入れるに至る心のプロセス」や、「心の問題(魔境)」について指摘しています。

    A 出版社の紹介文

       少女(宗形)を待っていたのは、オウム特有の「グルイズム」(=麻原絶対主義)と「マハームドラー」(=与えられた試練を超える修行)でした。薬物人体実験をはじめとする数々の無理難題...描き出されます。しかし、日本各地の聖地を巡り、自然に回帰することによって、「憑き物が落ちる瞬間」を体験、苦しみを作り出したのも、その苦しみから抜け出していくのも、自分の心なのだという当たり前の結論にたどり着いたのです(2007年にアレフ脱会)。

    B 同書の目次

       はじめに
       第一章 霊的体験と、生きることへの悩み
         二十歳でオウムに入った背景(一九六八~一九八九)
       第二章 私を縛り付けていた何か
         サリン事件までの出家生活(一九八九~一九九五)
       第三章 絶え間ない葛藤と現実逃避
         地下鉄サリン事件後の五年間(一九九五~二〇〇〇)
       第四章 魔境に気づく
         オウム脱会まで(二〇〇一~二〇〇七)
       二〇年間の空白と誓い

    C 同書の中の麻原等批判の一部抜粋

    ・麻原は謙虚さがなく自分を神とする自我肥大に陥った(p47~48)
       まさに、麻原の場合は、自分のことを、「わたしはシヴァ神の化身である」「わたしが預言された救世主・キリストである」と位置づけて、その結果、一連の事件を起こしたので、謙虚さを培う精神の鍛錬を怠った結果、まさにこのヨーガの落とし穴である、自我肥大の状態に陥ったとしか言いようがないと思いました。

    ・麻原の「最終解脱」は、勝手な独自の概念で誇大宣伝(p48)
       そして、もう一つ、麻原の重要な過ちは、「最終解脱」と宣言して宣伝したことでした。これも誇大宣伝であると同時に、「最終解脱」という状態自体、他の聖者が認めた客観的なものではなく、麻原が、独自の概念を作り、勝手に自分宣言したものにすぎなかったのです。

    ・麻原は人としての良心や正常な判断力を失った(p71)
       この時点で麻原は信者一人の命よりも自分と教団の救済活動のほうが価値のあることだと考えていたことを知りました。このことは一連のオウム事件の背景に流れていることですが、それらに価値を置くあまり麻原は、人としての良心や正常な判断力を失ってしまったのだと思います。

    ・麻原は独善的考えにより殺人を犯した(p72)
       この背景には「世界を救う教団の邪魔となる者は、殺したほうが世界のためになる」という麻原の独善的な考えがあり、真島事件のときと同じように、「自己と教団の価値を、現実以上に高めた」ことにより、起こってしまったのだと思いました。これらは、麻原の救済の名の裏に隠されていた、野心にほかなりません。

    ・麻原は病理的なほどの誇大妄想の持ち主(p86)
       これらのことから、わたしは麻原が、よく信者が言う、高度な智慧や深いお考えによって弟子を解脱に導いていたというよりは、じつは、かなり突飛な非現実的なことを「本気」で思い込むという、病理的なほどの誇大妄想の持ち主だったというほうが真実なのではないかと思うようになりました。

    ・麻原は単純な男尊主義的発想で女性支配しようとした(p107)
       麻原の男尊女卑的発想は、(中略)傲慢なものでした。このような、「女性はカルマが悪いため、麻原のエネルギーで浄化するしかない」というような単純な考え方では、人格の成熟や悟りや解脱などは起こりようがなく、これらのことは、ただの麻原の女性の弟子に対する支配構造にすぎなかったと思います。

    ・麻原との合一を観想することによる人格破壊の危険性 (p125)
       しかし、わたしは事件後、麻原の作り出したそれらの瞑想が、悟りに導く瞑想などではないだけではなく、本当に人間の人格を破壊し、ともすれば統合失調症や廃人に導くものだという想像以上の悲惨な事実を理解するようになりました。

    ・麻原の語る体験はかなり都合のよい話ばかり (p183)
       よくよく考えると、麻原の語るヴィジョンや体験も、わたしと同じように、かなり都合のよい話ばかりだったのです。

    ・麻原の野心が破綻を招き、取り返しのつかない罪だけが残った (p185~186 )
       そして結局、すべては妄想であるがゆえに、現実世界では破綻を招き、麻原には取り返しのつかない罪だけが残りました。

    ・麻原の数々の言動は犯罪を隠すためのカモフラージュ (p223)
       別の建物では、弟子がリンチで殺されていたという事実。わたしと同じ場所で修行をしていた人が、じつは何人も死んでいるという事実。同じ部署にいた人が、マイクロ波で消滅させられてしまったこと。一歩間違えれば、本当にわたしも死んでいたに違いないこと。さまざまな知らなかった細かな事実。年表に沿って振り返ることで、麻原の数々の言動が、犯罪を隠すためのカモフラージュであることが次々と証明されたこと。あれもこれも嘘だったんだという衝撃。弟子までも騙した麻原への憎悪。

    ・麻原の最終解脱の宣言こそが魔境 (p244)
       このように、「神々が祝福してくれたから、最終解脱だと判断した」という、神ではないものを、本物の神の体験と思い込み、最終解脱と判断したのが、麻原彰晃の魔境の重要な要因の一つなのではないかと思いました。それより前に、麻原はかつて魔境に陥った経験から、魔境の警告もしていたので、おそらくは魔のような経験をしていたと思われます。その麻原が、魔境を抜けて最終解脱したと思っていたのは、じつは神ではないものを神と思い込んだ、もう一つの魔境の体験にほかならないと思うのです。

    D 同書籍に対する外部識者の評価

       a.一条真也氏(北陸大学未来創造学部客員教授)

       宗形氏が本当の意味で救われたのは、母親へ深い感謝の念を抱いたときでした。(中略)親を感謝する心さえ持てれば、自分を肯定することができ、根源的な存在の不安が消えてなくなるのです。そして、心からの幸福感を感じることができます。地下鉄サリン事件から15年目の日に読んだ元オウム信者の体験記から、この「幸福になる法則」がやはり正しいことを再確認することができました。

       b.波多野二三彦氏(元検事・弁護士)

       宗形さんは、内観実習の2010年の立春の頃、自身の深い反省から、『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館)という、元信者の立場からオウム告発のとなる著書を刊行されました。内観実習から数ヶ月後のことでした。『内観法はなぜ効くか--自己洞察の科学[第5版]』

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    3 今後も麻原等を批判する出版が多く予定・検討されていること━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

       今後も、上祐等の「ひかりの輪」幹部が、一般の出版社を通じて麻原等を批判する出版をすることが現に多く予定され、または検討されています。

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    4 麻原等を批判する出版物への協力や長編対談記事
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    (1)『未解決事件 オウム真理教秘録』

       文藝春秋社:NHKスペシャル取材班編著(2013年5月29日)

       2012年5月にNHKで放映された『NHKスペシャル 未解決事件オウム真理教』の内容をもとに、番組の中では盛り込めなかった関係者の証言等を加えて構成された書籍です。同署の「上祐史浩の初告白『武装化の原点』」というパート(p247以下)で、上祐が、NHKスペシャル取材班のインタビューに答え、教団武装化に至る経緯、武装化の動機、武装化を進めた麻原や信者の病理などについて語った内容が記載されています。

    A.NHK取材班の上祐に対する評価

       重要なこととして、NHK取材班は、上祐の発言内容に関して、独自の裏付け調査・検証を行いました。その結果、上祐の発言内容の裏付けが得られたとして評価する趣旨の内容が、以下の通り、本書の中には記載されており、上祐の前記『オウム事件17年目の告白』も、同書の参考文献のリストの頭に掲載されています。

       「悩んだ」「どうしようかな」という言葉を上祐から聞いたのは、初めてだった。
       そして上祐はここまで喋ると、再び考え込むように口を閉ざした。
       自らを弁護する言葉はなかった。
       今回のインタビューで上祐は、六年前とは比較にならないほど、当時の教団内部の実態を語った。
       ここですべてを紹介することはできないが、私たちは番組で使用していない部分を含め、彼の話の内容を  元捜査員や他の元信者などから裏付けしていった。
       その結果、一部の記憶違いと思われる時期の違いなどを除き、概ね誤りはなかった(p262)。

    B.上祐による同書の中の麻原等批判の一部抜粋

       彼(麻原)には、不遇な生い立ちや学業・事業での挫折などから、強い被害妄想と誇大妄想があったと思います。彼には、『自分は、弾圧されるが、戦って勝利するキリストだ』と主張していましたが、それは、自分の不遇・挫折を、弾圧されるキリストのようなものとして、奇妙な形で正当化したのだと思います。それに加え、麻原には、不幸にも、霊能力者的なカリスマ性があったため、そこにひかれる弟子たちが集まってきた。そして誇大妄想も強まっていったと思います。
       だから、本質的には、強くて得体のしれない教祖というよりも、実は不遇の中で苦しむうちに、強いカリスマ性と妄想が重なって、集まってきた多くの人を巻き込んでいってしまった。そういった存在じゃないかなと思います。
       現実逃避といいますかね、被害妄想に陥っていた。問題があった時に、それを自分のせいだと思って、卑屈、鬱になっていくタイプではなく、他人のせいにする被害妄想になって、他に対し攻撃的になっていくタイプ。こういったタイプの人に、カリスマ性が加わると、彼みたいになるのでしょう。
       麻原は、教団が批判・攻撃されると、それに対して、『思い切って大きくやり返す方が神々の祝福を得られるんだ』」と言ったことがありました。普通は逆ですよね。反社会的な犯罪をやったら、大きな反発を受けるのが当然。よって、『これ以上やったら、破壊する』と思うはずですよ。
       ところがさきほど言ったように、自分は『弾圧されるが、戦って勝つキリスト』だと思い込んでいる。だから激しく戦うことで、自分の存在意義を実現しようとするわけです。彼の信仰の中では、戦わないキリストは存在しない。戦わなければキリストではない。キリストになれない。今考えてみれば、麻原が引き起こした事件は、どれも明らかに過剰反応、オーバーリアクションで、一般には理解しがたいですね。(p.257~258)


    (2)『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉--鈴木邦男ゼミin西宮 報告集vol.3』鹿砦社:鈴木邦男×上祐史浩(2014年1月14日)

       鈴木邦男氏との長時間の対談の中で、オウム問題を振り返り、麻原・オウム・アレフの問題を詳細に述べた内容を書籍に収録しています。

    A 目次 第13回 上祐史浩×鈴木邦男

       《講演》鈴木邦男:オウム事件17年目の真実と意味
       《対談》上祐史浩×鈴木邦男:
                狂った啓示を実現するため狂気に走ったオウム教団
       《質疑応答》上祐史浩:麻原信仰を脱却するときに輝いた光の輪

    B 上祐による同書の中の麻原等批判の一部抜粋

       麻原は、客観的には、破滅願望なんですが、同時に誇大妄想であり、「自分は啓示を受けたように、戦いの神であり、戦えば神々に祝福され、最後に勝利する神なんだ」という思い込みがあったんだと思います。それが他人には自滅的にしか見えない。(p22)

       彼の信仰は完全に妄想なんですけど、現実と自分の信仰が矛盾したら、常に信仰の方が優位となる人だと思います。そういう精神状態ですから、今現在は、自分のハルマゲドン予言が成就しなかったという現実に対して、適応障害を起こしていて、ある意味で妄想の中に逃避している状態だと思います。(中略)
       しかし、彼は救世主願望を棄てられないが、実際には彼らは救世主ではない。そして、この現実に適応するだけの精神的力は、すでになくなっている状態だと思います。その意味で、壊れていると思いますが、単純に完全に壊れているかまではわかならいですね。(p32~33)

       そして、「できるんだ!」と思い込めば、空想が現実よりも優位になってしまうタイプがいるんです。私は、オウムの総括、反省するに当たり心理学を調べていて、ある心理学者が「空想虚言症というのが麻原の人格だ」と指摘していることを知りました。誇大妄想症というのもあるそうなんですが、他の人から見れば誇大妄想なんだけど本人は、それを現実だと考える、そういったタイプですね。(中略)
       その誇大自己症候群とか、空想虚言症という心理学的な考えだったんです。そういった症状の一部の人たちは、非常にカリスマ的であったり、救世主的になったりもするけれど、同時に凶器に走ってしまう人もいるらしいんです。その例でみんながよく知っているのがアドルフ・ヒトラー。(p36~37)

       麻原はその独善的な理想=妄想を貫いて、非現実の世界に行ってしまった。これはもう病気なんだけれど、しかし人間の中には、そういう一面もあるのだとも思います。だから、失敗した時に、そこで耐えて、それまで正しいと思ってきたことを変えるということは、自分が一回壊れますから、それこそが本当の宝を見つけ出す道だと思えるか、それとも、耐えられなくて麻原みたいに妄想の世界に行ってしまうか、という違いがあるかと思います。(p39)

       麻原もお兄さんも目が不自由なせいかもしれませんが、疑い深いし、自己防衛意識が強く、過剰防衛で攻撃してくるという点が共通していたようなんですね。そういう幼少期からの傾向が、そのままオウム真理教の教祖になる時に現れていったんじゃないでしょうか(p52)。


    (3)『atプラス13』 特集「宗教と未来」対談
       大田出版:上祐史浩+大田俊寛(2013年8月8日発売)

    ◎対談相手の大田氏が指摘する上祐の麻原等批判

       上祐氏との対談は、およそ三時間半という長時間にわたったが、そのなかで私が氏の態度や発言から強く感じたのは、「上祐氏はどうして逃げずに、ここまで持ちこたえることができたのだろうか」ということであった。かつてのオウム真理教は、数多くの信者や幹部を擁していたが、さまざまな理由からその大半の人々はすでに教団を離脱し、おそらく現在は、かつてオウム信者であったことを隠してひっそりと暮らしていると思われる。
       もちろんそのことは、オウム事件への反省から選び取ったことであろうし、また、日常生活を送っていくには仕方がないことでもあるため、一概に非難されるべきことではない。しかし結果として彼らは、オウム事件の当事者として責任を負う立場から逃げ出してしまったわけである。
       これに対して上祐氏は、元オウム幹部としてはほぼ唯一教団に残り続け、分派という形にはなったものの麻原信仰からの脱却の必要性を主唱し、オウムとは何だったのかという問いに真摯に向き合い、被害者への賠償に積極的に取り組むことを明言している。また、明確な方向性を見出せないまま麻原信仰に回帰しようとしているAlephの現状について、いくつもの重要な警告を発している。
       上祐氏は現在、その立場ゆえに批判や非難を受けることも多いが、それはすなわち、氏がオウム事件の責任に応答する主体として、誰よりも正面に立ち続けているということを意味するものだろう。私は少なくともこうした点において、現在の上祐氏を評価したいと考える。(p.38~39)


    (4)『思わず聞いてしまいました!!』
       スコラマガジン社:プチ鹿島、居島一平著(2012年2月29日)

       プチ鹿島氏らとの対談の中で、オウム問題を振り返り、麻原・オウムの問題を具体的に語ったものを書籍に収録しています。

    ◎同書の中の麻原・オウム批判の一部抜粋

       (麻原は)誇大妄想、被害妄想があってその背景に幼少期、青年期の非常に深いコンプレックス、苦しさや寂しさがあったんだと思います。そういったことは当時はまったくわかんなくて、自信たっぷりの彼の雰囲気に、我々は巻き込まれていった。彼は自信たっぷりの自分、救世主としての自分を演じないと自分でいられなかった、そうじゃないありのままの自分だと、自分が壊れてしまう。そういう感じだったんじゃないかな。(p.124)

       (麻原は)だから'90年代の総選挙の時も野菜かなんかを配る、そういったことをやったんだけど、負けたのは選挙管理委員会が悪いからだと、まったく同じことやってるんですね、三つ子の魂百までですよ。いつも何か失敗すると「陰謀だから」と彼は逆反発して生きてきた人ですから、そのまま素直に反省してれば良かったんでしょうけど、反省できなかった。コンプレックスの強い人って反省できないじゃないですか。余裕がないから。もうちょっとコンプレックスが弱かったら反省できたんだろうなと思います。(p.125)

       麻原は自己中心的で自分が規律だと思っていますから誰かに操られるということはなくて、外部の人間は信用できない、裏切られたら潰されるという感じで全部自分でやれという考え方でしたね。(p.133)


    (5)『週刊プレイボーイ』
       集英社(2012年7月16日特大号、2012年7月23日特大号)
       作家・藤原新也氏と上祐史浩の対談(前編・後編)

       編集部:それでも打ち倒すべき父親とは、やはり麻原ですか?
       上祐 それは間違いないですね。彼の宗教性を超えて、そういった宗教がなくてもいい宗教界にする。つまり、オウム的宗教の時代を終わらせる。新しい時代が古い時代を超えてこそという感じ。
    (中略)
       藤原:上祐さんは、ひとつの方法として、ルソーを課題にされるといいと思う。彼も父親に捨てられ、波瀾万丈の人生を送った。最後に自分を表現することを課して、『エミール』(教育論)を著し、それがフランス革命に結びついていった。
       上祐:『社会契約論』でしたっけ、ルソーって。あれは絶対王政を打破する結果となった民主主義の思想ですよね。だから、麻原王政の思想を打破して、万人平等の「ひかりの輪」の思想に向かう精神的な闘いです!


    (6)『洗脳された芸能人』霊体験、依存、集団心理...経験をもとに"洗脳"を語る
       ミリオン出版(2012年6月25日発売)

       オウム信者の「洗脳」の経緯、どのような人が「洗脳」されやすいか、「洗脳」から脱却法について、上祐が自らの体験に基づいて語ったものです。以下、抜粋です。

       -上祐氏自身は、いつごろからオウムの洗脳が解けたと思いますか?

       「私は、麻原の神秘体験にははまったのですが、その一方で、社会に弾圧される麻原がキリストになるという麻原の予言には、疑問を感じていました。そして、麻原の予言していたハルマゲドンがハズレ1997年くらいから、それが表面化しました。麻原に対する絶対的な見方が崩れ、少しずつ相対化されていきました。そして、その後、10年かけてようやく抜け出すことができました。」


    (7)『実録死刑囚--誰も書けなかった"13階段"の真実』
       ミリオン出版(2011年6月27日)

       上祐が、「上祐史浩 かつての師、麻原彰晃死刑囚を語る」と題して、麻原の問題や、日本の死刑制度について語ったものです。以下、抜粋です。

       --2006年に麻原の死刑が確定しました。それは妥当で、刑は執行されるべきでしょうか?

       上祐:妥当で、執行されるべきでしょう。検察の主張した通りですし、現行法規に照らし合わせたら死刑という選択肢しかあり得ない。ほぼ共犯の人たちの裁判も終わっていますから、執行時期としても頃合です。何よりも、これで被害者の方々はわずかながらでも心の整理がおできになるのではないかと思います。

       --それは法に照らし合わせた上での判断ですよね。上祐さんの心情的には本当にそう思われているのですか。

       上祐:私が彼のことをかつての師として見ていたときと、ひかりの輪の代表として自立してから見ていたときとではだいぶ印象は変わっています。
    当時は麻原のカリスマ性や超能力に魅かれていましたが、今は、要するに麻原という人物は、子どもの頃からの深い精神の歪みによって、被害妄想、誇大妄想に陥り、ああいう人格になった病理的な人だったんだなと分かりました(p.56)


    (8)『オウムを生きて--元信者たちの地下鉄サリン事件から15年』
       サイゾー:青木由美子編(2010年3月11日)

       「ひかりの輪」会員2名がインタビュー協力したもので、麻原・オウムの過ちについて克明に語っています。


    (9)『図説 宗教と事件』学習研究社(2009年08月31日)

       広末がインタビューに答え、「ひかりの輪」で行ってきたオウムの総括に基づいて、なぜ当時のオウム信者らが麻原に追随していき、あのような事件を起こしたのか、そして「ひかりの輪」が何を目指しているのか等について述べています。

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    5 テレビ・ラジオ番組での麻原等の批判━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


    (1)2012年4月16日 BSスカパー!『BAZOOKA!!!』

       上祐は、かつてオウム信者が、麻原による選民思想、終末思想、薬物体験を通じて、麻原に洗脳されていった過程を話した上、「最終的には、今まで考えていた『教団は神聖な神の集団で、日本は悪業多き魂だ』という麻原の教説が、自分にとっては虚説に思えてきました」と述べるなどして、麻原・オウムを批判しました。

    (2)2012年5月26日~27日 NHK『NHKスペシャル「未解決事件 File.02 オウム真理教」』

       上祐は、過去の麻原信仰とオウム事件を反省した上で、「本来その時、警視庁に飛び込んで麻原と戦うということをやらなきゃならないのが日本市民」などと述べて、麻原・オウムを批判し、事件の真相について詳細を語りました。

    (3)2012年6月17日 読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』

       上祐は、「オウム真理教事件」をテーマとする番組の中で、「ひかりの輪では、オウムの反省に基づいて、オウムのような宗教を超える」、「アレフによる麻原信仰を弱めるためには、麻原の死刑執行を早くすべきである」等と述べて、麻原・オウムを批判しました。

    (4)2012年6月28日 朝日放送『キャスト』

       上祐は、ノンフィクションライターの藤井誠二氏のインタビューに答え、麻原・オウムの修行の問題について述べ「錯覚、盲信、マインドコントロールの部分が多かった」と述べ、いまだ呪縛から解き放たれないアレフについて、「アレフのような宗教をなくしたい」と述べ、麻原・オウム・アレフを批判しました。

    (5)2012年7月3日 BS11『本格報道INsideOUT』

       上祐は、「強制捜査から17年 オウム真理教は何だったのか」というテーマ番組の中で、「麻原は教祖の頃から、誇大妄想、被害妄想の一種の人格障害で、現実逃避して裁判から逃げている」「事件の反省ができない人格障害」と述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (6)2012年11月25日 読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』

       上祐は、麻原やオウム事件を徹底的に批判・総括した前記の著書『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を番組中で紹介し、同書の趣旨を述べました。

    (7)2012年11月29日 フジテレビ『スーパーニュース』

       上祐は、「アレフに若者が入信する理由として、アレフが入信希望者に『10万人に1人の魂』と言って称賛する等の勧誘手口を使っている」と述べて、アレフの勧誘手口を告発しました。

    (8)2012年12月29日 テレビ朝日『追跡! あのとき何が? 列島事件簿2012』

       上祐は、オウム事件の背景について、「麻原が伝説の高僧であるかのような妄信、陰謀論やオカルト的思想の妄信があったことを反省しなければならない」と述べました。
    また、
       「本来はどこかで麻原と決別して警察当局とともに麻原を告発して極刑に追い込んで教団を壊滅させなければならなかった。......いつかはしなければならない」
       「オウムのテロの再発を防ぐ根本的な方法は、麻原の死刑」
       「ひかりの輪の指導員は早期の(麻原の死刑)執行を望む者が多い」
    とも述べ、麻原・オウムを批判しました。
       また、『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)も、番組の中で取り上げられました。

    (9)2013年2月7日 テレビ愛知『山浦ひさしのトコトン!1スタ』

       上祐は、「元オウム最高幹部・上祐史浩がすべてを語る!--オウム事件の真相、そして今」という特集番組で、ジャーナリストの有田芳生氏・江川紹子氏と、18年ぶりに対談し、麻原やオウム事件を徹底的に批判・総括した前記の著書『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を番組中で紹介し、同書の趣旨を述べました。
       すなわち、オウム事件の背景には、麻原の作った「被害妄想、誇大妄想の信仰があった」と述べるとともに、「麻原の死刑を待っている」「いまだ麻原信仰を維持しているアレフの解体・解消に向けての努力をしていかなければならないと思っている」と述べ、麻原・オウム・アレフを批判しました。

    (10)2013年5月17日 日本テレビ『news every』

       上祐は、麻原やオウム事件を徹底的に批判・総括した前記の著書『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を番組中で提示し、「オウム問題の清算に尽くしたい」と述べました。

    (11)2014年2月21日 東海テレビ『スーパーニュース』

       上祐は、大谷昭宏氏と公判進行中の平田信被告の事件に絡み、「一連のオウム事件とは何だったのか? なぜオウムに人々は熱狂してきたのか?」について対談し、アレフが入信者を勧誘する手口について、
       「彼ら(入信者)がアレフの覆面ヨガ教室などに出会った時に非常に称賛される。『10万人に1人だ』とか褒める」
       「アレフは最初アレフと言わない。そこで輪廻転生とか麻原の名前を言わず『グル(尊師)が必要だ』と言う。その後にアレフと明かして入信させていく」
    と述べて、アレフを告発しました。

    (12)2014年6月30日 テレビ朝日『スーパーJチャンネル』

       上祐は、「麻原が死刑になるのが、アレフ信者にとっては、その盲信から解放されるので、重要なポイントになる」と述べ、麻原・アレフを批判しました。

    (13)2014年9月30日 テレビ東京『NEWSアンサー』

       上祐は、「(麻原は)信者を集めるカリスマ性の裏側に、被害妄想、誇大妄想の精神病理があった」と述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (14)2014年4月20日 BS11『BS11ウィークリーニュースONZE』

       広末は、「ひかりの輪」の活動について、「オウムの間違いを繰り返さないために、オウムの失敗を整理した上で、それを乗り越えるものをやっていきたい」と述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (15)2014年6月25日 NBS 長野放送 「スーパーニュースFNN」

       宗形は、「入信...脱会・懺恨の日々 松本サリン20年」という特集番組にて、7年前にアレフを脱会、オウムと決別し、オウム真理教時代の自己中心性や、麻原に依存した愚かさを振り返り、オウムでは麻原から薬物人体実験を受け、死んでいたかもしれないことや多くの人を苦しめた麻原への憎しみ、事件に関わっていずとも、加害者側にいた自分を責める気持ちが消えないこと、脱会までの道のりなどを語り、麻原・オウムを批判しました。

    (16)2014年6月25日 TSBテレビ信州「報道ゲンバ」

       宗形は、「松本サリン20年 オウム真理教の現在」という特集番組の中で、
    「一連の事件に関わらず、オウムの犯行を知らなかったが、一連の事件の事実や、なぜ事件が起こったか、教訓を残してい賠償していきたい」
    「麻原について、一人の人間が教祖になり、自己を特別な存在と錯覚し、他を排除する心が暴走に至った。二度と事件が起きてほしくない」などと語り、麻原・オウムを批判しました。

    (17)2014年6月26日 NBS 長野放送 「スーパーニュースFNN」

       宗形は、「松本サリン事件から20年--決別と償い...元信者は今」という特集番組の中で、松本サリン事件の被害者・河野義行さんご夫妻の出会いや、オウムでの経験を総括した拙著を2010年に出版し、その印税を賠償にあてたことや、現在、アレフ信者の脱却支援をしていることなどを語る中で、麻原・オウムを批判しました。

    (18)2013年6月14日 文化放送『田原総一朗 オフレコ!スペシャル』

       上祐は田原総一朗氏と対談し、上祐や信者らが、なぜオウムに入ったのか、その個人的背景のみならず、バブル絶頂期だった当時の社会的背景にも論及がなされました。
       そして、オウムが徐々に過激化し、その流れに多くの信者が乗って、重大事件にまで至った経緯は、かつての日本が無謀な戦争に突き進んでいったプロセスに似ていると、田原氏との見解が一致しました。
       そして、麻原回帰を進めるアレフの危険な現状、それを食い止めようとする「ひかりの輪」の活動、さらには宗教論・哲学論にまで話は深まりました(この対談が後に、田原氏との共著である前記『危険な宗教の見分け方』の出版につながりました)。

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    6 新聞・雑誌インタビューでの麻原等批判

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    (1)『信濃毎日新聞』(2014年6月27日)

       上祐のインタビュー記事で、オウムの元幹部として被害者らへの謝罪の意を示し、麻原については、「現在に至る結果は、支配欲が強かったことによる自業自得」と批判しました。

    (2)『産経新聞 関西版』(2013年7月25日・26日)

       上祐はインタビューに答えて、「アレフで麻原はすでに『イエスを超えた不死身の救世主』として神格化されており、死刑執行せずにアレフの信仰を助長すれば、法治国家の基本を揺るがします。真相を聞きだそうとして治療するのは、外で洗脳される信者のことを考えない幼稚な判断では、と思います」などと述べ、麻原の死刑執行を主張し、批判しました。

    (3)『週刊SPA!』扶桑社(2014年11月18日号)

       上祐はインタビューに答えて、「オウムでは麻原は妄想的な主張をし、信者は手柄を立てたいがために付和雷同し、手段を選ばず突っ走った。」などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (4)『日本のタブー The Max』ミリオン出版(2013年5月27日発売)

       上祐はインタビューに答えて、
    「アレフはこのままだと、「自分たちの信仰が奇跡を起こした」という盲信の絶頂に至る恐れがある訳です。
    彼らがそう考えているとしたら、社会がやるべき事は何か。
       それは当然、麻原の死刑をキッチリ勇気を持って執行することでしょう。
       しかしアレフの密かな盛り上がりを理解できず、法務大臣・法務省が細かい事に拘って死刑をためらうと、それはアレフを利する事になります。
       平田の出頭が教団の指示かどうかについては捜査を見守るしかないです。
       でも私の想像というか、当時の状況を考えれば、教団が陰で支えていた証拠は出てこないと思います。でもよく落ち着いて考えれば、出頭が死刑の遅延に繋がるとしたら、その前にビシッと執行しなかったからですよね。
       それに事件について平田との直接の関係は麻原ではなく、井上です。
       だから今だって麻原の死刑はできる。後は法務大臣が勇気を持ってやればよいと思います。
       結局、法務省が毅然とした態度をとれば問題は解消する。平田が、誰かの指示で出頭したのかしてないのか、証拠もなしに議論しても仕方ない。私は法務省・法務大臣を信じる立場なので、しばらくすると、死刑執行になるのではないかと思っています。」
    などと述べ、麻原を否定し、死刑執行を主張しました。

    (5)『ケサランパサラン』Vol.14(2013年3月9日配信)

       上祐はインタビューに答えて、
    「最初は自己保身ではなく、自己愛自己特別視だと思います。自己特別視から、自分たちを認めない外部社会に対して、「それは社会がおかしい」という感情が強くなる。そして被害妄想がエスカレートして、結果的に自己保身も強くなっていくのではないでしょうか。それが特に強かったのが麻原です。
       彼(麻原)は幼少期から青年時代にかけて、自分の価値を認められなかったことが、人格形成における歪みの根底になっていると思います。」
    などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (6)『circusMAX(サーカスマックス)』KKベストセラーズ(2013年2月号)

       上祐はインタビューに答えて、
    「彼(麻原)には誇大妄想と被害妄想の精神病理がありましたが、無知だった私たちはそれに感染し、増幅してしまったのです。オウムの一部には、洗脳やマインドコントロールがあったと思いますが、全体としては、麻原の盲信に信者が感染・共鳴した部分が大きいと思います。」
    などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (7)『週刊SPA!』扶桑社(2012年6月26日号)

       同誌は、「事件から17年...。かつて教団の中枢にいた上祐史浩氏は何を思うのか? 麻原と決別し、現在「ひかりの輪」代表を務める彼を直撃した。逃亡犯が相次いで逮捕されているが、どういう心境か。」として、上祐にインタビューしました。上祐は、
       「私も無関係ではありません。私はサリン事件の刑事責任はありませんが、当時の教団内の地位は菊地や高橋よりも高く、教祖の武装化の考えを彼らよりよく知っていた。彼らは全体をよく知らずに、サリンを作ったり、運転手をしたりして、刑事責任を負い、不遇な人生を送ることになりました。私は自分の道義的責任を自覚し、彼らのことを心に留め、彼らの分まで、賠償など罪滅ぼしをしなければならない。それが私に課せられた十字架だと思います。」
    と述べて、事件を批判しました。

    (8)『週刊SPA!』(扶桑社)2012年12月18日号

       上祐は、有田芳生氏と同誌で対談し、
    「アレフの問題が解決して、麻原の死刑が執行されれば、新たなテロの可能性は根絶します。そうすれば、賠償の問題は残るにせよ、オウム問題の一定の清算にはなると思っています。」
    などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (9)『女性セブン』2012年6月28日号

       宗形は、オウム・麻原の問題を訴える雑誌企画で、麻原の「女性支配」の方法についてインタビューに答え、
    「オウムには『女性は男性よりカルマ(人が持つ"業")が悪い』という教えがあり、女性信者はどんどん卑屈になっていきました。そんななか、麻原が『女性が修行を進めるには、自分に愛着するのがいちばん早道』『自分のエネルギーで女性を浄化する』といいだし、女性信者たちは麻原との性行為をイメージする瞑想を行うようになったのです。」などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

    (10)『週刊朝日』(朝日新聞出版)2012年6月29日号

       上祐は、「上祐史浩が語るペテン師麻原の知られざる正体」と題する雑誌企画にて、インタビューに答え、
    「問題は、教祖自体が社会に対する被害妄想や、自分はキリストなんだという誇大妄想にどっぷりつかっていたこと。そして、信者には絶対的な帰依を説き、自分の理性を捨て非合理的な指示に従うことこそが、己を捨て、悟りを開く修行だと強調し、信者がそれに従ったことです。さらには、神秘体験から輪廻転生を絶対視し、殺しても来世があるとして、生命を軽視したことも事件の一因にありました。(中略)オウム人から日本人に完全に戻るのに、私は10年かかりました。『ひかりの輪』は特定の個人を崇拝しません。オウム時代の教材はすべて破棄しました。」
    などと述べ、麻原・オウムを批判しました。

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    7 講演・トークショーでの麻原・オウム・アレフ批判
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    (1)2010年7月21日「平野悠の好奇心・何でも聞いてやろう『オウムって何?』」

       上祐史浩と広末晃敏が、平野悠氏(ロフトプロジェクト社長)、鈴木邦男氏(一水会)、岩本太郎氏(フリーライター)と公開対談を行い、「麻原を神と思ったことは間違いだった、麻原の人格に問題があった」などと麻原を批判しました。
       また宗形が著書『二十歳からの20年間--"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館)の出版報告をし、麻原とオウム真理教の信仰から抜けだした過程と、麻原の問題の告発書である旨述べました。

    (2)2010年12月13日 「プチ鹿島・居島一平の思わず聞いてしまいました!!4」にゲスト出演

       上祐は、プチ鹿島氏らとの対談の中で、オウム問題を振り返り、麻原の誇大妄想・被害妄想的で自己中心性等を批判しました。この対談内容は、前記の書籍『思わず聞いてしまいました!!』に収録されました。

    (3)2010年4月25日「自己反省法"内観"によるオウム問題の解決」を広末が市民団体で講演(東京都内の公共施設にて)

       広末は、「東京セルフ研究会」という30年以上の歴史を持つ市民団体の研修会に講師として招かれ、講演した。自己反省法「内観」を自らが行った体験や、「ひかりの輪」の多数の会員に指導して得られた効果を報告し、内観がオウム事件の反省と総括、再発の防止に極めて有効であることを話し、オウム・麻原を批判しました。

    (4)2011年1月12日「上祐史浩×ターザン山本×吉田豪×プチ鹿島の『新春時事放談』」(新宿・ロフトプラスワンにて)

    ◎上祐の麻原批判の一部抜粋
       「私が思うに、麻原の精神構造ですが、ある意味じゃ、卑屈、恨み、被害妄想、誇大妄想になっていくパターン、あれは形を変えると秋葉原の加藤くんに非常に似ていると思いました。規模は違うけど。」「麻原は日本の王になるという妄想を抱いたけど・・・」

    (5)2012年10月8日「鈴木邦男ゼミin西宮 第13回」 鈴木邦男氏と兵庫県の西宮市内で対談

       上祐は、オウム事件を引き起こした麻原彰晃の異常心理や、そのような心理を生み出すに至った麻原の生い立ち、そして、それに多くのオウム信者らが付き従っていった理由等について述べ、麻原・オウム批判しました。

    (6)2012年10月11日 ザ・グレート・サスケ氏(プロレスラー・元岩手県議会議員)と上祐が公開対談(新宿ロフトプラスワン)

       麻原とオウム真理教の被害妄想・誇大妄想・オウム信者が麻原を盲信・狂信した問題について語りました。

    (7)2012年12月3日 ニコニコ動画『あの頃、僕もサブカルっこだった~上祐史浩、17年目の告白~』
       上祐が中森明夫氏・北條宗親宮司と対談

    ◎上祐の麻原・オウム批判の一部抜粋
       「麻原は、現実と空想を混同する性格を持っていた。」
       「マインドコントロールというより、誇大妄想を麻原が抱いていて、自分が感染していった、盲信の感染、誇大妄想の感染、そういうような感じをうける」

    (8)2013年1月22日『オウム事件17年目の告白』出版報告トークライブ
       上祐が鈴木邦男氏・有田芳生氏と対談

       上祐は、有田芳生氏、鈴木邦男氏と対談し、麻原とオウム批判の自著について紹介しました。有田氏との対談では、長官狙撃事件いついて、2010年に警視庁の発表がなされた時から、こうした無理な断定的な発表は、長官狙撃事件だけでなく、サリン事件を含めてオウム事件を陰謀であると主張して布教しているアレフを逆に利することになるのではという危惧があったと、アレフ問題について批判しました。

    (9)2013年3月6日 『オウム事件 17年目の告白』出版報告トークライブ
       上祐がジャーナリスト・元『噂の眞相』編集長の岡留安則氏と対談
       (沖縄のトークライブハウス「groove」にて)

       上祐は、書籍にも記した麻原やオウムの問題の総括や、現アレフの問題点、そしてカルトや宗教に関する社会問題などを語りました。

    (10)2013年4月18日「上祐史浩×森達也監督 映画『A』上映後スペシャルトーク」(東京・東中野の映画館「ポレポレ東中野」にて)

       地下鉄サリン事件後のオウム真理教関係者を描いた映画『A』(森達也監督)の上映後、上祐と森監督が約1時間にわたって対談しました。上祐は、逮捕後の麻原について、「麻原の裁判の傍聴は1回行った。(その時に麻原を)見た印象は一言でいうと「異様」。廃人のようだった。」として、麻原を否定・批判しました。

    (11)2013年6月15日「占いオカルト談義イベント」に宗形真紀子が出演
    (新宿の会議室にて)

       宗形は、ゲストの占い師や霊能者作家と対談し、麻原が、傲慢で自己中心的で、誇大妄想的だったかと否定・批判し、麻原やオウム真理教の修行の問題点を指摘・批判しました。麻原のようにならないためには、人格を磨いて謙虚に生きる工夫が必要だと語った。

    (12)2014年2月1日・15日 女優・深月ユリア氏ネットラジオ「呪術師ユリア☆生贄の時間」上祐が深月氏と対談

       上祐は、深月氏との対談の中で、アレフが「麻原回帰」していることや、オウム事件は陰謀だと信じていることなどに加えて、
    「アレフは自分たちの巡り会った人達、書店キャッチでも覆面ヨガ教室でもいいんですけど、非常に褒めます。10万人に1人の魂であるとか、前生からの修行者で非常に徳の高い人であるとか。自分たちがすごいと思っていますから、神の集団として、それに縁のあった人もすごい。自然にそうなってしまうんですよね。」
    などとアレフの勧誘手口を語り、カウンセリングでアレフからの脱洗脳をしているなど、アレフの問題を指摘し、批判しました。

    (13)2014年3月13日「家入一真×上祐史浩『リアルお悩み相談室 vol.3』」
    上祐が家入一馬氏と公開対談。(新宿・ロフトプラスワンにて)

       上祐は、家入一真氏(若手実業家で都知事選にも出馬)と対談しました。田原総一郎氏と上祐の『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)を読んだことをきっかけとしての対談となりましたが、上祐が、「オウムは最大のカルト」などと語り、麻原・オウムの批判・自己の反省などを述べました。

    ◎トーク後の、家入氏の感想の一部(同氏フェイスブックより)
       「オウムがやったことは許されることではない。だけど上祐氏は謝罪をことある事にされてますし、罪を背負って生きています。社会的制裁が僕らのやるべきことでしょうか。大事なのは社会的制裁や断罪では無く、オウム以後の宗教について、そしてこれからの社会や日本について、傾聴し、対話し、ひとりひとりが思考していくことではないでしょうか。」

    (14)2014年6月24日「飛松塾in姫路」
       上祐が元兵庫県警刑事・飛松五男氏の招待を受け姫路で対談・講演
       さかはらあつし氏(地下鉄サリン事件被害者・映画監督)とも対談

       上祐が、「オウム真理教ならびに、その事件の反省・教訓」と題して講演しました。配付した資料をもとに、オウム事件の事実関係や、その原因(①教祖の絶対視、②教団を善・社会を悪とした世界観、③根本原因として、教祖・弟子・信者の未熟な自尊心など)、そして、それらの原因を踏まえた反省に基づく「ひかりの輪」の取り組み等を、詳しく話しました。
       その後、地下鉄サリン事件の被害者でもある映画監督・作家のさかはらあつし氏も加わっての対談となりました。

    (15)2014年10月21日鈴木邦男シンポジウムin札幌時計台」第11回
       上祐が鈴木邦男氏(一水会最高顧問)と対談。

       上祐が『今、語るべきこと』と題して、「オウム真理教・麻原彰晃とはなんだったのか? オウム事件とはなんだったのか? オウム真理教との関係はどう変化しているのか?オウムを脱会した後に、代表を務めるひかりの輪とは?」
    等の内容について、麻原・オウム真理教の問題点を広範に指摘し、批判しました。

    ※その他の2014年以降の上祐やスタッフのマスコミ出演、インタビュー取材、対談、講演などにつきましては、以下の記事ご覧ください。

    ●上祐のマスコミ・ネットへの出演等
    ●上祐のトークイベントでの対談・講演等

    ●スタッフのマスコミ・ネットへの出演等

    ●スタッフのトークイベントでの対談・講演等

     

  • ②アレフ信者脱会支援・入会未然防止の活動(2015/01/19)

       「ひかりの輪」では、発足してから今までの間、アレフ信者がアレフから脱会できるよう支援したり、新たにアレフに入会する人が生じないよう未然防止したりする活動に取り組んできました。以下、その経緯・内容・成果等を詳述します。


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    1 アレフ脱会支援活動の経緯と内容
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    (1)2007年~2009年の取り組み

       「ひかりの輪」では、その中心メンバーが2007年3月にアレフを脱会して以降、アレフに留まる現役信者らに対して、様々な手段をもって脱会を訴えかけ、促してきました。

       第一に、2007年5月の「ひかりの輪」発足と同時に立ち上げた「ひかりの輪公式サイト」「上祐史浩オフィシャルサイト」にて、元オウム真理教信者だった者たちの償いの一環として、オウムの問題点・反省・総括を社会に公表しました。

       第二に、可能な限り、メディアの取材に応じ、オウムの問題点や反省を公表してきました。
    こうしたサイトやメディアを通じて、アレフ信者や、すでにオウムを脱会したものの、麻原への信仰を脱却しきれない多数の元オウム信者の脱会・脱却の支援を行いました。

       これは、オウムの幹部であった者が「ひかりの輪」に多数おり、事件や麻原・オウムについて、十分で客観的な正しい情報を提供することができること、中でも上祐は、オウム事件や修行の裏表を知り尽くしており、オウム・麻原についての情報を、現アレフの幹部の誰よりも正しく提供することができることなどを背景としていたものです。


    (2)2010年の取り組み

       2010年には、アレフと知らずに入ったヨガ教室(アレフが正体を隠して、一般のヨガ教室かのように偽装して運営している、いわゆる「覆面ヨガ教室」)で段階的に洗脳的教化を受け、アレフに入信した人から、段階的に相談が増えるようになりました。その被害の内容が深刻なものだったため、大きな問題と認識した「ひかりの輪」では、『アレフ(旧オウム真理教)洗脳被害者・相談救済窓口』を設置し、その取り組みを強化しました。

       そして、「ひかりの輪」が調査した結果、アレフの中では信者に対する洗脳教化が行われていることがわかり、その内容は、

       ①一連のオウム事件は、オウムが起こしたものではなく陰謀である、
       ②教祖・グル(導師のこと)である麻原彰晃は絶対である。 
       ③アレフを脱会すれば、グルとの縁が傷つき、地獄などの低い世界に落ちる。

    などといったものでした。

       これは明らかに「洗脳」的な教化ですが、少なくない人々が、これにより入会し、または、脱会したくても脱会できない状況にあることが、様々な元信者・現信者からの情報で把握されました。

       そこで、「ひかりの輪」は、サイト「オウムの教訓--オウム時代の反省・総括」や、負の教訓とその抜け出し方を記した書籍『二十歳からの20年間- "オウムの青春"という魔境を超えて』(宗形真紀子著・三五館)の出版などを通じて、オウム信仰の過ちとその脱却の必要性を、アレフ信者・元信者に広く呼びかけました。

       その結果、それらを見た複数の信者・元信者から、感想や問い合わせが寄せられ、例えば、「事件のことをどう考えていいか迷っていたが、総括を見て納得できた」と述べ、オウム信仰から脱け出すことに成功した元信者らがいました。


    (3)2012年以降の取り組み

       2012年からは、アレフ信者の脱会支援ならびに入会未然防止の活動を、以前とは異なる次元まで強化・本格化し、以下のような広範かつ多面的な態勢を構築して、実行しました。

    A.専用ブログ『アレフ問題の告発と対策』の開設・運営

       2012年になって、さらに被害相談が増えたため、「ひかりの輪」が「アレフ洗脳被害の相談窓口」を設置していることを広く知らせる必要を感じるようになりました。

       そこで、2012年2月1日に、改めて「ひかりの輪」の中に「アレフ問題対策室」を設置し、専用のブログとして『アレフ問題の告発と対策』を立ち上げました。

       その中に、それまで脱却支援してきたなかで明らかになったアレフの信者獲得の勧誘実態について、脱却支援を受けた人の体験談とともに具体的に詳しく掲載しました。アレフの洗脳教化の手段やプロセスなどを詳しく公表したのです。

       それによって、アレフからの脱会だけでなく、自分が通っているヨガ教室がアレフを隠した偽装覆面ヨガ教室ではないかという問い合わせも増え、アレフ入会を未然に防ぐことができやすくなりました。

       また、寄せられるメールの中には、脱会の相談は必要なくとも、自分の入っていたアレフ覆面ヨガ教室の情報や、知人を通じて、あるいは駅で見かける等して得られた、アレフ覆面ヨガ教室ではないかと思われる情報の提供があり、それらの情報も同ブログで還元しています。

       これにより、脱会支援した者が増えるとともに、アレフの新たな勧誘実態もわかり、一般市民にお伝えする情報も充実してきています。

       また、アレフ覆面ヨガ教室からアレフに入信したものの、アレフからの脱会の引き留めなどを恐れて市役所に相談をした人が、市役所から、「アレフの問題は知っているが、その脱会支援については、『ひかりの輪』のアレフ問題対策室が一番詳しいので、相談したらよい」と紹介され、相談してきたというケースさえも出てきました。これは、同ブログを当該市役所の担当者が見たからです。

    B.個々の相談者に対する脱会支援の諸活動

       脱会支援のために、個々の相談者に対して個別に以下のような脱会支援活動を行いました。

      a.電話相談

       メールの相談に加え、直に話すことで支援がしやすく、遠方で直接会えない人にも、よりよい形での脱却支援ができています。

      b.個人面談

       直接会える人とは個人的に面接して支援しています。直接会って話すことによってより濃密な支援ができます。

      c.情報交換会

       アレフを脱会した人やアレフ覆面ヨガ教室を脱却した人、脱却支援途中の人、家族にアレフ信者がいて脱会させたい人などを含む複数人で、アレフの実態、アレフの勧誘の実態(アレフ覆面ヨガ教室の実態)などの情報を交換する会を行っています。

       この取り組みは、脱会支援途中の人の支援の一環に有効であり、また、アレフの勧誘にあわないための予防、さらには社会的問題であることの啓蒙としても有効である。アレフの勧誘活動の活発な地域(札幌など)で行いやすい支援方法です。

      d.脱会届作成の補助

       アレフに提出する脱会届を書くにあたって書き方がわからないという人も多く、具体的な書き方を教えています。また、書式や内容証明、配達証明などの郵送方法をとると良いなどともアドバイスしています。それによって、速やかに脱会ができています。


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    2 脱会支援活動の成果
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       以上の脱会支援活動の結果として、以下のような成果が上がりました。


    (1)成果1:100人以上の脱会を支援

       個別活動を通して、100名以上の相談者の脱会支援を行い、そのほとんどが、脱会したり、入会前にアレフの勧誘活動から脱却したりすることができました(これを裏付ける証拠資料は、「ひかりの輪」から公安審査委員会に提出済です)。


    (2)成果2:相談者からアレフ問題全体の解決への協力を得た

       上記の個別の脱会支援活動で生じる利益は、脱会者本人に限りません。というのは、以下の通り、脱会者の協力によって、アレフ問題全体の解決・緩和に貢献する流れができたからです。

    A.報道機関と連携したアレフの洗脳的な勧誘の問題の告発

       脱会者の中で、「ひかりの輪」の仲介を経て、アレフの洗脳的な勧誘の問題を告発する報道機関の取材に応じてくれた人が少なくありません。中にはNHKといった公共放送を含め、全国ネットのテレビ局、大新聞などに匿名出演するなどして、非常に強力なアレフ問題の告発報道の実現に寄与した事例が少なくありません。

    B.被害者団体と連携したアレフ著作権侵害問題の摘発・解決への協力

       脱会者の中で、「ひかりの輪」がオウム真理教犯罪被害者支援機構と協力して進めているアレフによる著作権侵害問題の摘発のための証拠収集活動に協力してくれた人が少なくありません。これは、最近のアレフ活動に参加して脱会した人からの証言・証拠が非常に重要になりますが、これについては後の記事で詳しく述べます。


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    3 脱会支援活動は、会員の奪い合いではなく、適正・適法に行われたこと
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       この個別の脱会支援活動は、決して「ひかりの輪」とアレフとの間での会員の奪い合いではありません。

       実際に、「ひかりの輪」が発足した後に、アレフに新たに入会し、その後に「ひかりの輪」の脱会支援活動を受けてアレフを脱会した人の中では、現在「ひかりの輪」の会員である人は一人もいません。

       また、この脱会支援活動は、外部監査委員会に定期的に報告して、適法・適正に行いました。その際、アレフのプライバシーの侵害・名誉毀損にならないように指導も行なわれました。


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    4 報道機関と連携したアレフ信者の脱会支援・入会未然防止の活動
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       「ひかりの輪」のアレフ信者脱会支援活動は、様々なマスメディアに認知されています。例えば、『信濃毎日新聞』(2014年6月27日)は、以下のように報じています。

      (「ひかりの輪」の)宗形さんは、「自分は犯罪者集団に人々を勧誘してしまった」と悔やむ。「2度と同じような事件が起きないようにしたい」と言い、ひかりの輪の活動を続けるのは「アレフ信者の脱会を支援し、オウムの教訓を社会に伝える役目があるから」

       そして、報道機関等と協力して、「ひかりの輪」の指導員や、「ひかりの輪」が脱会支援したアレフ脱会者が、アレフの勧誘手口の暴露、麻原・オウム信仰の問題とその脱会・脱却の方法などを社会に広く知らしめて、アレフ信者の脱会を促進し、その入会を未然に防ぐ活動を、以下の通り広範に展開しました。

    (1)ひかりの輪」役員が協力したアレフ問題の告発報道(新聞・雑誌)

    A.『読売新聞・北海道版』「アレフ入信 道内が最多」2013年4月8日

       広報部が、アレフの勧誘手口を告発して作成された記事です。以下は、抜粋です。

       当局関係者やアレフから脱退した「ひかりの輪」によると、札幌では勧誘の技術にたけた数人の男女が主導し、札幌・狸小路などで声掛けや、インターネットのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでヨガ教室へ誘う。当初は教団名を伏せ、「オウム事件は陰謀だった」などと教えてから身分を明かし、教団へ引き込むという。

    B.『産経新聞 関西版』2013年7月25日・26日

       上祐が、アレフの覆面布教と陰謀論による勧誘手口を告発して作成された記事です。以下は、抜粋です。

       アレフは覆面で「社会が陰謀に陥れた」と説きます...去年、本格的に専用ホームページを立ち上げ、100人弱の相談に乗りました。...アレフが被害者に無断でオウム真理教の教材を使用することをしっかり批判し...アレフと闘わないといけないと思います。アレフで麻原は既に「イエスを超えた不死身の救世主」として神格化されており(そのため麻原の死刑を)執行せずに、アレフの信仰を助長すれば、法治国家の基本をゆるがします。

    C.『FRIDAY』(講談社)2012年7月6日号

       上祐が、アレフの覆面布教と陰謀論によるアレフの勧誘手口などを告発して作成された記事です。以下は、抜粋です。

       それは「陰謀論」による教化です。最初はAlephと名乗らずに近づき、そこで相手を徹底的に褒めます。(中略)その後反転して、そんなあなたを褒めないこの社会がおかしいと話すのです。この社会は陰謀だらけで、(中略)オウム真理教の事件も陰謀だったのだと説明するのです。プライドが満たされることに弱い人が、善悪の観念が入れ替わってしまい、今まで悪人だったと思っていた「麻原さんに会ってみたい」と考えるようになる。

    D.『週刊プレイボーイ』(集英社)2012年7月16日特大号、2012年7月23日特大号

       藤原新也氏と上祐との対談(前編・後編)です。以下は、抜粋です。

       一方、アレフのほうでは盛んに入会勧誘をしていますよ。「覆面ヨガ教室」を開いて、人間関係を作る。輪廻転生を強調し、修行しないと地獄に落ちると説く。最後に、9・11やフリーメーソンなどの陰謀論を話し、何十時間ものビデオを見せる場合も。
       そして最後にオウム事件も陰謀と吹き込む。そこでアレフと明かすと、「入会します!」となるそうです。その背景は、覆面ヨガ教室、輪廻転生、陰謀論ですかね。オウム事件を知らない人は、これでけっこう入っています。
       もうひとつ、アレフと言わずに人間関係をつくった後しきりに褒めるんです。「あなたは前生からの修行者だ」「10万人にひとりの魂だ」「真理に巡り合って大変な徳がある」と。世の中で自己の価値が見いだせず、探している人は、アレフで初めて自分の価値を認められたという感じになる場合も。
       それと裏表ですが、自分の価値を見いだせず、感謝の気持ちを持てない社会については、陰謀論を徹底的に吹き込むと、やはり社会はおかしいとなる。
       最後に、オウム事件は陰謀で、麻原は弾圧された救世主という話が出ると、「帰依します!」となる。実際に、これをやられたある若者が相談をしにきたんですが、「あなたは10万人にひとりの魂だ」と言われて、暗い人生の中で希望の光が見えて、麻原を信じ、マスコミは信用しないと思ったと言っていました。
       輪廻転生や神秘体験の過大視と、自分の価値を見いだせる家族・社会の代わりになる者への欲求、さらに自分を認めない現実の社会は陰謀だらけという3つがそろうと、未来永劫、麻原集団の残党のアレフの一員として、社会と戦うという意識になる危険性がある。

    E.『サンデー毎日』(毎日新聞社)2014年2月9日号

       上祐が、約100人のアレフ脱会支援をした経験から、アレフの勧誘実態を告発した記事です。以下は、抜粋です。

       上祐氏はこれまで、約100人のアレフ信者から相談を受けた経験から、勧誘の実態をこう明かす。「アレフはネットでヨガや神秘的体験に興味のある人をつかまえて、教団の名前を隠した"覆面ヨガ教室"に誘ったり、書店の精神世界のコーナーで声をかけたりします。」

    F.『週刊実話』(日本ジャーナル出版)2013年12月26日号
       「不健全な布教を続けるアレフ」

       上祐が、アレフの違法行為や陰謀論と、その脱却の方法を述べた記事です。以下は、抜粋です。

       武闘派で鳴らした新実君の名前を出した上、賠償不履行や麻原の出版物をめぐる著作権侵害といった問題がありながら不健全な布教活動を続けるアレフに対し、(公安は)取り締まりを強化(中略)そうした取り締まり自体を"陰謀"と解釈するのはいつものこと。(中略)盲信から脱却できるようにさまざまな手段を通しカウンセリングを行うことが望ましいでしょう。

    G.『週刊実話』(日本ジャーナル出版)2013年8月22・29日号
       「上祐史浩代表が警告する旧オウム真理教(アレフ)の凶暴集団化」

       上祐が、アレフでは被害妄想と陰謀説が強まり、反抗的になり、その思想を若者たちに植え付けていることを告発した記事です。以下は、抜粋です。

       アレフは社会を"悪"と見て、自分たちは苦しめられているという陰謀説の上に立っています。ここ数年、そういった思い込みがきつくなってきて、公安による立入検査のときにも、反抗的な態度をとることが多くなったようです。今回発見された"串刺し写真"もそんな最近のアレフを象徴する出来事と言える。

    H.月刊誌『北方ジャーナル』2012年9月号
       特集「オウム真理教の"影"。「ひかりの輪」上祐史浩が鳴らす警鐘。
       宗教団体アレフが札幌で膨張する理由」

       上祐が、主に北海道におけるアレフの入信勧誘の実態とその被害を告発し、回避する方法を述べた記事です。以下は、抜粋です。

       地下鉄サリン事件を知らない若い世代などで、ヨガ道場へ勧誘を装ったアレフの布教活動に被害を受ける方たちが増えています。アレフは今ますます麻原絶対主義に突き進んでいます。
       (中略)
       アレフの典型的な信者獲得法として、教団の看板を隠したヨガ教室に勧誘する、という手口があります。
       (中略)
       「実はサリン事件はユダヤの陰謀だった」とやっていく。
       (中略)
       (アレフの「被害」っていうのは)、1つは詐欺で、まさに宗教団体と名乗らずに入会させ、お布施をとるということ。(中略)2つ目は、精神的な被害。3つ目はやはり、家庭崩壊の問題。

    I.月刊誌『北方ジャーナル』(2013年9月号)
       特集「オウム真理教の影 2013アレフはどこに向かうのか」

       上祐が、主に、北海道で拡大するアレフによる家族崩壊等の被害、その陰謀説や被害妄想、ネット・書店・ヨガ教室での覆面勧誘、串刺し事件などを告発している記事です。以下は、抜粋です。

       アレフの強引な勧誘法などを積極的に告発しているひかりの輪は、串刺し写真の発見現場をほぼ特定していた。(中略)現在のアレフでは、麻原元教祖の家族を除いて最も高い地位にあるという(正悟師)。(中略)「彼ならばやりかねない」(ひかりの輪関係者)。
       (中略)
       教団周辺では信者増に伴う具体的被害も起きている。元信者などの相談に乗っているひかりの輪によれば、親子問題に端を発する家庭崩壊や、詐欺まがいの勧誘により高価な教材を買わされる経済被害などが札幌でも絶えない。
       (中略)
       「ひかりの輪」の上祐代表は「信者増はアレフの自己肯定に繋がる」と危惧する。
       「ご家族が入信して困っている人が北海道にもいらして、よく相談に来られる(中略)一連のオウム事件はすべて陰謀であるという主張です(中略)近年はこの陰謀論がますます強まっている」
       「札幌も含めて、アレフの勧誘はますます激しくなっています。(中略)ネットのSNSや覆面ヨガ教室、書店でのキャッチなどで勧誘し、ある程度親しくなったところで、『サリン事件は陰謀だ』と若い人たちを洗脳していく。」
       「今回の串刺し事件を機に札幌の幹部信者のモチベーションが変化したかというと、これはほとんどかわっていないと思います。相変わらず陰謀論を説いて信者を獲得し続けている」
       「勧誘が自己実現になっているんですよ。ここ数年の信者増が陰謀論をますます加速」
       「このままだと彼らの被害妄想がエスカレートして若い信者が精神的なバランスを失ってしまう」

    J.月刊誌『atプラス13』 特集「宗教と未来」対談
       上祐史浩+大田俊寛(太田出版)(2013年8月8日)

       同誌での宗教学者の大田俊寛氏との対談における上祐の発言は、以下の通りです。

       Alephは布教活動で、オウム事件は社会の「陰謀」であると説き、新しい信者を多数獲得しています。
       (中略)
       このまま死刑を延期すれば、逆に信者が盲信を深め、ますます新しい信者を増やす恐れがあると思います。
       (中略)
       現在、支援機構はAlephに対して、被害者賠償金の支払いを求めるとともに、支援機構が賠償のために著作権を得たオウム真理教の教材を、無断で複製・頒布・販売しないように求め、今年の三月に、東京簡裁へ調停を申し立てています。
       (中略)
       若い人たちは、世の中にそんな甘い話はないと心得て、騙されないように注意する必要があります。Alephは誇大宣伝をやめなければなりません場合によっては、詐欺的な行為に当たりますから。(p5~7)

    K.『BLACK・ザ・タブー VOL.2』(ミリオン出版)〈2012年3月20日発行〉
      (同内容が『日本のタブー The Max』(ミリオン出版)〈2013年5月27日発売〉に再掲載)

       上祐が、アレフの陰謀論の教化を告発し、麻原の死刑の執行がアレフを助長させないことなどを語っています。以下は、抜粋です。

       アレフはこのままだと「自分たちの信仰が奇跡を起こした」という妄想の絶頂に至る恐れがあるわけです。
    彼らがそう考えているとしたら、社会がやるべき事は何か。それは当然、麻原の死刑をキッチリ勇気を持って執行することでしょう。しかし、アレフの密かな盛り上がりを理解できず(中略)死刑をためらうと、それはアレフを利する事になります。
       そして更にマズイのは、証拠もなしに疑惑ばかり主張していると、アレフ側は、また「陰謀だ」と思うんですよ。「社会は証拠もないのに我々を疑う」そして「我々の祈りが麻原に通じたんだ」という助長に繋がります。

    L.隔月刊誌『宗教問題』(白馬社)第3号(2013年4月10日)

       上祐が、アレフの陰謀論による教化や洗脳されやすい若者の状況を告発したインタビュー記事です。以下は、抜粋です。

       現在のアレフは信者に対し、地下鉄サリン事件など、麻原主導で起きた犯罪のすべては冤罪だと教えています。その理屈付けとして(中略)陰謀論などといったことを盛んに吹き込まれる。(中略)特にサリン事件などについて直接の記憶がない世代は洗脳されてしまう。それで両親などがアレフをやめるよう説得しても、『お父さんたちはだまされている!』などと『逆説得』を仕かけてくるまでになるそうなんですよ。

    (2)「ひかりの輪」役員の著作によるアレフ問題の告発内容

    M 書籍『オウム事件17年目の告白』扶桑社(2012年12月)

       大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止に、大きな影響を持ったと思われます。
       上祐が、自著において次のように述べています。

       また、ひかりの輪は、アレフ(旧オウム)の問題の解決にも努めております。私の脱会後、アレフは、麻原信仰を逆に深め、再び事件を陰謀とする洗脳的な教化を行い、膨張を始めています。その犯罪行為・違法行為を公表し、その被害者の脱会の支援をするなどして、オウム関連の犯罪・問題の最終解決を目指しています。(p15)
       (中略)
      私たちが脱会したあとのアレフは、教団を裏から支配している麻原家族の影響もあって、麻原の絶対視を強め、オウム時代への回帰を深めていった。(中略)
       そして一連の事件については、陰謀論を主張し、詐欺的な手法で、新たな信者を獲得している。
       私たちはアレフの洗脳に悩んだ人たちから、HPに設けた窓口を通して相談を受けるようになっていた。中には脱会してもアレフの教義から抜けきれず、来世地獄に堕ちることが恐ろしく、自殺することを考え、「助けて」と相談しにきた人もいた。また、アレフを盲信した結果、親子の断絶、夫婦離婚といった家族崩壊の問題も起こり始めている。
       そこで私たちは、アレフの諸問題と、その盲信の脱却法を詳しく解説した専用サイト(「アレフ問題の告発と対策」)を立ち上げ、問題解決に向け、努力を深めた。私たちがこれまでに相談を受けた数は70人を超え、今も増え続けている。(p243~244)

       アレフは勧誘のため、教団名を明かさずに信者が「覆面ヨーガ教室」を開いている。教室ではまず、修行による利益をオウム時代と同様に誇大宣伝し、続いて輪廻転生の話を持ち出して「現代人はほとんどが地獄に落ちる」と脅す。やがてさまざまな陰謀説を説き出し、最後に、あのオウム事件も陰謀だったと主張して、入会へと導く仕組みだ。これは、マスコミでも徐々に報道されるようになった。
       陰謀論を教えこむために、陰謀論を扱ったさまざまなテレビ番組を団体が独自に編集したビデオが何十時間分も用意されている。対象者を十分に教化=洗脳できたことがわかったら、最後にアレフという教団名を明かす。相当に組織的な盲信形成システムである。
       オウム事件が陰謀だと言うのはまったくの虚偽だから、意図的に人をだまして信仰を持たせ、お布施させるのは、詐欺行為に当たるおそれがある。(p246~247)

       死刑執行の遅れは、平田のときのように「自分たちの帰依の結果として、麻原が神通力で死刑を遅らせた」と信者たちの盲信を深め、さらに新しい人を洗脳・教化する結果を招くだろう。(中略)オウム・アレフの信仰の本質は誇大妄想・幻想だ。(p248)

       賠償不履行、摘発された覆面ヨーガ教室の詐欺行為、著作権侵害に加え、公安調査庁の立入検査を妨害したとして信者が逮捕(不起訴)される問題なども起こっている。(中略)カルトやオウム問題に詳しいある弁護士は、『サンデー毎日』(2012年7月1日号)誌上でこう述べている。
       「・・・(略)・・・サリン事件を体験していない人たちが幹部となったアレフには、『事件には何かしらの意味があった』と思っているような信者が残りました。アレフ信者の麻原彰晃に対する信仰の度合いは95年以前と同じで、むしろ個人崇拝、帰依度は高まっている」(p250~251)

    N 『終わらないオウム』2013年5月

       上祐が、自著において次のように述べています。

       私たちから見ると、ここ五年くらいでアレフの内部がかなり先鋭化してきているんです。
       (中略)
      アレフはテレビ局の作る陰謀説の番組を利用して、陰謀説を教えこみ、オウム事件も陰謀だと主張しています。(p192)

       アレフではオウム時代に作った麻原の説法を集めた教本を再び印刷し直して、それを今も販売しています。それで本にも書きましたけれど、オウム事件の被害者団体は、それを著作権法違反だと指摘しているわけです。オウム真理教の財産は、著作権を含めて、今は賠償のために、被害者の支援団体が所有しています。にもかかわらず無断で使用しているという指摘です。そのため、実際に被害者支援団体の申し立てがあり、東京地裁で調停中です。こうして、違法行為の疑いがあるという批判が出るところまでになっているんです。(p193)

       それから入信者には、精神的な被害があります。子どもがアレフに入会しちゃったご両親から相談を受けていますが、その娘さんから「とにかくアレフの幹部に会ってほしい。会えば、オウム事件がオウムの犯行でないことが完璧にわかる。お父さんお母さんの誤解を完全に論破できるから」と熱心に言われたそうです。
    アレフは、テレビ番組になった9・11や3・11の陰謀説を編集したビデオを見せます。最近脱会した人によると、十時間か二十時間の、テレビ番組を編集したビデオがあるそうです。それで、「昔オウムが主張したように、最近はテレビでも大事件が陰謀だと言っている。裁判でも長官狙撃事件は名誉毀損でアレフが勝った。サリン事件も本当はそうなんだ」と主張することになる。
       そうしたらアレフに惹かれている子は「私は、他の人が知らない世界の真実を知った。尊師に会いたい!」と舞い上がっちゃいますよ。それで、相談を受けたご両親の子どもの場合は、家賃を払わず、親のカードローンを使ってまで、大量に教団にお布施したそうです(笑)。こうした陰謀説ビデオを用いた最近のアレフの詐欺的な教化システムは、統一教会の手法に似ているところがありますね。(p193~194)

      オウム事件の賠償契約についても、数年前から、その契約の更改に応じない形で無視し始めました。賠償契約に基づく賠償金ではなく、寄付という形である程度支払っているのですが、ひかりの輪とちがって、正式契約による金額賠償の縛りを嫌がったのかもしれません。また、賠償金となると、麻原と教団の事件への関与を認めることになり、陰謀説と矛盾するのも都合が悪いのかもしれない。
       さらに、被害者の支援団体が、著作権侵害の訴えをしても、それも無視している。このように先鋭化しています。(p194)

    O 書籍『危険な宗教の見分け方』ポプラ社(2013年11月)

       大きな出版社から数万部の発行となり、社会における麻原・オウム信仰の否定とその問題の理解、現役(のアレフ)信者ならびに脱会した信者の麻原・オウム信仰の脱却促進や入会の抑止などに大きな影響を持ったと思われます。
       上祐が、自著において次のように述べています。

       オウム真理教を改めて「アレフ」として、表向きはオウム事件の謝罪を始めました。しかし信者には、オウム真理教時代の信仰の影響が深く残っていて、事件の十分な反省ができていないのです。(p150~151)
       (中略)
       上祐: そして、彼らの中には、事件は陰謀であり、麻原を事件に関与していない美しい存在として守ろうとする人たちも多かったですから、その意味では、自分たちも暴力を肯定できなかったのかもしれませんね。

       田原: あ、そうか。地下鉄サリン事件は陰謀であって、麻原たちは何もやっていないんだと。

       上祐:その陰謀論が、麻原の妻たちや娘たち家族が教団に再介入しはじめてから強くなっているんです。これは、私が幽閉されていた〇三年、〇四年のときや脱会した〇七年より、今のほうがはるかに強いですね。「陥れられた真の救世主、麻原彰晃」という考えがどんどん強まっています。(p170)
       (中略)
       上祐: ただ、麻原の家族らは私が逮捕されたときに、公安に洗脳され、やっていない事件をやったと言うようにされて、教団に帰ってきたのだと主張していますから、私がアレフを脱会した以降は、陰謀論を信じる人たちが前よりずっと増えている可能性があります。

       田原: 上祐は、いわば検察の犬になったんだと。

       上祐: 末端の信者たちは、教団の武装化や上九一色村の施設なども自分で見ていないから、全部間接情報なんですよ。「テレビを見るな」「マスコミの情報を信じるな」と言われているし、見たとしてもドラマのように思えてしまう。だから、末端に行けば行くほど、陰謀論を信じやすくなるんです。

       田原: 麻原の自身もそうだったんだと思うんだけど、始めはハルマゲドンとか、第三次世界大戦とか、あまり考えてもいないことを言いはじめて、だんだん言っているうちに自分が信じ込むということがあるでしょう。

       上祐: そういった面があるでしょう。(中略)今のアレフは新しい信者を獲得するために、以前にも増して陰謀論を信じ込んでいっている可能性があります。(p172)

    P.書籍『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉
              --鈴木邦男ゼミin西宮報告集vol.3』
        〈鈴木邦男×上祐史浩〉(鹿砦社)(2014年1月)

       上祐は、鈴木邦男氏との公開対談で、次のように述べています。

       その一方で、私が五年前に脱会した「アレフ」は、「自分の思ったとおり麻原が正しいんだ。あの事件は陰謀なんだ」と根強く思っています。これも心の病気・妄想状態でしょう。(p39)

       今の「アレフ」はあまり広報活動をしていないんですけど、支部活動は陰謀論一色です。ユダヤ・フリーメーソンの陰謀だ、東日本大震災は人工地震だ、それでわれわれは被害者なんだということで、それ自体が人間としては病気なんですね。
       そういう病的な誇大妄想、被害妄想の中で、個々人が理想化した麻原を信じている。ですから、外部の人とは話が全然食いちがってしまいますし、それで敵対的にもなるし、社会の人もオウムが被害者であることに早く気付いてほしいと言い始めるんです。それで一所懸命に信者を増やそうとする。
       そういった精神病理は鬱状態です。「自分はすごいんだ!」と感じ、どんどん行動して他人にも危害を加える症状が出やすいわけですよね。一方で、その世界を壊せば、自己が壊れますから、鬱状態になる。だから、どっちかになっちゃうんです。(中略)
       これに加えて、最近の私の「アレフ」の見方ですが、今の「アレフ」はオウム事件を知らない若い人を陰謀論でどんどん巻き込んでいて、それは社会的に許容されないだろうと思いますね。(p43)
       (中略)
       今問題になっているのが、「アレフ」の教材というのがオウム真理教の教材だといういことです。事件以降、賠償のためにその著作物の著作権は被害者団体にあるんです。だから被害者団体のものですよね。被害者団体が使うなと言ったら使えないわけですよ。それでも、使っているならば、それは著作権侵害の疑いが出てくるのです。
       ドイツでは、ヒトラーの『我が闘争』は発禁じゃないですか。同じようにオウムの麻原への回帰は危険思想だからダメなはずなのに、「アレフ」は価値観が正反対のままだから、「自分たちが弾圧されるキリストであることに、早く世の中が気付いてほしい」と善悪が倒錯していて、その妄想症はこのままではすまないだろうなと思っています。(p44)
       (中略)

       私と同世代の子が『アレフ』に魅かれることについてどう思われますか?

       上祐 それは単純ですね。「アレフ」に今入る人たちを見ると、社会の中に自己存在価値を見い出せない人が多い。そこで「アレフ」に会うと、「アレフ」の人たちは「自分たちが真理で最高だ」と思っているから、「それに出会えた縁を持ったあなたはすごいんだ」と勧誘するんです。それですごく引き込まれちゃいます。
    「アレフ」はそういう洗脳的・詐欺的勧誘をしていて、私はそれに遭った人を七十人くらいカウンセリングして脱会させています。その中の一人に非常に印象深かった人がいて、二十歳くらいの男性なんですが、彼は鬱傾向で登校拒否の過去もあったんです。ある時、「アレフ」の人に「あなたは真理に巡り合える十万人に一人の魂です」と言われて、すごく信じるようになってしまい、彼を説得するのにものすごく時間がかかりました。
    そのひと言で彼の中に希望がグワーンと湧いてきて、「麻原さんを最終解脱者と信じます。マスコミの言うことは信じません。それでいいんですよね、上祐さん」って、なんか勘違いして私に電話かけてきたんです(参加者爆笑)。それで、「どうしてあなたは急にそう思うようになったの?」と詳しくたずねたら、実は、彼はほんのちょっとしか「アレフ」の人と会ってないんですよ。それだけで、ズボーンと闇の人生が解き放たれたと感じたんですね。(中略)
       しかも、先ほど少し触れましたが、「アレフ」は3・11の人工地震説や、ユダヤフリーメーソンの陰謀というテレビ番組を編集して陰謀説を煽っています。そういうのを見せて、最後に「オウム事件もそうなの」ってやるわけです。ある意味で、商業主義で陰謀説を安直に流すマスコミが、「アレフ」を助けている構造があるのです。
       彼らは今の社会の闇を使い、しかも闇を使うことが真理だと思っているから、悪気なく一所懸命に救済するつもりで狂人を作り出しているんです。だからこれは病理ですよね。勧誘される側に隙があれば、それを乗り越えるようにしないと危険です。
       ですから、社会の中で自己存在意義が見つかりにくく陰謀論が好きな人は、勧誘された時にそれを防ぐことは難しいですね。一方、「アレフ」に入ったけど、オウムの事件には疑問もあるし、さすがにこれには付いていけないと思った人ならば「ひかりの輪」に来てくれれば、私たちもていねいに説明します。そういうことはできます。(p44)


    (3)「ひかりの輪」役員が協力したアレフ問題の告発報道(テレビ)

       多数のテレビ番組でも、アレフの勧誘手口を告発するなどする「ひかりの輪」役員による告発が多数行われました。すでに前にも述べましたが、主な番組のみ下記にも掲載します。

    A 2012年11月29日 フジテレビ『スーパーニュース』

       上祐は、「アレフに若者が入信する理由として、アレフが入信希望者に『10万人に1人の魂』と言って称賛する等の勧誘手口を使っている」と述べて、アレフの勧誘手口を告発しました。

    B 2014年2月21日 東海テレビ『スーパーニュース』

       上祐は、大谷昭宏氏と公判進行中の平田信被告の事件に絡み、「一連のオウム事件とは何だったのか? なぜオウムに人々は熱狂してきたのか?」について対談し、アレフが入信者を勧誘する手口について、
       「彼ら(入信者)がアレフの覆面ヨガ教室などに出会った時に非常に称賛される。『10万人に1人だ』とか褒める」
       「アレフは最初アレフと言わない。そこで輪廻転生とか麻原の名前を言わず『グル(尊師)が必要だ』と言う。その後にアレフと明かして入信させていく」
    と述べて、アレフを告発しました。

    C 2014年6月30日 テレビ朝日『スーパーJチャンネル』

       上祐は、「麻原が死刑になるのが、アレフ信者にとっては、その盲信から解放されるので、重要なポイントになる」と述べ、麻原・アレフを批判しました。

    D 2014年6月26日 NBS 長野放送 「スーパーニュースFNN」

       宗形は、「松本サリン事件から20年--決別と償い...元信者は今」という特集番組の中で、松本サリン事件の被害者・河野義行さんご夫妻の出会いや、オウムでの経験を総括した著書を2010年に出版し、その印税を賠償にあてたことや、現在、アレフ信者や、元オウム信者の脱却支援をしていることなどを語る中で、麻原・オウムを批判しました。

    E 2013年6月14日 文化放送『田原総一朗 オフレコ!スペシャル』

       前記のとおり、上祐は田原総一朗氏と対談し、麻原回帰を進めるアレフの危険な現状、それを食い止めようとする「ひかりの輪」の活動、さらには宗教論・哲学論にまで話は深まりました(この対談が後に、田原氏との共著である前記『危険な宗教の見分け方』の出版につながりました)。


    (4)「ひかりの輪」が脱会支援した脱会者が、報道機関等に協力したアレフ告発報道

       「ひかりの輪」が上記の脱会支援を行い、アレフからの脱会に至った元アレフ信者が、「ひかりの輪」からの要請に基づき、報道機関等の取材に協力して、アレフを告発した報道は、以下の通りです。
       すなわち、各報道機関から、「アレフの実態について報じたいが、アレフが閉鎖的で取材に応じないので、『ひかりの輪』が脱会支援をして脱会させた元アレフ信者を紹介して、取材に協力してほしい」との要請が「ひかりの輪」に寄せられましたので、「ひかりの輪」が当該元アレフ信者に取材に協力してもらい、報道に至ったのが、以下の事例です。

    A.テレビ

     a.2012年6月18日 NHK『ニュースウォッチ9』

       脱会支援を受けて脱会した元アレフ信者が、インターネットでの勧誘を受けて、アレフと知らずにアレフの覆面ヨガ教室に入会させられ、アレフで麻原への絶対的帰依を培う修行をさせられたこと、麻原・アレフが絶対であり、麻原の教え以外は意味がないという指導を受けたことを告発しました。
       そして、このような指導を受けているアレフ信者は、自分で考えることをしなくなると警告しました。インタビュー取材撮影場所は、「ひかりの輪」東京本部教室でした。

      b.2012年11月29日 フジテレビ『スーパーニュース』

       脱会支援を受けて脱会した元アレフ信者が、インターネットでの勧誘を受けて、アレフと知らずにアレフの覆面ヨガ教室に入会させられ、オウム事件は闇の勢力の陰謀によって引き起こされたものでオウムは無実との指導を受けたこと、アレフで麻原を絶対的に崇拝する修行をさせられたことを告発しました。インタビュー取材撮影場所は、「ひかりの輪」東京本部教室でした。

     c.2014年5月8日 NHK『首都圏ニュース』

       脱会支援を受けて脱会した元アレフ信者が、アレフで麻原への個人崇拝を強める修行をさせられたこと、最初はアレフの正体を隠した覆面ヨガ教室に入会させられたこと、若い世代がはまってしまうアレフの手口等について告発しました。インタビュー取材撮影場所は、「ひかりの輪」東京本部教室でした。

    B.新聞

      a.毎日新聞 2014年1月15日

       脱会支援を受けて脱会した元アレフ信者が、インターネットでの勧誘を受けてアレフ覆面ヨガ教室に入会し、何億人もの中から麻原に選ばれたと言って持ち上げられつつ麻原に帰依する修行をさせられたこと、アレフがオウム事件に向き合っていないことを告発しました。

    C.雑誌

      a.『週刊プレイボーイ』2012年8月20日発売
        「若い信者が急増中! 不気味に活動する「オウムの残党」の"洗脳テク"を20代の元アレフ信者が赤裸々に語った!」


      『週刊プレイボーイ』からの要請により、「ひかりの輪」がアレフからの脱会支援をした青年を紹介して報じられた事例です。アレフであることを隠したヨガ教室でのアレフの信者獲得の手口が非常に詳細に語られています。アレフに疑問を感じる中で、「ひかりの輪」のブログを見つけ、「ひかりの輪」の脱会支援を受けた事実なども記載されています。以下は抜粋です。

       ・・アレフとの出会いについて教えてください
       「中野の某書店でヨガに関する本を立ち読みしているとTさん(女性)に声をかけられたんですね。」
       ・・そのときはアレフだとは知らなかったんですよね?
       「ま~ったく。Tさんもアレフの"ア"の字も出しませんでしたよ。あくまでヨガ教室のスタッフだというだけ。その後も彼女とはほとんどヨガのこと話してました。でも、途中でちょいちょい『陰謀論』の話題が出てくる。」
       (中略)
       「ヨガ教室に通い始めて2週間ぐらいたってからかな、(中略)ビデオを見せられたんです。それが『陰謀のビデオ』です。」
       「良いヨガを行うには『潜在意識』を浄化する必要がある。(中略)という理屈でした。」
       「アレフは脅しを使うんです。」
       ・・脅し?
       「『心がけがれてしまうと地獄に落ちるぞ』って」
       「考えれば考えるほど矛盾が出てきて、それに対するアレフの答えがまったく論理的じゃない。(中略)陰謀論については事細かに時間をかけて答えるのに、都合の悪いことことや身内のことになると、脅しながらごまかすんです。」
       ・・それで、どうしたんですか?
       「"世間の情報"を調べまくりました。そしたら『アレフ問題の告発と対策ブログ』(ひかりの輪が運営するアレフ告発サイト。)に出会ったんです。」
       S氏はその後、ひかりの輪の代表・上祐史浩氏と会話することでアレフによる"洗脳の残滓"を取り除いていったという。

      b.『BLACK・ザ・タブー VOL.2』(ミリオン出版)〈2012年3月20日発行〉
       (同じ内容が『日本のタブー The Max』(ミリオン出版)〈2013年5月27日発売〉に再掲載

       「ひかりの輪」がアレフ脱会支援した元アレフ信者への取材記事で、アレフ勧誘の実態、オウム事件の陰謀説と社会との隔絶の広がり、「ひかりの輪」で脱会支援を受けたことなどが記載されています。以下は抜粋です。

       アレフの勧誘は書店キャッチ、ヨガ教室、mixiなどでヨガや精神世界に興味ある方に、アレフだとは明かさずに声をかけていく。
       アレフでは一連の事件について「悪のフリーメーソンなどの団体にハメられた」と勉強会で幹部の人たちが信者に話していて、アレフは教義が絶対的で反対を許さない傾向もありました。
    心の平安を求めて宗教に興味を持ったのに、それを信仰していたら社会との隔たりが大きくなると思ったんです。
       そこで2010年にアレフを辞めようと上祐代表に相談して、ひかりの輪に移りました。
    (※なお、この証言者は「ひかりの輪」に移った後、退会しています)。

  • ③アレフの著作権侵害問題に対する摘発への協力(2015/01/19)

      「オウム真理教犯罪被害者支援機構」(以下「支援機構」と記す)は、支援機構が有するオウム真理教の著作物の著作権に基づき、同著作権の侵害をしないよう求めて、2012年から18年にかけて、アレフを相手取って東京簡裁での調停手続を進めてきました(2019年現在、この調停は決裂し、両者が今後も引き続き協議するようにと、東京簡裁が2018年1月に決定を下しています)。
      「ひかりの輪」では、2012年以降、この問題に関するアレフ摘発・解決のための支援機構への協力を、組織を挙げて行ってきました。

    (1)協力の事実の証明:支援機構への確認

      「ひかりの輪」が確かに支援機構に協力してきた事実とその手段・内容については、「ひかりの輪外部監査委員会」にも逐次報告してきました。2014年11月には、あらためて河野委員長(当時)が、外部監査の一環として、支援機構の関係者に、「ひかりの輪」からの協力の事実の有無を支援機構側に照会したところ、以下の事実が確認されました。

       ①「ひかりの輪」からの資料は、第三者(支援機構関係者と
          「ひかりの輪」側の共通の知人)を介して、同関係者が受
          け取っていること。

       ②支援機構関係者が資料を受け取ったのは、2012年1月
          以降、複数回にわたること。

       ③「ひかりの輪」が協力するようになったのは、2011年に支
         援機構関係者と「ひかりの輪」側担当者が電話で何回か情
         報交換し、そのやりとりの中で、「ひかりの輪」が協力できる
         ということがわかったので、その後、「ひかりの輪」が団体と
         して協力することに決めたこと。

       以上のように、「ひかりの輪」が協力を決定してからまもなくの2012年3月に、支援機構が本件で東京簡裁に調停を申し立てました。それ以来長期にわたり、「ひかりの輪」は組織を挙げて、様々な調査協力活動を行ってきました。

    (2)協力の内容

       具体的には、アレフの著作権侵害の立件に有効な資料や人物に関する情報はもちろんのこと、著作権侵害の摘発に関連するアレフの教義・組織構造・性質、さらには、著作権侵害を突破口としてアレフを解体する方策についても、提供させていただきました。

       こうして提供してきた情報を活用して、うまく対処することができれば、アレフによるオウム・麻原教義の流布を防ぎ、その教義の事実上の根絶を図ることもできます。

       このような協力内容の詳細をここで明らかにすることは、事案の性質上できませんが、外部監査委員会の河野委員長(当時)は、オウム事件の被害者であり、この著作権侵害の問題でも事実上被害者の立場であるとともに、「ひかりの輪」の協力の事実を支援機構側に正確に確認する必要もあったことから、支援機構に提出した資料の詳細なリストならびにその内容を全てお見せしています。その結果、上記(1)の調査に結び付いています。

    (3)公安調査庁は、著作権侵害摘発に協力的ではないこと

       一方の公安調査庁は、支援機構への有効な協力ができず、本気ではない様子も見られます。

       つまり、公安調査庁の構造的な問題のために有効な協力ができないという疑惑があります。すなわち、公安調査庁は、アレフ信者と接触するとお金を渡して内偵者にするため、脱会支援をして著作権侵害の証人・証拠作りをすることができません。アレフ信者を減らすことや、著作権侵害の摘発によるアレフの解体よりも、内偵者作りや観察処分の継続の方を優先しているのではないかとも思われるのです。

    (4)支援機構とオウム教義流布防止という「共同目的」があること

       以上のとおり「ひかりの輪」は、アレフ著作権侵害摘発への協力を通じて、オウム・麻原教義の流布の防止に努めてきました。すなわち、「オウム教義の流布防止」という「共同目的」を支援機構と共有しながらアレフと戦っているのであり、公安調査庁のいうような、「ひかりの輪」がアレフと一緒にオウム・麻原の教義を広める共同目的を持っているという主張は、虚構にすぎないことが明らかです。

    ※追記 2017年9月に東京地裁が「ひかりの輪」に対して下した観察処分取消判決においても、前記の「ひかりの輪」による被害者支援機構への協力の事実が認定されています。

ひかりの輪がオウムではない事実〈裁判資料から〉

  • ひかりの輪がオウムではない一連の事実の概要(2019/02/28)

       当団体「ひかりの輪」は、いわゆる「オウム真理教」ではありません。

       これまで公安調査庁は、「ひかりの輪」が、オウム真理教から名前を変えたアレフと基本的性質を共にしていて一体といえるので、「ひかりの輪」も「オウム真理教」であると主張してきました。

       しかし、そのような公安調査庁の主張は、2017年9月に公安調査庁の観察処分を取り消した東京地方裁判所の判決によって、明確に誤りであるとして否定されています。

      これらの裁判所の判決は、当団体がオウム真理教=Aleph(アレフ)から完全に離脱し、オウムを批判的に反省・総括してきた長年の取り組み等の事実を踏まえて下されたものです。

       これらの事実と、関連する事項を、当団体が裁判所に提出した資料等に基づき、以下にご紹介します。


    1,当団体が、オウム・麻原を反省・総括したメンバーによって発足した事実

      
    当団体は、オウム真理教や麻原について、批判的に反省・総括したメンバーによって発足しました。
       アレフ内で上祐や上祐を支持したメンバーは、その現実的・合理的な考え方に基づき、アレフ内のA派(=反上祐派=現Aleph)が奉じていた麻原の危険な教えや政治上の主義・違法な性質を徹底的に排除しようとしたため、A派と激しく対立し、アレフを脱会し、当団体の発足に至りました。当団体発足(2007年)に至るまでの経緯と、思想の詳細は、こちらの記事「離脱・設立の経緯と詳細」(①総論②時系列)の通りです。


    2,当団体が、Aleph(および麻原の家族)と激しく対立してきた事実

       当団体は、発足以前のアレフ代表派(M派・上祐派)時代も発足後も、①様々な点で麻原の教えに反し、麻原への帰依に反してきたため、②麻原を絶対視するアレフと激しく対立し、深い断絶の関係にあります。
       その詳細は、こちらの記事(記事「麻原への帰依に反する」記事「アレフと対立・断絶関係」)の通りです。


    3,当団体が「麻原を王とする」政治目的を有さず、そのための違法行為を否定してきた事実

       当団体は、発足以前のアレフ代表派(M派・上祐派)時代も発足後も、公安調査庁が主張するような「麻原を独裁的主権者(王)とする祭政一致の専制国家」を樹立するという政治目的など有しておらず、その実現のための違法行為を当然に否定してきました。
       つまり、政治目的達成のための違法行為を規制する団体規制法・観察処分の適用要件は、当団体には全く存在していません。
       その詳細は、こちらの記事「政治上の主義・違法行為否定の経緯」、記事「具体的な詳細の総論時系列」の通りです。


    4,当団体が麻原の死刑執行に賛同し、執行後は危険性がないことを政府も認めている事実

       当団体は、当団体発足前のアレフ代表派(M派)時代から現在に至るまで一貫して、麻原への死刑執行に賛同してきました。そして、死刑執行後、ますます当団体に対する観察処分の必要性が低下していることを政府も事実上認めていることが報道されています。
       その詳細は、こちらの記事「政府も認めている事実」の通りです。


    5,有識者などの第三者も当団体を評価してきた事実

       当団体が、オウム・アレフから離脱し、それらを徹底的に反省・総括してきたことは、有識者からなる当団体の外部監査委員会や宗教学者等の第三者からも評価されてきました。
       その詳細は、こちらの記事「外部監査結果報告書」の通りです。


    6,公安調査庁の主張・証拠が極めて不適切であった事実


       公安調査庁は、ひかりの輪がオウム真理教であるという虚偽の主張を展開してきましたが、その主張を裏付ける同庁作成の証拠は、その内容が捏造・歪曲されたものであるばかりか、作成のプロセスも違法・不当で、極めて不適切なものであることが明らかになっています。
       その詳細は、こちらの記事「公安調査庁の違法不当な調査・証拠等」の通りです。


    7,ひかりの輪とアレフに大きな違いがある事実

       ひかりの輪とアレフ(Aleph)には大きな違いがあり、それが、ひかりの輪がアレフ=オウムと全く別の団体であることを示しています。
       その詳細は、こちらの記事「ひかりの輪とアレフの大きな違い」の通りです。


    8,公安調査庁による「麻原隠し」の主張の誤り

      
    公安調査庁は、ひかりの輪がオウム真理教であると主張する根拠として、ひかりの輪が麻原を信仰しているにもかかわらず表向きはそれを隠している「麻原隠し」をしているからだと主張していますが、そのような主張が全くの誤りであることは、こちらの記事「公安調査庁による「麻原隠し」の主張の誤り」の通りです(なお同庁がHPで主張していることに対する反論は、こちらの記事をご覧ください)。


      ――以上に記した事実につきましては、ひかりの輪が裁判所に提出した書類に詳しく記してあります。
       その内容は、こちらのページからご覧ください。

  • 【0】ひかりの輪がオウムではないことを示す裁判資料の目次(2019/02/28)

    上祐代表ら「ひかりの輪」のメンバーは、2007年3月に、アレフ(現Aleph)から脱会し、離脱しました。


    その理由は、当時、上祐の性格上、現実的・合理的な考え方から、アレフ内のA派(=反上祐派=現Aleph)に存在していた麻原の危険な教えや政治上の主義・違法行為に対し、徹底的に排除しようとしたために、A派と激しく対立することとなったからです。

    以下に、その経緯と思想の詳細を記します。

    ひかりの輪は、公安調査庁による観察処分の取消しを求めて東京地裁に訴訟を提起し、2017年には、その訴えが認められて、取消判決を受けることができました。

    2018年10月段階では、その控訴審が東京高裁で係属中ですが、その控訴審において、ひかりの輪が裁判所に提出した書類の内容を基本的にそのまま転載しています。

    (なお、裁判所に提出した書類の原文には、記載を裏付ける大量の証拠の証拠番号を随所に記載していますが、ここでは、読みやすくするために、それらは全て削除しています)

    それでは、以下に、  ①オウム真理教時代(1989年~1999年)の上祐代表  ②オウム真理教から改称後のAleph(アレフ)時代(2000~2007年)の上祐代表及びM派(上祐派・代表派〈2004年11月~〉)の言動から時系列に示していきます。

    それによって、「ひかりの輪」が、アレフを脱会するまでに、どのようにして麻原の依存から脱却してきたかの、詳細の事実をおわかりいただけると思います。

      具体的には、
    ・麻原を絶対とする盲信を排除し、
    ・現実的・合理的な考え方を持って、
    ・Aleph時代からA派(現Aleph)と対立しながら、
    ・麻原の危険な教え・政治上の主義・違法行為を、徹底して排除する改革を行い、
    ・段階的に麻原を相対化して、
    ・最終的に麻原の依存から脱却を果たしたという経緯です。

    まず、【1】において総論を述べ、次に【2】において時系列にその言動を示し、次に【3】において「ひかりの輪」の思想について述べるものとします。
     

     

    ひかりの輪がオウムではないことを示す裁判資料の目次

    -----------------------------------------------------------------

    【1】オウム脱却から「ひかりの輪」設立の経緯


    1,総論


    (1) 現実的・合理的・合法的性質を有する上祐の言動
    (2)Alephでの上祐の合理的・合法的運営に反発した松本家
    (3)A派(現Aleph)の麻原絶対視・違法性に反発したM派(上祐派・代表派)
          ①2000年1月:旭村事件
          ②2000年7月:シガチョフ事件
          ③2004年~2006年:三女ら麻原家族の訴訟詐欺疑惑
          ④2004年9月:ケロヨン事件
          ⑤上祐に毒を盛る議論をした疑惑
    (4)両派対立の最大の争点「合理的・合法的な運営か、帰依と違法性の容認か」
    (5)識者も認める「教祖(麻原)を使った宗教の穏健化のプロセス」
    (6)2017年東京地裁判決も政治上の主義の消失と、M派とA派の帰依に対する解釈の違いを認めていること
    (7)まとめ

    以上のとおり、アレフ時代のひかりの輪設立前の上祐及びM派は、初期は、麻原の言葉を用いながら、違法性のない教団運営を実現しながら、徐々に麻原を相対化して、最後には麻原を否定・批判し、麻原・オウムの違法性を完全に否定するに至りました。 全体を通して見ることで、その事実を、確認することができます。

    上祐及びM派の「実際の行動」は、公安調査庁等の主張とは正反対に、「ひかりの輪」は、違法行為に関しては、麻原に準ずる存在である松本家の者さえ批判し、公安当局に通報・告発することはおろか、時には協同捜査さえして、信者の違法行為を封じ込め、逮捕・受刑に追い込むことを繰り返してきました。

    それを、麻原時代の教団から見れば、「教団側」ではなく、「国家・社会側」の立場に立って行動してきたために、アレフのA派からは「公安のスパイ」とまで噂される状態という揺るがぬ事実がありました。


    【2】上祐及びM派(上祐派・代表派)の時系列別言動

    ここでは、時系列別に、言動をまとめています。


    (1)
    1989年8月頃:上祐が、麻原はじめオウム真理教の衆院選出馬に反対。

    (2) 1989年9:上祐が、麻原の毎日新聞社爆破計画や教団の敵対者の
                             ポア(殺害)に反対し、坂本弁護士事件の疑惑にも不満を呈する。

    (3) 1990:上祐が、麻原による熊本地検襲撃の発言に反対し、麻原の教団武装
                         化計画に対して協力するも、葛藤が強かったこと。   

    (4) 1995~1999
    :一連の事件の発覚・麻原の逮捕と変調・予言の不的中などの結果、
                                  紆余曲折を経て、上祐が、麻原を相対化し始めた。

    (5) 1998
    :上祐が、獄中から教団に事件の謝罪表明・被害者賠償を勧める。


    (6) 1999
    年12月~2000年2:上祐が刑務所から出所、教団に復帰、アレフ体制の発足。

     
    (7) 2000年初期:上祐が、アレフ規約制定にあたり、麻原の指示に絶対的に従うとした
                              幹部信者を除名。

    (8) 2000年1:松本家の子女による、いわゆる「旭村事件」が発生。

    (9) 2000年1:教団に対して初の観察処分適用決定

    (10) 2000年6:ロシア人・シガチョフによる麻原奪還計画を、上祐が警察に通報し、
                              入国したシガチョフと警察と協力して監視して阻止。

    (11) 2002
    年1:上祐が教団代表に就任した。

    (12) 2003年1:教団に対する第1回観察処分期間更新決定。

    (13) 2003年2,3:上祐主導による教団改革の開始。麻原を含めた教団の事件関与を
                                  明言、麻原と教団が主張してきた国家権力の陰謀説を否定。

    (14)
    2003年3月ごろから、麻原の家族が再び教団に関与し始め、上祐の改革を批判し
                             てストップをかけ始め、週末を除き修行入り、教団活動の関与を禁
                              じられる。上祐失脚。上祐による教団改革の中止。

    (
    15)2003年10:上祐が教団から麻原色を排除したのは誤りとして、その責任を追及
                            する内容の幹部会が開催され、改革の反省と松本家の尊重を迫る。
                            上祐を毒殺するという話が反上祐のグループの中で出された。

    (
    16)2003年10:上祐が完全に修行入り。外部連絡を絶たれ幹部監視下の修行を強要。

    (
    17)2003年10:荒木が「上祐の改革は誤り、許されないグル外し」と「お話会」で
                                出家信者対象に何十回か連続開催。

    (18)2004年5
    :三女が、入学拒否した大学に対し、自分は教団と無関係と虚偽の
                               事実を述べて損害賠償請求訴訟を提起。

    (19)2004年9
    :正悟師全員(村岡以外)が上祐批判に疑問、上祐は活動復帰の意思。

    (20)2004年9
    :・ケロヨン事件(分派グループによる傷害致死事件)が発生し、
                                  上祐らが警察と協力して解決。
                               ・上祐らは、警察に相談の上、通報、グループの関係者を説得、
                                   警視庁石神井警察署に自首させた。
                               ・松本家は、警察への通報に消極的で、松本家側の信者は、
                                   警察に通報し自首させた上祐らの対応を批判。

    (21)2004年11:松本家に軟禁状態に置かれた上祐が、活動復帰を一部幹部らに宣言。

    (22)2004年11:「教団の問題について考える会」が開催され組織的なM派が成立。

    (23)2004年12松本家の家族派が「上祐の指導部排除がグルの意思」と主張。

    (24)2005年1
    :M派が、「オウム事件は麻原・オウムが起こした事件で誤り」と主張。

    (25)2005年5:A派最高幹部が「公安調査庁は寄生虫」「権力を震え上がらせるだ
                                けの帰依を見せつけろ」等と説法。

    (26)2005年5:上祐らが戸隠神社地域での個人的修行を契機に、上祐攻撃が激化。

    (27)2005年6:在家信者も派閥形成が始まる。A派は、上祐の行為は「グル外し
                               で魔境」で、上祐や上祐を支持する出家信者と話すことの禁止を指導。

    (
    28)2005年夏:M派は、会合でオウム事件の総括を促進。
                            A派は、100名以上の会合で「刑事裁判の検察の主張は信用できない」
                             等とし、上祐の行為は「グル外しで許されない」と批判、
                          「松本家を尊重すべき」と主張。

    (
    29)2005年8:M派の船橋道場長がA派の教団運営に従わないとし、
                               A派幹部が、大挙して船橋道場に来訪する騒動が発生。

    (
    30)2005年9:A派が、上祐を教団代表職から罷免する計画を立案。

    (
    31)2005年9:M派が、文書やブログで教団内に広く主張を訴える。

    (
    32)2005年10:M派の信者2百数十名が「アレフの活動が合法的、社会的に行な
                                 われ違法で反社会的にならないよう要請」する文書をA派に提出。

    (
    33)2005年10:教団大阪道場の家主が、反社会的発言を繰り返す幹部のいるA派
                                  を契約解除、家主は、上祐派を信頼すると居住を許可。

    (34)2005年10
    :中間派幹部を仲介人とし、A派とM派の代表者同士での話し合いは
                                  平行線をたどる。

    (35)2006年1月
    : 教団に対する。第2回観察処分期間更新決定。


    (36)2006年1月: A派の、M派を解体する計画が判明。

    (37)2006年3月: 上祐らM派スタッフが京都・広隆寺の弥勒菩薩を拝観、
                                  麻原脱却へ大きな心境の変化が生じた。

    (38)2006年3,4月
    : A派とM派の代表者間で、経済問題を話し合う会合が開催。

    (39)2006年2月~4月:松本家の「裁判詐欺疑惑」の高まりと、M派の脱会の宣言。

    (40)2006年4月: 3月27日に麻原の控訴棄却で、死刑の可能性が高まり、
                               上祐は、信者らに、「麻原は死刑執行の可能性が極めて高く、
                                「麻原が刑死せず、復活や予言を信じるA派」は妄想的であり、
                                現実的・合理的・合法的な活動をするために、
                                別の団体の検討を始めていると説いた。

    (41)2006年4,5月:上記の両派の合意情報が一部曲がって外部に流出、
                                    上祐が新教団設立に動くと大きく報道される。

    (42)2006年5月: 上祐が、教団内の出家信者(A派含む)に対する説明会
            (新教団発足の報道内容の真偽、M派の思想)を開催。
            主な内容は、
            ・「麻原を信じなければ救済されない」ということはない
            ・「麻原の現人神(あらひとがみ)信仰」は危険
            ・オウム真理教の位階制度を熾烈に批判
            ・オウム・アレフ教団が魔境
            ・麻原だけからイニシエーションは生み出されるものではない
            ・麻原の位階制度は、あまりにも単純
            ・麻原の解釈したキリスト・絶対者の弥勒菩薩(マイトレーヤ)は、
                「オウム教団の問題」を表しており、上祐が目指すものは、完全で
                 はなくて、不完全な存在としての菩薩であること。
            ・「麻原の絶対視」は、「自分達の絶対視」。やめる必要がある
            ・人は、はまると馬鹿なこと(一教団が政権取ること)をやってしまう
            ・裸一貫にならねば、誰かに頼っていては、真っ当な道を行けない

    以上の上祐の、多数のAleph信者に対しての言動は、公安調査庁作成の上記証拠からも明らかです。

    (43)2006年7月: M派とA派が、居住区域及び会計を完全に分離。

    (44)2006年9月15日:麻原の死刑判決が確定。
              上祐らM派が「死刑判決は当然」と報道各社にコメント。

    (45)2006年11月: M派において、麻原の著作をはじめとする
              オウム真理教・Alephの教材の全面破棄を決定。

    (46)2007年1月: 上祐が麻原への絶対的な帰依を否定、自立を宣言・推奨する講話を行う。

    (47)2007年3月~5月: 2007年3月に、M派はAlephを脱会し、準備期間を経て、同年5月に「ひかりの輪」を発足。


    【3】新団体の理念を説いた2007年以降の上祐の講話等の概要


    【4】アレフ(及び麻原の家族)と激しく対立してきた事実
    (「ひかりの輪」が様々な点で麻原への(絶対的な)帰依に違反していること


    【5】「ひかりの輪」とアレフが、長年の深い断絶と対立の関係にあること


    【6】「麻原を王とする」政治目的を有さず、そのための違法行為を否定してきた事実


    【7】当団体が麻原の死刑執行に賛同し、執行後は危険性がないことを政府も認めている事実


    【8】公安調査庁の違法不当な調査・証拠等


    【9】ひかりの輪とアレフの大きな違い


    【10】公安調査庁による「麻原隠し」の主張の誤り

  • 【1】オウム脱却から「ひかりの輪」設立の経緯(総論)(2019/02/28)

    前の記事に引き続き、ひかりの輪が観察処分取り消しを求めて裁判所に提出した書類を、以下に掲載します(読みやすさやプライバシー等を考慮して、一部、削除したり伏字にしたりしている箇所があります)。

    ------------------------------------


    【1】オウム脱却から「ひかりの輪」設立の経緯

    1.総論

    (1)現実的・合理的・合法的性質を有する上祐の言動

    上祐ら「ひかりの輪」が、アレフ(現Aleph)に在籍していた時代に、麻原の家族を初めとする当時の反上祐派(いわゆる「A派」=現在Alephのメンバー)との決定的対立を招いた決定的相違点とは、端的にいうと、麻原を盲信しない現実的・合理的な考え方に基づく合法的な活動(ひかりの輪)か、麻原への盲信・狂信に基づいて違法行為をも容認する面のある活動(現Aleph)か、ということである。

    換言すれば、団体活動において、現実的・合理的な考え方によって、徹底的に違法性を排除し「合法」を志向するのが「ひかりの輪」である一方、麻原の意思であればむろん、麻原を盲信し、違法的な活動をも容認する傾向を有するのがAlephということである。

    結論を先にいえば、現実的・合理的な考えと合法性を求める「ひかりの輪」は、狂信・盲信と違法性を容認するAlephとは、共に活動をすることができないと考えた上祐ら構成員が、Alephを脱会して、結成されたということである。

    そもそも上祐自身は、オウム真理教時代から、現実的・合理的な性格を有し、例えば、選挙の惨敗が国家の陰謀であるとする麻原の主張をただ一人否定したことなどは、一般にもよく知られており、時に触れて麻原の非現実的・非合理的な指示や、それに基づく違法行為に反対してきた。そのため、一般にも「麻原に対して唯一ノーといえる男」ともいわれる。

    そのような上祐ではあったが、オウム真理教時代は、自著で述べる様々な精神的な要因による麻原とその教義への盲信のために、麻原に強く迫られると抗しきれずに、炭疽菌散布実験など、武装化計画にも一部荷担したことがあるし、サリン事件の後も教団を擁護する広報活動を行った。

    しかし、他の幹部信者に比べて、自分の頭で考えて、その現実的・合理的な視点から、麻原に異論を述べることが多く、最終的に従う場合にも、他の幹部信者と違って二つ返事ではいかない性格のために、結果として、麻原に疎まれ、1994年にロシアに派遣されることになった(=日本から追い出された)ともいわれている。

    ところが、1995年の麻原逮捕後は、現実として麻原の武力路線が破綻したため、上祐の中で、本来の合理的・合法的な傾向が強まり、麻原逮捕後に教団の運営を主導すると、現実的・合法的な方向に導いた(いわゆる上祐の「ソフト路線」と呼ばれる社会融和的な教団運営)。その一環として、麻原に要請して、信者にこれ以上の破壊活動を禁じる指示を出させ、出頭しない逃亡犯を教団は匿わない意思を明確にするために除名するなどした。

    獄中の麻原は、その上祐の方針を破防法対策として、しばらく容認していたが、やはりついには嫌がることになり、上祐が1995年10月に国土利用計画法違反事件に絡む偽証の罪で逮捕されると、麻原は、上祐のとった路線を強く否定し、上祐に教団運営に関与しないように命じ、教団には、「上祐色を一切なくし、路線転換するように」と強く指示した。

    また、1996年には、麻原は再び従来の予言を繰り返し、神のような身体(いわゆる「陽身」)を得るとして、死刑にならず復活することを示唆したため、その影響を受けた獄中の上祐は、一時的に再び麻原に対する盲信を深め、1996年の自らの公判などで、麻原への帰依を表明するなどした。

    しかし、1997年以降に、麻原のハルマゲドン予言が外れ、さらには麻原が不規則発言や奇行を始めて連絡がなくなったことなどから、上祐の中で、再び麻原の相対化が進み始め、1999年末に出所するまでには、麻原の教えの危険性の一角を形成しているハルマゲドン予言は外れたと出家信者に明言するほどになっていた。

    (2)Alephでの上祐の合理的・合法的運営に反発した松本家

    1999年末に上祐は釈放され、教団に復帰した。2000年2月には、上祐が主導する形で、オウム真理教を改称したAleph(当時はアレフ。その後アーレフと改称しAlephに至るが、以下Alephで統一する)の体制を発足させた。

    上祐の合理的・合法的性質は、Aleph体制に如実に反映されていた。麻原自身が裁判でも自分の事件への関与をほとんど認めず、獄中から予言や復活を説いていたために、上祐が復帰した教団の信者の中には、麻原の事件関与を認めず、その予言や復活を信じている者が少なくなかった。しかし、上祐は、麻原の一連の事件への関与を明言し、現実的な視点から麻原の予言や復活を否定し、麻原の死刑は不可避だと主張し、現実的な教団運営を主張した。

    そして、破防法対策としても麻原が許可したことがないのに、教団内部の反発・反対を抑え込んで、2000年(平成12年)の2月に、麻原をはじめとする教団の事件への関与を公に認めて謝罪した。それとともに、教団の名称を「アレフ」と改名し、麻原の公の位置づけを、優れた瞑想家であるが、その事件は間違いとして相対化した新体制を敷いた。

    さらに、これもまた破防法対策としても麻原が許可したことがないのに、教団内部の反発・反対を抑え込んで、被害者への賠償を開始し、同年7月には、被害者賠償契約を締結した(なお、上祐らの脱会後、Alephは被害者賠償契約の更改に応じず、被害者団体と裁判所で調停に至るも不調に終わっているが、それはそもそも被害者賠償契約の締結に対する麻原の指示・許可がないからである)。

    さらに、教材においては、ヴァジラヤーナなどの危険な教義を廃止するだけでなく、これまた破防法対策としても麻原が許可したことがないのに、麻原を最終解脱者とする記載をなくし、特に2003年には、麻原を前面に出した従来の体制を弱める教団改革に着手した。

    ところが、こうして進む改革に対して、麻原の教え・指示を絶対とする、麻原の妻(松本知子あらため明香里)や三女(松本麗華)が激しく反発するようになり、麻原の家族を全ての信者の上に置く麻原の指示を使うなどして、Aleph教団内で多数派工作を行った挙げ句、上祐を失脚させ、2003年6月以降、「修行入り」と称する軟禁状態に置き、一般信者から隔離した。

    その上で、麻原の家族・松本家主導のもとで、教団は、麻原への絶対的帰依を強める方向へ「原点回帰」していった。

    (3)A派(現Aleph)の麻原絶対視・違法性に反発したM派(上祐派・代表派)

    そのような原点回帰・麻原絶対視は、自然と、教団の反社会的な性格を強め、団体活動の違法性を容認する傾向を帯びることになった。現に、松本家は、後述のように、上祐が教団に復帰した1999年末以降、上祐の軟禁後に至るまで、少なくとも以下の4つの事件において、明らかに違法または違法性の高い行動をした。

    ①2000年1月:旭村事件 麻原の長女と、次女・三女との間で争いが起き、次女・三女が長女の住居に不法侵入した容疑で逮捕された事件。このため、松本家は、表面上は教団運営から離れることになった。

    ②2000年7月:シガチョフ事件 ロシア人元オウム信者シガチョフが、武器を用いて麻原の奪還を計画した事件。それを知った三女が、シガチョフについて「帰依がある」と賞賛したため、シガチョフの犯行を心理的に後押しする結果を招いた。

    ③2004年~2006年:三女ら麻原家族の訴訟詐欺疑惑 和光大学から入学を拒否された三女は、自分は教団とは無関係であると嘘の主張をして、2004年に同大学に損害賠償請求訴訟を提起し、2006年2月に30万円の賠償金の支払いを得たが、この三女の行動は詐欺の可能性があるとして捜査当局が注視し、オウム事件の被害者の弁護士も批判した。 さらに、2006年4月には、次男の入学拒否に関して5000万円もの多額の賠償金を求めた訴訟を提起した。これが、この2006年4月前後に、合法的な教団運営を追及する上祐らが、Alephから脱会し、新団体を設立する必要性を議論する一つの理由となった。

    ④2004年9月:ケロヨン事件 Alephを脱会した、麻原への過激な個人崇拝を行う信者らのグループ・ケロヨンクラブが、他の信者を竹刀で叩く等の過激な修行を行った結果、信者を死に至らしめた傷害致死事件。 同事件発生直後、直ちに教団側に情報が入ったものの、松本家側は、事件を明るみにすることを極力避ける傾向にあり、逆に事件を明るみにした上祐等を批判した。このケロヨン事件の問題が、上祐が家族に強いられた幽閉から自分の意思で脱出し、2004年11月に、上祐派(M派)を形成する一つの理由となった。

    ⑤上祐に毒を盛る議論をした疑惑 2003年に、二ノ宮と麻原の家族の中で、上祐に毒を盛ることが議論されたことがある。その事実を上祐が知ったのも、ケロヨンと同じく、2014年に、上祐がM派を形成し始める少し前のことである。

    上記①②は上祐軟禁前のことであるが、上記③④⑤は上祐の軟禁中に発生したことである。

    こうした違法性の高い行動がまた繰り返されようとしていることに危機感を抱いた上祐や、上祐を支持する者達が、2004年11月に、M派(上祐派・代表派)を結成した。一方、そうした上祐らの行動を封じ込めようとする者達が、A派(反上祐派・三女アーチャリー〈三女の宗教名〉支持派)と呼ばれるようになり、激しく対立するようになっていった。
    この両派の結成と対立については、2017年東京地裁判決も認定しているところである。

    (4)両派対立の最大の争点「合理的・合法的な運営か、帰依と違法性の容認か」

    この両派対立の最大の争点は、頭書の通り、①麻原の事件関与・刑死を直視し、その予言・復活を否定した現実的・合理的な視点による「合法的」な団体活動か、②麻原の事件関与を直視せず、国家権力による陰謀論(国家権力の陰謀によって無実の教団が陥れられたとの論)を保持し、麻原の予言・復活を信じて、麻原への絶対的な帰依(盲信)を保ち、違法性をも容認するか(違法か)ということであった。ある意味で、イスラム教(やキリスト教などで言われる)穏健派と原理主義派とよく似ている。

    合法性に関して、さらに言えば、M派は、教団信者の違法行為を防止・排除するためならば、あえて警察とも協力するということであった。しかし、麻原は、警察・マスコミ・国家権力を強く敵視し、悪魔の手先と説いていたので、上祐は、麻原と同じく警察を敵視・悪魔視するA派からの激しい反発を招くことになり、「公安のスパイ」呼ばわりされるようになったのである。

    M派は、麻原を盲信し、上記①~④のような明白な違法性を有するA派の団体運営に対して、強く異を唱えた。M派は、その主張内容を繰り返し文書にして、A派を含む教団内部に配布し、周知に努め、時にはA派に直接要請書を突きつける等の取り組みを行ったが、それらはいずれも、合法的な教団運営を第一に求める内容であった。

    それは、決して言葉だけのものではなく、確たる行動をともなうものであった。

    現に、上祐は、上記②のシガチョフ事件においては、情報を真っ先に日本とロシアの公安当局に伝え、シガチョフの逮捕に結びつけ、当局との共同作業によって、事件の早期解決を導いた。

    上祐およびM派は、上記④のケロヨン事件においては、一度はケロヨン関係者によって事件の隠蔽が図られ、捜査当局も騙されていたところを、真っ先に公安当局に情報を提供し、事件を再捜査させ、関係者を出頭させる等して、当局との共同作業によって、事件の解決に貢献した。

    上記①③については、M派はたびたび教団内で問題提起し、三女の行動を批判した。

    以上のことから、M派の行動は、松本家率いるA派の違法な言動に対する抗議の念から生じていたもので、そのためならば国家権力・公安当局とも協同するものだったのである。

    なお、合法的な活動を追求する上で、上祐らは、ハルマゲドンが起こって麻原がキリスト(王)になるという麻原の予言を完全に否定し、麻原の死刑による死を前提に活動した。これは本件観察処分で、麻原を武力行使により日本の専制君主とするオウム真理教の政治上の主義とされるものを完全に否定したものである。しかし、麻原自身は、獄中からも予言をし、麻原が神のような身体を得る(ゆえに死刑にならない)ことを示唆しており、上祐らはこれに逆らったことになる。

    (5)識者も認める「教祖(麻原)を使った宗教の穏健化のプロセス」

    なお、M派が教団運営の合法性・社会性を訴えて作成した当時(2005年・平成17年頃)の文書やブログには、「合法的な教団運営こそが麻原(グル)の意思である」旨が、繰り返し説かれ、「麻原の意思」が強調されている。

    公安調査庁等は、こうした点をとらえて、「ひかりの輪」についても「麻原の意思」を実践することを「特定の共同目的」としていると主張しているのであるが、その見立ては完全に誤っている。

    これは、一言で言えば、M派は、自分達が望む現実的・合理的・合法的な活動の実現のために、その主張に沿う麻原の発言を用いた(いわば利用した)にすぎない。

    M派の主張を伝えたい相手であるA派や大多数のAleph信者は、麻原に対して強く帰依しており、その発言を金科玉条のごとく奉っていた。特に、麻原がすべての信者の上に置くとし、本来は上祐らが従わなければならない麻原の家族が、麻原を盲信しており、違法行為を容認する一面があった。そのような相手に対して、教団運営の合法性を訴え、教団を穏健化させることを説くためには、教祖・麻原の言葉を使うことが、現実として唯一の方法であった。

    ただし、上祐らM派自身も、麻原の過ちやオウム事件を直視する勉強会を通じて、麻原を相対化して、麻原への絶対的な帰依は消失していたとは言え、その当時は、依然として麻原への一定の依存が残存していたために、自分達のためにも、麻原の言葉に頼らざるをえなかった面があることも事実である。

    また、こうして現実的・合法的な路線のために、それを助ける麻原の言葉を用いたのであるが、麻原の教え・指示・言葉の全体をよく見るならば、そもそもの麻原の妄想的・非合法的な性格・性質のために、上祐らの麻原の言葉の使い方には無理な一面があり、しかも、麻原がすべての信者の上に置いた麻原の家族に従わなかった。そのため、麻原を絶対とし、その言葉通りの実践=麻原への絶対的な帰依をする者たち(A派)は、上祐らが麻原に帰依していない、(社会対策のために)麻原を隠しているのではなく、実質的に麻原を外して否定し相対化(グル外し・グル否定)しており、代わりに上祐がグルになろうとしているとされた。

    しかし、こうした麻原の言葉を用いた行動は、あくまで麻原を相対化はしつつも一定の依存が残存していた初期の対応であり、その後は、2006年から2007年にかけて、麻原から完全に脱却する過程を歩み、2006年11月には、麻原への依存を完全に脱却するため、その教えと教材も全て破棄する決定をした。

    上祐も、違法行為に繋がるような場合は、麻原の教えを文字通りに、言葉通りに解釈してはならないと明確に説き、それまでの麻原の危険な教えや指示を事実上、無に等しいものとし、麻原の絶対性を否定した。なお、原審の原告準備書面(1)・第5で詳述したように、麻原への絶対的帰依とは、まさに麻原の言葉通りに実践することであるから、これは上祐やM派が、麻原への絶対的帰依から離れていったことを物語っている。

    そして、ついには、麻原を否定・批判し、麻原の言葉に頼る必要もなくなっていき、M派はAlephを脱会、「ひかりの輪」「ひかりの輪」の設立に至るのである。

    以上のとおり、上祐及びM派、そして「ひかりの輪」がたどったプロセスは、

    ①麻原を否定せず、麻原の言葉を用いながら、麻原の危険な教えを排除して、信者・教団の違法行為を防止して、事実上、麻原を相対化する②違法行為に繋がる「麻原の言葉」に関しては、その言葉通りの実践を否定して、直接的に麻原への絶対的な帰依を否定して麻原を相対化し、違法行為を否定・防止し、③麻原を明確に全面的に否定・批判することで、違法行為を否定する
    というものであった。

    また、M派や「ひかりの輪」に生じたこのようなプロセスは、麻原の説法や言葉に限ったことではなく、その崇拝対象についても生じたのである。すなわち、オウム時代やAleph時代の初期は、崇拝対象は麻原だったものの、その後は、以下の順に変化していった。

    ①麻原を維持しつつも、麻原の絶対性をなくして相対化する(2006年までのAleph時代)②麻原を含めた特定の人物の絶対視を否定しながら、シヴァ神、大黒天、一般的な三仏を宗教的なシンボルとする(ここでのシンボルは崇拝対象とは異なる意味を持つ)(2007年の「ひかりの輪」発足から2013年頃まで)③特定の何者をも崇拝しない哲学教室へと改編(2014年の哲学教室への改編の開始から現在まで)

    このように、過激な宗教が穏健化するプロセスとして、その初期においては、かつての絶対者・権威者の言葉や、それに関連する象徴を用いるなどして段階的に変化・変革し、最後には完全な脱却を果たすということは、一般的なものであり、さらに言えば、唯一現実的な過程ともいうことができる。

    それは、キリスト教の過激派に自ら接し、イスラム過激派を含めた国際テロリズムの調査にあたった元公安調査官のN氏や、同じくキリスト教の反社会的・異端的勢力の歴史の研究にあたった宗教学者の大田俊寛氏の見解からも明らかであり、両氏とも、公安調査庁等の見解を早計・先入観であるとして、以下の通り、誤りと批判している。

    ◎元公安調査官・N氏の見解

    ところで、国は、上祐氏ら「ひかりの輪」の幹部が、Alephからの脱会直前に麻原の言葉を用いてAleph構成員に話をしていたことを根拠に、「ひかりの輪」にも麻原の教義を広める「特定の共同目的」があり、Alephと同一団体であると主張しています。 しかし、それらの事実を指して、「ひかりの輪」が麻原に帰依していると見るのは早計に感じます。 たとえば、キリスト教の教団の中には、神の命令に基づく「聖戦」を主張し、核戦争の到来を待望する過激派があります。いわゆるキリスト教過激派です。そのような彼らを穏健な方向に変わるよう説得するために、その信仰の土台となる用語--たとえばイエスや聖書の言葉を用いるのは、別段おかしなことではありません。それだからといって、説得する側が過激思想を有しているというわけではないのは当然です。
    これは、そのようなキリスト教過激派にも接してきたことがある私自身の体験からも言うことができます。 国は、今いちど、上祐氏らの過去の発言について、先入観をなくして、その意図するところを一つ一つ慎重に調べ直す必要があると思います。 昨年9月の東京地裁判決は、その点について、十分に時間をかけて慎重に調べた結果として導き出されたものであると私は見ています。

             ◎宗教学者・大田博士の意見書

    加えて、しばらく前まで「ひかりの輪」は、「大黒天」や「三仏(釈迦・弥勒・観音)」を宗教的シンボルとして用いていたのだが、公安調査庁はこれらを、麻原彰晃に対する崇拝が形を変えて(偽装されて)維持されているものと見なした。確かに、このような解釈を引き寄せてしまう余地が少なからずあったとはいえ、「ひかりの輪」の宗教的見解の変遷をアレフ時代まで遡って時系列的に振り返ってみると、そうした主張もまた、事実を正確に捉えたものとはいい難い。
    (中略)

    2000年から「ひかりの輪」設立前年の2006年まで、上祐氏とその支持者(「代表派」や「M派」と呼ばれていた)のあいだでは、未だ麻原=シヴァ大神信仰の呪縛が強く残存しながらも、そこから離脱するための道が模索されることになる。2002年頃から教団では、現在も続く日本の「聖地巡礼」が開始されるのだが、宗形真紀子氏はその体験から、シヴァ神に対する理解が少しずつ変容していったということを記している。

    (中略)

    すなわち、シヴァ神信仰の世界的広がりや多様性を実感するにつれ、それを麻原崇拝や終末論に局限して理解する方法が次第に相対化されていった、ということになるだろうか。 上祐氏もまた、「聖地巡礼」の過程で、オウム時代とは異なる神観念を獲得していった。

    (中略)

    2009年には、オウム時代のヒンドゥー教的シヴァ神からの脱却の象徴、すなわち、「シヴァ神に由来しつつも、シヴァを降伏した仏教の護法神」という位置づけが与えられるようになる

    (中略)

    以上のような仕方で上祐氏は、「シヴァ神」や「弥勒菩薩(マイトレーヤ)」に対する意義づけを、オウムにおけるそれから根本的に更新していった。こうした一連の流れは、公安調査庁を始めとする外部の人間からは、オウム時代の信仰から依然として連続性を保つもの(「麻原隠し」)と見なされた一方、アレフの主流派からは、教団にとってもっとも重要な麻原への信仰を骨抜きにするもの(「麻原外し」)であると捉えられた。

    (中略)

    「ひかりの輪」の設立以降も、オウムからの完全な脱却を目指した改革は進められていった。その初期においては、上祐氏の体験したヴィジョンに基づき、「大黒天」や「弥勒菩薩」を含む諸神仏が信仰の対象とされたが、個人の神秘体験を過剰に重視するべきではないこと、神聖なものは外部の対象にではなく一人一人の心に存在していることが説かれるようになり、2013年12月に実施された基本理念の改訂においては、特定の崇拝対象を持たない「宗教哲学」的なスタンスで探求を行うこと、また、自己を絶対視せず、「未完の求道者」の心構えを持ち続けることが明記された。

    (中略)
    要約すれば、オウム時代以降の崇拝対象の変遷は、大枠として以下のように整理されるだろう。

    麻原彰晃=シヴァ大神→ シヴァ神→ 大黒天や弥勒菩薩(三仏) → 崇拝対象は持たない

    確かに外部の人間からすれば、オウムはあれほどの惨劇を引き起こしたのだから、どうして一挙に麻原信仰から抜け出せないのかと、苛立たしく感じられる点もあるかもしれない。しかしながら教団内においては、先述したように、麻原による終末予言の呪縛、陰謀論の残存、アレフ主流派の反発、宗教的求道心の迷走等の諸要因があり、麻原信仰からの脱却は現実には、暗中模索の状態で一歩一歩なされざるを得なかった。ゆえにわれわれは、経緯の一部を取り出して早急に判断するのではなく、それら一連の経緯の全体を視野に入れた上で、「ひかりの輪」の現状に対する評価や批判を行う必要があると思われる。

    (6)2017年東京地裁判決も政治上の主義の消失と、M派とA派の帰依に対する解釈の違いを認めていること

    なお、前記の通り、Aleph時代の早期において、上祐ら「ひかりの輪」(当時のM派)は、前記ないし後記2(40)記載の通り、麻原の予言・復活を信じず、その刑死を受け入れた講話や活動を繰り返しており、本件処分上の政治上の主義である、麻原を独裁的主権者とする政治上の主義の実現など全く考えておらず、麻原が主導した時代のオウム真理教と異なり、無差別大量殺人行為を繰り返す目的・動機が消失しており、それゆえに危険性が消失していたことは明白である。この点に鑑み、2017年東京地裁判決も、

    (一連の事件の原因となった)本件の政治上の主義についても、両サリン事件当時には、これがオウム真理教の教義と密接不可分に結びついていたとしても、松本が死刑確定者として長期にわたり収容されている本件更新決定時においても、なおオウム真理教の教義と密接不可分に結びついているとは言い難い。仮に同時点において、本件政治上の主義が存続しているとしても、松本を王ないし独裁者とする祭政一致の専制国家体制を構築するために構成員がどのような行動をとるのかは不明確と言わざるを得ない。そうすると、仮に、原告(ひかりの輪)が、オウム真理教の教義を広め、これを実現する目的を有するものと認められたとしても、そのことから直ちに本件更新決定時における原告とAlephが一つの組織体ないし団体と認められるということはできず(後略)(p94~95)

    と述べて、本団体全体においても、無差別大量殺人行為に至る危険性が漸減していることを判示し、さらには構成員によって行動が異なること(例えば当時のM派とA派)を示唆しているのであるから、ましてや「ひかりの輪」においては、その危険性が完全に消失していることは明らかである。

    また、2017年東京地裁判決は、初期において現実的・合法的な教団の実現のために麻原の言葉を用いる中で麻原への帰依を表現していたM派と、麻原が説いた通りに麻原への帰依を解釈して麻原の言葉を文字通り実践し違法行為をも容認するA派では、麻原への帰依の解釈が異なり、そのために取る行動が異なってくることを認め、以下のように述べている。

    団体において無差別大量殺人行為に及ぶ危険性を内包するものとしても、個々の構成員が行う団体としての行動を一義的に特定する程度に具体的で明確であるとは認めがたい。むしろ、原告が設立される前のAleph内においても、どのような団体運営が松本に対する真の帰依であるかについて上祐派とA派の対立があったのであり、松本に対する絶対的な帰依というオウム真理教の教義の本質的部分でさえ、多義的であり、個々の構成員によって異なる解釈が存在するものであるから、これが構成員としての行動として具現化されるには、組織体として独自の意思を決定し得ることが前提とならざるを得ない。(p94)


    (7)まとめ

    以上のとおり、上祐及びM派は、初期は、麻原の言葉を用いながら、違法性のない教団運営を実現しながら、徐々に麻原を相対化して、最後には麻原を否定・批判し、麻原・オウムの違法性を完全に否定するに至ったことが、全体を通して見れば、明らかとなるのである。

    よって、ある一時期における上祐及びM派の「言葉のみ」をいたずらにとらえて、「ひかりの輪」がAlephと一体となって「麻原の意思」を実現しようとしているという公安調査庁の主張は失当なのである。

    一方、上祐及びM派の「実際の行動」を見るならば、公安調査庁等の主張とは正反対に、「ひかりの輪」は、違法行為に関しては、麻原に準ずる存在である松本家の者さえ批判し、公安当局に通報・告発することはおろか、時には協同捜査さえして、信者の違法行為を封じ込め、逮捕・受刑に追い込むことを繰り返してきた。麻原時代の教団から見れば、教団側ではなく、国家・社会側の立場に立って行動してきたために、A派からは「公安のスパイ」とまで噂される状態になったという、揺るがぬ事実が存在する。そして、それは、今後も同様であることが明らかである

    それを証明するために、以下に、時系列を追って、上祐及びM派の言動を見ていくこととする。

  • 【2】オウム脱却から「ひかりの輪」設立の経緯(時系列)(2019/02/28)

    前の記事に引き続き、ひかりの輪が観察処分取り消しを求めて裁判所に提出した書類を、以下に掲載します(読みやすさやプライバシー等を考慮して、一部、削除したり伏字にしたりしている箇所があります)。

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    【2】オウム脱却から「ひかりの輪」設立の経緯

    2,上祐及びM派(上祐派・代表派)の時系列別言動


    (1)1989年8月頃 上祐が、麻原はじめオウム真理教の衆院選出馬に反対。


    衆議院選挙に出るという麻原の発言を受けて、選挙の是非を話し合う高弟(幹部信者)たちの会議が開かれ、ほとんどの弟子たちが麻原の考えに賛成した。だが、上祐は反対した。反対したのは、ほかには一人だけだった。上祐が反対したのは、到底選挙に勝てるとは思えなかったからである。こうしたこともあって、上祐は教団内から、「自分の考えが強すぎる。修行を進めるには、自分の考えを捨て、グル(=麻原)に帰依することが必要だ」と批判されることが少なくなかった。

    1990年2月に衆院選が公示され、教団からは麻原と上祐ら計25人が立候補した。同月18日に投開票され、25人全員が落選した。結果は、惨敗だった。

    これに対して、麻原は出家信者多数を集め、富士山の総本部道場で選挙を総括する会合を開いた。麻原はその場で、次のような主旨だと解釈できる講話をした。

    「選挙の敗北は、選挙管理委員会による開票操作の陰謀だ。合法的な活動では、救済はできないことが明らかになった。ヴァジラヤーナ(テロ活動)が唯一の救済の選択だ」

    この時点で、一般信者には「ヴァジラヤーナ」のことは知らされていないので、麻原の説法は抽象的な表現で行われたのだが、上祐には麻原が言っている意味がわかった。

    これを聞いた上祐は納得できず、投開票の当日、部下の信者に指示し、出口調査を行った。100人以上の回答を得たが、麻原に投票した人は、一人もいなかった。そこで、上祐は麻原と大勢の信者の前で、この調査結果を説明した。

    「調査結果からも今回の選挙の敗北は、陰謀だとは思えない」

    この発言は当然、教団内で大きな波紋を呼んだ。上祐は意見を聞かれて、率直に自分の意見を言ったつもりだったが、麻原に帰依することが最重要とされる教団で、教祖と高弟の意見が真っ向から食い違った形になったからである。上祐の意見に賛成したのは、一般信者でたった一人だけだった。ほかの高弟たちは、陰謀説を支持するか、黙っているかであった。

    この事実は、上祐著『オウム事件 17年目の告白』に詳細が述べられているが、有田芳生氏(オウム専門のジャーナリスト・参議院議員)が、当時の教団内部の議論の録音テープからも、以下の通り確認している。

    有田:ただ、私は地下鉄サリン事件当時、麻原の指示に反対する上祐さんの声を聞いたことがあるんです。教団施設が警察の強制捜査を受けた際、私も現場に足を運んだのですが、上九一色村の倉庫に、大量のカセットテープが散乱していた。その中から、'90年の総選挙に出馬すべきかどうかという教団内部の議論の様子を録音したものを見つけたんです。そこに、選挙に出ることに反対する上祐さんの声が収められていた。(『週刊SPA!』2012年12月18日号より)

    また、当時の議論の現場に居た幹部の野田成人も、以下の通り証言している。

    そんな状況下で、ただ一人だけ陰謀説に異を唱えた人物がいる。当時正悟師の上祐だ。教祖が多数の信者を前にして「票のすり替えが行われた」と話す中、上祐は「自分独自の電話調査では、麻原彰晃に投票すると言った有権者は、100名中誰もいなかった」と反論した。200人以上の信者面前での反駁である。その時、場の雰囲気が凍りついたのを覚えている。(野田のブログ及び著書より)

    以上のことからも、上祐は、この頃からすでに、現実的・合理的な思考に基づく独立心が強く、「自分の考え」を強く持ち、陰謀論を唱える麻原に帰依しきれない傾向を持っていたことを示している。

    なお、上祐が、選挙の投票操作の陰謀論を否定したことは、間接的に、教団が武装化路線に集中することに反対する意味もあって重要であった。なぜならば、麻原は、選挙等による民主的・合法的な布教(マハーヤーナ路線)と、教団武装化(ヴァジラヤーナ路線)の二つを行いながら、この陰謀論によって、以下のように述べて、マハーヤーナを否定して、ヴァジラヤーナ路線に集中するように教団を導き、実際にそうしたからである。

    「今回の選挙の結果は、はっきり言って惨敗、で、何が惨敗なのかというと、それは社会に負けたと。(略)つまり、選挙管理委員会を含めた大がかりなトリックがあったんじゃないか」「今の世の中はマハーヤーナ(合法的路線)では救済できないことが分かったのでこれからはヴァジラヤーナ(武装化路線)でいく」


    (2)1989年9月 上祐が、麻原の毎日新聞社爆破計画や教団の敵対者のポア(殺害)に反対し、坂本弁護士事件の疑惑にも不満を呈する。

    衆院選出馬にともない、教団が次第に社会の注目を集めるようになるとともに、一部マスコミが教団批判を始めるようになった。そのスタートを本格的に切ったのが、週刊誌『サンデー毎日』だった。

    同誌は9月上旬から、教団批判のキャンペーン記事を連載した。これに対する麻原の反応は苛烈なもので、村井と相談するなどして毎日新聞社ビルを爆破するための下見をさせるなどしたことが、麻原への東京地裁判決で認定されているが、この計画を知った上祐は、麻原に対して、強く反対を訴えたのである。当時の教団幹部・野田成人も次のように述べている。

    「尊師!これは人殺しです、不殺生戒に反します、教団が潰れます!」などと言えた人間は当時誰もいなかった。いや一人だけ可能性あるやつがいた、それは上祐だ。上祐は、「毎日新聞社にガソリンを積んたタンクローリーで突っ込むか」と麻原が言った時に「止めてください」と止めたことがある。(同氏のツイッターより)

    また、坂本弁護士事件の前にも、教団の敵対者をポア(殺害)することに関して、強く反対し、自分が関知しないところ起きた坂本弁護士事件の疑惑に対しても、麻原に不満を表している。

    麻原から(坂本の名前は出さずに)教団に批判的な存在をポア(殺害)することについて一度意見を求められた際に強く反対しており、そのため、坂本弁護士の殺害に関しては、同じく反対していた石井久子や上祐を除いて、麻原は殺害を謀議、坂本堤弁護士一家殺害事件を起こす。暴力行為ではなく自らの広報活動によって批判による影響を和らげるべきだと考えていた上祐は、教団が起こした事件だと察した際には不満を感じ麻原に電話するも、逆に事件を正当化するよう説得された。

    (3)1990年 上祐が、麻原による熊本地検襲撃の発言に反対し、麻原の教団武装化計画に対して協力するも、葛藤が強かったこと。

    1990年の国土法違反事件(熊本県波野村の不正土地売買)のときのこと、事件に関与した麻原の高弟たちに加え、一番弟子の石井久子まで逮捕されたとき、上祐は麻原と2人で麻原の自室にいた。麻原がいきなり、「こんなに弟子たちがやられて、熊本地検に重油を積んだトラックで突っ込んでやろうか」と叫んだ。驚いた上祐は、思わず相手がグルであることを忘れ、叫んだ。

    「それはダメですよ! そんなことしたら教団が潰れてしまいます。逮捕されている者たちは、みんな辛抱しているんですよ!!」

    最終解脱者で、「神の化身」である麻原に対して怒鳴ったのである。それを聞いた麻原は、不思議な反応を示した。数秒、呆然とした表情をしたあと、

    「そうだ、そうだ。お前の言うとおりだ」

    と嬉しそうに言った。

    麻原に(弟子が)怒鳴ることも、その後の麻原の言動も異例だった。

    また、上祐は、麻原が強い意志で進めた教団武装化計画に対しても、そもそもは否定的であり、この事実は、当時の教団内部での麻原や上祐らの高弟の会話の録音などから報道機関によって確認されている。

    しかし、当時は麻原に対する盲信が強かったために、炭疽菌製造実験にはまとめ役として協力するに至っている。しかし、その経緯には、「1993年1月(亀戸異臭事件の前)に行われた以後のテロ活動に関する謀議では、参加はしていたものの肯定的でなかったことから麻原に叱責を受けたという」といった麻原の強い働きかけがあった結果であり、本人の内面での葛藤は強かった。

    以上のことからも、この頃から上祐は、結果としては麻原への帰依を続けながらも、本来的・本質的には、違法行為をするヴァジラヤーナの活動に対して否定的であり、その点では麻原に反抗する傾向を持っていたことが明らかである。

    (4)1995~1999年 一連の事件の発覚・麻原の逮捕と変調・予言の不的中などの結果、紆余曲折を経て、上祐が、麻原を相対化し始めた。

    1995年に一連のオウム事件が発覚して麻原が逮捕され、現実として麻原の武力路線が破綻したため、上祐の中で、本来の合理的・合法的な傾向が再び強まり、緊急対策本部長として、教団の運営を主導すると、現実的・合法的な方向に教団を導こうとした(いわゆる上祐の「ソフト路線」と呼ばれる社会融和的な教団運営)。

    その一環として、麻原に要請して、信者にこれ以上の破壊活動を禁じる指示を出させ、出頭しない逃亡犯を教団は匿わない意思を明確にするために除名するなどした。

    獄中の麻原は、その上祐の方針を破防法対策として、しばらく容認していたが、やはりついには嫌われることとなり、1995年10月に国土利用計画法違反事件に絡む偽証の罪で上祐が逮捕されると、麻原は獄中から上祐のとった路線を強く否定し、上祐に教団運営に関与しないように命じ、教団に上祐色を一切なくし、路線転換するように強く指示した。

    また、1996年には、麻原は再び従来の予言を繰り返し、神のような身体(いわゆる「陽身」)を得るとして、死刑にならず復活することを示唆したため、その影響を受けた獄中の上祐は、一時的に再び麻原に対する盲信を深め、1996年の自らの公判などで、麻原への帰依を表明するなどした。

    しかし、1997年以降に、麻原のハルマゲドン予言が外れ、さらには麻原が不規則発言や奇行を始めて連絡がなくなったため、上祐の中で、様々な葛藤をしながらも、再び麻原の相対化が進み始めた。そして、この時期の葛藤・心境の変化について、上祐は、国土法違反に関わる偽証の罪で服役中に、自らの考えや心境をノートに記していた(いわゆる獄中ノート)。

    公安調査庁等は、この獄中ノートの記載をもって、上祐が当時から「麻原隠し」を企図していたかのごとく主張するが、それは事実に反する。実際、このノートは全て刑務官が検閲するものであり、秘密ノートではない。さらには、麻原の予言が当たらないことから、麻原への疑念を膨らませていった上祐は、実際に、この獄中ノートに麻原への絶対的な帰依などを否定する内容を多く記載しているのである。それは以下の通りである。

    「麻原を尊重しつつ、(中略)絶対化、唯一化しない(中略)ことも時と共に必要になってくるだろう」「尊師・神々への帰依の否定」「Vヤーナ的教義に関する全情報をシャットアウトすべし(中略)Vヤーナ関係の書籍は廃すしかない」「グル=予言絶対主義から脱却 予言を待つより、自分達で布教すべきである。オウムは進化すべきではないか。」「人間中心、地球生物中心でなく、解脱中心(信仰者中心主義)尊師~95の体制の欠点は、①尊師と弟子のつながりだけでなく②弟子と弟子のつながりの悪さである→ 噴出した。」「組織運営上、独裁権の欠如は良いところがある。オレについて来いではなく大義のために進もう ※ 尊師のケースはこの良さはなかった」

    また、当時この上祐ノートを読んだA派の荒木浩は、後に上祐を糾弾するお話会でこの上祐ノートは麻原の死後のことも想定した検討がなされ麻原への帰依に反するとんでもないこととして、徹底批判を行っている。

    こうして、獄中ノートの実態は、上祐が、麻原への帰依と否定の中で葛藤しながら、徐々に麻原・オウムの体制を相対化していくプロセスを表していると見るのが合理的である。ところが、公安調査庁等は、獄中ノートはそもそも刑務官が全てその内容を検査するものであるにもかかわらず、このノートの記載が、当局に対して密かに麻原の信仰を隠す団体を構想している証拠だとし、麻原を肯定する部分は上祐の本心の帰依を表し、麻原を否定する部分は仮装であると決めつけている。これが不合理であることは明らかである。

    加えて、上祐は、1998年6月に、当時の教団広報担当に送った手紙の中で、破壊活動を行う意思がないことを明確にしている。「又、自分のことが一部報道で言われていたが、私自身も全くそうした事はするつもりはない。(中略)仮に、「尊師に指示されたら?」と言われても、どんな状況にあっても私も誰も破壊活動をすることは絶対にない。」「どんな状況にあっても破壊活動はしない」等と述べている。

    (5)1998年 上祐が、獄中から教団に事件の謝罪表明・被害者賠償を勧める。

    上祐は、オウム真理教事件の被害者に対して、教団が賠償金を支払うべきだと考え、獄中から教団に対して、繰り返しその意思を伝えた。しかし、それまでに獄中の麻原が被害者賠償を認めたことはない(公安調査庁等が主張するように破産手続に抗うなという指示以上のものはない)。
    そのことは、以下の通り、前記教団幹部の野田が、著書やブログで明らかにしている。

    ① 1998年頃、上祐から「パソコン事業で稼いだお金は被害者の賠償に充てたらいい」と提案があった
    1998年頃、上祐は獄中から、「パソコン事業で稼いだお金は、被害者の賠償に回したらいいのではないか」と提案してきました。(中略)まだこの時点では、私を含めた多くの幹部は、教団の真理と正当性を固く信じていましたし、予言が成就するであろうという確信から、事件に関する謝罪や賠償はおろか、その意味合いを深く検討することさえも避けていたのです。教団の独善的な考えで正当化していたわけです。

    ② 1998年頃、パソコン事業の活性化を知った上祐は獄中から「パソコン事業で儲けたお金を被害者賠償に充てたらいい」と進めてきました。しかし私は麻原の予言を信じていましたから、一切耳を貸しませんでした。00年までオウムの金庫番として、被害者賠償に最も強硬に反対し続けていったのです。

    ③ 1998年頃、上祐から事件の謝罪反省を「教団として見解を出すべき」と伝えた  そもそも事件の謝罪反省については、上祐氏が98年頃獄中から「教団として見解を出すべき」と伝えてきました。二ノ宮正悟師などはその上祐氏の見解に即座に賛成表明していました。しかし98年時点で教団見解発表とならなかったのは、まだ小生含めて複数の幹部が全く反省していない事情があったのです。一番腰が重かったのは小生であったと言っても過言ではありません。

    ④1998年頃、上祐から「儲けたお金を被害者賠償に充てたら」と勧められた
    上祐氏は98年頃、獄中から「儲けたお金を被害者賠償に充てたら」と勧めてきましたが、私は耳を貸しませんでした。00年までオウムの金庫番として賠償に最も強硬に反対し、不動産などを購入しました。

  • 【3】新団体の理念を説いた2007年以降の上祐の講話等の概要(2019/02/28)

    前の記事に引き続き、ひかりの輪が観察処分取り消しを求めて裁判所に提出した書類を、以下に掲載します(読みやすさやプライバシー等を考慮して、一部、削除したり伏字にしたりしている箇所があります)。

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    【3】新団体の理念を説いた2007年以降の上祐の講話等の概要


    上祐らは、2007年(平成19)年3月にAlephを脱会し、同年5月に被控訴人「ひかりの輪」を発足させたが、その前後に、上祐は、各地での多数の説法で、オウム事件及びテロ・犯罪を否定し、麻原をはじめとする個人崇拝及び絶対的帰依を否定し、オウム・Alephに対する全般的な批判をし、当時の被控訴人の象徴物・シンボル(三仏など)は麻原とは違うことを含め、麻原・オウム信仰から脱却して辿り着いた新しい思想を述べており、麻原オウム信仰から脱却していることがよく分かる内容となっている。

    この点、控訴人は、上祐の説法の一部を抜き取って、全体の趣旨を歪めて証拠にすることが多いが、説法全体を見るならば、上祐・被控訴人の脱麻原・麻原否定の真実が明らかとなる。そこで、上祐の2007年前後の各地での説法やメッセージの引用集(※下記参照)を(引用前の原本と共に)証拠提出する。

    さらに、加えて、2007年前後から現在2018年に至るまでの上祐の特別教本などの内部向け教材からの引用も、原本と共に証拠提出する。

    最後に、以上の被控訴人の発足までの経緯は、被控訴人が2008年に作成した観察処分取消請求書にも、そのさらなる詳細を示した通りである。

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    ※提出した証拠(上祐の2007年前後の各地での説法やメッセージの引用集)



    麻原・オウム・アレフとその教えを否定する

    上祐の説法・特別教本等からの抜粋

     

     

    目次

     

    (1) オウム事件及びテロ・犯罪の否定・・・ p2

    (2) 麻原をはじめとする個人崇拝及び絶対的帰依の否定・・・p12

    (3) オウム・アレフに対する批判・・・p35

    (4) 三仏と麻原は違うこと・・・p45

     

     

     

    ひかりの輪

    2018年2月14日

     

     

     

     (1)オウム事件及びテロ・犯罪の否定

     

    ①2007年3月4日・東京での講話(甲140)

     

    ・P15

    ◎終末予言を外界の戦いととらえず、自分の心の中の善と悪の戦いを解釈すべきである

    「しかし、われわれが光の神の側に立って、そして、社会は闇の側であって、だから社会を壊さなきゃならないとか、社会をかえ、に打ち勝たなければならないとなったならば、それは全く違う意味を持つというふうに思うんです。

    ですから、そういった善と悪の戦いが心の中の戦いなのか、外界の社会における戦いなのか、これに関して取り違えたらば、それは旧教団のようになるし、取り違えないならば最高の教えにもなるという意味で、ゾロアスター教や、それからキリスト教のヨハネ黙示録や、カーラチァクラ・タントラのシャンバラ預言ですね、そういった善と悪の戦いを説いている法則自体が悪いんではなくって、それを解釈する側が、それを心の中の戦いと思うか、外側の戦いと錯覚してしまうかに問題があるんだというふうに、正確には言うことができると思います。」

     

    ②2007年3月25日・東京での講話(甲142)

     

    ・P26

    ◎オウムの失敗の過去を未来の教訓としたい

    「過去の失敗を一つの糧にして我々が新しい世代を吸収するということは、新しい世代に共産主義や、オウム真理教や、大日本帝国と同じ間違いをさせない智慧を与えながらそのエネルギーをいい方向に使うという意味があるんだろうなあと思います。(中略)オウム真理教にしても、多くの若者を惹きつけ、一定の世間の評価を得たあと、どんどん突っ込んでいくのは、そこに何かの知恵が欠けていたんだろうと、明治維新以来の知恵無き力による繰り返してくる、この日本の思想が、初めて智恵を伴った力となって世界に貢献できるかというのが今後の新団体の意味だと思います。(中略)二元的な思想に共産主義の学生や、オウム真理教の若者が巻き込まれたようなことをしないような形で、我々の経験と若い力を合わせて導いていくという延長上に、その21世紀の最大の問題という宗教テロリズムの解決と、これはもちろんあるわけです」

     

    ③2007年5月5日・東京での講話(甲146)

     

    ・P3~5

    ◎自己の宗教を他に強いて争うこと、軍事力・ヴァジラヤーナ的な活動はいけない

     

    「宗教は、今までの人類の歴史を見ても旧教団を見ても、自己の真理というものを世界に広め、それによって世界をすべるという視点から、自己の教義を強いて、そして、その障害に対して争うという傾向があったと思います。それに対して我々はどのように変えていけばいいのか、どういった心構えで変えていけばいいのかということは、それは、信じて待つ以外にはないのではないかな、そういうふうに思います。(中略)旧団体においては(中略)その手段としてそれが為に強いて争うということをしてはいけなかったのではないかと自分は思っているわけです。また歴史を振り返りますと、いわゆるキリスト教が植民地侵略をしたときに、キリスト教の牧師は、植民地侵略をする軍隊とともに、それが神の明白なる天命であるということで、いわゆる、客観的にいうと侵略戦争に同行した形になりました。

    (中略)力を持って選別する、排除するという考え方は、アフガニスタンを経てイラクに至って、今現在アメリカの国内においても支持を受けていないという現実、これからも深く学ぶことができますし、それは当然、旧教団が行ったシャンバラ化計画の中で、力をもって、軍事力をもってヴァジラヤーナ的な活動によって理想郷を実現しようという考え方も似ているのではないかなと思います。(中略)力を行使する、暴力を行使して問題が解決するかどうかということについては、それこそが旧団体の一連の事件や最近のテロ事件の全体を見て、我々が学ぶべき、学ばなければならない、一番重要な教訓なんだろうなあと思うわけです。」

     

    ④2007年5月20日・大阪での講話(甲147)

     

    ・P18

    ◎社会を壊すことを否定する

    「教団と、宗教と社会との関係は敵対的になる、宗教が社会を壊すような部分がある、これも出てくる。ないしは他宗派を壊すというような部分も出てくる。これを我々は否定したわけです。」

     

    ・P21~P22

    ◎力を行使することはしない

    「(中略)それを力ずくでやろうとしたら結果どうなるかというと、自分も同じ穴の狢になってしまうのではないかという部分に気付かなければならないということです。力を行使すれば力を行使されますから、そこには闘争の血みどろの世界が生じて、結局目的を果たすのではなくて、やはり殺し合いを増やしてしまう、闘争を増やしてしまうのではないかということです。」

     

    ・P23~24

    ◎ヴァジラヤーナ活動は間違い、賠償と松本の教材の破棄は徹底し、協力しなければ除名する

    「一連のヴァジュラヤーナ活動というのは間違いであったという点は鮮明に認めながらも、だからといって社会が今後私たちのような消費主義や物質主義を超越しようとするような団体や宗教が必要でないというわけではないんだということは、やはり主張し続けなければならない。

    (中略)過去の一連の事件のような手段は全く間違っていると思いますので、賠償の継続や松本氏の教材の破棄は徹底してやって、それに協力しない人は除名します。」

     

    ⑤2007年5月26日・名古屋での講話(甲148)

     

    ・P10

    ◎他を力ずくで変えようとすることは善悪二元論

    「旧教団も、その巨悪っていうのを認識して、社会を悪と見て、自分たちを善と見た段階で、どういった問題がおこったか。それは、力ずくで変えようとしても変えられないようなものに対する闘争、これを実行しようとしたっていうふうに、総括することができる。そういった形で大きな悪、これを見たときに、それを自分と区別して力ずくで変えようとする場合、いや力ずくで変えようと発想すること自体が、こういった善悪二元論に基づいたものの可能性がある、ということです。(中略)新団体が説く社会の融和っていうのは、社会を力ずくでは変えません。社会と敵対して、破壊して、それで、社会を変えようとか、自分たちの思想を実現しようとすることはありません」

     

    ・P15

    ◎麻原の予言は無知、現実をありのままに見ていない

    「旧団体というのは、(中略)20世紀の末に1990年代に、ハルマゲドンが起こって、キリストが登場して、そういう国が生じるんだ、そういったものの考え方をうみました。これは先ほどの考え方からすれば、無智ですね。現状をありのままに見ていない。でそれを実現するために自分たちの教団を武装化しようとした。それによって解決しようとした。これも同じく無智になると思う。」

     

    ⑥「上祐史浩からのメッセージ2007」(甲168)より

    (※アレフ脱会直前に書いた、アレフの問題点を指摘する内容)

     

    ・P11

    ◎社会の誤解だけでなく、自分達側の問題を謙虚に考えるべき

    「こうして、外部社会が、元代表の指示がなくても、同じような事件を起こす可能性がある、と考えることについては、単に社会が誤解している、とばかりに考えると、問題はなかなか解決しません。

    それは、私たちのカルマであり、そう思わせる要因が、自分たち側にあるのではないか、と謙虚に考えることが、自分たちの将来の問題を解消し、かつ、社会の不安を除去する道だと思います。」

     

    ・P13~14

    ◎生き返らせることが出来ない麻原のポアは間違い

    「ナローパは、「生き返らせることができる能力がなければ、人の生命を奪うことはしてはならない」と説いている、と言います。(中略)もし、殺しても、生き返らせることができるならば、実質上は殺してはいないことになりますし、(中略)生き返らせることができないのに、他の生命を奪えば、その直接の被害者に加えて、社会秩序が乱れ、犯罪が増大する結果を招くでしょう。この点に関して、教団では、元代表はポワをすることができるから、他の生命を奪っても良いのである、という考え方をしてきた人がいると思います。(中略)グルがポワできるだけで、生き返らせることができないのに、他の生命を奪って良いという法則があるか、ということが問題です。」

     

    ・p14~31

    ◎オウムのヴァジラヤーナの五仏の法則の解釈は間違い

    「(中略)私たちが、グルの指示で、人の生命を奪ってよい、という理由はない、と考えるべきではないでしょうか。(中略)一連の事件を肯定するように解釈された密教の法則として、ヴァジラヤーナ五仏の法則があります。(中略)法王は、密教の経典の中には、「文字どおりに受けとめるべきではない教えがある」と説いています。そして、これに、五仏の法則が含まれるのです。」

    (中略)武力で仏教が滅ぼされる、という時代においては、いかに不殺生を説く仏教であっても、イスラム教徒と戦うことが、現代的にいえば正当防衛であり自然なことだった、という解釈が成り立つと思います。しかし、そのような時代ではなく、自分たちを現実として滅ぼす軍事的な勢力がいない状況下において、同じ法則を当てはめるならば、これは大変なことになるのではないでしょうか。

    (中略)自分の帰依の修行のために、他の人の生命を奪って良い」と考えることは、それ自体が、客観的に見れば、非常に自分勝手な行為であり、自分が特別であり、何か特権を有する、と錯覚している者たちの行為、ということができるでしょう。

    (中略)元代表(麻原)や旧教団(Aleph)には、人を殺すまでのことを正当化する根拠はない、と思います。」

    ※脱会直後のため麻原を元代表、Alephを旧教団と呼んでいる。

     

    ⑦「上祐代表書き下ろし講話集① 2007年」(甲169)より

     

    ・p3

    ◎オウムはテロ組織であったことを懺悔して、反省して生まれ変わるべき

    「私たちは、客観的に見れば、まぎれもなく宗教的なテロ組織でした。それを懺悔して、新たに生まれ変わる、ということ。宗教は、自己の絶対性を生命線としがちです。また、テロリストが反省して、変わる、ということも極めてまれです。その意味で、私たちは、生きながら、一度死んで、生まれ変わろう、としています。」

     

    ・p4

    ◎麻原とオウムを乗り越える新しい思想を目指す

    「私たちの過去には、乗り越えるべき、松本氏、旧教団の一連の事件があります。(中略)その元代表と旧教団の私たちは、多くの人を傷つけてしまいました。そして、今も、世界で、様々な宗教的な対立で、血が流れています。この宗教のはらむ矛盾を乗り越えた、新しい宗教、思想を創る。これが、私たち、新団体が目指す、理想の一つです。」

     

    ・p21

    「私は、地下鉄サリン事件の起こした波が、ついには世界全体に広がっていた、と感じています。そして、2007年になった今は、教団の起こしたサリン事件などの余波が、イスラム原理主義のテロだけでなく、それを受けた、アメリカの対テロ戦争にさえも、影響を及ぼしていったようにも、感じています。それは、アメリカのイラク戦争の結果を見て思いました。」

     

    ・p22~47

    ◎オウムの事件は、善悪二元論の教義に一因があると総括して、それを乗り越えるべき

    「旧教団と日本社会の関係において、旧教団は、そのテロ事件によって、日本社会を善悪二元論に巻き込んでしまったのではないか、と私は思います。(中略)その意味で、旧教団の強烈な善悪二元論が、その大事件によって、日本社会から世界全体まで、その善悪二元論に巻き込んでしまい、闘争・紛争を増大させてしまった面がある、と思います。

    (中略)私たちは、旧教団の事件が、その宗教教義に一因があったということを深く受け止め、オウム真理教の宗教教義の総括だけでなく、カルト教団を宗教的な構造から、従来の宗教全般にわたる問題までを分析・検討して、そういった従来型の宗教を乗り越えた新しい宗教ないしは思想を実践しようとしています。

    (中略)自分たちの宗教が絶対となると、他の宗教や無宗教の人を否定する結果となり、それが著しくなると、自分たちの宗教を他に強制し、他の宗教や無宗教の人との争いが生じる。しかし、本質的に、人の心は強制によっては変化せず、強制的な行為は、長期的には破綻する。

    (中略)ひかりの輪が目指すところは、一連の事件に行き着いたオウム真理教のものとは違い、オウム真理教の経験を教訓とし、かつ、今の新しい時代に合わせた新しい展開です。

    (中略)宗教が、「これしかない」という固定観念や、それに基づく他の排除や闘争を続けるならば、科学が進む21世紀において、ますます宗教に対する否定的な見方が広まるでしょうから、それを乗り越える必要があると思います。」

     

    ⑧2008年5月25日・東京での講話(甲164)

     

    ・P16

    ◎本来は武力行使に走る麻原を対決するために警視庁に飛び込むべきだった

    「しかしながら、一教団がそれを武力をもって行なうっていうようなことは、自分としては合理に考えると、それは、狂信的ではないかというふに思いました。それは失敗するんじゃないかと。しかしながらあの当時はもと教祖の絶対性を信じていたというか、そういったことがあって自分にはそれが完全に否定することが出来なかったんですね。(中略)これは私のエゴだと思います。で、本来ここでなすべき正常な行動は要するに教団を飛び出して警視庁に飛び込み、そして松本氏と雌雄を決するってことだった。」

     

    ⑨2008年3月23日・大阪での講話(甲160)

     

    ・P13~22

    ◎オウムのポアや自爆テロなどの宗教テロリズムから脱却すべき

    「たとえばオウム真理教では、来世がある、だから今生を殺してしまっても来世を幸福にすればいいのだ、そういったことでポアを行いました。(中略)来世という話が中心に来て、絶対になってしまっているから、輪廻転生、来世の思想の奴隷になってしまって、それによって自分が幸福になる、悪業を為さないようにするのではなくて、ポアをしたり、他人が迷惑を被ったとしてもある特定の人物に帰依したり、または自爆テロをやって天界に行こうとする、そういったこともあるわけです。

    (中略)そして宗教の害悪が、テロリズムやその他で、または民族紛争で、起こっているこの時代の中で、宗教が脱皮しなかったら、21世紀以降に宗教というのは若者からはだんだん見捨てられ、そして国際紛争の原因ばかりになって、何か依存性の強い中毒性の強い人たちが寄り集まる、なんと言うか、手に負えない集団の、象徴のようになってしまうかもしれません。」

     

    ⑩「上祐代表書き下ろし講話集② 2008年」(甲170)より

     

    ・P3~13

    ◎オウムの独善的な教義の苦い教訓に基づいて、それを越えていくべき

    「それは、脱会したオウム真理教において、自分たちの教団がキリストの教団であり、唯一絶対のものである、という考え方によって、社会や他の宗教と対立し て、一連の事件が起こったという苦い教訓に基づいています

    (中略)ひかりの輪は、去年発足の際に、教団と社会を区別する善悪二元論を超え、更には、宗教・宗派の対立や戦争、人類と自然の対立という地球環境の問題を超え る、21世の新しい宗教・思想を創造するという目標を掲げました。」

     

    ・P31

    ◎自分たちが最高で唯一絶対という考えはオウムを破綻させた間違った考えである

    「自分の宗教が最高であるから、ないしは、唯一絶対であるから、すべての人が、自分の宗教に入るべきであると考えたり、強弁したりすることは、果たしてどうかと考えます。そう考えるが故に、宗教の間には、延々と闘争が続いてきたように思いますし、そして、自分の宗教が唯一絶対である、という考えが、あまりに強ければ、 オウム真理教のように、武力革命を持っても、すべての人たちを信者にしようとして、その結果、信者を巻き込んで、破滅するでしょう。」

     

    ⑪「上祐代表書き下ろし講話集③ 2008年」(甲171)より

     

    ・P6~7

    ◎将来の犯罪の抑止の活動が私たちのオウム時代の贖罪である

    「私たちが旧教団の実践を真剣に反省したならば、その贖罪として実践すべきは、単に過去の事件の賠償支払いだけではなく、将来の犯罪の抑止であろう。」

     (中略)旧教団の経験から、極端な善悪二元論型の思想に基づく集団の犯罪・テロリズムや、人格障害型の無差別殺人犯罪などを抑止する活動が考えられる。そのためには、日本の無差別殺人の流れの始点となった旧教団での自分たちの経験を一つの土台として、最近の犯罪の潮流を分析・研究し、その原因を洞察して、解決策を検討し、それをHPなどで公表することが考えられる。

    (中略)外国の国家機関の国防担当者の中で、今後のテロ防止のための研究をしている人たちなどに対して、広報部や代表が情報提供などで協力した実績がある

    (中略)ひかりの輪は、オウム真理教の活動の反省に立って、「未来のテロ・犯罪を抑止する」という目標を持っている。

    (中略)私たちはオウム真理教の元信者として、日本人として、イスラムをはじめとしたテロ活動がなくなっていくように、何かをする義務があるのではないか」

     

    ・P11~12

    ◎オウム時代を深く反省しなければならない

    「ひかりの輪としては、松本氏の被害妄想的な日本社会や米国への敵意と、その結果のテロ行為は、深く反省しなければならないことは言うまでもない。(中略)私たちは妄想的な予言や世界観と犯罪行為といった、オウム教団のさまざまな問題点を十分に反省しつつ」

     

    ・P76

    ◎オウムのマハームドラーの教義は間違い

    「オウムの「マハームドラー」のような間違いを犯すことなく、合法的で社会的な活動の範囲の中で、どのように、試練に耐えることによる悟り、というものを追求していくべき」

     

    ・P157~166

    ◎オウムの地下鉄サリン事件はイスラムの同時多発テロに影響を与えた、その贖罪をすべき

    「それは、「過去のテロの贖罪」を行うことでもある。(中略)旧団体では、本来、ヴァジラヤーナの教えは、自と他の区別を越えた、智慧と慈悲に基づくべきところ、教団を「善」、社会を「悪」とする、「妄想的な善悪二元論」に基づいて、無差別な大量の殺人に至り、それは、結果として、イスラムのテロや国内の犯罪に影響を与えるに至った。

    (中略)テロや犯罪抑止に関する社会貢献に関する考えを簡潔に述べたいと思う。イスラム原理主義などの国際的テロリズムの問題については、①イスラム社会との融和を促進し、未来のテロを抑止する、とともに、どうしても、②米国などの先進国の国際テロ活動防止活動への適切な協力が重要ではないか、と思う。この、「米国などへの協力」というのは、当然、オウム真理教時代の情報提供などが含まれ、すでに米国専門家に対する協力が広報部などを通して行われている。アルカイダは、オウムと同様に、炭疽菌などの生物化学兵器を作ろうとした経緯がある。(中略)オウム真理教の活動の反省に立って、「未来のテロ・犯罪を抑止する」という目標を持っている」

     

    ・p189~196

    ◎一連のオウム事件は仏教教義上の悪業である

    「一連の事件は、十悪の中で最初に説かれる、殺生・暴力の悪業である。一連の殺人・傷害事件は、多くの生命の損失と、身体の障害をもたらした。それは、殺生・暴力を否定する仏陀の教えに反している。」

    (中略)殺人・傷害事件に伴って、被害者・遺族には、経済的な損失(収入の損失)が生じる。この経済的な損失が、賠償の額の算定根拠にもなっているが、これは、殺生に伴い、他の経済的な利益を奪った行為であるから、偸盗と同じ悪業を構成している。

    (中略)一連の事件は間違っていた、これからはやりません」

     

     

    『2010-11年末年始セミナー特別教本《改訂版》』(乙D245)p55

     

    ◎慢心の宗教によるテロ・戦争の否定

    「神仏の存在を信じる中で、「神仏を信じる自分は、信じない人より優れているのだ」とか、「自分が信じている神仏こそが真の神仏なのだど」と錯覚すれば、神仏を信じない人や、他の神仏を信じる人を強く見下すようになり、逆に傲慢・誇大妄想を増大させる可能性があります。実際に、その結果、過去に多くの宗教を原因とした争い・戦争・テロも起こってきました。こうしたことには、十分に注意する必要があるでしょう。」

     

    同上p58

    ◎盲信による宗教戦争・テロの否定

    「こうした妄信的な信仰者には、自分では気づかないうちに、さまざまな苦しみが生じます。それは、本来は自分の幸福のためであった信仰に、自分が逆支配されるといってよいかもしれません。例えば、自分たちの信仰を否定する人たちと、単に意見が対立するのではなく、お互いの存在を排除・抹殺するために、戦わなければならない場合もあります。このひどい場合が、宗教戦争・宗教テロであり、多くの血が流されてきた原因です。」

     

     

    『2013年GWセミナー特別教本《改訂版》』(乙D252)p6~7

     

    ◎オウム事件の謝罪・賠償契約の締結の回顧

    「99年末の出所は、社会全体の大変な喧騒・圧力・監視の下となり、出所後も、前と同様に、一歩も自由に外出できない期間が、2000年以降も数年続いた。その中で、私は、自分が主導して、教団名をアレフに変え、過去の事件の関与を認め、謝罪を表明し、被害者賠償契約を締結するなどして、社会との摩擦の緩和に努めた。」

     

    『2014年GWセミナー特別教本《改訂版》』(乙D255)p17~18

     

    ◎オウム事件の回顧と反省

    「宗教を否定したソ連邦の崩壊の後に、世界の各地で、宗教が活発化した。宗教は、それを信じることで、世界の中でも、自分が価値のある存在であると感じることができる。日本で言えば、それはちょうど、バブルの絶頂期、ないしはその崩壊が始まる前後である。

    具体的に言えば、日本の新々宗教のブーム、アメリカのキリスト教保守主義の増大、南米国やアフリカでのカトリック教会の増大、イスラム教の復興などがあった。しかしながら、これらの中には、日本のオウム真理教、ブランチ・ダビディアンなどのアメリカの極右系のキリスト教集団、イスラム原理主義など、米国を中心とした既存の権力と対立し、テロや刑事事件に至るものも現れてしまった。」

     

    (2)麻原をはじめとする個人崇拝及び絶対的帰依の否定

     

    ①2007年3月4日・東京での講話(甲140)

     

    以下は、上祐らが脱会する際の新団体の設立の説明会での発言である

     

    ・P8

    ◎Aleph・オウムの五仏の法則、絶対的な帰依、グルの殺人の肯定は、密教の間違った解釈である

    「すなわち、その経典の言葉をそのまま文字通り解釈してしまって、五仏の法則とか、仏陀を殺せといった法則をそのまま当てはめてしまって社会に適用すれば、それはとんでもないことが起こる。そういったことが、密教、大乗経典にはたくさんあります。そこは、自分で論理をもって判断するしかない。

    しかし、五仏の法則、それからグルに対する絶対的帰依といった法則が、もう、そのままむき出しの状態で、ある意味じゃ、原理主義的に適用されていて、で、今でもその状況が一部では継続しているんではないかなと、自分はそういうふうに考えます。

    また、グルに対する絶対的な帰依ということで言えば、チベット密教の伝統的な考え方は、弟子のエゴを弱めるためにグルを絶対的にみなすという法則がありますが、グルが絶対的であるという客観的な事実を主張してはいません。例えば、ダライ・ラマ法王は絶対的で、全知全能である。だから、ダライ・ラマ法王は人を殺してもいいのである、サリンを撒いてもいいのであるって、そんな法則は全くありません。 それは弟子とグルの関係の中で、弟子のエゴを弱めるために行なわれることで、ある意味じゃ、その個人的な心の中の実践としてそういうことが行なわれても、しかし、第三者を巻き込んで、その生命を奪うときにまでグルは絶対的だからやってもいいんだっていう考え方になるのは、密教の法則ではないというのが、正確な密教の理解だと思います。

    しかし、この教団(Aleph)においてはグルは絶対的、グルの絶対性、グルには何か深いお考えがあってということで、もう、貫き通してしまって、そういった密教の伝統の解釈をはるかに突き破ってしまってこういった状態が起こった。それに対して、充分な対応ができない状態が95年以降展開したんではないかなと、そういうふうに考えています。」

     

    ・P9

    ◎Alephの五仏の法則・絶対的帰依・グルの絶対視・ポア・殺人の肯定は、密教法則の間違った解釈

    「五仏の法則を文字通りに解釈してしまったり、グルへの絶対的な帰依を、その目的が分からず、方便だっていうことが分からず、グルの絶対性、グルは絶対だという事実にしてしまったり、それからポワの教えを、人を殺してもいいんだっていうところにもってってしまったりする。そういった、密教の法則のかなり大幅な誤解っていうものが、この教団には、伝統の密教の宗派からみると、あると言わざるを得ないと思います。」

     

    ・P13

    ◎ひかりの輪は、麻原だけを神の現れと見ず、全ての人から学ぶ思想

    「教師や反面教師として、仏陀が、神がわたしに与えてくれたものだというふうに他人を見ようというふうに考えるわけです。そうなると、全ての人々が仏陀の与えたグル、全ての人がグルというふうになる。ここに新団体の帰依の対象の変化というものがあるわけです。すなわち、元代表だけを神の現れと見るんではなくて、全ての人から学ぶ、全ての人を導き手とするという、帰依の範囲の拡大と言うのかな、神と神聖に見る範囲の拡大というのが生じているっていうのが、新団体のカルマ・ヨーガの特徴です。」

     

    ・P19

    ◎ひかりの輪は特定の人を神とする考えを越える

    「人を神にしたときから戦争が起こるということについて言えば、旧教団において、元代表がキリストになってから事件が起こったことは全く符合しますが、われわれはそういった、要するに人と大自然の関係の中で、人に神を置く宗教がどういった展開を示してきたか。この三千年の間にどういった展開を示してきたか。

    わずか、二十年の間に、ある意味じゃ、如実にそれを経験したということができるかもしれません。そういったことですから、新団体のものの考え方、大自然と人の関係においては、一元論的に考えたい、大自然の一部として人がいて、大自然全体に神があって、特定の人だけに神がいて、その周りの信者とそうじゃない非信者を区別して分けてしまうという考え方を超えていきたいということがあるわけです。」

     

    ・P19

    ひかりの輪は、宗教の崇拝対象を絶対視せず、象徴として位置付ける

    「この一元論的な崇拝対象っていうのは、宗教における崇拝対象っていうのは、それぞれの人の中に内在している、神性を引き出す象徴物にすぎないと。つまり、自分の中に神性、清らかな心があって、何かを見たりするときにそれが引き出されるとすれば、それだけであって、その何かを見た、その見た対象に絶対性があるんじゃないっていう考え方です。

    例えば、ある人は霊験あらたかな仏像を見ると神聖な気持ちになり、ある人はイエス、ある人はマホメッド、ある人はほかでもいいんですが、その場合イエスやマホメッドや、その仏像に絶対性があるんではなくって、それは自分たちの中の神様、神聖な意識を引き出すきっかけ、呼び水にすぎなくって手段であって方便であって、それ自体が目的じゃないんだっていう考え方です。」

     

    ・P20

    ◎麻原・オウムのイニシエーション・グルのクローンになる考えは正当な密教の教えと違う

    「これは、元代表と交流のあった中沢新一氏、チベット密教の日本の権威ですけど、彼も言っていることですが、この教団、旧教団の特徴は、そのイニシエーションの特徴がグルのクローンになるような感じであると。どう、いろいろ教学してもそうだと。

    しかし、チベット密教は、グルは呼び水であって、弟子の中の仏性を覚醒させるってとこで微妙に違うのであると。(中略)本来は弟子それぞれに仏性があって、グルの呼び水とするグルのデータや、その他のイニシエーションによって弟子の方の仏性が覚醒していかなければならない。だから、当然、何て言うか、弟子が中心であって、グルはその補助なんだっていう考え方ですね、これは。そういったものの考え方が、要するに、一元論的な考え方だと言うことができます。

    しかし、旧教団のニュアンスは、強調された点は圧倒的にグルのコピーになる、クローンになるというとこではなかったか。そこが、先ほどから繰り返している伝統的な密教宗派と旧教団の違いなのだということだと思います。一方、一元論的な教えになると、ここに書いてありますように、信者の仏性の投影としての崇拝対象が存在すると。よって、信者の仏性の覚醒が、これが目的ですね。ですから、崇拝対象はその呼び水と位置づけられるということになるわけです。」

     

    ・P21

    ◎ひかりの輪は唯一絶対の崇拝対象を置かない

    「しかし、旧教団はこうではなかった。元代表を信じない人たちの存在を悪業多き魂として認めなかった。現実的にそういう部分があった。これがいいかどうか、それを考えなければならないんだと思うんです。新団体はそれを転換して、やはり、心理学的にも、つまり、科学的にも、歴史を見ても、要するに、ある宗教が、その崇拝対象が絶対で、唯一のものだとすることはおかしいと。

    (中略)新団体の崇拝対象の考え方を少しまとめてみますと、ここに書いてあるように、唯一絶対の崇拝対象はない。これは、この数千年間の人類の格闘がその教訓を残してる。二つ目に、人それぞれのカルマに応じて、多様な崇拝対象があってよいと。よって、宗教・宗派は互いの崇拝対象を認め合うべきで、自己の唯一絶対性を主張し他と争うべきではないと。

    これは、教団と社会、そしてA派、M派、中間派の中での問題を、かなりこの問題に関係してくる。自分たちが信じるもの、神聖だと信じるものが、時によって、人によって、分かれてしまうことを許さないという硬直した考え方は、必ず、闘争、奪い合い、そして、対立、分裂、崩壊、これに至るんではないかなと自分は思うわけです。」

     

    ・P22~23

    ◎ひかりの輪は、殺人を弟子に強いる麻原のグルイズムを越える思想を創造する

    「グルイズムでのグルというのは、一つの仏性の象徴物にすぎない。これが、密教の、仏教の考え方だと思います。ですから、元代表に帰依しないと誰も解脱できないわけじゃなくって、(中略)元代表が唯一のグルであるとかいうことはないだろうと。または、グルへの帰依というのは、弟子のエゴを弱めるための方便だから、元代表の指示があったら人を殺さないと解脱ができないなんて道理があるわけはない。」

    (中略)そして、旧教団で言えばサリン、撒きたくない、だけど、グルの、グルへの帰依のためには、結局は自分のためですが、グルに帰依したいという。そういった気持ちで、撒きたくないけど撒いてしまう。宗教が人の良心に反して、または人の本質的な幸福への希求に反して何かを強要するようなことがある。こういった状態を超えなければならないとしたならば、われわれは非常に大きな勇気と智慧をもって、新しい宗教思想の創造に取り組まなければならないというふうに思うんです。」

     

    ・P29

    ◎釈迦は人を神格化しないための象徴である

    「中心に釈迦を置いてるのは、人を神格化しないために、釈迦がそう言ったから。そして、いろんな教えを人のために説くために、釈迦がそうしたから。そういった意味で釈迦を置いているんであって、釈迦が唯一絶対の崇拝対象になるべきだというのとは逆さまの理由で置いていて、」

     

     

    ②2007年3月25日・東京での講話(甲142)

     

    ・P2~5

    ◎ひかりの輪は特定の絶対的な対象は設けない

    「新団体というのは昔のように、単一の特定の絶対的対象を設置して、それを推進していくということはしません。

    (中略)誰か特定の人に自己を投げうって没入して行くっていうんじゃなくて、入ってくる人たちを神聖なものとみてそこに奉仕していく、その奉仕のあり方がその人の心身に浄化、癒し、そして強化といったもの、これを中心にしたものにしなくてはいけないんではないかというふうに思うようになりました。」

    (中略)松本氏によるヒーリングの場合は松本氏に自己を投げ打たなければならなくて、その過程でそのプロセスとして事件が起こってしまった、という解釈もできる、そういった投げうつような、誰か特定人物に対する無思考的な帰依というものは無くして、一方的に団体の方がサービスしていく、奉仕していくというような形、これをとっていかなければいけないかなあと、そういうのが道かなあと徐々に徐々に考えつつあります。」

     

    ③2007年4月7日・船橋での講話(甲143)

     

    ・P5

    ◎ひかりの輪は特定の信仰対象・絶対視の対象を設けない

    「人間とは別の特定の信仰の対象、これを絶対と考えて、そこに没入していくっていうんじゃなくて、すべての人々の中に神聖なもの、仏性、真我といったものを認めて、それに対して奉仕していくという考え方です。

    前者の従来型の宗教団体の考え方になると、信者が特定の対象に奉仕するっていう形になります。その極端なものが、その特定の対象のクローンとなるというかな、ロボットとなる形だったではないかと思うのですが。

    といった旧団体の傾向とは逆転して、すべての人々に対して団体側が奉仕をするっていう、そういった性格の団体に新団体は軌道修正していこうとしています。

    ですから、新団体においては特定の信仰を絶対視して信奉するっていう従来型の宗教的実践は行わない予定で、新団体としては逆に人々の心身を浄化する、癒す為の奉仕をする為の団体というふうに位置づけたいと思います。そして、その手段として様々な宗教的技法や非宗教的技法を用いることを考えている訳です。

    従来の宗教団体には単一の崇拝対象や教義、これを信じなければならないという特徴があります。新団体は万人に共通した、唯一絶対の崇拝対象や教義等はない、必要ないっていう考え方で、それぞれの人にあったものを、それを実践すればいいというふうに考えている訳です。」

     

    ・P6

    ◎釈迦三尊像(三仏)は、釈迦などを崇拝するためではなく個々の人を重視する思想のため

    「新団体の祭壇には釈迦三尊像を掲げていますが、釈迦を崇拝する為ではなくて、さきほど言いました様に、釈迦自身がシャンカラやラーマクリシュナと共に、その銘々の、個々人の中に最も大切なものがあると説き、また、且つ個々人にあった法則を柔軟に説いたという、そういった経緯がある為、その釈迦の考え方が新団体とマッチするが故に、その釈迦の精神を尊重する為に掲げている訳であって、釈迦自身を釈迦の意志に反して、崇拝する、拝む為にある訳ではないということをお話しておきたいと思います。」

     

    ④2007年4月15日・大阪での講話(甲144)

     

    ・p6~7

    ◎日本人の宗教性は、特定の絶対神や教祖ではなく、万物に自然に神聖を見いだすもの。

    「日本は、日本人はもともと木とかそれとか石とかそういったものに、まあ、神様を感じてきたわけです。日本人はもともと自然に神様を感じてきたわけです。これが要するに西洋の文化と違います。(中略)まあ、要するに簡単に言うと水とか山とか、それとか海とか、川とか、石とか木とかいった大きくてどっしりとして、寂静の状態にあるようにみえるもの、これに神聖を感じてきたわけです。

    これは全然違いますね。ある特定の、まあ、絶対神を持っていて、で、それを語る開祖がいてそういった感じの宗教性ではなくて、万物に自然に神聖を見出す。特にそういった大きなものというか、長く続いているもの、動かないもの、そう、動かないものといったものに神聖を感じてきたという歴史があります。」

     

    ・P1~9

    ◎ひかりの輪が釈迦を祭壇に飾ったのは、釈迦の崇拝のためではなく、特定の絶対者を設けない思想の象徴

    「人類の宗教の歴史の中で新団体が祭壇に飾っている釈迦牟尼の開いた仏教というのは、一種、独特の性質を持っています。それは他の宗教、すなわちイスラム教、キリスト教、ユダヤ教に対して、まぁ、そういった一神教に対して仏教というのはなにか特定の絶対神を掲げ、ないしはその開祖である釈迦自身を拝ませるということがなかった。

    (中略)これを仏性といいます。これを最大の、ある意味じゃ拠り所、帰依の対象とします。崇拝の対象とするわけです。釈迦は自分さえ拝むなといいました。私は、私の体は老い病み死ぬ、要するに朽ちていく、あの、存在であると、私を拝んで何になろうという、あなた方は自分の、自分自身を拠り所として法を拠り所としなさい。

    (中略)新団体が釈迦を掲げているのはそういった意味で釈迦を崇拝する為じゃなくって、皆さんの中の仏性、あの、さっきいった妄想、マーヤを静めたときの神聖な意識、これを一番重視した、その釈迦の精神を重視するためにあります。ですから、釈迦に、崇拝対象が釈迦になるんじゃなくって、この釈迦的な考えを最も重視しようという考え方でここにだしています。

     

    ⑤2007年5月5日・東京での講話(甲146)

     

    ・P7

    ◎ひかりの輪は、麻原・オウムの神の代理人による裁きの思想を否定する

    「旧教団の宗教性というのは、まさに裁きの神の代理人であるというように松本氏は自己を位置づけたわけです。悪業をなしている多くの魂に対して、自分がそれを裁くと、そのカルマを精算するのであるというふうに説いたわけです。それが慈悲なのであるという考え方です。

    それに対して、今新団体がやっていこうとするのは、それに対して怒らずに感謝するという考え方、ないしは許して裁かずという考え方です。

    ここで非常に重要なのは、要するに裁くべきものは誰かということです。人が人を裁いてよいか、それとも裁きは神にゆだねるかということ、これが非常に重要になってくるわけです。宗教的には、要するに多くの人間が自分の信仰を土台にして、自分を神の僕として、自分が他を裁く権限がある、そういうふうに認識しました。これが最大のポイントなんですね。自分は人間であって不完全であるから、神ではないから裁く権利はないと考えるか、それとも、自分の信仰の果てに、神の裁きを自分が代理して行うか、これが人類の宗教的な歴史、それは旧教団を含めてそうですが、人が要するに選択を迫られるところだろうなというふうに思うわけです。

    新団体はどのように考えているか、つまり、自分たちをどのように位置づけているかということについて、この点について考えなければならないわけですが、要するに新団体においては、人が絶対神を語ること自体に論理的矛盾があるというふうに考えています。人が不完全であれば、絶対神を語ること自体がおかしい。絶対神の絶対の化身でないとき、つまり絶対者でない限り、絶対神を語ることはできないであろうと。全知全能でない限り、全知全能の者を語ることはできないであろうと。

    人間という不完全な存在が、絶対で完全な神というものを語ってよいのか、神の意思というものを決めてよいかというところについて、我々は、宗教家として思想家として極めて謙虚に、自分の位置づけというのを世の中に定めなければならないというふうに思うわけです。」

     

    ・P8

    ◎ひかりの輪は、絶対神を説かない、強制しない

    「新団体の神様というものに対する考え方、これは二通り、これが可能であろうと。

    ひとつめは、昨日もお話しましたが、ひとつめはまず絶対神を語らない。絶対神というのを自分にとって位置づけない。ふたつめは、絶対神を自分にとって位置づけないことはしないけど、それを他に強制しないという考えです。他に強制しない。それは事実上、その絶対神というのは、唯一絶対の神ではなくて、自分にとって向いている絶対神の一種、なんていうかな、イメージといったようなものではないかなあと思うんです。」

     

    ・P8

    ◎三仏(釈迦・弥勒・観音)は絶対ではない

    「釈迦・弥勒・観音というのは、自分の神聖な意識を引き出すに自分には合った存在であるが、それが他人にそのまま当てはまるかどうかはわからないといったような謙虚な姿勢が必要であろうと思うわけです。」

     

    ・P9

    ◎ひかりの輪は、唯一絶対神を設けない

    「新団体において、21世紀の宗教が可能なふたつのパターンは、ひとつめは絶対神を全く語らないこと、ふたつめは、絶対神という言葉は使うが、それを自分の、自分個人の個性として位置づけて、他の人には、他の人の絶対神のイメージがあって良いというふうに位置づけるかだと思います。ともかく、唯一絶対の、従来型の意味での絶対神を設けない、これが新団体の教義の特徴であろうと思います」

     

    ・P14

    ◎オウム真理教の布教の在り方は、貪り・慢心

    「旧教団においては、要するに、松本氏を信仰する者を世界の全体に広げたい、そういった気持ちがあるのは、我々の貪り、そして貪りと関連する自己存在意義の極限、すなわち慢というものがあったと考えざるを得ないと思うわけです。

    そういったものを、我々は超えていかなければならない。超えていかなければならない、それは、どういうふうにやっていかなきゃいけないかというと、感謝と奉仕という考え方だろうなあと思うわけです。」

     

    ⑥2007年5月20日・大阪での講話(甲147)

     

    ・P7

    ◎ひかりの輪は特定の人物に帰依しない

    「新団体において目指すところは、ある特定の人物に帰依する自分といったものになることではありません。旧団体においては、もちろん悟り、解脱が目標でしたが、その実践課程でみなさんが意識したことは、自分がいかに特定の人物に対して帰依することができるかということだったかもしれません。」

     

    ⑦2007年8月25日・大阪での講話(甲150)

     

    ・P23

    ◎オウムの密教的な解釈は特殊である。

    「そういった密教的修行とは何かというと、ひとりひとりの修行者がグルと合一するんじゃなくて、ひとりひとりの修行者が大日如来、仏と直接的に合一する、むしろ、こういった密教のほうが普通なんだと。(中略)ある人間に合一することを以て、仏様と合一するんだという考え方は、仏教、密教史上においては、それはむしろ特殊なことだと。」

     

    ⑧2007年8月26日・東京での講話(甲151)

     

    ・P12

    ◎オウムの現人神信仰は危険であり、ひかりの輪は脱却した

    「ともかく、要するに信仰の対象はなんなのか。それは偉大な人間を信仰の対象として、その考え方と一つになっていくのか。でもこのプロセスは先程言ったような危険性がある訳ですね。ようするにこの人が「サリンを撒け」と言ったら撒きましょうという話になる。どんなに嫌でも撒きます。そうじゃないと偉大な人と心が一つにならない。一体になれない、合一できない。だから解脱できない、悟れない。みなさんはそういったことから脱却してひかりの輪にいます。」

     

    ⑨2007年11月25日・東京での講話(甲156)

     

    ・P8~17

    ◎釈迦は自己を絶対視させなかったが、オウムを含めたグルイズムは問題がある

    「釈迦というのは、--これは彼の言葉そのままではありませんが、わかりやすくすると、イエス・キリストやマホメットなどにキリスト教やイスラム教が与えているように、絶対神の唯一ないし最高の代理人というような位置づけを自分自身に与えなかったという点で、世界における自分の位置づけを全く与えなかったという点で出色の宗教家、というか開祖であると。

    (中略)こういったキリストイズム的な、ないしはグルイズム的な宗教は、イスラム教にしてもキリスト教にしても、最近においては旧教団の元代表にしても、アメリカのバグワン・シュリ・ラジニーシにしても、他のグルイズムにしても、必ず社会の中でそれを信じる人と信じない人の対立、摩擦っていうのが不可避的に起こってしまうという問題を持っているわけです。

    (中略)旧教団の流れに馴染んだ方にわかりやすい表現で言うならば、ある特定の人を神の表れと見る代わりに、法を拠り所とすることによって、すべての人を神の表れと見る信仰のタイプがあるのだということです。それは、精神を統合する、そして世界を統合する方向に行くが、特定の人を神の表れと見れば、精神を分裂させ、世界を分裂させる方向に行くということがあるのだと、そう言うことができます。」

     

    ⑩2007年11月23日・小諸での講話(甲155)

     

    ・P1

    ◎釈迦の教えは、特定の人間を拝まない教えである

    「釈迦の直説を伝えているのではないかと思われる初期の経典においては、開祖を神の化身とする宗教に慣れた我々にとっては非常に衝撃的な言葉が語られているわけです。(中略)有名な言葉の中には、「私の肉体は無常で朽ちるものだから、私を拝んではならない。あなたがたは、自己を帰依処とし、法を帰依処としなさい。そうする者が、私の最高の法友である。」

     

    ・P3

    ◎特定の人を神と見るとオウムのような問題が起こる

    「神の現れとされる特定のひとりの人と、それを信じる人と、それを信じない人と、さらには信じないどころか、神の現れと信じられている人に対してそれを傷つける人、すなわち悪魔と認識される人に世の中が分裂していきます。よって、信者、非信者、聖と、そして悪魔というものが分かれてきて、そこから数千年間、宗教は戦争を為してきたと自分は考えているわけです。

    (中略)旧教団の元代表であろうと、アメリカで布教したバグワンであろうと、またはその他のヒンドゥーイズムのグルであろうと、特定のひとりの人を神の化身とし、そしてその結果、それを信じる人と信じない人の間で社会的に摩擦が起こるということを経験、繰り返してきたわけです。

    (中略)それはキリスト教でもイスラム教でも、それだけに限らず、特定の人を神と見て、自分の宗派だけを正しいと見たときに生じる宗教の中での問題、そして宗教と宗教の間の分裂、対立といったようなものでしょう。」

     

    ⑪「上祐史浩からのメッセージ2007」(甲168)より

    (※アレフ脱会直前に書いた、アレフの問題点を指摘する内容)

     

    ・p2~
    ◎麻原を絶対と見る教えは間違いである

    今回は、まず、「元代表に対する帰依」という問題について、私がどう思っているかについてお話しします。(中略) チベットなどの伝統的な密教の教えは、グルが本当に完璧である、絶対的である、と説いてはいません。それは、「弟子のエゴを弱めるために、グルを完璧・絶対と見なす、考えるようにする修行法がある」ということです。

    ですから、「弟子が自分のエゴを弱めるために、グルを完璧・絶対と見なす修行法を実践する」ということと、「グルが完璧・絶対である」という事実とは、近いようで、非常に大きな違いがあります。

    この点をわかりやすくするために、旧教団の一連の事件の問題を例にして取り上げます。「グルが完璧、絶対である」ならば、一連の事件について、「グルがなしたことだから、正しい」、「グルがなしたことだから、何か深いお考えがあって」として、その事件を否定しない、総括しないことが正当化されます。

     そして、その延長上に、「将来、グルに指示されたら、事件を行うか」と問われたときに、「私は帰依の実践として、事件を行う」、「帰依を損なうから、事件を行わないとは言えない」と考えることになります。

    昨年の新団体の説明会でも、A派の中にこのような考えにとらわれているサマナの方がいましたが、そのサマナの方は、「人を殺したい」と全く考えてはなく、本来はとても優しい人であり、私の代表派と、非代表派との対立の中でも、自らは、非代表派に身を置くものの、私に対する嫌悪も全く感じませんでした。

    では、なぜ、自分では「人を殺したい」などとは毛頭考えないような、とても心の優しい彼が、この教団において、「帰依の実践を考えると、場合によって人を殺さなければならない」と考えて、ひどく思い悩まなければならないのでしょうか。

     元代表をグルとして絶対とした以上は、自分が嫌でも、人を殺し、多くの被害者が出て、教団と社会が対立するような状況にならなければ、帰依にならず、解脱できないのでしょうか。それが本当に真理なのでしょうか。

     

    ◎オウムの密教の法則の解釈は間違っている

    しかし、繰り返しになりますが、伝統的な密教の教えは、「グルが本当に完璧である・絶対的である」と説いているのではなく、「弟子のエゴを弱めるために、グルを完璧・絶対と見なす、考えるようにする、修行法がある」というものです。

    だとすれば、弟子が自分とグルの個人的な関係の中で、すなわち、自分の心の中で、グルを完璧と見るように努めることは良いとしても、第三者を巻き込んで、グルを絶対として、第三者を殺すことは正当化する教えではない、と解釈するべきでしょう。

     そうでなければ、自分の帰依の修行のためには、第三者を犠牲にして良い、ということになり、弟子のエゴを弱めるどころか、逆に、エゴを増大させるのではないか、ということになると思います。(中略)しかし、自分の修行のために、他の生命を奪ってもいい、と考えること自体が、外部社会から見ると、極めて自己中心的で、傲慢の極みと考えられる、という視点を、勇気を持って考えなければならないと思います。

    さらに、私たちが、グルを絶対・完璧である、と考えるならば、その瞬間から、私たち自身を、グルの指示があれば、この世の中で、殺人を含めて、何をしてもいい存在にしてしまうことも事実です。

    皆さんの感覚では、絶対であるグルには、私たちにはわからない深いお考えがあってのことだから、と考える場合があることは私もよく承知しています。

    しかし、元代表を絶対だとすること自体が、外部社会から見れば、信者が自分たちで勝手に決めてしまったことで、信者にそのような権限も能力も認めない、という視点も、また勇気を持って考えなければならない、と思います。

    そして、外部社会から見れば、私たちが、

    グルに帰依しているとか、グルを絶対としている、というのではなく、

    「私たち=信者自身を絶対化している」

    というように映ることでしょう。

    事実、私や広報担当者が一般の人たちと触れたとき、常々言われることが、

    「教団の信者が傲慢である」

    ということです。

    彼らがそう思う理由は、簡単明瞭で、「サリンによって、虫けらのように、人々を殺しながら、何の反省もしない」からです。

     

    ・P5~

    ◎オウムのグルの絶対視は間違いである

    「さらに、私たちが、グルを絶対・完璧である、と考えるならば、その瞬間から、私たち自身を、グルの指示があれば、この世の中で、殺人を含めて、何をしてもいい存在にしてしまうことも事実です。」

     (中略)まず、密教が説くのは、グルが絶対で完璧だ、という事実ではなく、あくまで、弟子である自分のエゴを弱めるための修行法として、そのように見なすことである。

    (中略)「弟子がエゴを弱める方便として、「グルを絶対とみる」という修行法があるということです。しかし、それが、グルが絶対であるという事実と取り違えられ、グルの絶対性とか、グルは絶対である、という言葉が教団で使われたのは、経典の言葉を文字通りに解釈してしまった結果ともいうことができると思います。

    (中略)「元代表を含めて、ある人が、絶対で完璧だ、と判断できるとすれば、そう判断できる人自身が、絶対で完璧でなければならないでしょう。絶対でも完璧でもない人(=私たち弟子)が、どうして他人(=元代表)を絶対・完璧である、と判断することや、そうだと知ることができるでしょうか。

    (中略)依然として「グルは完璧であるから、救済は成功する、成功している」と考えることは盲信だと思います。また、犯罪の指示であっても、「それに従わないと、解脱ができない、グルとの縁を傷つける」と考えることも、盲信だと思います。」

     

    ・P48~49

    ◎釈迦は、自分を含め、特定の人を崇めることを否定した

    「釈迦牟尼は、「釈迦牟尼を含めて、人を崇めることを否定する教えを説いた」ということが、仏教研究上は、広く認められている事実です。弟子たちに、「めいめいの自己と法則を帰依処とするように説いた」ということです。ですから、「グルがいないと修行できない」というのは、「グルイズムが強調された、この教団の一種の固定観念である」というくらいに考えることができます。」

    (中略)次に引用する経典では、釈迦が、「私(釈迦)を仰いでも何の意味もない」と言明する部分があり、釈迦牟尼個人を崇拝してはならず、崇拝すべきは法であることを示している経典として、有名なものです。

     

    ・P50~51

    ◎グルなしで修行ができる

    「グルイズムを非常に重視してきたチベット密教において、その最高指導者であるダライ・ラマ法王が、「師ではなく、教えに対する信」を強調していることは、非常に興味深いことだ、と思います。」

     (中略)密教とならんで、グルイズムが重視されているのがヨーガですが、それでも、ヨーガ根本経典においては、グルのいない場合の修行の方法が説かれています。」

     

    ・P51

    ◎ひかりの輪は、麻原の信仰はせず、何の位置づけも与えない

    「最後に確認となりますが、代表派が予定する新団体では、元代表には特に位置づけをもうけず、元代表への信仰を推進することはありません。元代表の信仰ではなく、多くの人々と分かち合える教えの実践を推進することが、新団体の目的です。」

     

    ・P52~53

    ◎オウムは麻原を神の化身としたことが間違いだった

    「旧教団では、元代表を神の化身とすることで、それに従わない社会は、否定されることにもなりました。また、今現在の教団の分裂においても、元代表の過去における言動を絶対とすることに加えて、元代表がいない中で、誰が元代表の代わりの神なのか、誰が一番正しいか、という視点から、多くの人がものを考えているように思います。

    (中略)冷静になって考えてみれば、どんなに優れた人でも、人は神ではなく、あくまでも人であって、特定の人を全知全能であるとか、神の化身である、と考えること自体が、もはや盲信であり、誇大妄想である、と言うことができるかもしれません。」

    (中略)各々の宗教の信者たちが、自分たちの信じた宗教や教祖を世界の救世主にしようとして、勢力争いを行い続けている、という悲しい宗教的な闘争の歴史だけです。そして、元代表を日本や世界のキリストにしようとして日本社会と戦った旧教団も、その例外ではありません。

    (中略)二元論的な宗教は、特定人物を絶対者・絶対神の化身とし、それを信じる自分たちを聖とし、そうしない他を邪とする傾向があります。そして、そういった世界観は、たぶんに、実在しない悪魔や聖者を妄想して、誇大妄想や被害妄想を引き起こし、狂信・盲信となる側面がある、と思います。例えば、イスラム原理主義者が、アメリカがイスラム世界を乗っ取ろうとしている獣である、と考えて、アメリカを攻撃しているのも、そうだと思います。

    (中略)グルイズムが目的となり、慈悲の獲得が損なわれてしまえば、それは、本当の意味で仏教ということはできない、と思います。

    (中略)グルを完璧と見なす、人と見ないで神と見なす、という密教の修行法の意味を誤解して、松本家の人たちを本当に完璧であり、神である、と考えてしまうことであり、この考え方が続く限りは、一歩間違えば、神とされた人の指示で、非常にラディカルな行動に出る可能性を完全には排除できない、という問題がある、と思います。」

     

    ⑫「上祐代表書き下ろし講話集① 2007年」(甲169)より

     

    ・p8~

    ◎ひかりの輪は、オウムの麻原信仰とは大きく違う

    「一元論の教えは、旧教団の思想と対極をなします。旧教団は、麻原元代表という特定の教祖だけを世紀末ハルマゲドンの際に現れるキリスト、神の化身と見て、世の中を聖である教団と邪である社会に分ける、善悪二元論の思想がありました。

    (中略)新団体の崇拝の対象は、一人ではなく、すべての存在です。すべての人々、生き物、そして、大自然、大宇宙全体です。特定の一人から、すべての存在への大転換ですが、ある意味で、一人か、すべてしかない、とも感じます。

    (中略)こうして、元代表のみを師としていた私たちにとって、元代表に代わる新しい師として、立ち現れてきたものがありました。それは、すべての人々であり、すべての生き物であり、大自然であり、大宇宙のすべて、でした。

    (中略)旧教団も同様で、日本の中に、日本国家の権威を否定する、元代表という王を信者が認めたとき、さまざまな事件が起こりました。」

     

    ・p17

    ◎ひかりの輪は、いかなる宗教の崇拝対象を絶対視しない

    「各宗教で絶対視されている崇拝対象は、その信者たちの中において、神聖な意識を引き出す「象徴(シンボル)」であって、その信者の輪を超えたところでは、象徴・シンボルにならない=絶対ではない、と思います。」

     

    ・p18~19

    ◎オウムのグルの絶対視は間違い

    「チベット密教でグルを完璧と見る、という修行があり、それが旧教団に取り入られましたが、これについても同じことができると思います。チベットでは、弟子が自分のエゴ・慢心を弱める手段として、指導者に対する高い尊敬を持つようにしました。しかし、グルと弟子の個人的な関係を超えて、第三者を巻き込んで、グルを絶対者として、グルの指示があれば、第三者の生命・財産を奪っても良い(ないし、奪わなければならない)と考えるならば、逆に、大変な傲慢さをもたらす、と思います。」

     (中略)旧教団(オウム)では、そもそも、本来は、誰も弟子は、人を殺したいなどとは考えていないのに、自分の信仰上の義務のために、(教団で言えば、松本氏への帰依のために)、そうしなければならない、と考える信者が出てきてしまったのです。その意味では、私は、本当の意味で、人のための宗教を創造したい、と思います。人のためにはなるが、人を振り回すことのない宗教です。(中略)各宗教・宗派が、自分たちの崇拝対象や教義について絶対化することなく、多様な崇拝対象や教義を認める必要があります。」

     

    ・p25

    ◎ひかりの輪は、人を神としない

    「(1)宗教とは実際には人間が作るものであり、開祖である人が完全に神や神の化身であることはない。(2)通常開祖になる人は、通常の人間を超えた霊能力があったり、時には奇跡的な現象を起こす場合が多いが、そうであっても、開祖は人間であって、 神ではなく、不完全である。開祖の語る神も、客観的には、開祖の神体験であって、それが絶対神であるという完全な証拠はない。よって、自己の宗教が絶対に 正しいと考えることは、本質的に、矛盾であり、過信である。」

    「(1)人を神としないこと。特定の人間を神ないし神の化身として絶対視しない。一般でいう開祖・教祖を設けない。例えば、新団体の代表は、団体構成員の先輩・先達であり、あくまで不完全な人間である。

    (2)各人にあった実践を認めること。人間を神としないだけでなく、観念上の崇拝対象である神格や、実践する教えについても、唯一絶対のものは設けず、人それぞれが自分にあったと思うものを 実践、利用すればよい。よって、表現としては、崇拝対象というよりは、神聖な意識を引き出す象徴物と位置づけて、教えも、その人にあった方便・手段と位置づけるべきである。」

     

    ・p32

    ◎ひかりの輪はグルイズムは行なわない

    「まず、オウム真理教の特徴として、一連の事件の主たる原因ともなった程に、強い「グルイズム」であったと思います。それは動かせない事実であり、ひかりの輪は、その現実を直視し、新しい道を切り開こうというものですから、そのような関心のある方に、以下の点を理解していただければと思います。

    おおざっぱに言えば、過去の教団の一連の事件を見ても、今現在の松本氏が置かれている状況(死刑判決の確定に基づく死刑執行の見通し)からしても、オウム真理教のように、ひかりの輪が、その修行を「グルイズム」に頼っていくことはしません。」

     

    ・p33~38

    ◎ひかりの輪が、釈迦を重視した理由=釈迦を絶対視していない

    「このような思想を持ったひかりの輪が、なぜ釈迦牟尼を重視することになったのか、その関係について説明したいと思います。その一つの理由としては、釈迦牟尼自身が、実は、信者が釈迦自身を崇拝することを否定し、修行者が、自分自身と法則をよりどころ(=帰依処)にすることを説いた宗教家であったということです。(中略)次に引用する経典では、釈迦が、「私(釈迦)を仰いでも何の意味もない」と言明する部分があり、釈迦牟尼個人を崇拝してはならず、崇拝すべきは法であることを示している経典として有名なものです。

    (中略)ひかりの輪が釈迦牟尼を重視する動機は、松本氏に代わって、釈迦を「完全者、絶対者、新たな絶対的なグル」として崇めるためということではありません。(中略)第一に、先ほども述べましたが、釈迦牟尼は、自己を拝ませたり、自己を神格化することがありませんでした。さまざまな宗教の教祖と比較しても、自己を絶対者、唯一無二の者とは位置づけなかった度合いが、特徴的であるといわれています。これは、ひかりの輪が、「一連の事件の原因となったグルイズム中心のオウム真理教を超えていこう」という目的と合致しています。

    (中略)この教えの特徴をわかりやすく表現すれば、オウム真理教が「一人のグルに対する絶対的な帰依」が特徴であるのに対して、ひかりの輪は、すべての衆生の仏性に奉仕するという意味で、「すべての衆生に対する帰依」が特徴ということになります。そして、実践の中では、オウム真理教が、グルとされる特定の人物のときどきの考えを絶対とするのに対して、ひかりの輪は、教え・法則を重視することになります。(中略)釈迦自身を崇めることを否定し、「自己と法則をよりどころとせよ」と説きました。これは、釈迦が、自分自身を仏陀の象徴と位置づけなかったと解釈することができます。

     

    ・p35

    ◎グルイズムの密教が最高の教えなのではない

    「たくさんある仏教の教えの中で、今までの教団の慣習から、「グルイズムなどを強調する密教の教えの実践が最上である」とはたから決めつけてしまうのは、これまでの教団の流れ(過去の一連の事件等)を考えても、今後のひかりの輪の見通しを考えても、不適切だと思います。

    (中略)一連の事件を含めたオウム真理教の流れや、現在の教団内部の分裂、そして、今現在の世界の宗教的な対立を考えると、その原因が、「自分たちの宗派ないしは、自分たちの宗教的な考え方が、唯一絶対のものである」と考えることから来ている面が多々あると思います。択法覚支とは、これを乗り越えることができる教えであり、修行上の本質的な目的を重視して、単一の法則を絶対視せずに、時と場合に応じた実践をすることだと思います。この点に関連して、本来はグルイズムを非常に重視するチベット密教の総帥ダライ・ラマ法王自身が、その著作の中で、師ではなく教えに対する信を強調していることを紹介しましょう。」

     

    ・p42~44

    ◎グルを実際に絶対・完璧と見るオウムの思想は間違い

    「本来のグルイズムの意味合いです。それは、密教には、確かにグルを絶対・完璧と見るという修行がありますが、それは、「グルが絶対・完璧である」と主張しているのでは決してなく、「グルを完璧・絶対と見ることで、弟子が自分のエゴを弱めるという修行法がある」ということです。すなわち、現実にはグルは人間であって、仏陀そのものであったり、完全無欠ではないものの、弟子の修行のためにグルを仏陀と見るという修行法・手段、一種の方便があるということです。」

    (中略)グルとされる存在は、現実は生身の人間であり完璧ではないが、密教においては完璧と見なされる対象にさえなること。これについては上記に述べたとおりですが、20世紀までの宗教の歴史を見ると、現人神〔あらひとがみ〕などの神格化された人物や、その権威の活用によって、戦争までが起こることがあるということがよくわかります。(中略)

    神の代理人としての権能を得た聖職者がいれば、それによって、特にその宗教に属さない人たち、他宗教の人たちの生命・財産を奪うことが少なからず頻繁に起き、その結果、21世紀の今日までも宗教的な戦争が絶えません。

    こうして、宗教的な勢力や宗教的な国家のトップに、絶対神の化身・現人神を抱くことは、信者にとって素晴らしいことであると思われる一方で、その裏側に、人を罰することができるのが神ですから、その神の権能として、多くの人の生命を奪うという問題が起こり、そのために信者たちは、非信者たちと延々とした紛争・対立関係に入っていくことになります。」

     

    ⑬2008年2月17日・大阪での講話(甲158)

     

    ・P7~12

    ◎何人も神ではなく、グルイズムは過剰な依存と傲慢である

    「そもそもは人は神ではありませんから、他の人を神だと判断する能力はありません。人は神ではありませんから、何かの宗教が絶対だと判断する能力はありません。

    (中略)

    「過剰な他に対する依存、これを戒めたということだと思うんです。先程申し上げましたように、釈迦の時代はすでに自分と他人を区別して絶対神に依存するような、そういった宗教がだいぶ流行していた、隆盛していたと思います。そしてそれは、この21世紀まで続いてきていますね。それに対して釈迦は、自分を拝むなと言った。

    (中略)グルイズムの傲慢。それは、自分が神ではないのに他人を、すなわち教祖を絶対と、神であると、そういうふうに信じ込んでしまうのもひとつの傲慢であろうと。信じる側が安直に信じるという意味で、傲慢であろうと。」

     

    ⑭2008年7月13日・大阪での講話(甲166)

     

    ・P5

    ◎何人も神ではなく、絶対的な帰依の思想は自己絶対化であり、おかしい

    「これは要するに人は神じゃない、つまり誰かを神とするてことは、そこに、まだ要するに、その人に頼って自分も神に近づきたいという誇大自己が残っていて、誇大自己に基づいて、それを、安直に満たしてくれる、なんか、絶対的な対象これを求める心があるそれを こうー 根底から防ぐには、まず、自分も他人も人は神じゃないんだと、いう前提が必要です。」

    (中略)

    「絶対的帰依をしているっていうのはどうしておかしいの、それは自分が信じたグルをもともと、安直に絶対だと信じるということは、自分の判断能力を絶対と見てるんじゃないか、という話を皆さんにしたことがあると思うんです。だから他人を絶対化するということは、自分を絶対化してるんじゃないか、そういったことをお話ししたと思うんですね。」

     

    ⑮2008年2月9日・船橋での講話(甲157)

     

    ・P16~17

    ◎グルイズムの問題

    「ただここで、グルというものをそこに置くとですね、そのグルというのを、グルがまさに神なんだ、仏なんだという考え方に陥ると、大変なことになるわけですね。そうではなくて、自分が修行したその蓄積をグルが手伝って、自分の仏性を覚醒させてくれるんだという考え方、これが正しいグルと弟子の関係です。チベット密教などでは、グルのイニシエーションというのは、弟子の仏性を引き出す呼び水であって、決して弟子は汚れていてグルの仏性を移入、コピーするんだという、プリントするんだという考えはありません。ただ、旧教団(オウム)では一時期、後期においてちょっとそういった考え方に偏ったかなというところがあって、その点は気をつけなければならない。

    (中略)そしてそれが人だった場合はその人を絶対視しますから、ここで旧教団(オウム)のようなグルイズムの問題というのが出てくるわけです。」

     

    ⑯「上祐代表書き下ろし講話集② 2008年」(甲170)より

     

    ・P50~51

    ◎オウム真理教の傲慢の反省

    「旧団体の反省として、「自分たちの教祖が世界のキリストであり、自分たちだけが救済する集団である存在である」という思考があった。(中略)旧団体のように、「自分たちこそが正しい」「自分たちだけが正しい」という意識が強まり、その結果、「他者との闘争」「他者の否定」が激しくなる。私はこういった思考の結果として、「原理主義者」「過激主義者」「テロリスト」「好戦的」と呼ばれる人たちの中には、その全体ではなくても、少なからずこういったタイプの人たちがいるのではないかと思う。」

    (中略)人は皆長所・欠点があり、地球の中の何者かが「神」の使者で、何者かが「悪魔」の権化であるというわけがない。ここには、自分たちに対する「過信・誇大妄想」、他人対する「不信・被害妄想」の問題が生じる。そして、この考え方は、「悪」を打ち倒すという好戦性につながる。イスラムとアメリカは、互いを「悪魔」と見て、自分たちを「神」の意志を行うものと見て、現在、紛争・戦争を続けている。そして、彼らには、いわゆる聖書の終末思想、すなわち「善と悪の戦い」の世界観の影響もあるとよくいわれている。」

     

    ・P88

    ◎オウム真理教のマハームドラーの思想は傲慢であり間違っている

    「オウム真理教の「マハームドラー」の前提には、松本氏は、絶対神の化身であり、その意味で、絶対善である、という「思い込み」がある。これは、弟子が松本氏に、たとえば批判されたりして、いじめられて苦しみを感じたときに、松本氏を悪として、批判を返すことをせず、自分の内面の業、精神の弱さを内省するためにはよいかもしれない。

    しかし、松本氏が犯罪行為を指示した際まで、松本氏を悪と考えずに、それに従ってしまえば、明らかに「行きすぎ」である。それは、自分の修行のために、松本氏を信奉していないどころか、知るよしもない第三者を巻き込むという、非常に「尊大で傲慢」な行為である。

    しかし、客観的には「尊大で傲慢」な行為だが、前提として、松本氏が絶対神の化身であり、日本・世界のキリスト(となる人)である、と「思い込んで」いる信者にとっては、本来は、師と弟子の二人の「個人的な世界の中のしごき」のレベルにとどまるべき修行が、それを大きく逸脱して、社会全体を舞台にした犯罪行為に及ぶことになる。」

     

    ・P106

    ◎麻原は傲慢だった

    「元教祖は、「自分は傲慢になりやすい性格であり、自分の考えが正しいと思いこむ傾向があったので、カルマ・ヨーガの実践を行った」と書いている。たしかに、カルマ・ヨーガは傲慢を静めるためのヨーガだと思うが、その後の元教祖も、自らをキリストとして、一般人を悪業多き魂として、一連の犯罪行為を行うという、紛れもなく「傲慢、独善、誇大妄想的な思想と実践」に陥った。」

     

    ・P110~114

    ◎オウムの問題は、麻原を神としたこと

    「オウム真理教では別の問題が起こったのである。それは、人はあくまでも「不完全」であり、神の意思を完全には知り得ないという事実に気づかずに、人であるグルを神の完全な化身として、グルの意思=神の意思としてしまったことだ。

    すなわち、松本元教祖を、最終解脱者であって、絶対神のシヴァ大神の意思を(完全に)理解すると位置づけ、その指示は絶対神の指示であって、まったく間違いがなく、それがたとえ犯罪行為であったとしても、グルと違って神の意思を理解できない弟子たちは、自分の善悪の判断をせずに従わなければならないという構図ができてしまったことである。しかし、人はあくまでも「不完全」であり神ではない。」

    (中略)自分の信じたグルや教団が絶対であると思いこむ背景には、「傲慢と(グルへの)依存=怠惰」があるが、自分は誰からも学ぶ必要がないと考える背景にも、別の意味で「傲慢と怠惰」がある。」

     

    ・P123

    ◎オウムが説く、グルの絶対視は間違い

    「チベット密教が説く、グルを絶対的に見る教えは、他から学ぶ上での謙虚さを養い、自己のエゴ・傲慢を静める「方便」である。すなわち、実際に、グルと呼ばれる人が絶対で、完全無欠なのではない。この観念が行き過ぎれば、盲信・狂信になって、詰まるところ、自分自身が信じたものは絶対であると考える、という「傲慢」にもなる。」

     

    ・p179

    ◎ひかりの輪は、盲信を避けなければならない。釈迦も弥勒も神ではない

    「われわれは、「偉大なる存在」「神仏の存在」について、旧来のような盲信・狂信は避けなければならない。

     

    ・p216~217

    ◎釈迦も弥勒も神ではない

    「私たちは、釈迦牟尼が説いた縁起の法を悟りの教えの中核として、人を神としない原則に基づいた菩薩道を歩んでいる。(中略)弥勒菩薩は修行中の未完の菩薩とされ、人が、自己を神と錯覚しないために非常に重要である、謙虚さと努力の象徴である。」

     

    ・P274

    ◎全ての人に神仏を見る思想は、オウムのような傲慢の問題を回避できる

    「すべての人に神仏を見て、感謝するならば、おのずと、自分たちだけを聖とし、他を邪とするような世界観は滅し、オウムのような問題は起こりようがない。そもそもが、すべての人が帰依の対象であることが、オウムのように、唯一の人物を帰依の対象であることと完全に矛盾する。よって、この教えは、傲慢からくる魔境を、完全止滅させることができる。

    (中略)「20世紀までの間違った布教は、その教祖が自分こそが唯一絶対の神の化身であるという傲慢のスタイルで、同じような傲慢な人間を集めて、自分たちの集団を、外部よりも上に位置づける形で行われた。(中略)これまでの宗教は、イエスにしても、マホメットにしても、誰か特定の存在を神の現れと信じるものがほとんどであった。その中には、それが唯一絶対の信仰であると盲信・狂信することで、他宗教・他宗派・一般社会と対立し、時によって激しい紛争に至るものであった。」

     

    『2010-11年末年始セミナー特別教本《改訂版》』(乙D245)p59~60

     

    ◎自分の崇拝対象を絶対とすることの問題

    「従来の宗教の信者は、自分の崇拝対象を信じていくうちに、それが絶対であると(あたかも知っているように)思うようになります。そして、自分の崇拝対象を否定する者が現れると、絶対・完全な存在を否定する者として、「真実を知らない愚か者」と軽蔑するばかりか、場合によっては、「他の何よりも悪いことをしている者だ」と思うようになります(そのように教えられることもあります)。わかりやすく言うと、神・仏を否定しあらがう、悪魔・魔となるのです。

    典型的な例が、その宗教で、「その崇拝対象が唯一絶対のもので、他の(宗教の)神は邪神である」とされている場合です(これを唯一神教というのでしょうか)。また、現代社会でよく見られるのが、特定の人物を神と見る場合です。この場合、その人物を神と同等と信じる信者と、そう信じない外部社会の間で、対立が起こる場合があります。

    それは、信者は、その人物を「神の化身」などと感じられるのに対して、外部社会には、「神ではない人間」としての色々な疑惑が感じられる場合でしょう。この場合、信者には、「その外部社会の疑惑は、事実無根(の陰謀)である」とか、「全く無視するように」と教えられます。そして、ご存じの通り、いわゆる「カルト宗教」とされるものに、このタイプのものがよくあります。

     

    同上p62

    ◎オウムのグルイズム、グルを殺人をしてよい絶対的な存在と見なすのは間違い

    「チベット仏教が説く、グルを仏の化身等として絶対的な存在と見なす修行は、オウムで信じられたように、グルが他人の生命を奪ってもよい絶対的な存在であるということを意味しているのではありません。そう考えることによって、グルを自分の仏性を引き出す象徴とするものだと思います(他にも、グルに対して謙虚になることで、弟子が自己のエゴを弱める手段とすることもあると思いますが)。」

     

    同上p63~64

    ◎釈迦は自分を含め人を神としなかった

    「釈迦牟尼は、弟子に自分(=釈迦牟尼)を崇めずに、自己と法を拠り所にすることを強調した。いわゆる「自灯明・法灯明」ともいわれる。これは、ひかりの輪の「人を神(=絶対)としない」という原則に一致する。

     

    p65

    ◎自分の教祖を絶対視するのは過ちの背景、オウムの過去の経験からも

    「盲信の背景にある「虚栄心」について考えてみたいと思います。万人が認めない教義を自分たちだけが絶対真理と信じる(盲信する)人には、自分たちが優れているために、他人が信じていないものを信じることができる、という心理が働くことが多いと思います。これは、慢心・虚栄心のエゴだと思います。

    そもそも、客観的に見れば、人間は誰しも不完全であり、不完全な人間である信者が、ある宗教やその開祖を完全であると判断する能力があるとはいえないでしょう。にもかかわらず、それらを完全と考えること自体が、すでに慢心・虚栄心が生じているおそれがあるわけです。

    しかし、自分の信仰を絶対視するようになった信者は、この単純な事実に気づきません。「他人が理解できない絶対真理を自分は見つけた、理解できた」という思考パターンになることが非常に多いと思います。しかし、客観的には、万人が信じない理由は、誰もが認める客観的な根拠に基づいていないからでしょう。キリスト教が人類全体を信者にできなかったのも、イエスの復活が客観的な事実とは言えないからでしょう。

    そして、「自分たちが信じているものは絶対真理」と考えるうちに、自分たちでも気づかないうちに、「自分たちが絶対真理である」という心理が働き始めるおそれがあります。こうして、盲信的な信者は、自分の宗教の神や開祖を絶対と信じる中で、気づかないうちに、「自分自身を絶対化」していくおそれがあるのです。

      私の過去の経験からしても、「自分が重要な存在になりたい」とか、「他より優れた存在になりたい」という欲求が、こうしたタイプの信仰にはまり込んだ一因だと思います。そして、これはエリート・勝ち組と呼ばれる人にも、負け組と呼ばれる人にも、その双方に起こります。エリートは、「さらに勝ち組になりたい」という欲求があり、負け組は、「挽回したい」という欲求があるからです。」

     

    同上p68

    ◎自分の開祖などを絶対視するのは、傲慢による過ち

    客観的に見れば、不完全な人間である信者が、開祖を含めた何者かを絶対視する、すなわち、絶対だと判断する能力があると考える方が傲慢であり、さらには、自分の信じた開祖を絶対と見ることで、ついには自分自身を絶対と見る思考パターンに陥るということがあります。

    この傲慢には、妄信的な宗教とその信者は気づかないと思います。こうして、信者は開祖やその宗教に対しては謙虚に振る舞いつつ、自分では気づかない傲慢を形成します。それは、主に、先ほど述べたように、信じない人たちを強く見下す傲慢となって現れます。

     

    『2017年夏期セミナー特別教本』〈甲137〉P56

     

    ◎オウム事件の再発を防ぐのに必要な心の姿勢

    特定の教団・宗教宗派を信じる信者は、自分たちが、非信者よりも聖なる存在(来世幸福になる)と考える慢心・独善・善悪二元論の傾向に陥ることがあるが、これに加えて、自殺や他殺をしても、来世があると考える場合に、今生の命・現世を軽視する可能性、例えば、聖戦を肯定する問題が出てくる(例えば、イスラムの自爆テロ・オウムのポア・その他の宗教戦争)。

    これを防ぐには、①妄信・過剰な依存を避けること、②慢心・独善・善悪二元論を避け、合理的・客観的で謙虚な物の見方・姿勢が必要である。

     

    (3)オウム・アレフに対する批判

     

    ①「上祐史浩からのメッセージ2007」(甲168)より

    (※アレフ脱会直前に書いた、アレフの問題点を指摘する内容)

     

    ・p57~59

    ◎麻原・オウムの社会観・予言は妄想である

    「現象を全くありのままに見ることができない、大きな無智が生じると思います。他の言動を自分の心の現れと見ない中で、しばしば、自分は他に不当に傷つけられている、不当に陥れられている、攻撃されている、という被害妄想が生じます。旧教団(オウム)で言えば、「戦いか破滅か」というスローガンのように、教団は社会と闘わなければ滅ぼされる、という考え。

    (中略)実際には、予言は成就せず、事件は陰謀ではありませんでした。この事実を率直に受け止めれば、予言は、私たちの誇大妄想として認識すべきだ、と思います。

    (中略) 旧教団(オウム)は、「真理が広まらないのは社会が悪い、社会が教団を弾圧している」と考え、「普通の布教では社会は変わらないから、武力によって力ずくで変えよう」という考えが生まれました。しかし、今から思うと、社会が教団を弾圧しているというのは被害妄想であり、辛抱強く、普通の布教を積み重ねて、時間をかけても、真理を広めていく実践が必要だったように思います。」

    (中略)終末思想の予言に基づくヴァジラヤーナ活動を行い、その結果、95年に破綻し、その後の予言が成就しない状況の中で、今の教団には、以前にもまして、非現実的な面、妄信的な面が強まっている、と思います。」

     

    ②「上祐代表書き下ろし講話集② 2008年」(甲170)より

     

    ・P41

    ◎Alephは麻原を不合理に神格化している

    「麻原元教祖について言えば、世間一般の人から見ると、体も太っているし、多くの女性に子どもを産ませたし、自分に都合の悪い者はポワと称して殺してしまうということで、とても人格者、解脱者には見えないと思います。ましてや、今や、勾留中で、重度の拘禁症である、とされていますから、精神的にも弱い人 だと思う人が圧倒的ではないかと思います。

    (中略)私が、一連の事件のことを含めて、麻原元教祖(やその家族)を神格化するのは、不合理である、と主張しても、その主張を受け入れない信者が(Alephには)多くおり、私は厳しく批判されました。」

     

    ③「上祐代表書き下ろし講話集③ 2008年」(甲171)より

     

    ・P4

    ◎麻原は人格障害型の無差別犯罪者である

    「松本氏が主導した教団の事件と秋葉原の事件は、一見違って見えるが、よく分析するならば共通点があると思う。それは、最近の総括作業の中で行った、元教祖や教団信者の人格分析の結果、見えてきているものでもある。中略)これは心理学的にいえば、自己愛(自己正当化)が強く、他の否定・被害妄想が強い、人格障害と分析されるものであろう。(中略)私はこういった現代の犯罪を「人格障害型の無差別犯罪」と呼んだらいいかもしれないと思う。」

     

    ・P12

    ◎麻原は人格障害である

    「オウム真理教のテロの場合は、やはり、それを主導した松本氏が、反社会的な人格を有していたことが原因の一つだった。松本氏の社会に対する認識は、自分が予言されたキリストであって、社会はキリストである自分を弾圧しており、それと戦い勝利しなければならないというものであったが、今になって客観的に見れば、誇大妄想と被害妄想であろう。そして、心理学や精神医学上は自己愛、救世主願望、誇大妄想、被害妄想などが強い人格障害と分類される」

     

    ・P76

    ◎オウムの逸脱したマハームドラーの概念と、誇大妄想と被害妄想の世界観の問題について

    「なぜ、オウム真理教で、そういった逸脱した「マハームドラーの試練」という概念が生じたかと言えば、それは、そもそも「オウム真理教の世界観」が、教団が善業多き魂で、社会は悪業多き魂で、教団が不当に社会に弾圧される中で、最後には、教団から現れるキリスト(松本元教祖)が、悪の社会に打ち勝ち、悪業多き魂をポアして、キリストの千年王国を作る、という「世界観」があったからである。」

    (中略)「教団の世界観」すなわち、教祖と信者の社会の中での位置づけ自体が、すでに思い上がった「自己中心的」なものであったからだ(ただし、より正確に言えば、教祖と信者本人たちには、自分たちの「思い上がり」や「自己中心」に対する自覚はなく、自分たちはキリストの集団である、という「誇大妄想」と、自分たちは弾圧されている、という「被害妄想」があった、ということができる。すなわち、「狂信・盲信」の結果である)。」

     

    ・P108

    ◎オウムのヨーガ行法は問題がある

     

    「オウムのクンダリニー・ヨーガを含めたヨーガ行法の実践が、かなり荒っぽいものであり、心身を痛める危険性があったのではないかと考えている。」「(中略)松本元教祖も師事したことがあるインドの聖者(パイロットババ師)が、松本氏とオウム真理教に絡んだ問題点として指摘(中略)1.松本氏の修行法は行法(右気道の実践)に偏っており(精神的な実践が弱く)2.特に、アナハタチャクラ(=プライド)でひっかかっており、「私が救済する」というエゴを持っていた。3.行法で一時的に煩悩が浄化された(ような)状態になり、霊的な体験をして悟ったと錯覚する問題があるなどである。」

     

    ・P108

    ◎他人に魔境に陥るなと戒めた麻原自身が魔境に陥った

    「松本氏がなした妄想的・独善的な活動を見れば、松本氏は、「他人に魔境に陥らないように戒めながら、自分自身はそれを避けることができなかったのではないか」と判断せざるを得ない。」

    (中略)松本氏を分析した人の中に、自ら霊的な修行体験があり、京都大学教授の鎌田氏がいるが、彼はその書籍(『呪殺・魔境論』)の中で、「松本氏は、魔境を経験し、魔境を知っていたが、最初の魔境を抜けた後に、自分が最終解脱したという第二の魔境に入ったのではないか」と述べているが、これは非常に興味深い。鎌田教授と同じような見解を持っていたと思われる人物として、松本氏自身が、その初期の雑誌記事の中で紹介した、雨宮氏という修行者(故人)いるが、彼は、松本氏が最終解脱したと主張し始めた際に、強く批判して「大変なことになる(地獄に落ちる)」と警告したという。

    上記のパイロットババ師も、松本氏が最終解脱したと主張した1986年の時点で、松本氏が、師から伝授された修行を適切に行っていないがために、破滅にいたることを警告したという。」

     

    ・p189~190

    ◎オウムは殺人事件以外にも悪業があり、贖罪をしなければならない

    「いわゆる重大事件とは別に、教団では、まったくの詐欺的な行為に加えて、ハルマゲドンが起こるなどという、特殊な世界観に基づいた強引な布施集めなどがあったが、これらも、その内容によっては、偸盗の悪業に分類されるものだろうから、自分の行動をしっかりと内省すべきであろう。」

     (中略)教団の信仰のために嘘をついた妄語の悪業がある。これは私が偽証罪で捕まったり、広報活動で教団の事件に対する関与を否定したりしたことも含まれる。この悪業は、当時のサマナ・信徒に、導きや事業活動などを含めて、相当広く広がっていたはずだ。真理のためにならば嘘をついてもいい、という考え方である。

    (中略)松本氏が関与した一連の重大な事件と、松本氏不在の中で、弟子たちが行った行為がある。例えば、事件化されるほどではなかったにしても、観念崩壊セミナーにおける無理な修行による傷害行為、それから、分派したケロヨングループの傷害致死事件や、その他の部署の詐欺的な行為などがある。

    これらの悪業を認識しないと、自己を正当化するために、自分は知らなかったという偽善的な意識が形成される傾向があるので、特に注意を要する。例えば、観念崩壊セミナーなどは、多くのスタッフが見聞きする中で、信仰上の理由で、それを止められなかったものであるから、自分たちが知らなかったでは済まされないものであって、その悪業を認識しなければならない。

    (中略)私たちが信じた当時の教団の思想・教えは、社会に対して非常に対立的・闘争的であって、犯罪行為を正当化する過激な内容を含んでいた(中略)一連の事件の行為だけではなく、その背景にある信仰の内容自体に、すでに悪業が含まれていた

    (中略)謝罪・賠償・教団改革を、その本来の意味に基づいて行うことである。本来の意味とは、アーレフのような、自己の盲信を社会の圧力から防御するための作戦ではなく、自己の過去の過ち=悪業を認識し、その悪業の精算として行うことである。

    (中略)被害者遺族の方々が解散を望む背景には、一連の事件の後から、アーレフ時代までの所行があるだろう。第1に、99年までは形上(かたちじょう)も、謝罪・賠償をしなかったこと。第2に、2000年以降のアーレフ時代も、形上の謝罪・賠償にすぎず、それは教団を社会的に防衛する手段であったこと。そして、その賠償も、契約で約束された額を支払うことができなかったことである。」

     

    『2009~10年年末年始セミナー特別教本《改訂版》』(乙D242)p16

     

    ◎オウム真理教などの善悪二元論の盲信の過ち

    「欠点と長所を区別する考えが強い、すなわち、善悪二元論の世界観の場合は、自己の欠点に対する嫌悪が強まり、完全無欠の存在を求める傾向が強まる。しかし、自分の力では完全無欠の存在などにはなり得ないから、誰かに依存して、そうなろうという心理が働く。その結果が、例えば、オウム真理教などにも見られる、妄信的な信仰を生み出すと思われる。

    この場合は、唯一の人物を神の現れと考える傾向に陥る。そのため、人が誰しも、それぞれに、その欠点の裏に長所を有しており、それは神に与えられた個性であって、すべての人々が神の現れである、という一元的な思考には至りにくい。」

     

     

    『2010-11年末年始セミナー特別教本《改訂版》』(乙D245)p61

     

    ◎オウムの開祖=麻原の陥った慢心の過ち

    「霊能力・超能力が強くても、それが優れた人格や真実の悟りとは、必ずしも結びつかないと思います。オウムの開祖は、自分が神の化身であるという慢心に陥って、手段を選ばない布教を正当化し、例えば、隠して薬物を与えることで信者に神秘体験をさせ、それが自分の力によるものだと思わせるといった、いわば演出をしました。」

     

    『2010年GWセミナー特別教本《改訂版》』(乙D243)p34

     

    ◎自分達を絶対視した狂信的なオウム真理教お過ち

    「強い自と他の区別・善と悪の区別があって、自分たちを絶対視する、いわば、狂信的な宗教や思想である。オウム真理教には、この傾向が強かったのではないかと思う。そして、イスラム原理主義、キリスト教保守主義といった、紛争の原因となっている原理主義的な宗教も、このタイプに属すると思う。」

     

    『2013年GWセミナー特別教本《改訂版》』(乙D252)p6

     

    ◎教祖を絶対として狂信的な思想に陥ったオウムの一連の事件の経緯と反省

    「教団は教祖を絶対とし、社会を悪魔に支配されたものと見て敵対する狂信的な思想に陥って、犯罪行為を正当化し、実行し始めていた。89年の坂本弁護士殺害事件後には、教祖への盲信などから、自分も同じ間違った思想に陥り、90年にかけて、テレビ出演で公衆の前で教団を守るために嘘の弁明をする緊張した状態を経験した。93年ごろには、一つ間違えば死亡する緊張を伴う生物兵器の製造実験の活動にも参加した。

    その教団は、94~95年にかけて、サリン事件などの重大な事件を起こして破綻するに至り、教祖と同僚の高弟たちは、次々と重罪で逮捕・起訴され、死刑が求刑された。」

     

    『2012年夏期セミナー特別教本《改訂版》』(乙D250)p28

     

    ◎麻原は誇大妄想・被害妄想

    「そして、オウム真理教の麻原教祖は、この誇大自己症候群の典型であろう。麻原の場合は、自分がキリストであるのに、それを認めず否定する社会は、キリストを弾圧する悪業多き魂であり、戦わなければ教団はつぶされる運命であり、戦うならば、一教団にもかかわらず、キリストの集団であるがゆえに、勝てる(可能性がある)という誇大妄想と被害妄想に陥ったのである。

    麻原のように重篤なケースは、特に幼少期の親子関係に特に深い傷があるのかもしれない。実際に麻原は視覚障害者であり、自分の意に反して、親元から離されて全寮制の盲学校に入れられるなどして、親への恨みが強かったといわれている。」

     

    『2010年夏期セミナー特別教本《改訂版》』(乙D244)p32

     

    ◎オウムのマハームドラーの教義の過ち

    「なお、忍辱(忍耐)の実践に関連して、オウム真理教では、マハームドラーと呼ばれるグルが与える試練に耐えるという教義があったが、その間違いについて指摘しておく。

    オウムが説いたマハームドラーとは、他者=社会を犠牲にした形で、自己満足の世界の中で、自己放棄の修行をしようとしたことであった。このような他者の犠牲をともなう形での試練を自己の忍辱(忍耐)と解釈するのは、明らかに自己中心的な価値観であって、自と他を平等に尊重する大乗仏教の思想に反するものである。」

     

    『2009年GWセミナー特別教本《改訂版》』(乙D240)p16

     

    ◎親子関係の問題を解決せず、悪用したオウム

    「ところが、現代では親子関係が歪んでおり、親を尊敬していない子供が多くなっている。よって、この親子の問題を乗り越えなければ、仏教の教えの根幹が損なわれる。

    一方、オウム真理教は、この問題を解決せずに、この問題を逆手にとった宗教であると思われる。すなわち、末法の世には悪業多き魂が多いとして、教団を肯定しない親は強く否定し、出家制度によって子供を親から隔絶し、教祖のもとに集中させることで、子供が救われるとし、親をはじめとする社会と敵対し、戦って勝利することを教義とした。」

     

    『2013年 夏期セミナー特別教本《改訂版》』(乙D253)p35

     

    ◎麻原は精神病理的な状態とアレフの修行の危険性・過ち

    「しかし、そのグルであった麻原自身が、今、精神病理的な状態にある。原因が、逮捕後の社会的圧力や拘禁という物理的な環境条件である可能性もあるが、異常を呈する直前に、クンダリニーエネルギーのコントロールに苦しみ、裁判長に訴えていたことが、裁判記録から明らかなため、クンダリニー症候群である可能性が少なくない。

    また、オウム時代にも、全体での割合はごく少ないが、信者の中で精神分裂的な症状を呈する人がいたことは明らかである。私が最初期に参加したセミナーにおいてさえ、そうなった会員がいた。その後に行われた「狂気の集中修行」と呼ばれたハードなセミナーでも同様である。(中略)

    オウムの精神的な問題は、麻原に近しい人物や高弟たちにも及んでいる。オウム事件後、統合失調症を呈した者がいたが、これは、事件がきっかけであり、クンダリニー症候群ではないかもしれない。しかし、麻原に近い幹部の女性の中にも、幻聴が聞こえ、通院した女性が複数いる。

    最近では、アレフ(旧オウム)の幹部の一人が、麻原の声が聞こえるという幻聴状態に至り、それをきっかけに団体から魔境とされ、教団活動から外され、その後に集中修行に入ったが、再び幻聴が聞こえたので、修行を中止したという事態も発生しているという。

    さらに、アレフで問題であることは、①クンダリニー・ヨーガの危険性を全く知らせず、「グル麻原がいるからアレフで行う限り危険性はない」と主張し、②その一方で、クンダリニー・ヨーガのメリットをあまりに誇大宣伝していることである。」

     

    『2008年夏期セミナー特別教本《改訂版》』(乙D237)p59

     

    ◎妄想的プライドから武装化や薬物を正当化したオウムの過ち

    「宗教の場合は、まず、「自分たちが唯一正しい存在である」という妄想的なプライドを持つ恐れがある。これに基づいて、「多くの人が(本質的には地球のすべての人が)、自分の宗教の信者になるべきである」という意識が働く。

    ここではすでに相当の支配欲・権力欲が働いているし、競合する他宗教との闘争心も働いている。そこでは、歴史上、しばしば、強制力・暴力・軍事力も用いられてきた。教団武装化や薬物を使ったオウムも、この一例である。」

     

    『2008~09年 年末年始セミナー特別教本《改訂版》』(乙D238)p8~9

     

    ◎オウムの麻原は、間違った依存の対象

    「例えば、オウムの元教祖の場合のように、依存の対象が犯罪行為を肯定しているなど、客観的に見れば、大きな問題があるにもかかわらず、一部の信者には、「自分で判断して間違えたくない」という気持ちが極端なまでに強いために、間違った対象に依存し続けてしまう、という場合である。」

     

    『2009年2月セミナー特別教本《改訂版》』(乙D239)p30

     

    ◎プライド・虚栄心で暗部を直視しないオウム真理教の問題

    「しかしながら、競争社会で育ったわれわれは、自分が他人に対して優位であったり、劣っていたりするといった、自と他の比較について、非常に強くとらわれている。よって、自分の長所と他人の欠点はよく見るが、自分の欠点と他人の長所を見ることは苦手である。

    また、特に、宗教の実践者の場合は、オウム真理教での経験でもわかるように、みずからの宗教的な実践を誇っている間に、プライド・虚栄心が増大し、そのために、自分の暗部を直視しないという問題も生じることがある。」

     

    『2010年夏期セミナー特別教本《改訂版》』(乙D244)p31

     

    ◎麻原・オウム真理教の被害妄想・誇大妄想の問題

    次に、「因果の七つの秘訣の瞑想」は、すべての衆生・万物に対する感謝と恩返しを養う教えである。これは、オウム真理教の際に陥った、社会を善業多き魂である自分たちと、悪業多き魂である他者に分けて、「社会が自分たちを弾圧している」という被害妄想や、「その中でキリストの集団となる」という誇大妄想とは、正反対の教えであることは明らかであろう。

    そして、この被害妄想の背景になったものと推察されるのが、元教祖の幼少期における不遇であるが、親や周囲に対する不満・被害妄想といった人格の歪みも、法則に基づいて、感謝の実践を行なうならば解消される。

     

    『2011年GWセミナー特別教本《改訂版》』(乙D246)p53

     

    ◎オウムは一時的な成功による慢心がもたらした狂気

    宗教界では、オウムこそが、一時的な成功による慢心がもたらした狂気でした。教団を聖とし、社会を邪として、世界を二分化する教義・物の考え方に、慢心が潜んでいました。実際には社会に支えられて教団が成立・成功していたのが実際なのに、その社会を否定・破壊して、理想の社会を作るという誇大妄想を抱いた結果、実際には、社会とともに、自らを破壊した形になりました。

     

    『2014~15年末年始セミナー特別教本』(甲128)p31

     

    ◎当たらない予言を断言した麻原のようなタイプは精神病理的な部分がある

    「麻原彰晃がそうだったように、当たらないことの方がずっと多いのが実態であって、例えば麻原の終末予言のように、特に大きな物事になれば全く当たらないにもかかわらず、それを断言するので、信者と周囲(そして社会)を混乱させ、傷つけることが多い。(中略)

    そうしたタイプの人は、精神病理的な部分があって、(自己を神格化する)誇大妄想と(その偉大な自分が、周囲・社会には不当に認められていないと考える)被害妄想に陥りやすく、その意味で、精神的に不安定で、そのカリスマ性と人格は、まったく一致しない(というより反比例さえする)。」

     

    『2014~15年末年始セミナー特別教本』(甲128)p11

     

    ◎オウム事件の背景にあった教祖と信者の集団心理:感性の暴走:盲信

    「ひかりの輪」が、反省と教訓の対象とするオウム真理教事件は、教祖と信者が感じた「神のようなもの」が、客観的で合理的な根拠がないにもかかわらず、真理だという集団心理が形成されて、起こされたものであった。

     

    『2016年GWセミナー特別教本』(甲133)P22

     

    ◎オウムなどの問題の原因は極端な善悪二元論

    「そして、オウム真理教や大日本帝国の思想を含め、宗教・政治その他の思想が極端な善悪二元論に陥ると、巨大な暴力が正当化される。善悪二元論とは、自分・自分の集団・国家だけを絶対善として、他を絶対悪とする思想である。」

     

    『2016年GWセミナー特別教本』(甲133)P39

     

    ◎輪廻転生を盲信するデメリット=オウムのポアの問題は信者らの来世エゴが原因

    「一方、信じるデメリットとしては、今生よりも来世が重視されてしまい、今生が軽視され、破壊されてしまう場合がある。(中略)また、オウム真理教が取り入れた、一部の密教に見られる度脱・呪殺・ポアの思想のように、他人を殺しても、幸福な来世に導けば救済であるという考えの土台になる可能性もある。これは、突き詰めると、「信者の来世エゴ」ともいうべきものかもしれない。自分の来世の幸福にとらわれるあまり、その宗教の教義に従って、自殺・他殺を行なう結果、実在する今生の他者(と自己)を、いろいろな意味で傷つけることになる。」

     

    『2017年GWセミナー特別教本』(甲136)P50

     

    ◎オウム真理教の問題:自己特別視、暴力主義、自滅的な暴走

    「その本質において、神国日本を唱えた大日本帝国にしても、共産主義の学生運動にしても、オウム真理教にしても、自己の特別視と、対抗者に対する強い否定を含んだ善悪二元論と、暴力主義的な傾向、そして、自滅的な暴走をして破たんした点などで共通点がある。」

     

    『2017年GWセミナー特別教本』(甲136)P56

     

    ◎オウムの終末思想と自己特別視の欲求から生じた自己過信による盲信

    「こうして、終末思想に、自己特別視の欲求が加わって、自分たちこそが予言された聖戦を担う者であるという自己過信に基づく盲信が生じる構造があることに、十分に注意しなければならない。」

     

    『2017年GWセミナー特別教本』(甲136)P55

     

    ◎オウムの予言経典の解釈は非合理的で成り立たない

    「また、オウムの事例では、転輪獅子吼経が説く、人類の寿命が平均10歳まで短くなった時に大戦争が起こるという予言や、シャンバラの王であるルドラチャクリンが地上に降誕して、悪の勢力を滅ぼす聖戦を行うという時輪経典の予言が利用された。

    しかし、経典を合理的に解釈すれば、弥勒菩薩が今の時代に降誕するという解釈は、あり得ないだろう。また、人類の平均寿命が10歳前後であったのは、縄文時代の時であって、その後は増大をし続けているのだから、今後大戦争が起こる予言は成り立たない。」

     

    (4)三仏と麻原は違うこと

     

    ①2007年3月4日・東京での講話(甲140)

     

    ・P26

    ◎観音も弥勒も、麻原を含めた特定の人物とは無関係であり、実在した人物の釈迦も崇拝しない

     

    「旧教団(オウム)と違って、観音にしても弥勒にしても、われわれはそれが具体的な人物であるとか、誰かこの人が弥勒である、観音であるということは言いません。例えば、ある特定の人物、元代表も含めて、この人が弥勒の生まれ変わりであるとか、唯一の生まれ変わりであるなんてことは主張しません。むしろ、釈迦の教説に忠実に従って、弥勒や観音っていうのはおそらくは想像上の存在であるという考え方です。」

    「ここで、われわれが、旧教団(オウム)との違いを鮮明にしておかなければならない立場なので申し上げますが、観音や弥勒というのは、皆さんの仏性を引き出す、皆さんの心の中にあるものではあっても、誰か特定の人物だけが弥勒であるとか、弥勒として降誕した救世主であるとかいう考え方は一切とらないし、その背景として、そういった弥勒や観音というのは、大乗仏教の修行者たちが、それを観想させると意識が引きあがるっていう存在として用いてきた、それは素晴らしいけど、実際に釈迦が直接、五十六億七千万年後に弥勒という人間が現れると説いたわけではないから、それを実際の人物であるというふうにすることは、場合によっては危険であるというふうに考えています。弥勒という言葉に関していえば、弥勒という名のもとで多くの血が流れました。」

    「弥勒や観音っていうのは、新団体における位置づけは、皆さんの神性、仏性を引き出す、慈悲の心を引き出すには好ましいシンボルとして、日本や中国やインドで長い間、大乗仏教の中で用いられたものとしては尊重するが、それは基本的にそれ以上のものではない。ある意味じゃ、想像上のシンボルなんだっていう考えぐらいを、適当なとこかなというふうに思っています。」

     「むしろ、釈迦を崇拝対象にしないために釈迦を掲げています。それはなぜかっていうと、釈迦の教え自体がね、新団体の象徴物の考え方と非常に一致しているからです。釈迦は自己の崇拝対象、神格化を否定しました。そういった宗教家だったわけです。自分を拝むなと言いました。法に帰依せよと。これが釈迦の教えの特徴です。」

     

    ②2007年10月21日・大阪での講話(甲153)「基本用語集の解説」

     

    ・P25~31

    ◎全ての人が観音菩薩であり、弥勒菩薩である

    「今、我々にはいろいろな法友たち、友人・知人もいるが、悟った境地から見ると、それはみんな仏様です。それはみんな菩薩様です。すべての人が観音菩薩なんです。

    (中略)そういった視点からね、観音菩薩の信仰で、すべての人が観音菩薩であるという考え方が出てきます。(中略)すべての生き物を観音菩薩と観想しなさいということがありました。

    (中略)皆さんが未来仏、弥勒と同じように、すべての衆生が未来仏だと信じた時、皆さんは未来仏、弥勒に他ならないということ、これが大乗仏教の教え、すべての衆生に仏性がある、すべての衆生が観音菩薩である、すべての衆生が未来仏弥勒である、少なくともその可能性を宿している如来像であるという教えの真骨頂ではないかと思います。」

     

    ③2008年7月13日・大阪での講話(甲166)「誇大自己と被害妄想」

     

    ・P11

    ◎釈迦・観音・弥勒の思想は、麻原を含めた特定の人を神としない思想である

    「ひかりの輪では人を神とせず絶対視しない形で学ぶ、ふたつめはすべての人々から学ぶ、そして三つ目は大自然を尊重する融合する、三つの考えかたこれが出てきたわけです でよく考えていただければ釈迦観音弥勒の三つの修行です。人を神とせず自己を帰依所とし法を帰依所としと言ったのは釈迦です。ふたつめ、すべての人から学ぶ、すなわち全ての人は観音菩薩であるという教えこれは観音です。三つ目これは私の感覚ではですね、弥勒の教えってのは、宇宙なんだよ仏って言うのは宇宙なんだよー、これが弥勒の教えなんです。なぜなら弥勒ってのは大乗の象徴物ですべての魂を解脱に導くものである。」

     

    ④「上祐代表書き下ろし講話集③ 2008年」(甲171)より

     

    ◎全ての生き物が観音菩薩である

    ・P89「観音菩薩の教えの中には「すべての衆生が観音菩薩である」という考えがある。その発端は、観音菩薩が33の化身を有し、どんな衆生の姿形をとっても現れるから、ということらしい。」

    ・P200「自他の区別を滅するというのは、イメージとしては、三仏で言えば、観音菩薩の教えである。例えば、すべての生き物を観音様と見るという教えがある」

    ・P257「すべての人々が観音菩薩である、という信仰も生まれた。普通の人、生き物に見えても、観音菩薩が変化したものかもしれないということだろう」

    ・P257「すべての衆生は、(将来の)観音菩薩ということもできるのだ」

    ・P264「観音菩薩は、三十三観音といわれるように、いかなる人・生き物の姿形をとることもできるとされるところから、すべての人々が観音菩薩である、という信仰がある。」

    ・P276「観音菩薩には、すべての人が観音菩薩である、という信仰や瞑想法がある。また、観音菩薩のマントラは、大日如来の光明真言の短縮形でもあるが、大日如来を説く華厳経は、宇宙が大日如来の現れであり、その一部であるすべての衆生も、大日如来の現れであると説く」

     

    ・P278

    ◎麻原らを弥勒菩薩・キリストとする思想は破綻し、ひかりの輪の思想とは異なる。

    「オウム真理教時代に、私には、マイトレーヤ=弥勒菩薩という宗教名を与えられ、しかも、当時の松本元教祖自身が、マイトレーヤであると自称していた。その意味で、自分にとっては、弥勒菩薩というものは、いろいろな意味で因縁が深い。

    言い換えれば、自分は、真実の弥勒菩薩とは何かを追い求めてきたのかもしれない。オウム時代は、それを松本氏に求めたが、それは破綻するに至った。そして、その後の葛藤の中で、私がつかんだ真の弥勒菩薩のあり方は、まさにひかりの輪の教えと不可分である。

    松本氏は、自分こそがマイトレーヤであり、キリストであると主張したが、ひかりの輪は、すべての人々が、仏の現れ、神の現れ、法(=仏法)の現れであると考えて、奉仕するべきであると説くに至った。特定の人物を神・仏の化身と見る考え方から、すべての人々、衆生を尊重する考えに大転換したのである。そして、私は、これこそが、真実の弥勒菩薩の教えであると確信するに至った。(中略)この弥勒菩薩の教えからすれば、この世界を善業多き教団と悪業多き社会に二分したオウムの考えは否定される。なぜならば、オウムの人が体験するこの世界は、オウムの人の心の現れであり、オウムが善で社会が悪という二分化はありえないからだ。」

     

  • 【4】様々な点で「麻原への(絶対的な)帰依」に違反していること(2019/02/28)

    公安調査庁は、ひかりの輪が、麻原に帰依し、アレフと裏でつながっていて一体であるなどの虚偽の主張を展開してきましたが、実際には、全く正反対の事実が存在し、東京地裁の判決も、公安調査庁の主張を否定しました。

    実際には、ひかりの輪は、麻原への帰依に著しく反し、アレフと一体であるどころか、長年の断絶・対立関係にあります。

    そのことを明らかにしている箇所を、ひかりの輪が、公安調査庁の観察処分の取消しを求めて裁判所に提出した書面の中から、以下に引用します(一部、個人名を伏せたり、わかりやすく訂正したりしている箇所があります)。

    --------------------------------------------------------------

    【4】 アレフ(及び麻原の家族)と激しく対立してきた事実


    1 「ひかりの輪」が様々な点で麻原への(絶対的な)帰依に違反していること 

     

    本項では、一審のひかりの輪準備書面(1)第5の「ひかりの輪が麻原に対する絶対的な帰依に違反していること」における主張を補充するものである。

    具体的には、「ひかりの輪」が、アレフ(現Aleph)時代から、麻原への絶対的帰依をせず、麻原の家族への帰依もせずに、合法的な活動等のために、麻原の言葉を用いた時期はあっても、麻原を相対化しており、「ひかりの輪」の発足も、麻原の意思では全くないことについて述べる。

     

    1)国は、一審の国準備書面(1) 第1の1(2) 、同準備書面(2) 第1の1(1) 、さらには、控訴理由書の第3の2の(1)イなどにおいて、一連の事件を招いたオウム真理教の教義の危険性とは、麻原に対する絶対的帰依、タントラヴァジラヤーナ、五仏の法則、マハームドラーの法則であると認めている。 

    (2)これは、殺人や麻原に対する不敬行為など、通常はオウム真理教の教義で悪行とされるものに関して、麻原の指示がある場合は、それをなすことが認められるというものであるが、これに関する非常に重要な原則が、その場合は、「麻原の言葉通りに、言葉以下でも言葉以上でもなく」実行しなければならない。ということである。

    すなわち、麻原への絶対的な帰依の要素の中には、「麻原の言葉」を絶対とし、麻原の言葉通りに、麻原の言葉を唯一絶対のものとし、似ているものがあってもそれはだめであり、麻原の言葉だけが唯一絶対である、という意味が含まれているのである。

    この点に関しては、「ひかりの輪」は一審のひかりの輪準備書面(1) 第5の1~4などで主張したところであるが、この点に関しては、国からの反論は一切ない。

     
    (3)そこで、あらためて、国の主張・証拠も、この原則を認めている点を指摘しておく。


       まず、最新の書面である控訴理由書・第3の2の(1) イ(p23)においても、国は、

    「松本は、タントラヴァジラヤーナに関する修行方法として、松本が弟子のひとりひとりの煩悩の特質を見抜いて特別な課題・試練を与え、それを弟子に取り組ませることによって、自己の意思を捨てさせ、松本と全く同じものの考え方や見方をさせる「マハームドラーの修行」が重要であることを強調している(証拠)」

    と主張している。

    また、国提出の証拠における国の主張でも、

    「麻原は、「タントラ・ヴァジラヤーナ」を実践するためには、グルである麻原に対する完璧な帰依、絶対的な帰依が必要であると説いて、麻原に対する絶対的な帰依を要求するとともに、自己を捨て、グルと全く同じものの考え方や見方をして、グルと合一することであると説いた。」

    としている。

    かつて麻原は、

    「グルの意思とは違うようなね、動きがかなり行なわれていると。で、ここでいったん修正しないと、単なる弟子たちに悪業を積ませてしまうだけであると」

    と述べていたことがあり(89/7/20・21の麻原説法・証拠)、グルの意思・指示と異なれば、弟子にとって悪業になることを指摘している。

    また、国は、麻原への絶対的な帰依を実践する現Alephの機関誌を引用して、麻原への絶対的な帰依とは、麻原の言葉への帰依であることを強調していることを指摘している。

    「真理をこの世に残すに当たってまず大切になってくるのは、グルが説かれた教えの厳密性・純粋性を保持するということである。つまり、真理の教えにしろ経典(仏典)の翻訳にしろ、グルを介して提供されたもののみを拠り所とする-わかりやすく言えば、グルの言葉から外れないようにする-ということなのだ。」、

    「このことは、「真理に対する帰依」の意味合いのところでも取り上げたように、それが「グルの言葉に対する帰依」であることからもおわかりいただけるのではないだろうか。」(一審の判決で引用されている証拠)

    加えて、念のために、言葉通りの実践が原則であるという点に関して、一審のひかりの輪準備書面(1) 第5などで既に示したにもかかわらず、これまで国が一切反論できていない麻原の説法の内容を改めて適示しておく。

    帰依ができているということは、完璧にグルの言っていることを百パーセント実践すると。これは百二十パーセント実践しないと。あるいは八十パーセント実践しないという意味だ。百パーセント実践すると。(麻原説法 88/9/22 富士山総本部:証拠)

    上記と全く同じことであるが、グルの言葉・行動と自分の言葉・行動を完全に同じものとする(合一させること)が、麻原の変化身(=麻原の分身・麻原のクローン)になるためには必要とされる。

    君たちが、わたしと輪廻を共にする場合、君たちがわたしの変化身として、もし、これからの人生をトランスフォームすることができるならば、必ずや君たちは、来世わたしと共に輪廻することはできるであろう。ではどのようにしたら、わたしの変化身になれるのか。それは言うまでもなく、心においてグルと合一し、言葉においてグルと合一し、そして行動は、グルがなすであろう行動を実践すべきである。(麻原説法 93/10/5 第二サティアン)

    グルが与えたね、あなたはこれをやってはいけない、これをやりなさいということに対して、絶対服従することだね。(麻原説法 86/3/21~24 丹沢集中セミナー)

     
    (4)さらに、麻原への(絶対的な)帰依を実践する現Aleph(「ひかりの輪」発足以前のA派)が、麻原への(絶対的な)帰依とは、麻原の言葉通りの実践であることを強調している証拠を追加する

    ①A派作成の教団機関誌「進化」(証拠)

    この中で、A派は、以下の通り、グルの言葉通りの実践を強調した。

    「わたしたちはグルが説かれた煩悩破壊という最高の世界に至るための教えを、歪めてしまうことなく、時代を超えて継承していかねばならない。それがグルの願いなのである。」(一審の判決p47~48、証拠)

    「真理をこの世に残すに当たってまず大切になってくるのは、グルが説かれた教えの厳密性・純粋性を保持するということである。つまり、真理の教えにしろ経典(仏典)の翻訳にしろ、グルを介して提供されたもののみを拠り所とする-わかりやすく言えば、グルの言葉から外れないようにする-ということなのだ。」(証拠)

    「このことは、「真理に対する帰依」の意味合いのところでも取り上げたように、それが「グルの言葉に対する帰依」であることからもおわかりいただけるのではないか。」

    以上の記載の後、「グルの教えを正しく伝える ○間違ったことを多くの人に伝えることの恐ろしさ」という項目をあげ、グル(麻原)の言葉から外れると大変なことになるという話が続いており、麻原の言葉から外れているM派の活動を暗に批判している〈証拠〉。

    また、麻原への絶対的帰依の重要性と教義の変更が不可能であることを強調しており、一審の判決において、A派が

    「松本への絶対的帰依の重要性と教義の変更が不可能であることを説いている。」

    と認定されている(一審の判決p48)。

     
    ②A派幹部の荒木浩主催の「お話会」と称する上祐批判会合(証拠)

        この中で、A派幹部は、以下の通り、麻原の説法にない言葉は一切使ってはならず、一字一句麻原の決めた言葉通りに、言葉を使うべきなのに、上祐らはそうしなかったと批判した。

    上祐は、その説法の中で「空」について「偉大なる完全なる絶対なる空」という言葉を語ったが、このような単語は麻原の説法にない単語で、上祐の造語である。本来オウム真理教の編集部では、麻原の説法にないような言葉は一切使わず、一字一句麻原の決めた言葉通りに正確に扱うものだが、上祐はそれを無視して単語も創造した。

    また、以下の通り、麻原の言葉を削除したことは、麻原の絶対性を否定する悪業と批判した。

    上祐は、『ファイナルスピーチ』の改ざんの際、重要な「麻原が最終解脱者であり、未来においてマイトレーヤ真理勝者として降誕する」旨の内容を削除したことは、麻原の絶対性を否定するとんでもない悪業だ。今その編集をやり直し始めている。

    ③ A派幹部による信者教化用の資料「マイトレーヤ正大師(※上祐のこと)の非公式な活動に対する疑問の声」資料(証拠)

    この中で、A派は、上祐が、大黒柱・虹・十和田湖等の上祐独自の宗教活動を展開する問題を生じさせたとして、2003年10月14日に全正悟師と師が出席したシッダ・サマージャで、上祐に、正式に修行に専念するよう要請する「嘆願書」を提出、さらに、修行に入ったはずが勝手に出たとして、上祐を激しく批判している。

    そして、上祐の問題として、「本来グル(※麻原)しか行ってはいけない行為(経典の解釈)」を行い、「教えの純粋性を損なった」とした。修行を出た後も、麻原が許可していない神社礼拝(戸隠神社礼拝)を行うなど、「尊師から定められたことを守らない運営方針」「尊師外し」「グル化問題」は止まらないと激しく批判している。ここで、麻原のみが経典の解釈ができるということは、弟子は、麻原による経典の解釈を示す教えの言葉によってのみ、教えの実践をするということにほかならない。

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    【1】2002~3年の改革の失敗と、マイトレーヤ正大師(上祐)修行に入られた経緯

    (2) 改革の弊害  まず社会対策ありきで、宗教性の部分を歪曲してしまった。

    (3)「嘆願書」を受け入れて修行に専念へ

    ◎嘆願書の要旨:・(上祐は、)「本来グル(※麻原)しか行ってはいけない行為(経典の解釈、エンパワーメント)」を行うことを始めとして、様々な問題を生じさせてしまった。教えの純粋性を損なってしまった。

     【2】2004年、マイトレーヤ正大師(上祐)が修行から出たことの経緯と問題

    ・活動再開後も変わらない改革路線(「尊師外し」と「グル化問題」)

    ・戸隠神社礼拝問題:2005年の3月に上祐とその一行10名が、戸隠神社の鳥居の前で立位礼拝をしたということが分かり、教団内で大問題になった。

    【資料・神社礼拝についての尊師説法】

    ・戸隠神社礼拝と新教義の展開で、麻原以外の信仰形態を取る改革を推進する意図が明らかに。

    ・尊師から定められていたことを守らない運営方針

     【3】本来のあるべき教団運営

    (2) 原則に立ち返る~尊師の説かれたことや定められたことを忠実に~

    真の意味での救済=解脱・悟り(煩悩破壊)へ至るためには、尊師に対する帰依なくしてあり得ない。対外的には柔軟な対応が必要だが、信仰の面では絶対尊師は外せない。

    いかに尊師の意思を外さず、しかも強固な教団作りをするには、このように尊師の説かれたことや定められたことをしっかり守り、原則に立ち返ることが重要なのではないか?

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     ④ 元幹部・杉浦の証言:グルの言葉を絶対視するAleph教団を裏支配する麻原の妻の方針

    オウム真理教で長らく編集部に所属していた元幹部の杉浦は、以下の通り、Aleph教団では「麻原の説法がそのまま教義になる」と語り、麻原の説法のうち一連の事件に繋がったとされる「最終解脱者」「グル絶対」などの部分を伏せ字にすることさえ、麻原の妻は、「グル(麻原)への冒涜だ」として許さず、「グルの言葉は絶対だ。正す必要はない」と述べていたと証言している。

    教団では、麻原教祖の説法がそのまま教義になります。平成8年の弁明手続きの際、麻原教祖の説法のうち、一連の事件に繋がったとされる「最終解脱者」「グル絶対」などの部分を伏せ字にしました。

    しかし、知子さんは「グルへの冒涜だ」として伏せ字にすることを許しませんでした。(中略)また、平成16年頃、「ファイナルスピーチ」「パーフェクトスピーチ」の編集をしていた際、社会融和を図るため、事件に繋がる記述には、言葉を換えることまではしないまでも注釈を付けていました。(中略)翻訳の部分は正していました。しかし、知子さんは「グルの言葉は絶対だ。正す必要はない」と言い、知子さんと電話で激しい口論をしました。(証拠)

     

    (5)「ひかりの輪」の発足に至った上祐らの言動は、Aleph時代から、麻原の言葉通りの実践ではなく、麻原への絶対的帰依に明らかに違反している。

    ①「ひかりの輪」は麻原の意思した別団体の実現と国は主張するが、実際には、麻原の別団体の指示は、「ひかりの輪」の発足を想定したものではなく、教団解散の危機にあった破防法適用申請時の対策であり、この点で、「ひかりの輪」は麻原の指示に反している。

    言い変えれば、仮にその麻原の指示に言及したことがあっても、それは、自分たちの望む団体を作るために、麻原の言葉を利用したことにほかならないのである。なお、麻原の別団体の指示が破防法対策であることは、控訴理由書の第4の1の(p34~35)を見ても明らかであるが、ここで、その獄中メッセージを出した時に、麻原が、破防法が適用されることを前提にしていたことを改めて以下に示す(以下、獄中メッセージは全て、国提出の証拠より)。

    ○1996年6月5日の獄中メッセージ(KAMI33・1ページ)

    「弟子たちに破防法が適用されても、1999年に真の弟子が集まるとの予言があるのを信じろ。乞食をしてでも信仰を続けろ。忍辱の修行を続けろ。破防法適用は避けられないだろう。「わたしの名ゆえに苦しむ」の予言もある」として、破防法適用が避けられないという認識を示している。

    ○1996年6月12日の獄中メッセージ(KAMI36)

    「破防法が適用されたら村岡では持たない。破防法は適用される」


    ○1996年6月19日の獄中メッセージ(kami39・1ページ)

    「昨日の内藤先生の話でうちひしがれている。「破防法は適用されるだろう」と言われた→夢で見る」

    ○1996年6月14日の獄中メッセージ(KAMI37・1ページ、本別紙1・34ページ)

    「ノストラダムスに99年真理の弟子が集まるとありますから、破防法の適用はこの年までではないでしょうか。したがって3年しのげるような体制作りをしっかり行うべきです。」として、破防法対策の体制は、一時的なものと示唆している。」

    さらに、麻原は、破防法対策として教祖を降りるとしながらも、以下の通り、破防法が適用されてしまった場合には、やはり麻原を教祖に担げと指示している事実がある。この事実からも、教祖を降りたり、(麻原を前面に立てない)別団体を作る指示は、あくまでも教団の解散指定を行う破防法を回避するための対策である。

    ○1996年6月5日のメッセージ(kami003・6ページ)

    「・勝義部(座主)- ヴァンギーサ、ウッタマー 教義見解を出す これが機能すれば充分
    自分の立場--日本の宗教感覚と違う 霊的な流れ(退くことはできない、そのままに)

    ・信仰の基に自分がいるが、言葉は通じない(拘留されている)
    二代目に帰依する--実際の教えを受ける、肌で触れる
    ダライラマも仏の生まれ変わり 破防法の手続以外外れる → 自分でなければわからないから

    ・破防法が適用されたら、教団からもう一度麻原を教祖にかつぐ動きを起こすように動いて欲しい
    ※降りたが適用されたが自分が出なければ教団が壊滅させられる
    →事前に発表しておく(中略)

    ・教団が記者会見せよ→なるべく早い方がよい
    ドゥルガーあたりが出るのが良い
    「破防法が適用された再び尊師が継ぐ」も発表せよ
    教団の体制を早く発表した方がよい」

      なお、このメッセージをよく見れば、麻原は、破防法対策としても、国が主張するような当局に秘して麻原信仰を隠した団体は意思していないことがわかる。それは、破防法が適用されたら、麻原が教祖に戻ることを(破防法の適用の是非の結果が出る前に)事前に記者会見で発表することを繰り返し指示しているからも明白である。なお、この指示に従って、麻原の長女(ドゥルガー)が記者会見を行った事実がある。

    さらに、一審のひかりの輪準備書面(3)に詳しく示した通り、麻原が破防法対策として別団体の指示を出していたことの証左として、麻原は、これらの獄中メッセージより半年ほど前の1995年の10月に、「破防法適用が困難」という報道(朝日新聞など)があった時には、それまでの姿勢を一変させて、上祐の進めた社会融和路線を否定した事実がある。その後、破防法の適用の可能性が再び高まったために、上記のメッセージが出ているのである。

     
    ② 麻原の指示は破防法対策であったこと以外にも、「ひかりの輪」の発足は、麻原の別団体の指示に様々な点で違反している

     
    すでに、「ひかりの輪」は、一審のひかりの輪準備書面(1) の第5や、同準備書面(3) 第1の1(2) などにおいて、上祐らの「ひかりの輪」の発足が、麻原の破防法対策時の獄中メッセージの指示に様々な点で違反していることを詳細に立証している。ここで、その点を改めて述べた上で、さらに補充する。

    第一に、麻原の組織分割の提案は、破防法時の対策であって、合意に基づく分割であって、内部対立による分裂などを許すものではない。にもかかわらず、上祐らは、麻原の家族らA派・Alephと分裂して離脱・離反したことである。 

    ○1996年6月14日の獄中メッセージ(kami37・1ページ)

    「教団をアレフとオウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては、正大師や妻達と充分に話し合って下さい。」として、教団を分割する場合は、正大師や(麻原の子供を産んだ)妻たちがよく話し合っておこなうことを求めている。

    ○1996年1月9日の獄中メッセージで(KAMI03・1ページ、別紙1・34ページにも記載)も「破防法に対しては、二つのグループに分かれ、第1のグループは6人が一組になって(中略)この6人がファミリーとなり、教団の課題活動は一切しない。・・第2のグループは、法的に徹底的に破防法と戦い抜く。ただし、第1のグループは第2のグループの敗北が予想されるので、敗北した場合に吸収できるように準備しておく」として、破防法対策として、二つのグループが役割分担することは認めても、教団の分裂は全く認めていない。

      この一方で、一審のひかりの輪準備書面(1)第5に示した通り、麻原は日頃から、分割ではなく、対立による教団分裂は大悪業であると説いており、麻原の指示・許可がなければ、教団分裂は麻原の意思・教えに大きく反することはいうまでもない。しかし、「ひかりの輪」は、この麻原の指示・教えに反して、麻原の子供たち・妻と対立して、教団に対して破壊的な分裂・離反をしたものである。

    なお、麻原の別団体の指示は、まとめれば以下の2点であるが、そのいずれに対しても、「ひかりの輪」は多くの点で違反している。

    一つ目は、別の宗教団体を作る指示・許可として、逮捕される前からの指示として、①(事件の結果、破防法などが適用されて破綻するだろう)オウム真理教とは別の宗教団体を作る。②例えば、シヴァ大神を大黒天と呼び変えるような、衣替えした団体にする、というものがあり、これは、弟子が麻原の言葉を要約したものである。

    二つ目は、教団を二つに分割する可能性に関する指示・許可として、破防法が適用されることを前提として、「教団を(話し合って)アレフとアーに分けるかについては正大師・妻たちと十分に話し合ってください」というものがあり、これは、弁護士が麻原の獄中メッセージとして伝言したものである。

    しかしながら、「ひかりの輪」の「脱麻原」「反麻原」の活動は、上記の指示・許可を完全に違反・逸脱し、麻原の意思と真逆なものである。

    第一の指示(別の宗教組織を許す指示)に関しては、「ひかりの輪」は、
    ①「破防法」の対策ではないこと。
    ②「別の宗教組織」ではなく、「哲学教室」に改変したこと。
    ③「大黒天」を破棄し、さらには「いかなる崇拝対象・祭壇も破棄」したこと。
    ④「衣替え」ではなく、思想・教義の「中身」を大きく変えていること。
    などにおいて、明らかに麻原の指示に違反している。

    第二の指示(教団を二つに分割する可能性に関する指示)に関しては、

    ①破防法の対策ではないこと。
    ②団体名称が「アレフ」でも「アー」でもなく、「ひかりの輪」という名称にしたこと。
    ③「正大師・妻たちと十分に話し合った」結果ではなく、国も認めているように、
    話し合いは決裂したこと
    (「正大師」とは、現在Alephに関与する麻原の妻・松本明香里、三女・松本麗華を当然含む)。

     
    ③ 麻原の別団体の指示は、他の宗教・宗教家の配下に入ることを許すものではないのに、「ひかりの輪」は、この麻原の指示に違反していること。

      一審のひかりの輪準備書面(1) 第5に示した通り、麻原は日頃から、他の宗教を「外道」と呼んで、他の宗教・外部の指導者の下に入ることを禁じていたが、獄中からも、以下のメッセージを出して、改めて禁じている。

    ○1996年1月9日の獄中メッセージ(KAMI03・1ページ)

    「破防法について考えてみました。(中略)他の宗教、ヨーガ団体への吸収の話がありましたが、そのようなことで弟子たちの心が乱れることは非常に遺憾であると考えます。」

    しかしながら、「ひかりの輪」は、外部監査人の精神的な指導を受け、出羽三山の羽黒修験道の指導者や、浄土真宗の教えに由来する内観の専門家の指導を受けるなど、麻原の指示に違反していることは、一審のひかりの輪準備書面(1) でも述べたとおりである。

      
      ④ 麻原の別団体の指示は、北伝と南伝の双方を含まない仏教団体になるような妥協を許すものではないのに、「ひかりの輪」は、麻原のこの指示に反していること


     ○1996年6月19日の獄中メッセージ(kami39,別紙1・35ページ)

    「例えば、弟子が何をしたら破防法違反になるのか。仏教→他の宗派にもある。教団の分解→名称や教えを別にしても脱法行為となるか?(別紙1・35ページにも記載)

    チベット仏教とオウムは同じではない。チベット仏教-北伝。オウム-南伝も含む、研究中心、経典収集中だった

    だれが対策メンバーに入っているのかが大切。村岡も杉浦もヨーガについて知らない。村岡、杉浦-一方が南伝、他方が北伝。結局、杉浦ぐらいしか全体像をつかめるのがいないのでは。変な形で残ってほしくない--妥協した宗教は必要ない。仏教の一部を仏教と呼ぶのは冒涜、片輪のようなもの」

    こうして、麻原は、北伝と南伝の双方を含まない仏教団体になることは、仏教の冒涜として否定したが、「ひかりの輪」は、そもそも仏教哲学の学習教室ではあっても、宗教団体ではなく、さらには、北伝と南伝のいずれの仏教の信仰も含まないために、麻原が否定した形態の団体にほかならない。

     
    ⑤ 「ひかりの輪」が、麻原・オウム(Aleph)の教義と活動を内外で徹底的・広範に批判し、脱会支援などAlephに対する反対運動を行っていることも、麻原の指示に違反している。

      麻原の指示では、麻原は合意に基づく団体の分割の可能性は認めても、新しくできた団体が、麻原への批判や、両団体の相互批判は許可していない。麻原の教義では、グル=麻原を誹謗・中傷することは、無限地獄に落ちる大悪業とされる(一審のひかりの輪準備書面(1)のp247、証拠〈94/3/12麻原説法〉、証拠〈94/3/13麻原説法〉、証拠)。

    また、「ひかりの輪」は、Alephの麻原信者の脱会を支援し、入信の未然防止もしているが、麻原は、自分を信じる信者を減らすことを全く許可していない。さらに、Alephの著作権侵害等の違法行為を摘発する協力をしているが、自分の信者を増やすAlephの摘発・解体への協力は決して許可していない。こうして、様々な点において、明らかに麻原の指示に違反している。

     

    (6)さらに、上祐らは、麻原が麻原に準ずる存在とした、麻原の家族への帰依に反しており、麻原の家族らの怒りと、上祐らの批判・教団活動からの排除に繋がったこと。


     ① オウム真理教の位階制度は、麻原と麻原の子供たちを頂点としていること

      国も証拠として採用・提出している団体規制法の実務書『オウム真理教の実態と「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」の解説』の43ページにある通り、教団の位階制度は、麻原(松本智津夫)を開祖とし、麻原の子供を「皇子(こうし)」と呼んで、全ての出家信者(サマナ)の上に置き、その次に(皇子)ではない正大師(石井久子・松本知子・上祐史浩・故村井秀夫)、そして、正悟師(野田成人・村岡達子・杉浦×・杉浦×・二ノ宮耕一)という順列になっている。以下に、これを証明する各事実を述べる。


    ② まず、1995年3月17日の「尊師通達」において、「皇子(麻原の子女)を全てのサマナより上のステージに置く」とされた(以下、証拠の野田成人のブログより)

    そもそも家族とは言っても、三女と麻原妻は、そのステージの差は歴然としている。麻原妻は教団内では正大師の地位にあったが、それでも三女のみならず次女や長女よりもステージ的には下とされた。

    この順列は麻原が強制捜査直前に出した通達によるものである。

    「皇子を全てのサマナより上のステージに置く」

    このような趣旨の「尊師通達」が出されたのは、地下鉄サリン事件直前の1995年3月17日のことであった。サリン事件の実行犯含めた十数名が正悟師に昇格となった。この中には、小生も二ノ宮君も含まれる。

    次に、野田成人が述べるように、これは、A派とM派の分裂の際も、強く機能していた(以下、証拠の野田成人のブログより)。

    03年6月15日、私は松本家の三女に呼び出されました。(中略)信者には常に高圧的です。「マイトレーヤ正大師(上祐氏の宗教名)のやっていることがおかしいの。彼の言うことを聞かないで、陰で私に協力して」

    要は上祐路線の批判でした。麻原をないがしろにして上祐氏が教祖になろうとしている--教祖であり、父でもある尊師の否定は想像以上に苦痛なのでしょう。(中略)ためらう私に三女はこう言い放ちました。

    「あんた"重い"わねぇ~。男性の正悟師はやっぱりカルマ(業)が"重い"のかしら。村岡(達子)正悟師なんてすぐハッと気が付いたわよ。目が覚めましたって」

    絶対服従。イエスマンになれ。それが「帰依」なのです。

    かつて教団内の上下関係は、すべて教祖が決めていました。自分の子供は皇子と呼ばせ、すべての出家者の上のステージに置く。2番手が上祐氏らの正大師、3番手が私たち正悟師と続くわけですが、どんなに頑張っても血筋に勝てない。上には唯々諾々と従う。それが帰依の証なのです。

     ③ さらに、麻原は、その獄中メッセージで、麻原の長男を中心とした麻原の子供たち=麻原であると位置付けている。

    国の証拠(証拠)に存在する麻原の一連の獄中メッセージをみれば、1995年12月21日の獄中メッセージ(KAMI01)で、破防法適用申請があった際に教祖・代表を辞した麻原は、以下のように述べている。

    鏡暉を中心とした子供たちをわたしと観想してください、それによって、わたしがどこにいようとも、あなた方の霊的な道筋は確保されるでしょう。

    こうして、麻原の長男を中心とした麻原の子供たち=麻原である、と位置付けられている。さらに、麻原の息子を教団の中心とすることを指示している。

    ○1995年10月14日の獄中メッセージ(kami001・1ページ)

    教団の運営について(中略) 次男(ギョッコウ)、アキテル、×××を教団の中心として全面に出し、三女麗華、村岡、山本が取り巻く形でやれば教団に力が出るだろう。(注:アキテル、ギョッコウ、×××:麻原の3名の息子の名)

    ○1995年10月16日の獄中メッセージ(kami001・2ページ)

    出来るだけ3人で登場(アキテル、ギョッコウ、×××)

    運営 - アーチャリー、××、××と山本、村岡、野田

    (注:アーチャリー、××、××:三女、長女、二女のこと)

    ○1995年11月26日の獄中メッセージ(kami001・3ページ)

    (息子3人を)「教団の全面に出せるように」協議して決定すること

     

    ④ A派は、上記の麻原の指示を教団に浸透させたこと

      A派幹部の信者の教化資料である「マイトレーヤ正大師の非公式な活動に対する疑問の声」(証拠)においても、上記の麻原の獄中メッセージの通達・指示が、以下のように強調されており、教団内に浸透していることがわかる。

    【3】本来のあるべき教団運営

    (1) 霊的な道筋を大切にする

    上祐派の方々は、教団を残すことを強調しているが、後継者の方々を尊重せずにして、どういう教団を残そうとされているのだろうか?

    目指すべきは、しっかりとした霊的な道筋を受け継いだ教団作りではなかろうか?

    ◎94年通達

    「すべてのステージの上に皇子を置く」

    ◎96年尊師メッセージ

    「鏡暉を中心とした子供たちを私と観想してください。それによって、あなた方の道筋は確保されるでしょう」

    尊師の王権継承者(二代目)は、お子様方であるとしっかりとお言葉に残されている。今の状況下では教団に戻って来れないが、いずれは戻ってこれるような教団作りをこれから私達が努力していくべきではなかろうか?

    また、国の証拠(証拠・41~44ページ)にA派幹部・××××作成のA派信者教化のための資料「グルと弟子・系譜の方々と弟子のイメージ図」があるが、これは、2004年11月27日付けのA派幹部・××××作成の信者教化の資料「系譜の方々と弟子の違いに関する補足として」(証拠)の添付資料である。

    そこには以下の通り、上記の麻原の獄中メッセージが強調されており、教団内部に浸透していることがわかる。

    グルのお言葉

    ・鏡暉を中心とした子供たちを私と観想してください、それによって、私がどこにいようとも、あなた方の霊的な道筋は確保されるでしょう。」

    「信仰の基に自分がいるが、言葉は通じない(拘留されている)。2代目に帰依する--実際の教えを受ける、肌で触れる。」

    (中略)今回の問題は単なる(A派とM派の)権力闘争ではなく、この問題の本質は、グルへの帰依、信仰のあり方そのもの。

     
    ⑤ 麻原は、獄中メッセージで、麻原の6人の子供を麻原と同列の最終解脱者と位置付けた(証拠)。

     麻原は、1996年6月14日の獄中メッセージで(kami37・1ページ)、「◎六人の最終解脱者・アキテル、ギョッコウ、×××、××××、×××」として、この麻原の6人の子供たちが、麻原と同列である最終解脱者と位置付けた。

    また、「◎アーチャリー 正報師まであと一歩 ◎××(四女) もともと正報師 ◎×××、×× いずれ正報師に至るでしょう ◎教団はケイマを正報師に上げて下さい」とする一方で、上祐に関しては、「◎上祐 マイトレーヤの場合、神の創造の瞑想が余り行われていないのではないでしょうか。」などとして、正大師の中でも低い評価を受けている。

     

    ⑥ 麻原は、獄中メッセージで、長男次男を教祖とし、三女を座長とする「長老部」を指示した。


    ○1996年6月5日の獄中メッセージ(KAMI33・1ページ)

    ・教祖--長男=鏡暉・リンポチェ猊下 次男=璽暉・リンポチェ猊下

    ・教団運営 ドゥルガーから始まる子供達、正大師・正悟師をミックスして長老  部を設ける

      全員が参加して教団運営に当たる

    ・長老部から排斥する場合

    ・本人の意思による場合

    ・派閥争いを避けるため一人でも反対したら不可

    だれかをやめさせる場合は全員一致で決定

    ・座長--アーチャリー正大師


    ⑦ この一方で、麻原は、獄中から、逮捕後の上祐の教団運営の権限・権威を否定・剥奪していること(証拠)。


    ○1995年10月13日の獄中メッセージ(kami001・1ページ)

    「上祐の権限は消滅した。」

     
    ○1995年10月14日の獄中メッセージ(kami001・1ページ)

    「M正大師(上祐)に対するコメント:教団の運営のことは全く考えるな。現在教団に残っている人が責任を持って運営を考えれば足りる。上祐の考え方や対処の仕方は政治的すぎるし、現世的すぎる(外界に右往左往しているという印象だと思う)。渡辺正次郎は切れ!(麻原から発言があった)」

    「(上祐が提案した)自主解散はやらない。もう一度考え直せ!」

    ○1995年10月16日の獄中メッセージ(kami001・2ページ)

    「ジョウユウの方針はいかん。もっと強い態度で教団の運営管理にあたるべきである。上九から引き上げるようなことは絶対にいけない。ソフト路線などは一切してはいけない。 崩壊に追い込むために益々追い打ちをかけて攻撃してくる。自主解散はずっと後のオプションとしては考えてもよいが、すぐ発表すべきではない、とジョウユウに伝えていたはず。警察や公安への陳情など何の効果もない。

    教団からジョウユウの色を消すように」

     

    ⑧ 以上の麻原の指示がありながら、別に詳しく述べた通り、上祐らは、これらの麻原の指示に反して活動してきた。

      すなわち、上祐は、①麻原の家族らの合意を得ずに、独自の教団改革をなし、麻原の家族を初めとするA派(現Aleph)から「グル否定」「大魔境」「地獄に落ちる」と批判されて幽閉されたが、②その後も家族の指示に反して、独自の活動を再開して教団を分裂させ、③Alephを脱会・独立するとともに、麻原と共に家族らAlephを公に批判し、Alephの脱会支援などの反対運動を行っているのである。

     

    (7)国は、控訴理由書のp35~36において、麻原の指示が破防法対策のものであって「ひかりの輪」の発足には当てはまらないというのは非常に短絡的な評価であると反論して、上祐らの言辞を出しているが、これは失当である。

      国のこの反論は、この指示が破防法対策のものであって「ひかりの輪」を想定したものではないことを一つの理由として一審の判決が本件更新処分のうち「ひかりの輪」に対する部分を取り消したことを意識した反論だと思われる。

    しかしながら、第一に、一審の判決も、「ひかりの輪」の主張も、単に破防法対策にすぎないから「ひかりの輪」の発足に当てはまらないと主張しているのではない。
    麻原が指示・許可したことは、麻原の家族を含めた上層部の話し合い・合意に基づいた分割であって、「ひかりの輪」のように、麻原が全ての信者の上に置いて自分に準ずると位置付けた麻原の家族に従わずに、それと対立して分裂・離脱することは許していない。

    一方、教団分裂は、麻原の教義においては、無間地獄に落ちる大悪業されていることは、一審のひかりの輪準備書面(1)第5において当初から立証している通りであって、麻原の明確な許可がなければ、麻原への帰依がある者は決してできることではない。

    この点については、国提出の証拠(証拠の荒木浩陳述書)において、麻原に帰依するA派幹部の荒木が、A派とM派(上祐派)の対立の初期において、M派ではなく、万一、自分達A派が教団を出るようなことになれば、麻原に準じる家族の指示とはいっても、麻原が禁じる教団分裂の罪を犯すことになる可能性をひどく恐れたという(p38-39)ことからも明らかである。

    こうした点を踏まえて、一審の判決は、以下のように認定したのであって、それは全く妥当であるというべきである。

    原告が設立されるに至った背景には(中略)、上祐派(M派)と反上祐派(A派)が対立するに至るという経緯が存在した(中略)原告(ひかりの輪)の設立に際して、原告に参画する者とそれ以外の者との間で、観察処分を免れるためにAlephを意図的に分派又は分裂させることを合意したなどと認めるに足りる証拠はなく、むしろ、当時、Alephの集団指導体制を構成していた村岡、野田成人、杉浦×及び杉浦×は、上祐の考えに理解を示したものの、中堅幹部構成員らに反発され、その後、脱会や役員の辞任を余儀なくされており、(中略)上祐が説いた(中略)考えが、Alephに残る者の間で広く共有されているというわけではない。(中略)

    上祐は、平成17年頃には、Alephとは別団体を設立する考えを表明し、それが松本の意思にも沿うように説明しているのであるが、引き合いに出された松本の発言は、松本の逮捕前のものや、破防法に基づく解散指定請求に際してのものであり、松本がAlephと原告の分派を念頭に置いて発言したものではないことは明らかである。

    以上の通りであって、原告(ひかりの輪)の設立は、別団体を組織して、別団体との間で役割分担しながら活動することを求めていた松本の意思に従ってされたものであるとまでは認めることができない」(一審の判決 p93~94)

    こうして一審の判決は、オウム真理教の教義・麻原への絶対的な帰依が「言葉通りの実践」であるという原則などもよく把握したうえで、適切な認定をしているということができる。

    加えて、対立分裂であるという点だけでなく、前記の通り、「ひかりの輪」の発足とその後の活動は、麻原の破防法対策の獄中メッセージなどに照らせば、他の様々な点においても、その指示に違反しており、単に違反しているばかりではなく、全く逆行したものとなっている。

    第三に、国が主張する通り、麻原の破防法対策時の指示を上祐が別の状況に適用しているとすれば、そのこと自体が、麻原の言葉通りに実行するという絶対的な帰依の原則に対する違反が上祐に生じていることの証左であって、上祐が麻原の指示を利用して自分の望む団体を構想している証左である。そして、実際に、当時のアレフは、上祐らの言動が麻原への絶対的帰依に反していると激しく批判したことからも、そういうことができる。

    第四に、国が引用した上祐の言辞(証拠と、証拠)に関して反論しておく。このいずれの言辞も、①現状に破防法対策時の別団体の麻原の指示の言葉が正確に当てはまると言っているのでもなければ、②麻原が合意の分割ではなく分裂を認めているとか、さらには、麻原・Alephに対する批判・脱会支援などの反対活動を認めていると主張しているものではない。こうして、上祐らが、麻原の指示の言葉通りに、すなわち、麻原に対する絶対的な帰依の実践をしていないことは明らかである。

     

    (8)さらに、上記以外の点においても、「ひかりの輪」は、麻原に無許可で、麻原・オウム真理教の教義では大悪業になる行為を数多く行っている。

     
    すでに一審のひかりの輪準備書面(1)や前記第6の1などで述べたが、その中には、オウム真理教で問題になった、親族を含めた外部社会との断絶を解消するものがある。あらためてその具体的な事例を要約して述べておく。

    ① 麻原の許可なく、麻原が認めていない一連のオウム事件への関与を認め、それを罪として謝罪し、麻原とその教えを内外で否定・批判し、被害者と賠償契約を締結したこと。

    ② 麻原の説いた予言や復活の思想を否定し、麻原が刑死すると考えるだけでなく、麻原の死刑執行に賛成して、その必要性を公に語っていること。

    ③ 麻原が、麻原同様の最終解脱者とした麻原の長男・次男や、全ての信者の上に置くとした麻原の他の家族らに従わずに、内外で批判し、その違法行為を告発していること。

    ④ 麻原や麻原の家族の指示・許可なく、勝手に教団を分裂させて独立したこと。

    ⑤ Alephが勧誘した麻原の信者に対して脱会相談などの支援をして、麻原信仰から抜ける手 伝いをしていること。

    ⑥ 他の宗教家・他の宗教の神社仏閣・外部者から学んでいること(他宗教・他宗派の神社仏閣・聖地を訪問し、その宗教家から学んでいること、また、外部監査委員会を設置し、外部監査委員である修験道の指導者など、外部の精神的指導者の指導を受けていること)。

    ⑦ 麻原の説いた出家・出家制度をやめ、親族・外部と交流を再開して深め(元オウムの出家者の)専従会員には個人資産を認め、その親の介護を出家よりも優先していること(専従会員多数が、親の介護のために実家に滞在している)。

    ⑧ 麻原が「悪魔の手先」として戦うべきとした警察・国家権力に対して、麻原・Alephの信者たちの犯罪・違法行為を防止するために、通報・告発・協同監視などの捜査協力を行なったこと。

    ⑨ 麻原・オウムが否定した国民年金に参加するなどして、麻原がハルマゲドンによって滅びるとした現在の国家と共に歩んでいること。

     

    以上の重要な事実について、国が反論したことは一切ない。


    最後に、麻原は、何でもやってよいという白紙委任状的な許可をしたことはないということも、重要な事実である。国の主張は、麻原があたかも観察処分を免れるためならば、脱麻原・反麻原の如何なる行動をも許可したという実在しない前提に基づいている。

    しかし、そんな証拠は一切ない。その理由としては、そのような白紙委任状的な許可を出すことは、麻原の教義からすれば、麻原と同等のステージであると認めることになるため、ありえないからである。

    さらに、仮に白紙委任状的な許可があったならば、「ひかりの輪」が発足した10年前の時点から、麻原への帰依として、観察処分を逃れるために、いち早く「脱麻原・反麻原」を行っていたはずである。

    しかし、実際には、大きな団体改革である哲学教室の改編は2013年(平成25年)から、アレフ信者の脱会支援や著作権問題の摘発協力を本格化させたのは、被害者団体の弁護士の助言を受けた2012年(平成24年)から、上祐が麻原・アレフを批判する書籍を発刊し始めたのは、2012年(平成24年)からであるという一連の事実の説明が全くつかなくなる。

     

    (9)以上のことから、「ひかりの輪」発足以前のアレフ時代から、上祐らの言動の本質は、麻原への(絶対的な帰依)ではなく、上祐ら自身の意思(自分達の望む団体のあり方)を実現するために、麻原の言葉の一部を用いた(利用した)ものにすぎない。

     
    実際に、一審の判決は、

    「上祐は、平成17年頃には、Alephとは別団体を設立する考えを表明し、それが松本の意思にも沿うように説明しているのであるが、引き合いに出された松本の発言は、松本の逮捕前のものや、破防法に基づく解散指定請求に際してのものであり、松本がAlephと原告の分派を念頭に置いて発言したものではないことは明らかである。(中略)以上の通りであって、原告(ひかりの輪)の設立は、別団体を組織して、別団体との間で役割分担しながら活動することを求めていた松本の意思に従ってされたものであるとまでは認めることができない」(判決p93~94)

    と述べて、

    「(上祐らの意思だけでなく)松本の意思に"も"かなう」とか、「引き合いに出された」

    などと表現して、上祐らの意思が最初にある主たる要因であって、それに付随して利用されたのが麻原の指示であるといった、主従関係にあることがわかる表現をしている。

    また、上祐らは、麻原に帰依したのではなく、自分達の意思に合うような、麻原のそれと似た指示を引用したということである。さらに、当時の状況を描写した麻原三女・松本麗華の書籍(証拠)にも、上祐らが麻原に帰依しているのではなく、自分達の意思・欲求のために麻原を利用しているというニュアンスがわかる内容がある。

    ・母の元部下から、上祐さんは本のコピーだけでなく、自分に都合がよくなるような、父の説法の改変もしているということも伝わってきました。(中略)上祐さんに訪ねると、「説法の改変などしていない。社会融和のため、危険だと言われるところをカットしているだけだ」と言われました。(中略)上祐さんの言葉と行動の違いは、わたしを大いに混乱させました。上祐さんは、「尊師のためだ。尊師の教えを広めたくないのか」と言いながら父の存在自体を抹消しようとした。

    ・なぜ彼は自分の経験したことを説かず、父の名を使って「グルの意思だ」と言いながら、父の書いたもの、父が経験したことを、自分の都合がいいように変えるのだろう。権力、名声を得たいの? なぜ動揺もなく戒律で禁じられた嘘がつけるのだろう。もしかして上祐さんには、信仰がないのだろうか。もしそうなら、なぜ自分で一から新しい宗教を作ろうとしないのだろう。悩んだ末、わたしは彼の言葉ではなく、行動を見ることにしました。

    ・「さよなら上祐さん」「もう上祐さんの味方ではいられない...」わたしの考えが変わった2003年春(中略)。母(知子)は、オウムは自分が父と一緒に築きあげてきた教団だと思っており、上祐さんが、オウムの後継団体アレフを自分のものにしてしまおうとする姿を見て、自分が関与しなければ教団が変わってしまうという危機感を持ったようです。

    最後に加えるならば、国が示した上祐らの如何なる講話・当時のM派の如何なる主張を見ても、上祐らが「M派の社会融和的方針(こそ)が麻原への絶対的な帰依である」と主張しているものは一切ないし、また、麻原の指示・意思にもかなうといった表現はしていても、「麻原の指示通りである」などと表現しているものは一切ないことからも、麻原への帰依ではなく、利用であったと理解することができる。

     

    (10)以上のことから、国が主張するオウム真理教の危険性である、麻原の言葉通りの実践である絶対的な帰依・タントラヴァジラヤーナ・五仏の法則によって殺人を犯すという問題は、上祐らにおいては、「ひかりの輪」の発足以前のアレフ時代に、すでに消失していることがわかる。

       それは同時に、上祐らの危険性も消失しており、観察処分の必要性がないことを示すとともに、「ひかりの輪」の発足は、麻原への絶対的な帰依による麻原の意思の実現ではなく、麻原がその創始者ではないことがわかる。

  • 【5】ひかりの輪とアレフが長年の深い断絶と対立の関係にあること(2019/02/28)

     前の記事に引き続き、ひかりの輪が観察処分取り消しを求めて裁判所に提出した書類を、以下に掲載します(読みやすさやプライバシー等を考慮して、一部、削除したり伏字にしたりしている箇所があります)。

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    【5】アレフ(及び麻原の家族)と激しく対立してきた事実

    2 「ひかりの輪」とアレフが、長年の深い断絶と対立の関係にあること

     
    上記の通り、麻原への帰依に反してきた「ひかりの輪」に対して、アレフ(Aleph)は、「ひかりの輪」発足以前の2003年(平成15年)頃から、上祐らを「麻原隠し」ではなく「グル外し(=脱麻原・反麻原)」として厳しく批判・排除し続け、その一方で、「ひかりの輪」も、麻原・alephを批判して、その反対活動を行ない、両者が15年に渡る長年の深い断絶と対立の関係にあることを以下に述べる。

     

    (1)「ひかりの輪」の発足以前から、麻原の家族をはじめとするAlephの多数派(=A派)が、上祐ら(M派)の言動をグル外し・グル否定・大悪業・魔境などと厳しく批判し、上祐ら(M派)と、上祐らに一定の理解を示した中間派の者達まで、教団活動から厳しく排除したこと


    この点に関しては、一審のひかりの輪準備書面(6)・第1で主張したが、国も、松本家を初めとするA派が、上祐らM派や中間派を厳しく批判し、麻原への絶対的帰依を徹底して行った事実に関しては、多くの自身の証拠(証拠)をもって立証し、これに基づいて、時系列的には、以下のように、一審の判決は認定した。

    松本の妻であり正大師の位階にある松本知子が、平成14年10月に刑務所を出所すると、従来の活動形態を維持し、松本を全面に出して活動することが松本に対する真の帰依であるとして「麻原隠し」に反対する姿勢を示して、松本の三女麗華と共に、Alephの組織運営に介入するようになり、上祐の「麻原隠し」による組織運営も新規構成員の獲得や財務運営面で功を奏しなかったことから、上祐の活動方針に反対する者が増加していった。 

    このため、上祐は形式的にはAlephの代表者の地位にとどまったものの、平成15年6月頃から、修行入りと称してAlephの運営に実質的に関与しなくなり、同年7月頃に麗華と話した際には、麗華は、上祐は修行が足りないので教団運営は任せられない、自分がやると述べた。

    (中略)

    上祐は、同月28日頃、Aleph幹部70名程度の前で謝罪の意を表明し、以降、麗華を中心とした松本家の組織運営に対する関与が強まっていった。Alephは、平成15年10月頃に、正悟師の位階にある村岡、二ノ宮耕一、野田成人、杉浦×及び杉浦×の5名による集団指導体制(中略)に移行、松本への絶対的帰依を強調し始めた。
    (中略)
    上祐は、平成16年11月頃から再びAlephの運営に関与するようになり、Aleph内にも、上祐の考えに賛同する者を中心とした一派である「上祐派」(M派)と、上祐の方針に反対する「反上祐派」(A派)が存在し、他方、上祐派として活動するまでには至らないものの、これに理解を示す「中間派」と呼ばれる構成員も存在していた。(証拠)
    (中略) こうした上祐の活動に対し、Alephの集団指導体制を構成する5名の正悟師のうち、村岡、野田成人、杉浦×及び杉浦×の4名は、上祐の考えに理解を示すなどし、村岡は、平成18年9月16日、上祐に別団体を組織してほしくないが、組織した場合は、Alephとは持ち株会社のような連合体として役割分胆をしながら活動していきたいという考えを表明するなどしていた(証拠)。

    しかし、上祐派とA派の対立は決定的なものとなり、平成18年には、東京都世田谷区南烏山所在の複数の施設は、それぞれが別の建物を管理使用することになった(証拠)。
    また、村岡ら正悟師による集団指導体制も、師の位階にある中堅幹部構成員らが、村岡らが上祐派に歩み寄ったこと等に反発するなどして、機能しなくなったことから、Alephは、平成18年7月、師クラスの中堅の構成員30名からなる「合同会議」を設置し、Alephの意思決定を行うようになった(証拠)。

    (中略部分の概要:平成19年3月に上祐らはAlephを脱会、5月にひかりの輪を発足)

    Alephでは、中堅幹部構成員らが、上祐派に歩み寄ったとして、二ノ宮耕一を除く4人の正悟師を排除する動きを強めたことから、平成19年7月に杉浦×と杉浦×が脱会し(なお、杉浦×は、教本の編集等を巡って知子と対立していた(証拠)、野田成人及び村岡が役員を辞任し(証拠)、これら中堅幹部構成員らを中心に、大音量で松本の説法の映像を長時間連続視聴させる「特別ビデオ教学セミナー」などを実施するなど、松本への帰依を徹底していった。(一審の判決p45~53)

    そして、この事情を一つの理由として、一審の判決は、前に述べたとおり、「ひかりの輪」が麻原の意思として設立されたものとは認められないことを認定した(判決p94の7行)。さらに、この事情に加えて、「ひかりの輪」側も、麻原・Alephを様々な媒体で批判したり、Aleph信者の脱会支援や、著作権問題を追及しているなどの反Aleph活動をしている事実をも含めて、「ひかりの輪」とAlephは対立関係であり、一つの団体とは認められない(同p95)と判断したのである。


    (2)麻原の家族をはじめとするA派・Alephが、上祐らを「麻原隠し」と批判したのではなく、「麻原外し」「麻原否定」「麻原に対する帰依に反する」「外道(麻原ではない教え)、大魔境、大悪業をなしている、無間地獄に落ちる」として、厳しく批判・排除したこと。

    前記で述べたとおり、アレフでは、麻原の教え・指示に基づいて、麻原の子供が麻原に準ずる存在であり、上祐ら幹部たちよりも上の権限・権威を持っていた。

    そして、麻原の家族らは、上祐や、当時中間派と呼ばれた正悟師達も含め、麻原の家族を教祖に準ずるものとして全ての信者の上に置くとした麻原の教え・指示があるにもかかわらず、自分達に従わない者たちについては、幹部信者多数に指示して、教団組織を挙げて、グル外し・グル否定・魔境と厳しく批判して、教団の活動から排除するとともに、上祐らの活動に参加すれば、「グルとの縁が切れる」「無間地獄に落ちる」として、上祐らに接してはいけないという方針を教団全体に徹底していった。

    なお、ここで重要な事実は、国は、麻原の家族をはじめとするA派・Alephが、上祐らを「麻原隠し」と批判したのではなく、「麻原外し」「麻原否定」「麻原に対する帰依に反する」「外道(麻原ではない教え)」、大魔境、大悪業をなしているとして厳しく批判・排除した事実を隠していることである。

    これは、すでに主張・立証したが、それに加えて、以下の多数の証拠を提示して、補充することにする。以下の通り、麻原の家族やA派の幹部信者、当時の中間派の幹部信者、上祐らM派の幹部、さらには、末端の在家信者の証言など、教団の全体において確認することができる。

    ① 松本麗華:麻原の三女・皇子・正大師

    松本麗華は、自身の著書『止まった時計』で、以下のように、上祐が麻原の意思だと言いながら、麻原の名を勝手に使い、自分に都合がよいように変えたり、麻原を抹消(麻原外し)、利用したので、決別したと述べている(証拠)。

    ○「自分に都合がよくなるよう麻原の説法を改変、麻原の存在自体を抹消しようとした」

    母の元部下から、上祐さんは本のコピーだけでなく、自分に都合がよくなるような、父の説法の改変もしているということも伝わってきました。(中略)

    上祐さんに訪ねると、「説法の改変などしていない。社会融和のため、危険だと言われるところをカットしているだけだ」と言われました。(中略)上祐さんの言葉と行動の違いは、わたしを大いに混乱させました。上祐さんは、「尊師のためだ。尊師の教えを広めたくないのか」と言いながら父の存在自体を抹消しようとした

    ○「麻原の名を使って「グルの意思だ」と言いながら、麻原の教えを自分に都合がいいように変えた、上祐には信仰がないのか」

    なぜ彼は自分の経験したことを説かず、父の名を使って「グルの意思だ」と言いながら、父の書いたもの、父が経験したことを、自分の都合がいいように変えるのだろう。権力、名声を得たいの?

    なぜ動揺もなく戒律で禁じられた嘘がつけるのだろう。もしかして上祐さんには、信仰がないのだろうか。もしそうなら、なぜ自分で一から新しい宗教を作ろうとしないのだろう。悩んだ末、わたしは彼の言葉ではなく、行動を見ることにしました。

    ○「上祐の味方ではいられない、上祐はアレフを自分のものにしようとしている」

    さよなら上祐さん:「もう上祐さんの味方ではいられない...」わたしの考えが変わった2003年春(中略)。母(知子)は、オウムは自分が父と一緒に築きあげてきた教団だと思っており、上祐さんが、オウムの後継団体アレフを自分のものにしてしまおうとする姿を見て、自分が関与しなければ教団が変わってしまうという危機感を持ったようです。

    ② 野田成人:当時の中間派の正悟師(最高幹部)の一人

    野田成人は、国の証拠(証拠)の陳述書の中で、以下のように述べている。

        「知子から、上祐は、教団の運営については正悟師会議で決めろという「麻原の指示」を「蔑ろにしつつある」ので、正悟師達が行うよう指示があり、グルを意識できなくなった教団のカルマを変えるため上祐のイニシエーションの中止が決まり、上祐の直属部署をなくすことが決まった。知子は、麻原の言葉「イニシエーションにふさわしくない人にイニシエーションしたのでは地獄に落ちるかもしれない」を挙げて、「外道のイニシエーションをやるとおかしくなる。上祐は自分の教義を構築しようとしている」と言った。」

        「2003年7月18日に、三女が上祐の状態をチェックのため会った際、話し合いは長い間続き、一時水を飲みに部屋から出てきた時には、双方が怒って興奮している様子で、会談決裂という雰囲気がありありと伺えました。」

        「2003年7月末から8月末に、麻原を表に出さない上祐の改革路線は間違いでグルの意思に合っていなかったことを、上祐に、幹部たちの前で謝罪させる流れになったが、調整には難航、家族らは「上祐とは話しても無駄」との印象を抱いており、双方の間で会話は全くなかった。全く意見が折り合わない上、電話やメールですら直接やりとりしない知子と上祐の間を十往復くらいし、謝罪内容について野田が調整役になった。」

    さらに、別の国の証拠でも、野田の陳述において、「2003年、知子は「上祐は麻原に意識が向かっていない(麻原に帰依していない)」という趣旨のことを野田宛にメールで書いていることが確認できる(証拠)。

    また、野田は、国も証拠提出している自身の著書『革命か戦争か』(証拠)において、以下の通り述べている。

    〇三女は、上祐は教祖を蔑ろにし、自分が教祖になろうとしていると批判

    「2003年の6月上旬、私は突然松本家の三女に呼び出されました。(中略)以前と変わらぬ命令口調でした。
    「マイトレーヤ正大師(上祐の宗教名)のやっていることがおかしいの。彼の言うことを聞かないで、陰で私に協力して」
    要するに彼女の主張は、上祐の教団運営を批判するものでした。教祖である父をないがしろにしていて、上祐自身が教祖になろうとしている、という内容です。嫌な予感が的中してためらう私に、彼女はこう言い放ちます。
    三女「あんた重いわねぇー。男性の正悟師はやっぱりカルマ(業)が重いのかしら。村岡達子正悟師なんてすぐハッと気が付いたわよ。目が覚めましたって・・・」
     教団内の上下関係は、すべて麻原が決めていましたから麻原の子どもは、すべての出家者の上のステージに置かれていました。その下に上祐らの正大師、さらに 下には私を含めた正悟師と続きます。こうなったらどんなにがんばっても血筋には勝てないというわけです。上には唯々諾々と従う。それが帰依であり、教団内で求められる秩序関係なのです。
    「でも具体的にどうすればいいんでしょうか?」
    「私が陰から教団に指示をするから、あなたはそれに従って。他の正悟師や師も従うって言っているから大丈夫。マイトレーヤ正大師の言うことは聞かないで。でも指示は私が出しているっていうのは、マイトレーヤ正大師にも秘密よ」
    「はぁ・・・?」
    「いい?従える?」

    〇麻原の妻は、上祐は麻原の家族を裏切ったと批判

    「この話には正直うんざりしてしまいました。なぜなら、それまでの教団運営で三女ら麻原の娘の意向を優先させたが為に、99年の北御牧村のような騒動を招く ことになったからです。彼女たちが引っ込んで上祐体制になり、やっとまともな運営体制になったと安堵していたところにこの話です。ただこの時点では、まだ 私も麻原の娘に正面切って堂々と断れない情けない状態でした。 「本当にアーチャリー正大師が責任持ってくれるんでしょうか?」
    出した指示に対して内部と外部両方に対してきちんと責任を持てなければ、権限をふるう資格はありません。教祖のわがままな娘にそれを期待することは無理だろうなと思いつつも、こう言質を取るくらいしかその時のわたしにはできませんでした。
    「うん、私が責任持つから」
    「わかりました・・・」
    この一週間後、三女に再び呼び出しを受けて出向くと、今度は二女と麻原の妻・松本知子も同席していました。(中略)公判では、「麻原と離婚することも考えている」と発言した松本知子でしたが、そんな発言はどこ吹く風で麻原を担ぎ上げます。
    「尊師の教えをきちんと守るなら上祐体制に全面協力するって言ってあげたのよ。それなのに裏切った。尊師を外して自分が教祖になろうとしている。許せない!」
    すでにこの時点で、教団の正悟師であった村岡達子、杉浦×、×兄弟、二ノ宮耕一の4人は懐柔され、反上祐派として固まっていました。どうやら私が一番上祐 寄りと危惧されていたようで、説得懐柔されたのは私が一番最後でした。逆に一番過激だったのは、武闘派として知られる二ノ宮でした。「上祐のやっていることは絶対おかしいですよ!」
    三女の問いかけに対して、二ノ宮は語気を強めてこう語っていたようです。
    (中略)二ノ宮はすでに、主要都市部にある道場長クラスを三女に合わせて、根回しを広げていたのです。(中略)
    私を含めた正悟師5人と麻原一家は、何度か会合を重ねますが、内容はほとんど上祐批判です。
    「彼(上祐氏)はね、尊師の説法集を骨抜きになるよう編集しているの。「尊師は最終解脱者である」という記述から『最終』を取って『解脱者』にしようとしたのよ!」(中略)松本麗華や二女は「とんでもないことだよねぇ!」」(中略)

    ○麻原の家族が、上祐の軟禁を決定

    「しかし、麻原一家が裏から指示を出すなどという「秘密ごっこ」が、上祐にばれないわけがありません。松本家3人と正悟師5人が会した2003年6月26日の「秘密会議」でのことでした。正悟師5人全員の外出を不審に思った上祐が、次々に電話してきたのです。

    三女は会議の存在そのものを気付かれないようにと、正悟師たちには、「シラを切って」と言いますが、私は思わず反論しました。
    「こんなことやっていても絶対バレます。教団運営の責任を取るなら、いま電話して、ちゃんとマイトレーヤ正大師(上祐の宗教名)と話してください。お願いします。」
    懇願する私の声が、場の雰囲気をぶち壊したようになりました。松本家に逆らうのはなかなか大変です。他の正悟師は声を上げませんでしたが、無言で私を後押ししているようにも受け取れました。
    それを感じたのか、三女は渋々席を立ち、一時間ほど上祐と電話で話をしたあとに、私たちにこう告げました。
    「これからマイトレーヤ正大師とここにいる全員で話をすることになったから。彼には修行に入ってもらうことにする。みんなでそう言ってね」
    教団内では、組織の指示に従わなくなった人間には、修行に入れて籠もらせるという慣習がありました。(中略)外部との接触もできませんから、当然教団運営に関わることもできません。要するにここでいう「修行入り」とは、組織内での左遷のようなものです。逆らう者は帰依が足りない、帰依が足らねば修行するしかない、その間は余計な口出しはするな、というのが教団のやり方でした。(中略)
    会議が始まったのは日付が変わった27日。奇しくも松本サリン事件から9年目の日でした。8対1で上祐を責める議論が始まり、まず松本知子が彼を攻撃しました。
    「マイトレーヤ正大師(上祐)は、グルへの帰依がなくなっている。もっと修行して帰依を培わなきゃダメ」(中略)しかし、松本家の威光を背に二ノ宮がここぞとばかり上祐を攻撃し、応酬になりました。二ノ宮「事件を疑問に思うなんて帰依が足りないんです」(中略)
    こんなバカバカしい話で2時間くらいすったもんだした末に、最後には三女がこう言い放ちました。
    「上の人の言うことを聞くのが帰依でしょ。皇子'(麻原の子ども)はどのサマナよりもステージが上だよね。私のほうが上だよね」(以上、同書69~76)


    ○三女は野田らに対しても、無間地獄宣言をした

    「実務的な話に介入するのはほとんど知子さんでしたが、たまに三女も口出ししてきました(中略)いきなり電話をかけてきて、理由も言わず怒鳴ることもしばしばでした(中略)。しかし、私などはまだマシで、三女から「あなた、そんなんじゃ無間地獄行きだね」と宣告されたサマナもいたようです。教団で言う無間地獄とは地獄の中でも最悪の地獄。奈落の底に突き落とされる恐怖なのです。(中略)こんな私は、すでに「無間地獄」を宣告されていることでしょう。」(同書84~85ページ)

    ○上祐の離反と荒木らの上祐に対する批判活動

    「2004年11月頃のことでした。そこから上祐は、松本家批判を展開し始め、自らの支持者を集めていくことになりました。(中略)。「上祐は魔境だ」と。最終的に二ノ宮は、松本家に懐柔され、上祐批判に回ることで、教団の立場を確保したわけです。(中略)

    上祐からサマナへの説得に対し、松本家側は荒木らを使っての反上祐宣伝を展開します。「上祐派魔境だから話を聞くな」。派閥争いで教団内は殺伐とした雰囲気になりました。」(以上、同書)(同書90~91ページ)

    ○2005年末、皇子・麗華が、(村岡・××を介し)野田の修行入りを指示・権限を剥奪

    「2005年12月26日、執行猶予の判決で教団に戻った私を迎えたのは、村岡正悟師と××××(中略)でした。××は「人権救済基金」という団体を事実上切り盛りする人物です。(中略)その弁護士との絡みで、松本家の抱えたトラブルを処理する弁護士も紹介していました。つまり教団幹部の中で、唯一正面切って松本家とコンタクトできる人物なのです。(中略)「ご家族は今後どういうふうに教団運営されていくつもりなのですか?」「いやご家族はもう教団運営には、全く関与されていないから」

    松本家の指示はイエスマンだけで共有される機密事項です。予想したとおり、もう私もカヤの外に置かれてしまっていました。

    「そんなはずないでしょう。私の時だって、ずっと裏で松本知子が指示だしていたんだから」「いや今はもう何も指示はないです」「私がどうしたらいいか、聞いてほしいんだけど」「捕まっていたわけですから、しばらく修行していたらいいんじゃないですか?」

    教団内で「修行に入れ」というのは、運営の現場に関わらないでいてくれ、という意味の別表現です。「私が修行するかどうかは、あなたに指示されるべき話でもないから」

    「......」「でもあなたがアーチャリー正大師(麻原三女)と会う機会があって、私のことについて聞く機会があるなら聞いてみてほしいんだけど」「わかりました。聞いてみます」(中略)

    だが最高幹部・正悟師の私を封じ込めるには、松本家の威光を借りるしかないのです。

    次に村岡正悟師に、私が正悟師としてできることはないかと聞いてみました。混乱している教団のことが心配だったからです。(中略)

    「いやここだけの話では決められないから」(中略)「いや、いろいろな人と相談しているから」(中略)「じゃあ、誰と相談してそういうの決めるんですか?」「個別に関係する人と相談する」(中略)「いや、それはこちらで後で考えて確認しますから」「......」 要するに責任の所在を特定させないで、ものごとを決めさせない作戦のようでした。(中略)

    予想はできたものの、麻原原理主義派の彼らとしては、私に一切の権限を与えたくないようでした。(中略)どういう理由付けをしても、私を排除したい原理派の意図がはっきり読み取れました。(中略)

    一日ほど経って××から伝言がありました。三女に確認したという私の処遇は、やはり「修行」という名の軟禁でした。まあこう言われてしまっては、最低一ヵ月は大人しくせざるを得ませんでした。(以上、同書92~97)、(証拠)


    ○2009年に野田は、麻原家族の指示により、アレフを除名処分・排除される

    彼らが考えていたのは、自分の来世のことと教団内での居場所の問題だけでした。つまり松本家を裏切ると、来世地獄に落ちるのではないかということと、現実問題として教団内で「帰依がない」として異端児扱いされることです。(中略)

    この後、私は原理派幹部から、教団施設の立ち入り禁止、さらには除名通告を受けることになります。それは2009年3月のことでした。ここに至るきっかけは、私自身が「麻原を処刑せよ」という内容を一般大衆向けに主張したことが契機としてあります。(中略)

    これについては、アーレフ信者にはあまりにも強烈過ぎる内容で出せないな、とは感じていました。アーレフ信者は、教祖が事件の首謀者であったことも含めて、教祖が死刑になるという事実を直視できない精神状態なのです。現実社会において公判がすでに確定し、あとは死刑執行を待つばかりとなっているその事実さえ、教団内ではタブーなのです。(中略)

    原理派幹部は、私の「麻原処刑」の主張を問題発言として取り上げ、除名処分を下したという顛末です。(以上、同書p103~106)

    そして、野田に加えて、上祐に一定の理解を示した杉浦×・村岡達子も、麻原家族と対立して、批判され、脱会を余儀なくされる。

    ○野田の証言:村岡は、麻原家・知子に排除された

    四女の話に目を覚ました村岡正悟師は、もはや松本家からはイエスマンとはみなされなくなりました。松本知子には村岡正悟師に次のような言葉を残して、連絡を絶つようになったようです。「あなたは私たちを大事にしなかった」
    傍目から見ていても、村岡正悟師が松本家に代わって教団運営の責任を果たしてきた役割は大きかったと思います。しかし、四女の登場を機に、村岡正悟師は、原理派の幹部連中から掌を返した冷たい対応を受けることになりました。かつての上司・恩師も情け容赦なく攻撃するのです。これがカルト教団の怖いところです。(以上、同書p100)

     
    ③ 村岡達子(当時の中間派の正悟師(最高幹部)の一人)の証言

    (脱会した「村岡達子」元アーレフ会長の「さらば麻原一家」(週刊新潮 2011年8月11・18日号)(証拠)

     「6月6日付で退会届を出しました。退会時の肩書きはありません」

    「3年ぐらい前から私は信者でありながら全く教団に関わっていない状態でした。追い出されるような形で埼玉県吉川市の教団所有のアパートに住んでいたのです。教団から私は、"おかしい人"と思われていたんです。」

    そして03年、「麻原の影響を排除する」と宣言するのだが、これに麻原の妻や三女(アーチャリー)が猛反発したのだ。そのため、教団はアーチャリー派と、上祐派に分裂し、お互いに激しく対立するようになる。

     「上祐さんが、"尊師のことを全面に出さないように"と、在家・出家の両方の信者を集めて呼びかける一方、三女は"上祐のことを放置しすぎた"と後悔していました。麻原一族は上祐さんに危機感を募らせ、実力で抑えにかかったのです」

    その結果、上祐氏は、修行と言う名目で世田谷区のマンションに閉じ込められ、見張り番までつけられてしまう。ところが04年、上祐氏は監禁されていたマンションを脱出、自分を慕う信者を集めると各地の道場を支配下に置き始める。アーチャリー派との溝はもはや修復しがたいところまで深くなっていた。

    (中略)その結果(中略)権限を剥奪された村岡氏は、説法会の仕事も回ってこなくなり、沖縄の道場やさいたま市の施設などに送られ、本部から遠ざけられる。3年前からは前述の吉川市のアパートで"飼い殺し"状態に。」

     ④ 杉浦×(当時の中間派の正悟師(最高幹部)の一人)の証言(証拠)

     「私は、平成19年7月に教団を脱会しましたが、脱会の大きな理由は、松本知子さん(明香里)と教義のことなどで対立し、知子さんから疎んじられたことで、教団の役職を外され、居場所がなくなっていったことです。(中略)

    平成16年頃、「ファイナルスピーチ」「パーフェクトスピーチ」の編集をしていた際、社会融和を図るため、事件に繋がる記述には、言葉を換えることまではしないまでも注釈を付けていました。(中略)翻訳の部分は正していました。しかし、知子さんは「グルの言葉は絶対だ。正す必要はない」と言い、知子さんと電話で激しい口論をしました。」

    ⑤ A派の幹部信者が、教団全体で上祐らを厳しく批判(証拠)

     A派は、上祐について「麻原外し」「上祐グル化」「麻原から定められていたことを守らない」と徹底批判を展開し、同時期に作成・配布されたA派の資料「マイトレーヤ正大師の非公式な活動に対する疑問の声」(証拠)では、以下のように書かれている。

    --------------

    【1】2002~3年の改革の失敗とマイトレーヤ正大師が修行に入られた経緯

    上祐は、2002~3年に改革に失敗、虹や大黒天などの話を持ち出し、上祐の体験(啓示)に基づく独自の日本の聖地巡りを行った。

    ・出家信者が麻原を意識しづらくなり、麻原への思いを抑圧するようになり、心が不安定になった。

    ・祝福されていない出来事が頻発した。

    ・宗教性を歪曲してまで社会対策を行ったが失敗した。

    ・「本来グル(※麻原)しか行ってはいけない行為(経典の解釈等)」を行い(A派は「上祐グル化」と認識)、「教えの純粋性を損なった」

    ・グルとその系統(※麻原の子供たちのこと)を尊重する意識の欠如

    【2】2004年マイトレーヤ正大師が修行から出られたことの経緯と問題

    (1) 修行から出られたきっかけと独走状態

    2004年の10月、一部の正悟師方の勧めもあり、活動を再開しようとしたが、多くの師や正悟師の反対に遭い水面下での活動を再開。

    しかし、2005年の5月には非公式でサマナ説法会を行い、6月には非公式で信徒説法会までされようとした。

    修行に専念せず、改革と同じような活動を再開した上祐のことを、ご家族(※麻原の家族のこと)の方は大変悲しまれている。

    ・2004年11月に上祐は、麗華を「魔境」と批判した。

    ・その結果、修行入りになったが、修行に専念せず、2005年の5月には非公式に活動を再開し、独走状態に。

    (2) 活動を再開されても変わらない改革路線(尊師外しとグル化問題)

    ①戸隠神社礼拝問題

    ・活動再開後も、「グル外し」と「上祐グル化」の改革路線は変わらない。

    ・2005年の3月に上祐とその一行10名が、戸隠神社の鳥居の前で立位礼拝をしたということが分かり、教団内で大問題になった。

    【資料・神社礼拝についての尊師説法】

    ・戸隠神社礼拝と新教義の展開で、麻原以外の信仰形態を取る改革を推進する意図が明らかに。

    ・尊師から定められていたことを守らない運営方針

    ・教団改革は失敗したにも関わらず、その総括を行うことなく、全く同じことを繰り返そうとしていることが問題。

    ②ご家族に対する敬意のなさ

    (3) 上祐や上祐派の人と接することによる数多くの変調体験

    不調を来す人が少なからずいるというのはおかしい。多くの人が共通の体験。果たして、上祐派の人達にグルのエネルギーがきちんと降り注がれているのか疑問

    【資料・変調を来した体験談】

    【3】本来のあるべき教団運営

    (1) 霊的な道筋を大切にする

    上祐派の方々は、教団を残すことを強調しているが、後継者の方々を尊重せずにして、どういう教団を残そうとされているのだろうか?

    目指すべきは、しっかりとした霊的な道筋を受け継いだ教団作りではなかろうか?

    ◎94年通達

    「すべてのステージの上に皇子を置く」

    ◎96年尊師メッセージ

    「鏡暉を中心とした子供たちを私と観想してください。それによって、あなた方の道筋は確保されるでしょう」

    尊師の王権継承者(二代目)は、お子様方であるとしっかりと「お言葉」に残されている。今の状況下では教団に戻って来れないが、いずれは戻ってこれるような教団作りをこれから私達が努力していくべきではなかろうか?」

    --------------

      そして、上祐のような「過ち」を犯さないためには、「原則に立ち返る~尊師の説いたことや定められたことを忠実に」「また、真の意味での救済=解脱・悟り(煩悩破壊)へ至るためには、尊師に対する帰依なくしてあり得ない。(中略)信仰の面では絶対尊師は外せない。」「尊師の意思を外さず、しかも強固な教団作りをするには、このように尊師の説かれたことや定められたことをしっかり守り、原則に立ち返ることが重要」と述べている。この証拠を見れば、麻原の言葉通りの実践をしなかった上祐を批判したことがわかる。

    ⑥ M派資料からも確認できる、A派がM派を厳しく批判・排除した事実

    さらに、2006年5月頃にM派が作成・配付した資料(証拠)においても、A派がM派を「グル外し」「グルを裏切る行為」「魔境」「グルを人間と言うのは言語道断」と厳しく批判・排除した事実・経緯がまとめられている。

    旧来の教団(A派):グルを人間ととらえてはならない。現世の常識を超越した神のごとき存在(現人神、生き神的存在)である。グルへの帰依によらねば解脱・悟りが得られないのであるから、その言葉は絶対的なものとして尊重し、一字一句たりとも曲げてはならず、何事にも優先してグルへの帰依を貫くべきである。代表派の主張は、グル外しであり、グルを裏切る行為であり、魔境の所業。グルを人間という代表派は言語道断である。グルに対する扱いがあまりにも軽すぎる。

     ⑦ A派の機関誌「進化」で上祐らの考えを厳しく批判(証拠)(一審の判決p47~48)

      A派は、上祐らM派が活動し始めていた2005年(平成17年)5月~6月、教団機関誌において、M派の活動への批判を念頭に置き、教団機関誌「進化」に、一審の判決に引用された内容を記している(証拠)。

    この機関誌の中で、A派は、「◎法則における厳密さ・正しい教えを残す責任 教えの保持-グルの言葉から外れないように」と題した記事で、真理に対する帰依とは、麻原の言葉に対する帰依であるとし、「麻原を介して提供されたもののみを拠り所にする」「厳密性・純粋性を保持する」ようにすることの重要性を述べている。

    「この世にグルという存在を抜きにしてそれらの教えがもたらされることは、教団の歴史においてただの一度もなかったのである(中略)わたしたちはグルが説かれた煩悩破壊という最高の世界に至るための教えを、歪めてしまうことなく、時代を超えて継承していかねばならない。それがグルの願いなのである。(進化vol.52)

    「真理をこの世に残すに当たってまず大切になってくるのは、グルが説かれた教えの厳密性・純粋性を保持するということである。つまり、真理の教えにしろ経典(仏典)の翻訳にしろ、グルを介して提供されたもののみを拠り所とする-わかりやすく言えば、グルの言葉から外れないようにする-ということなのだ。(進化vol.53)」

    「このことは、「真理に対する帰依」の意味合いのところでも取り上げたように、それが「グルの言葉に対する帰依」であることからもおわかりいただけるのではないでしょうか?」

      さらには、「グルの教えを正しく伝える ○間違ったことを多くの人に伝えることの恐ろしさ」という項目をあげ、グル(麻原)の言葉から外れると大変なことになるという話が続いており、時期的に見て麻原の言葉から外れているM派の活動を暗に厳しく批判している。

    この内容をもって、一審の判決では、A派が「松本への絶対的帰依の重要性と教義の変更が不可能であることを説いている。」と認定されている(一審の判決p48)。


    ⑧ 上祐史浩の証言・上祐史浩個人の総括より(証拠)

     ○松本家の反対で、教団改革が停止される(2003年後半)

    私は改革を進めようとしたが、一言でいえば、信者の麻原信仰と、それを維持しようとする麻原の家族によって、2003年の4月頃からブレーキが掛かり始めた。

    教団改革を止めた麻原の家族の中心は、麻原の妻・三女・次女であるが、この辺の動きは、当時正悟師という最高幹部の地位にあった野田成人が、月刊誌(『現代』2008年01月01日号)で告白している。

       それによると、麻原の家族が、私に秘して、彼ら正悟師に連絡をし、私を教団運営から外すための協力を求められたという。

     その結果、麻原家族と、その要求を受け入れた正悟師達の意見の結果として、2003年の6月頃から、私は、教団運営を離れて、いわゆる籠もった形の修行に入らざるを得ない状況となった(いわゆる世間で上祐の幽閉と呼ばれる)。そして、10月の末からは、一切の教団運営から退き、信者の前から姿を消す形になった。

    今思えば、仮に、この時点で、私が、強い意思を持って、自分の考えを貫いて、教団運営から身を引かずに、自分に賛同する人たちと共に、自分の道を歩んだならば、後に麻原信仰を脱却していく者達は、より多かったと思う。しかし、その当時 の私は、徐々に変化を始めていたとはいえ、依然として、麻原への依存が残っており、そのために、麻原の家族に従う考え方からも脱却できていなかった。

      特に、私が妥協しなければ、教団の中に闘争が起こり、教団分裂に至ることは必然であり、オウムの教義では、教団分裂は無間地獄に落ちる悪業とされていた。また、麻原の家族は、父親譲りの表現で、「戦争だ」「戦う」という言葉で、明確に警告していた。(中略)

      そして、家族とそれに従う信者達は、2003年の6月以降、具体的な教団運営において、私に賛同する者や、明確に反対しない者について、「魔境である」、 「悪魔に取り憑かれている」と批判し、教団活動から排斥した。また、信者に対しては、私達と接触しないように圧力をかけ、接触すれば批判し、活動から排斥することもあった。

     
    ⑨ 宗形真紀子の証言(「A派(反上祐派)荒木浩のお話会の詳細内容(2004年1月17日)」

    1)宗形の証言1(証拠)

    当時のアーレフ内で、勉強会や説法が行えるのは、オウム真理教の位階制度で、「成就者」とされた、正大師、正悟師、師というステージの者に限られており、これに当てはまらない荒木が、出家信者に対して勉強会を行うことは、これまでの教団内で極めて異例のことでしたが、荒木は、2003年6月に、上祐が麻原家三女・松本麗華の指示により、修行という名目で教団活動から外れてから、「お話会」という名の「上祐批判」を、単独で2004年1月17日までに少なくとも20回以上行っています。

    この事実は、さまざまな場所で、上祐派を除く多くの出家信者が参加しているため、周知の事実となっています。

    この異例な指導が容認された背景には、その背後に、麻原家という後ろ盾があることを、正悟師、師の上層部が知っており、異例な行いを容認していたためである。

    なお、当時まで上祐の秘書をしていた私は、2004年1月17日当日、当時八潮施設の責任者であった野田成人に対し、正悟師である当人が、異例の荒木のお話会を、八潮施設の集中修行に入っている信者の修行を中断させてまで容認・推奨したことについて、麻原家の指示だから推奨している旨を確認しています。

    この日、八潮施設一階の通称「男性師部屋」にて、約30人くらいの人数が、2階で行われている修行を中断して、お話会に参加しました。修行を中断してまで行うことは、通常はありません。

    荒木は、上祐が、改革という名の下に、いかに麻原を外し、否定し、麻原の意思でない外道の活動を行うという悪業を積んだことにより、上祐の周りの信者ともども魔境に墜ち、教団に災いをもたらしたかについて説明する年表を参加者に配布し、その内容が麻原家の三女麗華も同じように言っていることをほのめかしながらそれをもとに解説を行いました。

    2004年1月17日のお話会の内容を、当日とったノートのメモをもとに説明します。

    ア 上祐が2002年1月に代表に就任すると同時に、プライド・権力欲の虜となり、麻原になり替わろうとする「グル化」を押し進め、2002年には以下の麻原の意思に反することを行った。

    ◎麻原の意思から外れている

    ・「どんな指示でも、犯罪行為の指示でも麻原の指示に絶対的に従う」と明言した幹部信者を除名した上祐は、麻原への帰依のある幹部を排除したこと、麻原が許可していなかった、気学・姓名判断・インド占星学などの占いを使ったこと、麻原が推奨していない日本のさまざまな神社仏閣や自然を旅したことは、外道の実践であり、麻原の意思から外れている。

    ◎麻原に対する不遜な行為をした

    ・上祐は、本来、グルである麻原からしかイニシエーション(エネルギー移入)を受けられない出家信者に対して、その立場を超えて、エネルギー移入を行ったことは、麻原と出家信者に対する不遜な行為である。

    ・上祐がインドの聖者ヴィヴェーカーナンダが自分と似ている話などをして、自己を神格化しようとしたことは、麻原に対する不遜な行為である。

            ◎麻原の死後のことを言うのはとんでもない帰依に反すること

    ・麻原がまだ生きているときに、死後のことを想定し何かをいうのはとんでもない麻原の帰依に反することだ。

     ◎麻原の絶対性を否定するとんでもない悪業

    ・上祐は、『ファイナルスピーチ』の改ざんの際、重要な「麻原が最終解脱者であり、未来においてマイトレーヤ真理勝者として降誕する」旨の内容を削除したことは、麻原の絶対性を否定するとんでもない悪業だ。今その編集をやり直し始めている。

     ◎麻原を外し、自らがグル化した

    ・上祐の書籍や機関誌やイニシエーションのポスターにおいて、強烈なインパクトのある大きな上祐の写真を目立たせたのは、麻原を外し、自らが「グル化」の証である。

     イ 荒木は、2003年1月~4月にかけて行われた上祐の教団改革について、上祐が服役中から秘かに企んでいた「麻原外し・麻原否定」を正当化するためのものだと、以下のような趣旨の内容で激しく批判を行った。

    ◎麻原の死後のことを言うのはとんでもない帰依に反すること

    上祐は、麻原を外すことについては、拘留中にノート何冊にもまとめてもともと計画されていたことであり、出家信者の様子を見ながら徐々に実行していったものである。自分はそのノートを見せてもらって詳しく読んでいるので知っている。そのノートには、麻原の死後のことも想定した検討がなされているが、麻原がまだ生きているときに、死後のことを想定し何かをいうのはとんでもない、麻原の帰依に反することである。

    (※「ひかりの輪」補足:この上祐の勾留中のノートとは、国証拠の上祐ノートである)

    ◎大義名分を使い「麻原外し」を実行していった

    上祐はいよいよ2003年1月から教団改革に踏み切り、「麻原外し」をいくつかの大義名分を使って実行していった。

    ◎麻原の言葉を無視し、「麻原外し」をする自らを正当化するために利用した

    2月11日と23日に行われた「信徒サマージャ」と「サマナサマージャ」という教団改革の全体会合で上祐が行った「空と四無量心」の説法は、麻原外しを正当化するために使われた内容で、しかも、空についての話は、麻原がしてはいけないと語っていた内容にも関わらず、麻原の言葉を無視して、自らを正当化するために利用した。

    ◎一字一句麻原の決めた言葉通りに正確に扱わず、造語を作った

    本来編集部では、麻原の説法にない言葉は一切使わず、一字一句麻原の決めた言葉通りに正確に扱うが、上祐はそれを無視して、麻原の説法にない偉大なる完全なる絶対なる空という造語を作った。

    ◎上祐は「麻原外し」の大義名分として、麻原の説法中の言葉の意味を変えた

    そして、「四無量心」の概念を「国民に対する愛」という意味で使い、「麻原外し」の大義名分として、国民に対する愛の実践のために、麻原の写真などをなくし、本質の空を観想しようと語った。

    ◎麻原外し、麻原否定だ、麻原への帰依でない

    ・すべての上祐の行った行為は、「グル隠し」が、「グル外し」になり、結果的に「グル否定」になったという声を麻原家がかなり言っている。

    ・すべての上祐の行った行為は、「麻原を外し、教団の安定を求めるという自己保全の悪業」であり、「麻原への帰依ではなかった」。

    ◎上祐の行いは、麻原の意思から外れた悪業で、教団に災いを招いた

    ・上祐が「麻原の意思から外れた悪業」を積み、その報いが今、教団に悪業の返りとして返ってきて、教団にさまざまな「災い」が起きている。

    ・特に、2002年10月の大黒柱の天啓後に富士山で虹を見たり、乗鞍の大黒岳での経験後に大阪道場を取得できたことを、上祐は「祝福」と語っていたが、現実は、特に大阪を中心として、いかに多くの「災い」が起こっているか認識してほしい。

    (※具体的な災いについては証拠の年表等を参照(証拠))。

    なお、このお話会に、麗華から直々に修行入りを命じられ修行中であったM派の宗形がなぜ参加できたのかの詳細は(証拠)で示す。

     2)宗形の証言2(証拠)

     ○三女から、教団活動を排除され、隔離される

     それから一ヶ月ほど経った2003年の6月に、さらに、予想外の出来事が起こりました。ある日突然、わたしに、麻原家の三女から、携帯電話に電話があり、上祐と一緒に、教団活動から外れ、修行に入るよう命じられました。

       上祐は実質、麻原家(三女ら)により監視役をつけられ自室マンションに閉じこもる、謹慎のような処遇となりました。三女は、携帯電話で、わたしに対し、一方的で、強い口調で怒鳴り続け、以下の内容の話がありました。

    ・上祐は、悪魔が取り憑いている。

    ・プライド魔境、権力魔境、性欲魔境である。

    ・上祐は、グルに成り代わろうとする野望を持って自らのグル化をすすめ、教団改革と称して、グルの絶対性を否定したり、グルが禁じた「外道」の神社仏閣に行ったり、グルと違う「外道」の教えを説いたりして、グルの意思を外している。

    ・当然、それを精力的に手伝っていた宗形も、同じように、グルの意思を外し、悪魔が取り憑いた魔境に陥っている。

    ・上祐が魔境に入ったのは、宗形のせいだ。

    ・正悟師はその意見に合意し、全員従っている。

    ・だから、教団活動を外れて修行に入ってもらう

      わたしは、 最初は、その突然の、話し合いの余地のない理不尽なやり方に、まったく納得がいかず苦しみました。

      上祐が教団に戻ってくる前は、「崩壊寸前の教団を立て直すことができるのは上祐しかいない」とすがりつくように頼り、その後、上祐のおかげで、崩壊寸前の教団をなんとか立て直すことができたにもかかわらず、その恩を仇で返すような行動に出たように感じられて、わたしはとてもショックを受けました。

       三女に対し、上記のようなことを述べて、激しく反発しましたが、三女は、以下のようにわたしに言いました。

      「宗形も、上祐も、尊師の意思を外している「魔境」に入って、尊師への帰依が足りなくなっているから、今は修行に入って、尊師を観想し、尊師にすがって救ってもらうしかない」

       その後、すぐに、三女の指示で、わたしが、上祐と連絡を取り合うことのないよう、持っていた携帯電話やお金やパソコンなどを没収され、何も行動が起こせないようにした状態で、上祐が幽閉されることになった東京・世田谷から、長野県の郊外にある施設へと隔離されました。

      長野に移った後も、三女との電話では、わたしが「麻原への帰依」を取り戻すように、麻原に帰依するための「帰依マントラ」を唱えるよう指示があったり、麻原を観想するよう指示があったりしました。

    上祐が幽閉中には、三女からの指示を受けた同居する世話役の信者らにより、上祐の日常の動向や、外部との交信を監視され、携帯電話の通話記録までチェックされていました。

     ○荒木浩が三女と麻原の妻の指示を受けて行動

     わたしが教団活動から排除されてしばらくすると、教団の中では、上祐への反発が、いっそう激化していきました。上祐やわたしなどのいないところで「上祐や わたしなどが、いかに麻原の意思を外した魔境であるか」と糾弾する「お話し会」という活動などが活発化していきました。

    その中心人物は、信じられないことに、少し前まで一緒に上祐の下で秘書をしていた荒木でした。「どうして荒木君が?」と耳を疑いましたが、以下の荒木のお話会に参加した後、荒木氏に、直接、三女と麻原妻の指示により、行動を起こしていることを確認しました。

    ⑩ 細川美香の証言・オウムの総括(証拠)

    ○三女からの電話

     2003年に入ると、今までのアーレフのやり方では、よくないのではないかということにより、改革がスタートしてきました。これは麻原色をなくしていく、 というものでした。この改革は、初めこそ、勢いに乗っていましたが、改革への反発が生じはじめ、徐々に動きが鈍くなっていき、ついには、頓挫することになりました。

    そして、私にとっては、その頓挫は、突然に起こったのです。2003年の6月の下旬のことです。

    その日は、烏山本部に道場のリーダー格の人が集まり、上祐代表とミーティングを行っていました。ミーティングが終わり、その帰り道に仲間の一人と喫茶店に入り、法則の話など、いろんな話をしていたところ、携帯電話が鳴りました。

    その電話に出てみると、聞き慣れない声で、「お姉さん、誰だかわかる?」と言われました。初めはわからなかったので、「誰でしょう、よくわかりません。」と答えました。そして、沈黙何十秒後に、「もしかして、アーチャリー正大師ですか?」といったところ、「忘れてしまうなんて、お姉さんひどいね」と言われたので、「そんなの無理ないですよ、7年以上話をしていないわけですから」と言いました。


    ○三女の「尊師との縁を傷つけたから、このままだと地獄に落ちる」という脅し

    アーチャリー正大師とは、麻原の三女で、松本麗華さんのことです。彼女はなにか周りをひどく警戒しているようで、周りに誰かいないかを確認してから、話を始めました。その内容は、まずは、私の個人的な話から始まり、そのことについて、

    「お姉さんは、尊師(麻原)との縁を傷つけた。

    このままだと地獄に堕ちるから、このマントラを唱えたほうが良い」

     と言われました。それは、脅しと同じような感じでした。

     
    ○三女から、直接会って話がしたいと呼ばれる

    その後、三女は、 「シャクティーパットの影響で、上祐代表の調子が悪い、おかしい」「上祐代表を修行に入れたい」「そのために協力して欲しいことがある」 ということでした。
     
    「できれば、直接会って話をしたい」ということでしたので、指定された場所に向かいました。(中略)駅に着いて、アーチャリー正大師を待っている間、生きた心地がしませんでした。なぜなら、この6月には、私のとって大きな変化出来事がありましたが、それについても悩んでいる時期でもあり、アーチャリー正大師の話次第では、どうなるかわからない、と思ったからなのです。

    「ああ、私はなんてカルマが悪いんだろう」と、半分、泣きそうになる気持ちを抑え、緊張しながら、彼女が来るのを待っていました。

     
    ○三女と二人で駅で会う

    そして、約7年ぶりにアーチャリー正大師と再会しました。彼女は背が伸びており、女性らしくなっていました。駅の改札を出て、あまり人目につかないところ で、立ち話で2時間くらいだったでしょうか、話を聞きました。その内容は、ひたすら上祐代表の悪口(と思えた)でした。彼女の話は、私が腑に落ちない点が いくつかあったのですが、ここで逆らっても仕方がない、と思い、ひたすら話を聞いていました。
      幾分、話をしているうちに、私の緊張も取れていき、十分、話を伝えきれたと思った彼女は、「お姉さん、だいぶ理解したみたいだね。」と言い、「次は、もっとびっくりさせてあげる」と言われ、私を次の場所に連れて行きました。

     
    ○カラオケボックスで、麻原妻と二女、村岡、二ノ宮が待っていた

    再び電車に乗り、とある駅で降り、そこからしばらく歩いて着いた場所は、カラオケボックスでした。そのまま促され、部屋に入ると、そこには、なんと、次女であるカーリー、麻原の奥さんである、知子さん(現松本明香里)がいたのです。そして、二宮さん、その時、一緒にいた仲間も、すでにその部屋にいました。

      私たちは久し振りの再会に、多少の世間話や、昔話をしました。その後、現状の話を少しされました。 そして、まだ、「今から人がここに来るから、呼ぶまで、違う部屋で待機しているように」と言われました。

      違う部屋に行き、もう一人の仲間と待っていたら、村岡さんが来ました。彼女はこの成り行きを知っているようで、余裕な感じを受けました。呼ばれるまで、カラオケを歌ったり、話をしていました。しばらくすると、先ほどの部屋に呼ばれましたので、行ってみると、そこには数名の道場活動の師の人達がいました。

     
    ○三女からの指示

    そして、三女が、上祐代表の問題点をいくつか話をし、最後に、「今日、ここで話をしたことは、決して誰にも言わないように。この場所に集まった人達同士でも話をしないように。上祐代表にも、もちろん言わないように」と、きつく言われたのです。

     
    ○三女から、長男・次男にお布施するよう言われる
     

    さらに、「せっかくだから、長男、次男に対して、お布施ができる良い機会だから、みんなお布施したらどう」と言われました。

      私はそれについては、抵抗があったものの、他のみんなが素直にお布施するのを見て、「ここでしないのも、今後、活動がしづらくなるから、形だけでもしておこう」と思い、お布施をしました。(中略)

     
    ○三女から、チェックが入る

     (中略)そして、次の日の朝、ミーティングで上祐代表に会いましたが、昨日の事がバレたら困ると思い、まともに、顔を見ることができませんでした(中略)烏山に着き、上祐代表に会い、私は自分の体験したこと、そこから出た疑念について、質問しました。そして、しばらく話しをした後、違う部屋で待機しているように言われ、待っていました。

      そこで待っているとき、三女から何度も携帯に電話が入りましたが、一度も出ませんでした。そして、その日のお昼過ぎ、二宮氏が電話を私に持ってきて、出るように言われたので、出てみたところ、三女からでした。

      三女は、私に、「なぜ電話にでなかったか」を聞き、次に、三女に会った人たちがその直後に事故を起こした件について、「上祐代表にその話をしたのは私なのか」と聞かれたので、「そうです」と答えました。」

     
    ⑪ 廣末晃敏の証言・オウムの総括(証拠)

     2004年、三女から私の携帯電話に電話がかかってきました。少なくとも3度にわたり、合計5~6時間ほどの会話となりました。

      その頃の私は、オウム事件を直視しようという上祐に対する批判はおかしいと思って、上祐を擁護する意見を教団内の電子会議室に書き込んだり、隔離されていた上祐とひそかに連絡をとりあったりしていました。その動きを察知した三女からの電話でした。

      最初は「お兄さん、私が誰だかわかる?」と問いかけてきました。私は話しぶりからすぐに三女だとわかりました。そして、おおむね以下のような趣旨の話を三女は続けました。

    ◎あなたは自分が何をしているのかわかっているのか?
    ◎上祐は教団を乗っ取ろうとしているのだ。
    ◎上祐はシャクティーパットの影響でおかしくなった。
    ◎上祐には修行をしてもらい、麻原尊師への帰依を取りもどしてもらわなければならない。
    ◎だから、上祐に接触してはならない。
    ◎あなたはエネルギーが強くて周囲の人を巻き込む可能性があるから、そういう動きをしていることが心配だ。
    ◎上祐に会わないという約束をしてほしい。
    ◎私から電話があったということは絶対に内緒にすること。

    以上の話に対して、納得できない私がいろいろ反論や質問を重ねたからかもしれませんが、三女はその後も繰り返し私に電話をかけてきて、その回数は前記の通り、少なくとも3回にわたりました。

     
    ⑫ 水野愛子の証言・オウムの総括(証拠)

    ○麻原妻と三女の影響力

    しかし、麻原の家族を中心として、麻原への信仰が強い者たちが、麻原を外していく上祐氏の改革に強く反対するようになり、6月下旬(2003年)、上祐氏は突然、長期修行入りという形を取った事実上の幽閉、失脚となってしまいました。それほどまでに、家族、特に妻(松本明香里)と三女(松本麗華)らの権力は強かったのです。

      私は、突然、二宮氏に呼び出され「マイトレーヤ正大師が大魔境です」と告げられ、一瞬言葉 を失うほど驚きました。それまで、「上祐教でいいんだ」といっていたほどの改革派で、上祐氏のパートナーとして、麻原色をなくした導きを推奨してきた二宮 氏の発言とはとうてい思えませんでした。

    ○三女からの電話

    その頃、他の師たちは三女に呼び出されて、知子夫人や複数の正悟師たちから、上祐氏が魔境である旨をこんこんと諭されたということでしたが、私は三女から一度だけ電話があり、

    「グルとの縁を相当に傷つけている。懺悔した方がよい」と言われました。

      上祐氏はその後10月頃までは月に一度の支部説法会には出てきていましたが、そのほかは一切の連絡を絶たれ、パソコンも携帯電話も取り上げられ、警備と称しての監視が続けられたということでした。

    私は上祐氏に傾倒していて同じく「魔境」とされ、9月頃から京都道場での修行を命じられました。それまで担当していた経理やお金、携帯電話も部署のサマナ (オウム用語:アレフの出家者)の管理となり(私が上祐氏と連絡をとらないよう)、私の動向は監視されているのがわかりました。

      24時間なにをしたかの報告を、毎日二宮氏にファクスで送らなければならなかったのですが、なかなか心が向かず修行できないでいると、「なんで修行できないんだ」と怒られたり、抜き打ちで視察されることもあり、ますますやる気をなくしていきました。

    ○荒木浩の上祐批判は、麻原家族の指示

    その後、麻原の妻から、村岡氏を通じて、仕事の指示の変更があったりと麻原の家族が仕事の指示をするようになりました。

    また、麻原が決めたステージ制度が絶対の教団の中で、かなりの下である荒木浩氏が、数段階上のステージである上祐を批判するお話会、を教団内で大々的でき たのかは、麻原の家族の指示だったからでした。上祐氏排斥は「グルの意思」だとまで言われました。これらの強制的なやりかたは、教団上層部の本質が変わっていないと感じさせました。

       家族は形式上は脱会してはいましたが、教団の意思決定には大いに関わっていたことは、サマナなら誰でも知っていることでした。

      なお、この水野の動向が監視されていたことは国の証拠(証拠「SVP師=スッパヴァーサー師:水野のAleph時代の宗教名」)に記載されている。


    ⑬ 吉田恵子の証言・オウムの総括(証拠)

    2004年9月に、アレフの二ノ宮幹部から、アーチャリー派と上祐派のどちらにつくのか激しく迫られる電話がありました。それに即答できずにいると、激しく怒鳴られました。

    翌日、二ノ宮氏と江藤幹部に、カラオケボックスに呼び出され、わたしの機嫌をとるかのように食事などの接待があり、気持ちがほぐれて来た頃、二ノ宮氏は、三女と電話で話をし、私の様子を三女に報告していました。その場で、携帯電話が渡され、三女から話がありました。わたしは三女の家庭教師をしていたこともあります。

    三女は、

    「マイさん(上祐)、魔境なのよ、おかしいの。修行に入らなきゃいけないのよ」と言うので、

    「上のほうでまとまれないのでしょうか?」と聞くと、

    「それは無理!」と言われ、困っていると、

    「どっちにつくんだ、すぐ決めろ!」

    と怒鳴られ、しばらくの間、怒鳴られ続けました。

      一通り三女の怒りが収まったころ、三女は、その場で決められなかった私に対し、

     「お姉さん、修行に入ったら?教学(麻原に帰依する教え)をしっかりしたほうがいいよ、こもって修行して。リトリートにとにかく籠もって、誰の電話もでちゃいけない」と指示をしました。

      その後、わたしの監視役に江藤氏がつけられ、監視されながら、二度ほど、わたしの様子を確認するために、三女から電話がかかってきましたが、私が三女側に付くと即答できなかったために、自分の側に付かないとわかって以降は、電話がかかってくることはなくなりました。

     

     (3)「ひかりの輪」の発足以降も、今現在に至るまで、約15年間にわたって、現Alephは、麻原の家族を頂点とする教団組織を挙げて、上祐ら・「ひかりの輪」をグル否定・魔境として批判し、信者に拒絶を指導しており、一方の「ひかりの輪」は、別に述べたように、麻原・Alephの批判や、その信者の脱会支援を含めた、Alephに対する反対活動を行なっており、両者は対立関係を深めている。

     
    この点に関して、これらの事実を示す証言の証拠(証拠)をさらに追加し、特に、

     ・Aleph代表派・M派の時代(主に2005~2007年頃)の証言、

    ・「ひかりの輪」の発足以降の約5年間(2007年5月~2011年ごろ)の証言、

    ・最近の約5年間(2012~2017年)の証言、

    の三つの時期に分けて、以下の通り、立証を深める。

     

    ① Aleph代表派(=M派)の時代(主に2005~7年3月頃)の証言(証拠)

    ◎A派・Alephの幹部信者の×××××が「上祐らは魔境で、地獄で苦しむビジョンを見たと語る」

    2006年~7年3月頃、アレフ福岡支部長の×××××から、数回の説得があり、「M派の上祐は魔境であり、苦しんでいるビジョンを見た。彼はグルの王権継承者ではなく、それはリンポチェ猊下(※麻原の息子)」などと語り、M派との連絡を絶つために、携帯電話のアドレス等を変更するよう促された。(ひかりの輪会員の××の証言)

    ◎Alephの東京道場の支部長・幹部信者の×××××、××××、××が「上祐ら・M派に行けば地獄に落ちる」と主張し、接触しないように厳しく指導(2005年5月頃)

    Alephの西荻道場で、×××××、××××、××から何度も

    「M派に行ったら、死んだときに恐ろしい目にあい、永遠に地獄から抜け出せない」、

    「いくらM派と接触して、何を言ってきても、彼らは魔境になっているから、自分でも言っていることがわかっていない」、

    「M派の言っていることを信じて行動したら大変なことになる」、
    「M派に誘われても、言ってはいけない。携帯電話は出ないもしくは着信拒否にするように」、
    「あなたがM派に行ったら救済はできないし、もうどうしようもない」、

    「M派には行かないように。行ったら尊師(麻原)との縁が切れる。縁が切れたらおしまいだ。上祐さんは完璧に尊師と縁が切れているから」、「M派の人達と一言でも口をきいたら、カルマ交換になる。話をしなくても、聞いているだけでデータが入ってくるため、接触もいけない。話をしたりしたら絶対にいけない」

    などと言われた。

    その後、M派の勉強会に参加したことがアレフ側にわかったようで、「魔境」扱い、狂っていると思われていたようで、東京道場に入れてもらえなくなった。(ひかりの輪会員の×××××の証言)

     ◎Alephの東京道場の幹部信者の××××、××××が、「(上祐らのように)麻原の家族に逆らうと地獄に落ち、上祐ら・M派に会わないよう」に指導(2005年頃)

    2003年末から、上祐さんは信徒の前に現れなくなり、「シャクティーパットのやりすぎで皆の前に出られる状態ではなくなっている」と教団から説明があった。

    2005年頃、幹部の××××に呼び出され、「東京道場で活動していたアレフ幹部の××はM派の活動をしている。声をかけられも、××、M派の人に会わないように。決してM派の話を聞きに行ってはならない」と告げられた。
    その頃、東京道場に行くと、「上のステージの人(麻原の子女)に逆らうと地獄に落ちるという趣旨のビデオ、「私は大丈夫」とM派の話を聞きに行ってはいけないと戒める趣旨のビデオを繰り返し見せられた。
    しかし、M派の話を聞き、オウム事件を直視する活動に賛同するようなったことがアレフ幹部に知られると、××××に東京道場の面談室に呼び出され問いただされたが、「話にならないですね」と言われ、その後、東京道場内で他の会員からもあまり話しかけられなくなり、自然と通わなくなった(ひかりの輪会員の××の証言)

     ◎Alephの大阪道場長である幹部信者の××××らの幹部信者が「上祐らは魔境、話をするな」と約束させた(2005年頃)

     Alephの幹部が上祐さんを魔境とする指導が終わっており、自分がM派と言ったら嫌悪され、道場長の××から「上祐の話をするな」と強制的に約束させられ、無断でその会話を録音された。

    名前が思い出せないが、××以外の師2名も上祐が魔境との認識だった。上祐派であるだけで、ぼく自身も冷たく制限され孤立していった。ひかりの輪の××××も魔境とされ、上祐派幹部の多くが、Alephから排除された(ひかりの輪会員の××の証言)

    ◎Aleph名古屋道場長の幹部信者の××××が「上祐らに接触しないよう」に命じ、接触を続けると、名古屋教室から排除

    A派から、私が上祐派の勉強会に接触をしていると思われた時点で、Aleph名古屋道場から排除された。
    名古屋の道場長の××××から「代表派の話を他の会員にしないように」と言われた。

    私の実名が書かれた張り紙で、私と話をしないようにと貼られ、名古屋道場から排除された。それ以降、頻繁だったお誘いの連絡は、一切来なくなった(ひかりの輪会員の××の証言)


    ◎Alephの大阪道場の幹部信者の××××や×が「上祐らは魔境で会ってはいけない」と指導

    アレフ大阪道場で、

    「上祐、上祐派は魔境でおかしいことを言っているから信じてはいけない、上祐派と会ってはいけない、連絡が来たらすぐに知らせるように」と××××、×から言われた。

     いかに上祐派がおかしなことをやっているかの資料が配付された(戸隠神社に行ったことなど)。その後、×からも同様のことを聞かされた。それ以降アレフに行っていない(ひかりの輪の会員の××の証言)

     ◎Alephの名古屋教室の道場長の幹部信者の××が上祐らを魔境と批判し、接触しないように指導(2005年頃)

    名古屋の××に、上祐が戸隠神社に行ったりとおかしなことをして魔境である、上祐派と接触しないように言われた。私が上祐派とわかると、道場に入れてもらえないようになり、アレフを辞めた。(ひかりの輪の会員の××の証言)

    ◎Alephの福岡教室の道場長・幹部信者の×××××が「上祐らは魔境、無間地獄に落ちる」と言い、接触しないように指導(2005~7年頃)

    福岡の×××××が「彼らは魔境である」「無間地獄に落ちる」「グルとの縁を傷つけている」「M派に接触しないように」と言われた。何度も聞かされ、そこまで悪口をいうのかとげんなりした。くどいほど、M派に接触しないように言われた。(ひかりの輪の会員の××の証言)

    ◎Alephの大阪・広島担当の幹部信者の×や××が「上祐らは魔境で地獄に落ちる」から、接触しないように指導(2005~6年頃)

    広島市で、×や××××から「M派と関われば魔境になる。上祐は魔境で地獄に落ちるから関わるな!」「M派から電話連絡があれば出てはならない」等言われた(××の証言)

    ◎Alephの東京道場の道場庁の××・××・××らが「M派は麻原の意思に反した外道」であり、接触をしないように指導したこと(2005年の夏以降)

    東京道場で、××××、××××から、「M派の××の誘いを受けましたか?」と聞かれ、受けた、いい印象だった、と答えると、「そんな話を聞いても仕方がない、意味がない」と言われ、「M派の話を聞かないように」と圧力を受けた。
    その後、幹部の××××からも「ぶれないように(麻原の意思に反しないように)」と高圧的な態度で言われた。××はM派は外道であると認識していた。A派はM派を「オウム・アレフ以外の宗教」「麻原の意思に反した団体」と認識していたことは明らか。(ひかりの輪の会員の××の証言)

    ◎福岡の道場長・幹部信者の×××××から、上祐らに接触していため「無間地獄に落ちる」と脅された(2005年頃)

    アレフ福岡道場で、×××××より「M派は無間地獄で魔境に墜ちる」「グルとの縁が切れて地獄に落ちる、魔境になる」と脅されていた。脱会時も引き留められ、「グルとの縁が切れて地獄に落ちる、魔境になる」と何度も言われた。(××の証言)

    福岡の×××××から「グルの意思に反することや否定すると、無間地獄に落ちてしまいますよ」「グルとの縁が切れてしまいますよ」と脅しとも受け止められることを言われた(ひかりの輪の会員の××の証言)

     

    ② ひかりの輪発足からの5年間(2007~2013年)(証拠)

    ◎Aleph東京の幹部信者の××や札幌の幹部信者の××が「上祐らは魔境で、精神異常が出ている」として批判(2008年頃)

    アレフの出家信者の××××氏や、札幌支部の××氏とメールでやりとりするようになり、アレフの情報を得ようと、上祐氏ともメールのやりとりをした結果、入会寸前でアレフに入ることを思いとどまった。

    ××は、
    「アレフの方から、ひかりの輪、上祐氏は、魔境と呼ばれている。上祐の教え子も精神異常が出たり、入会はおすすめできない。上祐氏独自の理論で展開しており、解脱のための高度な修業法は教えてくれない」
    「上祐氏の考え方は本質的に間違えている」
    「Alephに入会したらよいです。そのときは上祐さんは忘れたほうがいいです」

    と言ったが、上祐らと接触続けて、入会を思いとどまると、××は、、

    「洗脳されましたね。あれほど、切りなさいと言ったのに・・・」
    「上祐さんはアレフを出たときから成就者ではなくなってしまいました」
    と言い、「これ以上、上祐さんと連絡するなら残念ですが、私とは縁が切れます」
    と言って、自分と会うことも拒絶した

    (Alephに入会寸前のところ、上祐の脱会支援で思いとどまった××の証言)

    ◎Aleph最高幹部二宮や、幹部信者の××・××・××・××・××らが、「上祐らを魔境、悪魔扱い」し、ひかりの輪に接触しないように指導(2007年~8年頃)

    八潮の光音天でのセミナーで、二ノ宮耕一氏が、「上祐君は魔境に入った」と言っていた。

    西荻窪道場や光音天は、4人のアレフの幹部達(××××、××××、××××、××××など)が、当然のようにひかりの輪を「悪魔」呼ばわりして、アレフの信徒がひかりの輪の人と接したりしたら、何時間でもお説教をされるという状況でした。

    東京本部の××××は「もし、ひかりの輪の人たちから脱会の勧誘があったら連絡しないでくれと言うように」指導していました。(2009年頃、Alephに排除された、現ひかりの輪会員の××の証言)

    ◎Aleph京都道場の出家信者がひかりの輪を「魔境」と批判(2007年~2008年頃)

    Aleph京都道場の出家信者が「ひかりの輪は魔境である」という話を繰り返ししていた(ひかりの輪の会員の××の証言)

    ◎Alephの東京道場長の幹部信者の××や××が「上祐らは魔境で、会わないように」指導(2009年頃)

    東京本部の××師補から「上祐氏は魔境だから修行に入っている」と言われ、2008年に、東京道場の道場長・××××から「ひかりの輪の人に会ったのではないか」と問い詰められ、「魔境だからひかりの輪の人には会わないように」と指示された。(××の証言)

    ◎Alephの金沢同場長の幹部信者の×××××が、「ひかりの輪は魔境で接触しないように」指導(2011年頃)

    警察がきたことで、何かアレフの関係で出来事があったのかと思い、久しぶりに昔の知人であったアレフの信徒に電話すると「Alephの金沢道場の×××××から、ひかりの輪は魔境だから、ひかりの輪の人から連絡があっても関わらないように言われているので話ができない」と言われ、話をすることができなかった(ひかりの輪の会員の××の証言)

    ◎Alephの幹部信者の××が、麻原を批判する上祐らに接触しないように指導(2013年3月頃)

    アレフの覆面ヨガ教室・Alephの××(※××××のこと)に、「ひかりの輪の上祐さんは麻原さんのことを批判しているから、上祐さんが言っていることを見たり、読んだりしたらいけない(ひかりの輪のHPも含む)」と言われました。(ひかりの輪で脱会支援を受け脱会した××の証言)

     

    ◎Aleph出家信者がひかりの輪を「魔境」と否定(2013年頃)

    アレフの覆面ヨガ教室の先生の女性(Aleph出家信者)から、「ひかりの輪は魔境である」と聞きました。(ひかりの輪で、Aleph(の覆面ヨガ教室)からの脱会支援を受け脱会した××の証言)

     

    ③ 最近の約5年間(2013~2017年)の証言(証拠)

    ◎Alephの福岡道場の幹部信者の×××や××が「ひかりの輪は大魔境・地獄に落ちる」と批判(2016年)

    アレフで5年間信者で活動していたSは、福岡の道場で、アレフ福岡道場で、大阪からたまに来る師の×××××や××(男性の出家者)が、「ひかりの輪は大魔境です。あの人たちは地獄に落ちる。グルとの縁を傷つけている」と批判をしていたと聞いた。

     そのSが、自分でアレフに導いたHの脱会支援をした際には、Hも「ひかりの輪は魔境。かかわらないように。地獄に落ちる」という批判を数回にわたって聞いた(元Alephの福岡道場の会員のS)

     ◎Alephの名古屋道場の出家信者らが、「ひかりの輪は魔境」と批判(2017年4月頃)

    Alephの出家信者である×と、信徒の女性2名が、ひかりの輪で、Alephの脱会相談を受けて脱会することにした者(××)に、

    「彼らは魔境に墜ちた人達だから彼らの言うことをまともに聞いてはいけない」

    と厳しく批判(ひかりの輪で脱会支援を受け脱会した××の証言)

     ◎Alephの福岡幹部信者が、ひかりの輪を「変な道」と批判(2017年7月頃)

    福岡の出家信者・×××××が「最近新しい人がひかりの輪に相談して、すぐやめちゃうんですよね。変な道にいっちゃって残念だったよね」と聞いた。

    ×××は、新しい人が、ひかりの輪の脱会支援で止めることに、非常に迷惑そうにしていた(ひかりの輪が脱会支援し、Alephを脱会した男性R・Iの証言)

    ◎Alephの福岡道場の幹部信者の×××××がひかりの輪との接触を批判(2017年4月~5月)

    アレフの福岡道場の×××××が、ひかりの輪の××に相談して、アレフを辞めること決めたKKに対して「えーどうしてそんなところに相談しちゃったの」となど厳しく批判(ひかりの輪の脱会支援を受けた脱会したKKの証言(証拠))

    ◎2018年の最新の事例

    Aleph幹部複数が、××××に、ひかりの輪との接触を厳しく禁じたこと。しかも、かつて麻原・オウムが悪魔とみなして敵対視しサリンの散布を試みた創価学会(証拠)との接触は許し、ひかりの輪との接触を厳に禁じており、今やひかりの輪がAlephにとって、「創価学会以上の最大の悪魔」と見られていることがわかる(証拠)。

    しかしながら、それでもAlephと「ひかりの輪」は同一団体であるという国の主張に基づけば、Alephと創価学会は、Alephと「ひかりの輪」よりもさらに密接な同一団体ということになる。そのような主張が常識から大きくかけ離れた理不尽なものであることは、論をまたない。

     

    (4)A派が上祐らを「グル外し」「麻原の意思に反する」「グル否定」と厳しく批判・排除した事実は極めて重い。

    まず、仮に、上祐らの言動が、公安調査庁が主張するような単なる麻原隠しであったり、麻原の意思に基づいたものであるならば、麻原の意思を実践するA派が、上祐ら(および上祐らに一定の理解を示した中間派を含め)を、これほどまでに激しく批判し、教団活動から徹底して排除し、脱会・除名に追い込むはずがない。これは、オウムの教義上、麻原への帰依として大きな悪業になるために、できないはずである。

     さらに、Aleph教団の出家信者こそが、麻原・オウム教義の第一の専門家であって、A派は、その中で圧倒的多数=出家信者の8割を占めていることも重要である(当時)。

    上祐らM派は、2割ほどに過ぎず(「ひかりの輪」「ひかりの輪」の発足時のメンバーでAlephの元出家信者は56名で、アレフ全体では300名ほど)、当時のアレフの圧倒的多数が、上祐らM派の行動は、麻原の意思・麻原への帰依ではなく、自分達の意思のために麻原を用いた(利用した)ものであり、利用するという形での依存が残っているにすぎないと判断したのである。

      この点に関して、たとえオウム・Alephを調査しているとはいっても基本的には部外者にすぎない公安調査庁が、自分たちなりの解釈で上祐らの行動を解釈したとしても、それはA派に及ぶものではなく、過ちといわざるを得ない。

    ここでの重要なポイントは、すでに述べたとおり、「麻原への(絶対的な)帰依」とは、通常は大きな悪業とされる殺人や麻原への不敬行為を行う場合は、厳密に「麻原の言葉通りに」に実行しなければならず、さもなければ大悪業になるというのがオウムの教義である。言い換えれば、弟子たちが勝手な解釈をすることは「絶対的な帰依」とはならないということである。

    そして、国も認めるように、麻原を頂点とするオウム・Alephの位階制度に基づいて行動するAleph信者は、もっぱら麻原の家族の意思に従って活動することが麻原への帰依となり、そうしないいわゆる中間派はAlephから排除され、Aleph組織全体が結果として反上祐らの体制となる構造がある。

    麻原の家族が、国が認めるように上祐を激しく批判・排除し、魔境と言い、上祐らと接するなというので、それを麻原への帰依の一環として、Aleph組織全体がそのように行動することは議論の余地がない。

  • 【6】「麻原を王とする」政治目的を有さず、そのための違法行為を否定してきた事実(2019/02/28)

    前の記事に引き続き、ひかりの輪が観察処分取り消しを求めて裁判所に提出した書類を、以下に掲載します(読みやすさやプライバシー等を考慮して、一部、削除したり伏字にしたりしている箇所があります)。

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    【6】「麻原を王とする」政治目的を有さず、そのための違法行為を否定してきた事実


    ここでは、これまでに述べた「ひかりの輪」の活動の経緯に基づいて、「ひかりの輪」が、本件観察処分上の政治上の主義を維持しておらず、無差別大量殺人を行う可能性がなく、本件観察処分が全く不要であり、本件被処分団体に含まれないことを述べる。

     

    (1)本件の政治上の主義の有無が、被処分団体の危険性の有無の根源・焦点であるにもかかわらず、国は、「ひかりの輪」が政治上の主義を維持しているという証拠を一切示していないこと。

      本法第4条1項が規定する通り、「無差別大量殺人行為とは、破壊活動防止法(以下「破防法」という)4条1項2号へに掲げる暴力主義的破壊活動(注・政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する目的を持ってする殺人)」であり、政治上の主義の実現等を目的としたものとされる。

    それを踏まえ、国は、自らの一審の国準備書面(1)で認めるように、

    「両サリン事件は、いずれも松本が独裁者として統治する祭政一致の専制国家を樹立するという政治上の主義を実現するために本団体の活動として敢行された無差別大量殺人行為による事件である」(同準備書面p8)であり、「無差別大量殺人行為が団体が持つ一定の目的達成(=上記の政治上の主義)のために行われている場合には、反復して行われる可能性が高いという特性がある」(同準備書面p8)

    とし、本法の主旨・目的とは、

     「過去に無差別大量殺人行為を行った団体が、現在も無差別大量殺人行為に関する危険な要素を保持していると認められる場合に、(中略)公共の安全の確保に寄与するために制定された」と結論した。

    これらの国の主張に基づいて、その逆を言うならば、「ひかりの輪」が、無差別大量殺人行為の目的・動機である「松本が独裁者として統治する祭政一致の専制国家を樹立する」という政治上の主義を放棄して離れているならば、無差別大量殺人行為を繰り返す危険性はなく、その危険性を前提にした本件処分は不要であり、違法であるということになる。

    しかしながら、極めて重要なことに、一審及び控訴審の国の主張を見ても、「ひかりの輪」が依然として政治上の主義を維持しているという主張と証拠は一切見られないのである。

    例えば、一審の国準備書面(1)は、p5以降で、まず、オウム真理教の教義は、タントラ・ヴァジラヤーナ、ポア、マハームドラーの修行、麻原への絶対的な帰依、五仏の法則など、殺人を肯定する教義を有しているとし、p14以降で、「ひかりの輪」が、松本とその教えに帰依をしているなどと主張し、控訴理由書も全く同じ主張・論理構成なのだが、肝心要なこととして、「ひかりの輪」が、単に麻原やその教えをどう思っているかではなくて、本件処分時においても、上記の政治上の主義をオウム真理教の教義と結びつけて維持し、すなわち、依然として「松本が独裁者として統治する祭政一致の専制国家を樹立するために、武力行使=無差別大量殺人を行うという意思・思想を維持している、という点が、一切証明されていないのである。

    しかしながら、松本を独裁者ないし王とする祭政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義という目的・動機がなければ、その実現の手段にすぎない、上記の各危険な教義があったとしても、無差別大量殺人行為が反復されることはなく、その危険性に基づいた観察処分は必要・適法ではない。

    わかりやすく言えば、かつて政治上の主義を動機としたいわゆる過激な宗教集団が、時とともに、その過激思想(政治上の主義)から脱して、穏健派に変わることはよくあることであって、それゆえに本法も時の経過とともに本法の廃止を含めた見直しを求めているにもかかわらず、国は、「ひかりの輪」が依然として政治上の主義を維持しているという証拠を一切示すことができていないのである。

     

    (2)関連する一審の判決の認定

     この点に関して、一審の判決は、

    ①本件期間更新時においては、一連の事件から久しく、麻原も長期間収監中であることなどから、武力を行使して麻原を独裁者ないし王とする祭政一致の専制国家体制を作るという本件の政治上の主義が、オウムの教義と密接不可分とは言えず、仮に結びついていても構成員がその実現のためにどのような手段(無差別大量殺人行為)を取るかは不明であり(P94~95)、さらに.

    ②A派とM派の対立に見られるように、オウム真理教の教義は、その絶対的帰依という教義の本質的な部分さえ多義的であって、各人により解釈が異なっているから、同教義を共有している者たちであっても共同の行動をとるとは言えず、一つの組織としての意思決定がなければ、(無差別大量殺人行為に向けて)、共同の行動をとる一つの団体ということはできないとし(p94)、その上で、(政治上の主義を維持している可能性がある)アレフ=本件被処分団体と、「ひかりの輪」は同一の団体とはいえないと判断した(P99)。


    (3)「ひかりの輪」は、Aleph時代から、政治上の主義と違法行為を強く否定してきたおり、それがA派・Alephから脱会・独立した一つの動機となったこと。

     本件の政治上の主義は、麻原・オウム真理教の予言的な世界観に現されている。具体的には、1988年末ごろより、麻原が新約聖書のヨハネ黙示録などを解釈して、以下の通り形成されたものである。

    ① 今の世界は、善業多き魂=オウム真理教などの真理の実践者と、悪業多き魂=オウム以外の社会一般や間違った宗教の実践者に二分化されており、悪業多き魂がこの世を支配しており、善業多き魂を弾圧していること。

    これを現実の世界に当てはめて、麻原と教団は、1989年から始まった一連のオウム  事件に対する警察による捜査、マスコミによる教団の批判報道、さらには、1990年の選挙の敗北などを選管の投票操作などとして、陰謀的な弾圧と主張した。

    ② しかしながら、将来はキリストとその弟子・聖徒である善業多き魂が、力=武力=タントラ・ヴァジラヤーナの実践によって、悪業多き魂を滅ぼして(ポアして)、真理の世界を作ること。

    これを現実の世界で実現するために、麻原と教団は、まず1989年に教団に反対する坂本弁護士を殺害し、1990年前後から、教団武装化の研究・実験、いわゆるヴァジラヤーナ活動を始めた。

    1992年末前後から、教祖麻原が闇の国家権力から毒ガス攻撃を受けていると主張しながら、1993年頃から教団武装化の研究・実験を本格化し、麻原が1997年までに武力行使して政権を奪取し、麻原が日本の王となる専制国家が樹立することを宣言した。

    1994年には松本サリン事件を発生させて、疑似的な戦争状態と認識して、ついには地下鉄サリン事件を発生させるに至った。単なる政権奪取の武力革命ならば政権中枢を狙うはずだが、そうではなく松本や地下鉄の一般大衆を対象としたのは、今の大衆は、麻原が言う真理の実践をしない者がほとんどであるから、予言に従って大量にポアして、善業多き魂の世界を作るという予言の解釈によると思われる。なお、麻原は「97年真理元年」というヴィジョンを見て、1997年までに麻原が政権奪取して年号を真理元年に変更するべきという趣旨の主張・指示を弟子たちにした。

     これらは、麻原の裁判での判決、国の主張・証拠、逮捕前の麻原・教団の予言関係の書籍・説法から確認することができる(たとえば、証拠)。

     さらに、国の証拠の麻原の獄中メッセージ(証拠)の中にも、①99年に真理の弟子が集まるという予言を信じるべきであること(1996年6月14日の「KAMI 37」の1ページ)②97年がやはり真理元年であること(「KAMI 51」の下から3行目~)、③国の生活保護に依存することは宗教的敗北になること(証拠)、④陽神(神のような自在な身体)を得るから安心すべき(証拠の「破防法について」、証拠、証拠の「マノーサンカンタムッタの質問に答えて」、証拠の「村岡さんへ」、証拠の「伝言」)という主旨のものがある。こうして、獄中からも麻原が信者に、予言を信じるべきであり、自分は刑死せず、復活することを期待させるメッセージを出した。

    また、麻原の説法では、

    1.繰り返し、警察・マスコミは悪魔の手先であるとしており(証拠)、

    2.教団を批判するマスコミや外部の情報を遮断すべきこと(証拠)、

    3.教団・出家に反対する親は悪業多き魂として関係を断っても出家すべきこと(証拠〈88/7/31麻原説法〉)、また、一審のひかりの輪準備書面(1)第5(p250)で述べた通り、親(の介護など)を出家よりも優先すべきでないこと(証拠〈88/9/21麻原説法〉)、

    4.他の宗教、日本の宗教を外道として、従うべきではないとし、弘法大師・真言宗を否定し、日蓮宗・創価学会を(法華経地獄に落ちる者などとして)否定し、聖徳太子さえも見下している(証拠)。

     

    (4)上祐らは、獄中とアレフ時代から、麻原の政治上の主義と違法行為を否定してきたこと。

    前記第6の1で示した通り、上祐は、その獄中ノートで、麻原の予言は絶対視できないこと、麻原を唯一絶対としないことを記載している(証拠)。

    そして、前記の通り、上祐は教団に復帰した初年である2000年においても、実際に重要な以下の行動に出る

    1.2月に、公に麻原の事件関与を認め、祭壇からその写真をおろし、瞑想家に格下げ。
    2.3月に、麻原の奪還を図ったシガチョフを国内外の警察に通報・協力して摘発。
    3.7月に、麻原の事件関与を認めた上での被害者賠償契約を締結。

    さらに、前記第6の1で述べた通り、上祐は、外部向け・表向きではなく、教団内部に裏表なく真実として、麻原の事件関与=無罪釈放の否定を明言し、事件は肯定できず反省すべきだとし、麻原の予言・復活を否定し、刑死の見通しを説法するなどして主張した。時系列的に言えば以下の通りである

    1.2000年:出家者には、予言・復活を教団復帰の当初から否定した。
    2.2002年:在家信者に麻原の死を前提としたヴィヴェーカーナンダの話を説法。
    3.2003年1月頃:国の証拠(証拠:平成15年1月26日の横浜道場での説法)のように、在家信者に対して、麻原が復活せず刑死することを初めて明確に話す。
    4.2003年:埼玉県草加の団体施設での全出家者と在家信者多数を集めた総会にて、

    全信者に麻原の事件関与を明言して陰謀説を否定、事件は反省すべき悪業とした。
    5.2004年末以降:上祐派の会合・ブログで、麻原らの事件関与を直視・反省した。

    これらの事実は、第6の1に示した上祐、「ひかりの輪」の指導員ら専従会員の陳述書、当時のM派の会合資料・ブログの記載などで明らかである。

     

    (5)これらの上祐の活動は、表向きではなく、真実の麻原の相対化だったこと

    これらの上祐の言動は、決して外部社会向けの表向きのものではなく、教団内部のものであって、真剣なものであった。よって、麻原を絶対とする麻原家族ら=A派は、グル隠しではなく、グル外し・グル否定であるとして、必死に批判・攻撃・排除することに至った(証拠)。

     こうして、本件観察処分の政治上の主義にあたる麻原の予言や復活の否定は、麻原の絶対性の重要な否定であって、麻原の相対化にほかならず、国のグル隠しという評価は根本的な誤りである。

    それゆえのA派の激しい反発は、第7の2で詳しく立証したとおりである。麻原家族を教団内で代弁する荒木や××によるお話会や信者教化資料の見解では、上祐らの言動は、グル隠しではなく、グル外し・グル否定であると明言されている。こうして、麻原隠しではなく、真の麻原の相対化であることが事の真相である。

     この点にかんして、改めて具体的に要点を説明するならば、上祐は、麻原が事件への関与を否定し、獄中でも予言・復活の説法を継続し、麻原の家族を麻原に準じる教団の最高位に置いたにもかかわらず、それに反して、

    1.麻原の事件への関与を認め、
    2.その事件を悪業として反省すべきと主張し、
    3.麻原が許可していない麻原の事件関与を認めた上での被害者賠償契約を締結し、
    4.麻原の家族が称賛した、麻原を奪還を図った信者を「悪魔の手先」であるはずの警察と協力して摘発し、
    5.麻原の予言・復活を否定して、刑死を前提とした活動を主張し、
    6.違法行為であれば麻原の家族のそれさえも批判している。

    こうして、上祐らの言動は、麻原が予言に従って復活し、王となるという政治上の主義を完全に否定するものであり、それは「麻原の相対化」にほかならない。よって、麻原を絶対とするA派が、グル外し・グル否定と解釈したのは当然である。

    そして、国が、上祐の行為が単に麻原への絶対的帰依を内心に隠している(グル隠し)と評価することは明らかに間違いであって、これは、上祐が三女へのメールで、グルを隠すことはしないと述べていることからも分かる。これは、教団の極めて内部におけるやり取りだから信用性が高い(証拠)。

    そして、この経緯の本質をまとめるならば、教団復帰初期の上祐は、麻原への帰依を説法などで表明はしていても、同時に、政治上の主義を否定している。この点においては、麻原の絶対性を否定しているから、麻原を相対化しているということである。


    (6)政治上の主義の否定の重要性

     前に述べた通り、麻原の政治上の主義への帰依がなく、その意味で麻原が相対化されていれば、その政治上の主義が根源である無差別大量殺人行為の危険性は消滅しており、観察処分は不要と判断されるべきである。

    この点が、政治上の主義の存否は不明、教義の本質も多義的・解釈多様であり、麻原隠しか否かは、「ひかりの輪」と(政治上の主義を維持している可能性がある)Aleph・被処分団体との同一性の根拠とならないとした一審の判決の趣旨でもある。

    また、国のいうオウム真理教の教義とは、政治上の主義と結びついたものであり、上祐による政治上の主義を否定した相対化された麻原とその教えは、本件被処分団体についていわれるオウム真理教の教義とはいうことはできない。いわば偽オウム真理教の教義であって、上祐らが改訂した教義であり、「ひかりの輪」は、「麻原が教祖・創始者」とも言えず、「オウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、麻原とその教義に従う者」ということもできない。


    (7)上祐らの行動は、現実的・合理的・合法的な団体形成のためには、唯一の現実的な手法・行動だったこと

     上祐らは、初期段階において、政治上の主義・予言復活を否定しつつも、麻原やその言葉を肯定して、麻原を全面否定せずに、相対化しながら、段階を追って麻原から脱却してきた。

    この理由は、
    ①麻原の予言・政治上の主義は否定し、その意味では麻原を相対化していても、過去の帰依の習慣から、即座に麻原を完全・全面的に脱却することは困難であったことと、
    ②麻原を絶対とするA派の多数派信者の強い批判・圧力に抗して、教団を合理的・合法的な路線に導くために、唯一の現実的な手段・道程であった。

    その中では、信者に(最も)効果の高い麻原の言葉で、政治上の主義・違法行為を否定したこともある。

    しかしながら、
    ①上祐らの行動は、前記の通り、度々麻原や麻原の家族への帰依よりも、   政治上の主義と違法行為の否定を優先させるという内実を有していたこと、
    ②そもそも麻原の性格からして、妄想的・非合法的な教え・指示が現実的・合法的な指示よりも多かったなどもあって、麻原の一部の現実的・合法的な教え・指示を用いる手法も、全体としては無理な面もあった。

    結果として、前記第6の1や第7の2に示した通り、麻原の家族・A派の強い反発と上祐の排除=幽閉を招いた。また、前記第6の1に示した通り、「悪魔の手先」である警察と協力したこともあって、公安のスパイという噂がA派の中でささやかれるに至り(証拠)、上祐に毒を盛る話も出たほどである(証拠)。

    しかし、前記第6の1で述べたとおり、上祐は、幽閉された後も、麻原の子女に逆らって、違法行為の否定と防止は続け(ケロヨン事件)、やはり自分が合法的な団体運営を進めるべきだということを動機の一つとして幽閉から自力で脱出し、その後は、麻原の家族の違法行為の疑惑をも批判し、本来麻原に準じて従うべき麻原の子女に逆らい続けた。

     

    (8)新団体の設立自体が、政治上の主義と違法行為の否定が目的だったこと

    そして、前記第6の1で述べたように、M派立ち上げの後も、麻原の家族には、合理的・合法的な団体運営を行う様子がなく、さらに、2006年春には、麻原の控訴が東京高裁で棄却され、さらには、家族が自ら違法行為の疑惑を作り続けた(訴訟詐欺疑惑)。

    よって、上祐らは、このままでは、将来的に家族らA派の盲信・狂信と違法行為・集団自殺などに巻き込まれていく恐れが高まったと感じ、もはやA派と同じアレフ教団では、合理的・合法的な活動はできないとして、教団内での改革を諦めて、脱会・独立した新団体の構想の検討を開始したのであるが、この事情は、前記第6の1で示した通り、国自身が証拠提出した、上祐の小諸道場での説法の証拠(証拠)でも明らかである。
    よって、この新団体構想の主眼は、観察処分逃れの麻原隠しの団体を作ることではなく、A派の麻原の盲信と違法行為から逃れて、合理的・合法的な活動をする団体を形成することであり、観察処分の脱却は、その自然な結果以上のものではない。

     

    (9)「ひかりの輪」の発足後も、政治上の主義と違法行為の否定に努めたこと

      そして、「ひかりの輪」の発足以降も、一審のひかりの輪準備書面(1)第3・第4や、前記第6の2・3などで述べた通り、「ひかりの輪」は、以下の通り、政治上の主義と違法行為の否定に努めてきた。

    ① 発足以来、今日まで、基本理念や団体規約で、麻原とその危険な教えと事件を否定し、違法行為を禁じ、これを浸透させる努力を継続してきたこと。なお、発足初期には、麻原の事件を肯定するなどした会員(現在既に死亡)1名が自主退会したことがある。

    ② 発足以来、今日まで、多くの説法・メッセージ・教本・書籍・トークイベントで、繰り返し、麻原とその事件、その原因となった予言思想(政治上の主義)や危険な教えを否定してきたこと(証拠)。

    ③ 発足以来、今日まで、麻原の教えでは「悪魔の手先」とされた警察関係者、報道関係者、オウムに反対した親・他の宗教を含めた外部者と交流をしてきたこと。

    具体的には、一審のひかりの輪準備書面(1)の第3(脱麻原の改革)や第4(反麻原アレフの活動)や、前記第6の1~3などで示した通り、
    1.警察・公安調査庁への情報提供をし、
    2.かつて敵対した報道関係者とも協力して、オウムの反省・総括する情報発信(有田氏・江川氏)や、アレフの諸問題を告発し、
    3.内観を導入して、親に対する感謝をふかめ、親との交流を再開して、さらには、専従会員の親の介護に協力し、団体活動よりも優先させ、
    4.麻原・オウムが外道として否定した日本各地の宗教・宗派の聖地を巡礼し、様々な宗教家と交流し、それから学んだこと。
    5.外部監査委員の出羽山研修も受け、外部の宗教学者の調査を受け入れ、
    6.非会員・一般人に開かれた団体を作り、
    7、その他一般の識者・その他と交流してきた。

    ① 2008年に、個人と団体の総括で、オウムの政治上の主義と違法行為を否定・反省・総括して、その後(2017年)も再総括を行なった

    ② 2009年には、被害者団体と賠償契約を再締結し、以降今日に至るまで、その義務を履行し続け、2011年の末に、団体の活動を監査するための外部監査委員会を発足させ、サリン事件被害者遺族である河野義行氏や犯罪更生を専門とする大学教授に監査委員に就任していただいた。

    ③ 脱会した後も、アレフの違法性に対して告発・解決の努力を続け、1.アレフの危険性・違法性に関 する情報発信をマスメディアを含めた様々な媒体で行い、2.激化したアレフの詐欺的な新しい信者の教 化活動に対しては、脱会支援活動を継続してきたこと(特に2012年から本格化したこと)、2012年からは、 アレフの著作権侵害の疑惑に対して、被害者団体に協力を行った。

    (10)その結果として、発足以来、合法的な団体運営を実現したこと

    「ひかりの輪」は、発足以来10年の間、専従会員は逮捕・起訴されたことがなく、団体の活動に関しては、一般会員(非専従会員)も逮捕・起訴されたことがなく、その他の民事訴訟の被告にもなっておらず、いわゆる公安捜査のための強制捜査はあったが、不起訴であった。

    さらに、「ひかりの輪」は、公安調査庁の違法行為さえも正す努力をしてきている。一審のひかりの輪準備書面(1)の第2で示した通り、公安調査官(風間寛之)が、立入検査の情報を漏らすという国家公務員法(守秘義務)違反を犯し、なおかつその証拠隠滅に「ひかりの輪」の会員を巻き込もうとした際も、同会員が団体の活動を見て改心し(改心した当時は既に脱会)、「ひかりの輪」に告白した。

    それを受けた「ひかりの輪」が同調査官を東京地方検察庁に告発して、公安調査庁の違法な調査を正して、法令順守を促すなど、逆の立場にさえなった努力をしている(証拠)。

    また、これに関連して、公安調査庁から違法なまでの謝礼金を受け取ることについて、外部監査委員会とも相談して、それを取りやめた努力もしている。

    一方のAlephは、「ひかりの輪」の発足以来、被害者団体との賠償契約の不履行と著作権に関する民事上の問題が発生し、被害者団体が調停を提起したが、長年の争いの結果、合意を拒否して、昨年末に決裂するに至っている(証拠)。

    また、Alephの出家者は、昨年2017年の検査忌避事件(罰金処分)など、団体活動に関連して有罪が確定した刑事事件があり、在家信者も、団体の活動=布教に関連して、有罪が確定した事件(証拠)がある。

     

    (11)政治上の主義と違法行為の一貫した否定は、国の証拠にも明らかである

      第一に、国が引用した(上祐の新団体に関する)多くの説法は、よく見れば、麻原の刑死をその前提にした話である(ヴィヴェーカーナンダに関する各説法、2003年1月26日の横浜道場説法〈証拠〉、2006年4月15日小諸道場説法〈証拠〉など)。

    なお、ヴィヴェーカーナンダが、自分の師を出さずに欧米で布教した話は、上祐が麻原隠しを構想した証拠には全くならないが、政治上の主義を否定する点では、「ひかりの輪」側の主張の証拠となる。

    ヴィヴェーカーナンダは、師を前面に出さなかっただけで、師を意図して隠してはいない(証拠)。またヴィヴェーカーナンダが接する人は、その師のことは知らなかったが、上祐の場合は、麻原との関係は、自分自身でも、そして社会全体が明らかにしているから、それを知らずに「ひかりの輪」に参加する人はおらず、上祐が後から麻原の名前を出して再評価を求める意味・現実性は全くなく、逆に、上祐の反省を信じてきた「ひかりの輪」の参加者に、失望を招くだけである。

    また、そもそも、仮に多少の再評価がなされたとしても、獄中の麻原が、日本の王になることなどはありえず、さらに麻原が刑死すれば、いうまでもなくそうである。そして、現在は麻原の刑死が間近となり、「ひかりの輪」の参加者は全て、上祐らの反省を信じている者たちであるから、この説法がなされた15年ほど前の状況に比較してもいっそう、麻原を日本の王とする政治上の主義とは無関係であることは明白である。

    よって、この話は、信者が麻原の刑死の見通しに失望せずに、ポスト麻原の時代を前向きに受け入れて、上祐らの現実的・合理的・合法的な路線に導く一種の方便であると解釈すべきで、だからこそ、A派は、麻原の死を前提としたヴィヴェーカーナンダの話で、上祐は麻原を外したいだけだと考えたのである(麻原外し)。よって、麻原隠しの根拠とするのは、公安調査庁のみの誤解である。

    第二に、国が提出した荒木浩陳述書(証拠)には、上祐が三女に対して違法行為の防止の徹底を主張し、三女の違法行為を批判したメールを出していることがわかるものがある。また、A派の××××のメールには、上祐らが麻原の信者の違法行為の摘発のために公安との協力を行ったことを批判している事実が分かるもの(証拠)がある。 

     

    (12)国が主張する麻原隠しは、政治上の主義とは全く結びつかず、「ひかりの輪」の政治上の主義の否定は明白であって、観察処分は棄却されるべきであること。

      仮に国が主張するとおり、「ひかりの輪」が麻原隠しの団体であったとしても、前記の通り、国の証拠からさえも、「ひかりの輪」の政治上の主義と違法行為の否定は、明らかとなる。

    というのは、前記の通り、麻原隠しの団体は、麻原を日本の王にする政治上の主義とは、明らかに何の関係もなく、その政治上の主義の実現の準備・助け・手段には全くならず、そのための活動とは認められないからである。

    そして、本件観察処分の被処分団体における「オウム真理教の教義」や、「オウム真理教の教義を広めて、これを実現すること」という本件の「特定の共同目的」は、本法の無差別大量殺人行為の定義の関係上、本件の政治上の主義に結びついたものでなければならないから、上祐らのアレフ時代の初期段階に行ったこと、すなわち政治上の主義を否定して、麻原を相対化した後に残ったオウム真理教の教義の実践とは、いわば「偽(ニセ)オウム真理教の教義」であって、本件被処分団体のオウム真理教の教義ではない。

     さらに、発足後の「ひかりの輪」は、前記の通り、政治上の主義・麻原の予言に関して、明確な論理をもって総括して否定し、政治上の主義=予言の社会観に逆行した行動を多数取っており、さらには、麻原の死刑執行に賛意を示し、一般人が知らない、その必要性を情報発信している(証拠)。

    そして、一審の判決の認定の基本となるものも、この「ひかりの輪」の主張と同じ趣旨のものと解釈することができる。

    すなわち、一審の判決は、

    1.今の時点では、政治上の主義がオウムの教義と密接不可分ではなく、
    2.A派とM派の対立のように、絶対的帰依というオウム真理教の教義の本質的な部分さえ多義的であり、個々人の解釈・行動は異なり、
    3.「ひかりの輪」の発足は、麻原の意思とは認められず、また長期収監中の麻原がその代表者・主宰者とも認められる状況にはなく、
    4.国の主張する、麻原隠し、オウムと類似した教義や麻原に帰依する構成員などは、「ひかりの輪」が、(政治上の主義を維持しているかもしれない)Aleph・被処分団体と同一の団体であるとの根拠にならないと判断している。

    なお、「ひかりの輪」が麻原隠しか否かについては、その判断基準が不明確であり、内心の自由を侵害し、公安調査庁の組織的性格と相まって、正しい判断ができないことなどを理由として、観察処分の適用更新の理由となるべきではないことは、前記第4の2においても述べたとおりである。

  • 【7】当団体が麻原の死刑執行に賛同し、執行後は危険性がないことを政府も認めている事実(2019/02/28)

    当団体は、当団体発足前のアレフ代表派(M派)時代から現在に至るまで一貫して、麻原への死刑執行に賛同してきました。そして、死刑執行後、ますます当団体に対する観察処分の必要性が低下していることを政府も事実上認めていることが報道されています。

    これらのことを、当団体は、観察処分取消しを求めて裁判所に提出した書面で主張してきましたので、複数の書面から該当部分を抜粋して以下に引用します(一部、個人名を伏せたり、わかりやすく訂正したりしている箇所があります)。

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    【7】当団体が麻原の死刑執行に賛同し、執行後は危険性がないことを政府も認めている事実


    ●2006年9月15日 麻原の死刑判決が確定し、上祐らM派が死刑判決は当然などと報道各社にコメントした。

    麻原の死刑判決確定に対して、上祐らM派(アレフ代表派・上祐派)は、以下の通りコメントした(いずれも2006年9月15日の報道からの抜粋)。その際に、麻原の死刑を当然のものとしたM派の者たちの言動は、日本の王となるという麻原の予言の明確な否定・破棄であって、言い換えれば、公安調査庁等が主張する本件の政治上の主義の明確な否定でもあった。

    ◎日経速報ニュース:上祐代表、死刑「当然」
    オウム真理教(アーレフ)の上祐史浩代表(43)は15日、東京都内で記者会見し、「(死刑確定の)結果は当然。元代表が裁かれただけでなく信者が元代表を神格化したことにも問題があり、信者も同罪と反省して新しい道を歩むべきだ。依存からの脱却を加速させたい」と、松本智津夫死刑囚との決別を強調した。(後略)

    ◎朝日新聞速報ニュース:教団、ぬぐえぬ影響 松本被告死刑確定
    (前略)「死んでゆくものは仕方がない」。上祐代表はセミナーで、こんな発言もした。これは、松本被告を指すのか、教団の将来を言うのか。(後略)

    ◎NNN:オウム松本被告の死刑確定 教団がコメント

    オウム真理教・松本智津夫被告の死刑判決が確定したことについて、教団は15日午後、コメントを出した。 現在、教団は内部分裂状態にあり、東京・世田谷区の教団施設でも上祐代表を支持する信者と反上祐グループの信者が別の建物に住んでいる。また、セミナーなどの宗教活動も別々に行われている。 松本被告の死刑を受けて15日午後、上祐派・広末法務部長は「人である教祖を神としたことが事件の原因になった点では、元代表に限らず、多くの信者に責任があることを深く反省し、今後は真実の道を切り開いていきたいと思います」とコメントした。(後略)

    ◎MBS(TBS系):麻原被告死刑確定 大阪の上裕派信者の反応は...

    オウム真理教・松本智津夫被告(51)の死刑が確定しました。アーレフと名前を変えた教団で今も信仰を続ける大阪の信者は、「当然のこと」とあっさりとした反応です。(中略)「当然じゃないですか。ある意味死刑では足りないかもしれないですね」(アーレフ大阪道場・◎◎◎◎広報担当) アーレフ大阪道場では7人の信者が集団生活していますが、特に反応はなかったということです。

    以上のとおり、麻原が起こしたオウム事件を直視し、その誤りを総括し、麻原への絶対視をやめていた上祐及びM派にとっては、麻原の死刑判決確定は当然のものとして、冷静に受け止められていたのである。

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    ●麻原の死刑執行への賛意表明

    麻原の死刑執行への賛意を改めて示した。「ひかりの輪」は麻原の意思に従う意思など毛頭なく、逆に麻原の早期死刑執行を訴えているが、麻原の死刑執行にメディアも注目する中で、代表の上祐は、「週刊現代」(2018年1月20日号)において、心神喪失状態であるとして死刑を反対する一部の声があることに対して、死刑を執行しない場合は、Aleph信者の麻原への信仰が深まる特殊な事情があることを指摘して、麻原の死刑が必要な理由を改めて明確に語っている。
    上祐は同紙で次のように述べている。

    私はきっちり(死刑執行を)やったほうがいいと思っています。麻原を死刑執行しないと国民感情と折り合いがつかない。死刑執行が行われないかぎり、麻原が『処刑されない救世主』として、アレフはさらなる信者を増やしてしまうことになる

    なお、この社会一般がよく知らない事情とは、麻原が獄中メッセージで、自分は(自由自在であり、死刑をも超越することができる)神のごとき身体(陽神)を作るなどと主張したことや、オウム裁判がほぼ終結し麻原の死刑執行の可能性が高まってきた2011年11月以降、アレフ内部では、麻原の延命祈願を行っていたところ、その翌月に逃走被疑者の平田信が出頭したということがあったが、死刑執行が長引けば、Aleph内部で、麻原への延命祈願を行った自分たちの麻原への帰依が麻原に届いて、麻原の超能力によって平田が出頭したと思い込む恐れなど、これまでも繰り返しメディアで告発してきた内容である。
    以下、上祐がこの件についてマスコミに訴えてきた一例である。

    アレフはこのままだと、「自分たちの信仰が奇跡を起こした」という盲信の絶頂に至る恐れがある訳です。 彼らがそう考えているとしたら、社会がやるべき事は何か。
    それは当然、麻原の死刑をキッチリ勇気を持って執行することでしょう。しかしアレフの密かな盛り上がりを理解できず、法務大臣・法務省が細かい事に拘って死刑をためらうと、それはアレフを利する事になります。平田の出頭が教団の指示かどうかについては操作を見守るしかないです。でも私の想像というか、当時の状況を考えれば、教団が陰で支えていた証拠は出てこないと思います。でもよく落ち着いて考えれば、出頭が死刑の遅延に繋がるとしたら、その前にビシッと執行しなかったからですよね。それに事件について平田との直接の関係は麻原ではなく、井上です。だから今だって麻原の死刑はできる。後は法務大臣が勇気を持ってやればよいと思います。 結局、法務省が毅然とした態度をとれば問題は解消する。平田が、誰かの指示で出頭したのかしてないのか、証拠もなしに議論しても仕方ない。私は法務省・法務大臣を信じる立場なので、しばらくすると、死刑執行になるのではないかと思っています。『日本のタブー The Max』(ミリオン出版)〈2013年5月27日〉。


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    ●麻原の死刑執行に賛同する上祐の言動


    本年7月6日の麻原への死刑執行以前から、麻原への死刑執行は速やかに行われるべきであると上祐がマスメディアで繰り返し主張してきたことは、すでに立証したとおりである。

    上祐は、同様の主張を公開トークイベントの場でも行い、会場にいた麻原の次女から「父を早く殺してほしいという願いが言葉の端々からにじみ出ている」と強い反発を受けていたほどである。
    そして、死刑執行当日の上祐は、東京高等裁判所内の司法記者クラブで記者会見を開き、自らが麻原から離反し、批判し、裏切り者であったことから、執行に安堵した旨を述べ、執行への賛意をあらためて表明した。

    さらに、麻原の遺骨が、麻原への崇拝に悪用されないようにするために、「海への散骨」にも賛同している。

    以上のとおり、上祐は、麻原の死刑執行前も執行後も、そして将来のことにわたっても、一貫して、麻原への個人崇拝を否定し、阻止するための活動に努めていることが明らかである。
    (中略)
    上祐は、麻原への死刑執行を受けて、記者会見及びマスメディアの取材の場において、次の趣旨のことを公に述べている。

    1,Alephの拡大抑止に努めていきたい。
    2,Alephは麻原を絶対視し、無罪となって帰ってくるとか、不死の救世主として復帰する等の妄想の中にいたが、これで目が覚めるだろう。麻原の死刑執行はAlephの拡大抑止につながる。
    3,麻原の死により、麻原に著作権が帰属した麻原の説法等のAlephの教材をAlephは利用しにくくなり、Alephの拡大抑止につながる。
    4,Alephは死刑執行を受け止め、事件関与を認め、反省・謝罪して、被害者賠償の実行をすべきである。

    以上のとおり、上祐は、死刑執行を機に、Alephをいっそう強く批判するとともに、執行がAlephの拡大抑止につながることに期待を寄せ、自らもAleph拡大抑止に努めていくと明言している。
    このことからも、ひかりの輪が、Alephと激しく対立しており、Alephと「一つの結合体として意思決定をすること」など到底不可能であって(それは麻原を信奉する麻原の次女から上祐が激しい反発を受けていることからも類推できる)、Alephと一つの団体とはいえないことが明らかである。
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    ●新聞・雑誌インタビューにおける麻原死刑執行への評価


    本年7月6日の麻原への死刑執行後に、上祐が、執行を評価する旨をマスコミの取材に応えてコメントしていることは、すでに立証済みであるが、以下の通り、上祐以外のひかりの輪の役員も、同様のコメントをマスコミに対して行っている。

    (1)『中外日報』2018年7月11日

       ひかりの輪副代表役員の廣末晃敏が、「無責任な戦犯」と題する記事において、「死刑が実際に執行されたことで、麻原も普通の人間だったのかと冷め、意気消沈する人(Aleph信者)もいるのではないか」と死刑執行を評価するとともに、麻原については、「自分にとって麻原は反面教師であり、反省・総括の対象」「事件の主導者である麻原が、弟子に責任を押し付けたまま死んでしまったことについては無責任だと思う」等と批判している。

    (2)『週刊アサヒ芸能』2018年7月26日号
       ひかりの輪役員の宗形真紀子が、「麻原こそがアレフ信者の帰依の対象です。よって、やはり今回死刑が執行されたことで、これがアレフ信者が妄信をやめる大きなきっかけになることは間違いないと思っています」と述べて、死刑執行を評価している。

    3)『中日新聞(長野版)』2018年7月27日
       同じく宗形が、死刑執行について「被害に遭われた方々の心情を考えるとあまりに遅すぎたが、テロの危険がなくなり、ホッとしている」と評価するとともに、麻原が起こしたオウム事件について、「松本元死刑囚の誇大妄想的で独善的な発想によって引き起こされた」と批判している。
    なお、外部監査委員も、ひかりの輪内部において、麻原への死刑執行が肯定的に評価されていることを確認している。

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    ●政府もひかりの輪がテロをするとは考えておらず、公安調査庁の縮小を検討していること


    これまで述べてきたようなひかりの輪による一連の「脱麻原」「反麻原」の取り組みからも、ひかりの輪が無差別大量殺人行為等のテロ行為に及ぶ可能性が皆無であることは明らかであるが、それは政府当局者も認めるところとなっており、現に公安調査庁の縮小・廃止論が本格化していると報道されている。

    すなわち、「政府関係者やマスコミからも、『今時、オウム真理教や共産党がテロ行為を行うと考えるのはナンセンス。ここを監視するのに予算を使っているのであれば、民主党が廃止候補に挙げたのもうなづける』との声が出るほどだ」と報じられ、また、「麻原彰晃(松本智津夫)らオウム事件首謀者らの死刑執行がなされたことで公安庁は節目を迎えた」として、「法務省の外局・公安調査庁を内局の『公安調査局』へと格下げすることを首相官邸が検討している」ことを政府関係者が明らかにしたと報じられている。

    このことからも、少なくともひかりの輪に対する観察処分が不要であることは明らかであり、原判決は、そのことを的確に示すものであったともいえる。